ⅩⅢ 見えない上限値
祝!
ねことうふ先生の
お兄ちゃんはおしまい!
待望のアニメ化決定です!
今から非常に楽しみですね~。
「ラフ&スムース 第三章」
「……はあ……はあ……」
「鈴音、大丈夫?」
「う、うん…………大丈夫、だよ……」
「あんまり、そうは見えへんけど……」
だって、大丈夫じゃない、なんて言えないし。
「心配……しないで……もう、大分落ち着いたよ。
若いからね。 おじさんとは回復力が違うから」
「いや、ここでおっさんと比べられても意味がわからへんわ。
ていうか、おっさんどこから出て来た!? おっさんって誰やねん!」
「あ、あはは……」
春菜ちゃんのツッコミは笑顔で誤魔化し無視するとして。
本当は、回復にもう少し時間が欲しいんだけれど……
「あー、悪いが、春菜。 もう一回お前のサーブだ。
さっさと位置について打ってくれ」
「は、はい!
……ほな、行ってくるで鈴音」
審判である羽曳野先輩がゲームを円滑に進めるため
なかなか動こうとしない春菜ちゃんを嗜める。
彼女は私を心配そうに見つめながらも
何かを言って欲しそうにしながら
そのまま所定の位置へと向かった。
何かひとことでも
アドバイスを言ってあげたほうが良かったのだろうか。
でも、正直言って相手に通用するような
気の利いた策は今の私には何も思い浮かばなかった。
未だ、日向親子の底は見えていない。
何をどうやってもどうにもならないような
ただ絶望感が漂うのみとなってきていた。
「…………」
歯痒さを胸に
意気消沈しかけている私を見兼ねてか
「あー……、一応言っておくが、山桃」
羽曳野先輩が声をかけてくれた。
「は、はい?」
「日向部長のさっきの言葉は、
べつに、嘘なんかじゃないからな」
「……え?」
先輩は目を逸らしたまま話しかけてきている。
「本気かどうかってところさ」
「あ……!」
「部長はなあ……、本気の振り幅が結構でかいんだ。
だから、けっして嘘をついてるわけではない」
「えっ?」
「体調なんかで調子が左右されるようなもんさ。
部長はそれに加えて気持ちの入りようで上限値が変わるのさ」
それって、その時の気分によって変わるってこと?
それはまた、厄介な設定を持ってますね……
「しかし、まあなんだ、仮に今のが
最低限の”本気”であったとしても、
それでも並の選手には
到底太刀打ちできるようなもんじゃないから……」
先輩は完全にそっぽを向いて話を続ける。
「だ、だから、今のネット際の攻防は……
そ、その…………じゅ、十分! 価値があったと……
胸を張って、誇ってもいいと、あたしは……思うぞ!」
そっぽを向いた彼女の横顔の頬は、
なんだかとても赤くなっているように見えた。
…………
一瞬、ぽかーんとなった私だったが。
「……………………ふふっ」
「な、なんだ? 何がおかしい?」
「あ、ごめんなさい。
照れてる先輩、なんだか凄く可愛いなあと思って、つい……」
「なっ!? べ、べつに! 照れてなんかいないわっ!」
孝志の影響かな?
こんなこと、以前なら先輩に対してなんか、
とても恐れ多くて言えなかっただろうと思うけど
今のは自然に口をついて出ていた。
「やっぱり、先輩はみゆきちゃんが言ってた通り、優しいんですね」
「な!? ち、違う!
今のは客観的に見て正当に評価をしてみただけだ!
そ、それに、お前は
あ、あたしを倒したんだから!
そう簡単にやられちゃったらあたしの面目が丸潰れだから!
だから善戦してもらわないと、あたしが困るんだよっ!」
いまいち客観的になりきれていない気はするけども……
でも、なんだかんだで励ましてくれていることには違いない。
「山桃ちゃーん! がんばれー!」
「今のはすげー惜しかったぞー!」
「ドンマイ! 切り替えて行けー!」
「いけるいけるー! まだまだこれからよー!」
ギャラリー達も何故かこっちの方を応援してくれている。
相変わらず気恥ずかしさは変わらないけれど
でも……悪くはない、気分だ。
「…………ありがとうございます。
なんだか元気、出てきました」
「…………そ、そうか?」
「はい! 頑張ります!
春菜ちゃーん! 思いっきり! 行けえーっ!」
「……あ! うん! わかった! 鈴音」
安堵の表情。
どうやらリラックスできたみたいだ。
助言は何もできなかったけれど
それでも想いだけは共有できる。
今はとにかく二人でがむしゃらに頑張ってみるだけだ。
「はあっ!」
パコーン!
強気にセンターへのフラット。
うん、綺麗な直線を描きながら力強く入って行く。
「いいサーブね。 けど!」
パコーン!
何事も無かったかのごとく
危なげもなくリターンが返された。
しかしそこは織り込み済み。
今は腕の回復を優先させるためにコート最奥へと球を返します。
「やっ!」
パコーン!
パコーン!
パコーン!
二度三度と球が交錯する。
ロングストロークのやり取りが続く。
「…………」
あれ?
なんか……違和感。
ひなの部長は前に出て攻撃態勢を取って待機している。
若干後ろを気にしながらそわそわしてはいるものの
今のところ大きな動きはない。
もちろん私は部長にポーチボレー(※)すらさせないように
大きく距離を取るか、もしくは
中ロブで上空を通過させるように打っている。
日影先生はたまに春菜ちゃん狙いで
シュートボールを放つのだが
春菜ちゃんの反応がいい為か、抜くことが出来ずにいるようだ。
流石にボレーを綺麗に決めるまではできていないけれど。
…………
――いや! ……違う!?
これは……
あきらかに、日影先生の球威が…………落ちて、きている?
え?
もしかして、先生もスタミナ切れ?
いや、でも待って!
先生は今まで
私みたいに走って走って拾いまくるようなテニスはしていない。
移動なんかはずっと最低限の動きで効率よくやっていたはずだ。
ショットもそう乱発はしていない。
要所要所の勝負どころでは強く打っていたが
基本スマートに返しているだけだ。
まさに熟達したベテランの動き。
無駄があるようには見えなかった。
だから、いくらブランクがあるとは言っても
あの程度の動きで流石にそこまで体力が落ちてきているとは考えにくい。
こちらの油断を誘っている?
それとも何かの作戦なんだろうか?
「…………」
違う! 涼しい顔を装ってはいるが
これは、体力が尽きかけていると見ていい。
私の勘がそう言っている!
理由まではわからないが
動きが、あきらかに鈍っている。
これは、もしかしてチャンスなのでは?
なら
パコーン!
前衛のひなの部長を避けながら
極力左右に振り回す。
「……ちっ!」
パコーン!
予測が早いのか、それでも危なげなく追いつかれ
打ち返しているように見える。 けど
「…………」
――いや、孝志の記憶を探っても
これは、本来の日影先生の動きではないことが、わかる!
スタミナ切れを起こしかけている!
「……! 気づかれた! お母さんっ!」
「来るな! ひなのは前衛で待機!
チャンスを待て!」
日影先生は下がろうとしたひなの部長を静止した。
「で、でも!」
「…………やっぱり、最後まで温存しようと
欲をかいたのがいけないわね」
え?
スパーン!
急にショットが力強くなった!?
あれっ!?
やっぱりスタミナ切れはブラフだった!?
今度はこっちが左右に振られだした。
まだ私はさっきの攻防の回復ができていない。
今あまり走りまわされるのはまずい!
こっちの体力が尽きてしまう。
それでも球を追いかけない訳にはいかない。
後衛同士のストローク合戦となってしまった。
「まったく! 本当にしつこい一年生ね!
これで、どうだっ!?」
パコーーン!
「はあっ……はあっ……くっ!」
大丈夫、少し遠いけど、ギリギリなんとか追いつく!
「はっ!」
腕を伸ばし球を捉えようとした瞬間。
ずるっ!
――え!?
あ、汗で、グリップが滑っ!?
も、もしかして、あ、握力……が……!?
ぱこん!
「し、しまっ!」
なんとか相手コートには返したものの
球が浮いてしまっている。 これは……
キッ!
「っ!?」
鋭い眼光に、今まで感じたことのないプレッシャー。
え? 目の前にいるこの人。
これって、ホントにひなの部長、なの?
「……信じて、待ってた。
悪いけど、このチャンスだけは
絶対、絶対に! 逃がさない!」
あ、これ……
絶対やばいのが来るやつだ!
今すぐ、体勢を立て直し、迎撃を……
パッコオーーン!
「ひあっ!?」
ボディ狙いのジャンピングスマッシュ!
ボールの軌跡は私の直下、股下で大きくバウンドし
そのままコート奥へと消えていった。
「…………」
為す術もなく見送るしかなかった。
これが、部長の本気中の本気の、スマッシュ……?
強い!
孝志の記憶にも、これほどの選手は、
一人しか思い浮かばない。
それは、かつて日影先生のペアだった人。
一瞬、彼女の顔が頭をよぎる。
まだ、私は追いつけていない。
あの領域に届いていない。
だけど……
カウント5-1
いよいよ後が無くなってきた。
※本来は後衛に任せるべき球を遮り奪うボレーのことを指す。
相手の意表を突けるため得点力は高いが
成功させるには勘と瞬時の勇気と決断力が必要。




