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Ⅻ オールラウンダー


「ラフ&スムース 第三章」





「思ったより、相当、粘るわね」


「うん、想像以上」


「特に、山桃。

あいつ本当にテニス始めたばかりなの?

まさかラリーがここまで長く続くなんて思わなかったわ。

もっと早くボロが出ると思ったのに……」


「でも、今のところ全部押し勝ってる。

このままで行けばきっと、問題、ないよ」


「…………7ポイントくらいなら、

いけると思ったんだけどなあ……」


「……え? お母さん、それ、どういう……?」


「ひなの……ダブル後衛、確かに悪い案じゃないけども。

…………ここからは雁行陣に戻すわよ」


「え、で、でも……」


「速攻で、決める! ひなのは前衛に集中して」


「う、うん……」







「ごめん鈴音。 ボクが不甲斐ないばっかりに……」


「ううん。 こっちこそだよ。

部長たちを相手してるっていうのに、私の算段が甘すぎたから……

春菜ちゃんはよくやっているよ。

正直、一発目のスマッシュで

もうやられたと思ったもん。

あれを返せる反射神経があるなら

これからきっと、もっと伸びるから!

むしろ、去年の県大会覇者に対して健闘してるよ私たち」


「……そやけど、1点も取れてへんのは事実やし……」


う、それを言われると返す言葉がない。


困ったな、いい打開策も思いつかないし

ペアの子の士気まで下げちゃったらもう詰んでしまう。


「と、とにかく、拾って拾って拾いまくるから!

チャンスを待ってて!」


「そんなん、鈴音が潰れてしまう……」


「た、たかだかワンゲームで潰れるわけないじゃん!

もう! 大げさだなあ春菜ちゃんは!」


どうだろう?


実際相手はめっちゃ上手い。

ミスを誘うのは至難の業だ。

ワンポイント奪うのに一体どれだけの労力を必要とするのか

正直見当もつかない。


やはりこの状況を打破するためにはどうしても

鈴音の習った基礎技術だけでは引き出しが少なすぎる。


危険な賭けかもしれないけれど

私も孝志の記憶を使って前に出るチャンスを探そう。

相手が後衛の並行陣ならこっちは前衛の並行陣を


ダブルフォワード――やってみるか?


不慣れな布陣だから

常時は無理でも一瞬、短時間なら

もしかしたらワンチャン通用するかもしれない。




今回も日向部長のサーブからだ。


レシーブは春菜ちゃん。


4ポイント目。

流石にそろそろ点を取らないとやばい。


春菜ちゃんがレシーブに成功したら、一度前に出る。


「はっ!」


パコーン!


定位置からのフラットサーブだ。 


速い! けど


さっきのジャンピングサーブほどではない。


なら、春菜ちゃんならきっと、返せる。


「やっ!」


パコーン!


よし! レシーブ返った。

ここで、タイミングを計って私も前に、出る!


「今だっ!」


ダッ!


「んなっ!?」


日向先生が驚いている。

けれど、もうモーションに入っている。


咄嗟にロブに切り替えられたらおしまいだ。

だから、私はわざとギリギリまで前に出るのを遅らせた。


パコーン!


低空弾来たっ! 今だっ!


「だあっ!!」


パッコーン!


「し、しまっ!?」


何故か、日向部長はサーブ後に前に出てきていた。

なにか意図があったのか、たまたまなのかはわからないが。


つまり、その後ろの空間が空いていた。


「ぼ、ボレー…………と、通った?」


「や、やったやん! 鈴音え~!」


や、やっと……


「い、いってん……取ったあ~あ……!」


一瞬、気が緩み力尽きそうになって膝をついてしまった。

それほどこの一点は待望だったのだ。


これで、ラブゲームだけは阻止できた。


ホント、良かったよお~




「……くっ!

ごめんひなの。 私のせいで」


「ううん、今のは仕方ないよ。

まさか山桃さんが前に出てくるとは誰も予想できなかったから」


「あの子……やはり、前衛もできるのか……

それに、あのサーブの打ち方……

やっぱり……どうしても重なってしまう」


「……え?」


「…………昔のことよ。

ひなのが生まれる、ずっと前の」


「…………


どうする? お母さん。

雁行陣で行くの?

それともダブル後衛に戻す?」


「ごめん、ひなの。

もう選択肢ないんだわ」


「えっ?」






今度は春菜ちゃんがサーブを打つ番だ。

コートチェンジは無し。

レシーブはひなの部長。


今更なのですが、どっちも日向でややこしいので

私の心の中でだけは

日影先生・ひなの部長と呼称変更します。


「鈴音。 一応言うとくけど、

ボクに鈴音や部長のようなサーブを求められても……」


「わかってる。 羽曳野先輩に教わったんだよね?

まだ球種はオーバーハンドのフラットだけ?」


「う、うん。 そうやけど」


「なら、もしコントロール可能ならワイド(外側)を狙って」


「……わかった、やってみる」


速いサーブでエースを狙うなら

最短距離を駆け抜けるセンターが効率的で良いのだが

そうでない場合、相手のボディを狙うか

外側を狙うかの二択が大まかなコース分けになる。


ボディを狙うのは主に相手のミスを誘う場合だ。

しかし相手は格上。 おそらく通用しないだろう。


ならば外側を狙って

少しでも相手の二者間の距離を離し

コンビネーションを崩しにかかった方が

いいだろうとの判断だ。


上手くいくといいけど……


「やっ!」


パコーン!


羽曳野先輩譲りの堅実なサーブ。


基本に忠実で素直なサーブだ。

スピードは並だが、コースはいい。


ちゃんとコートの外側に逃げるように打っている。


ひなの部長がセオリー通りに処理をするなら

あの位置からだと正面の私を避けクロスに打ってくるはず。


部長が定位置に戻るまでの僅かな間は

春菜ちゃんも打ち込む範囲が広く取れる。


「……山桃さん」


「えっ?」


「行くよ」


パコーーン!


正面に、来た!?

しかも強烈なシュートボール!


「わっ!?」


パンッ!


なんとかボレーで返した。

けどこれはまた、拾われる!


「はっ!」


パコーーン!


また来た! 今度はさっきよりも速いっ!


「くっ!」


パンッッ!


駄目だ。 返すのが精一杯でコースを狙ったりする余裕がない。


「やっ!」


パコーーン!


「くうっ!」


パンッ!


執拗にシュートボールを打ってくる。

確かに私が打ち負けたらそれで終わっちゃうんだけど

ひなの部長ならこんな強引に突破しようとしなくても

いくらでもやりようはある筈。 何故?


「凄い。 三回とも防いだ」


「えっ?」


もしかして……試されている、の?


パコーーン!


「ちょっ!」


パンッ!


パコーーン!


「とっ!」


パンッ!


パコーーン!


「まっ!」


パンッ!


更にだんだん速く、厳しいコースに飛んでくる。

私はただただ必死に追いすがり、返すだけだ。


「凄い、凄い凄い凄い。

こんなに返せるなんて……これで、どう?」


パコーーーン!


「てえっ!?」


パンッ!!


「これも、返した!

ふふっ。 たのしー」


な、なんなんこれ?

なんとかギリで返せてるけど

まるで、ボレーの練習をさせられてる、ような……?


「す、鈴音えっ!?」


「ひ、ひなのちゃん!? な、なにやってんの!?」


双方のペアが狼狽えだした。

そりゃそうだ。

二人そっちのけで、私達はただ延々と

シュートボールとボレーを打ち合ってるんだから。


けれど、ひなの部長のショットはとんでもなく鋭く、速い。

さっきの羽曳野先輩とのボレーの練習とは

比較にならないくらいにシビアさが求められている。


だけど、ちっとも気が抜けないんだけれど。


「はっ!」


パンッ!


「ふっ」


パコーーン!


「あはっ!」


パンッ!


「ふふっ」


パコーーン!


「あははっ!」


パンッ!


「ふふふふっ!」


パコーーン!


「あははははっ!」


パンッ!


なんか、ちょっと


楽しくなって、来ちゃったかも?




「「「…………」」」


「……よく続くな、あのシュートに対して

狙いは出来てないものの全て相手コートに返してる」

「い、今のなんてちょっとでも反応遅れたら取れてないぞ」

「俺なら抜かれてる自信があるぞ。 反射神経すげえ!」

「あいつ、本来後衛なんだろ? なんであんなに上手えんだ?」

「よくまああの面が小さく重い木製で、あんだけ……」

「まるであのラケットの使い手だったかのように、

使いこなしてやがる。 信じらんねえ」



「……あの馬鹿、なにやってんのよ?

いくら練習試合だからと言っても、遊びじゃないのよ」


「……いや、でも日向先生。 これは凄いです。

ボクも、あんなふうに打ち合ってみたい。

試合中なのに、見惚れてしまいますわ」


「…………」




「あはは、はは……は……はあ、はあ……」


ちょ、ちょっと……

流石にしんどくなってきた。


孝志の前衛時代の技術を使って

ボレー打ちまくれるのは割と結構楽しい。

しかも前世よりも鈴音の方が動体視力に優れているから

ミスも少なく打ち返せる。


だからなんとか今は対応できてるんだけど、

元々が軽いラケットをずっと扱ってきたこの身体。


つまり私(鈴音)自身の体力が

このラケットの取り回しに

ちょっとついて来れていない……かも?


このままでは、球が見えてても

反応の出だしで出遅れて打ち負ける。


腕が段々と重く感じて来た。


なんとか、今のうちに

ひなの部長の突破口を見つけないといけないんだけど

返すのが精一杯でままならない。


そもそもなんで執拗に正面突破を狙ってくるのか?

なかなか抜けないとわかったなら

中ロブに切り替えたりとか

春菜ちゃんに狙いを変えるとか

選択肢の幅のアドバンテージは向こうにあるというのに。


「ひなの! いい加減にしなさい!

その程度の状況が判断できない貴女じゃないでしょう?」


「…………」


「ひなのっ!」


「……だって……

速攻で、決められたら、試合、終わっちゃうから……」


「ひなの……」


え? 何の話?

速攻で、決める?


それって、もしかして

単に私、試合の引き伸ばしに使われてるってこと?


――あ、なんかちょっと、ムッと来ちゃった。


パコーーン!


すごく速くて捌きにくいシュートボール。

コースも取れるか取れないかのギリギリだ。

けれど、それでもまだ

ひなの部長はもしかしたら加減をして打っているのかもしれない。

まだ上があるのかもしれない。


そう思うと。


「くっ!」


ラケットが重く感じられて、辛くなってきてたけど。


だけど、それと同時に何度も打ってきたおかげで

コツのようなものも掴みかけてきていた。


だから。


今だけは重さを、辛さを上回れ!

闘士を燃やせ!


「馬鹿に、するなあーっ!」


パアーーーン!


狙い通り、ボレーで返せた。

ひなの部長、彼女に対するボディショット!

ついカッとなってやった。 後悔は……後で考える。


!?


あ、上手い。 滑らかな対処。

ボディショットへの最適解を見せ付けられてしまっただけだった。


つまり私のボレーはそのままボレーで返ってきた。


「わっ!」


パンッ!


パンッ!


パンッ!


パンッ!


し、しまった!


今度は双方がノーバウンドの打ち合い。

つまりボレー合戦になってしまった。


ボレーボレーというやつだ。


いやこれ、さっきよりも状況が悪化してない?


う、腕が……マジでつらたん!


「ごめんね、山桃さん」


「なっ、なにが……ですかっ!?」


「長く続けばいいと思って、私が打ち合いを望んだんだけど」


「……くっ!」


駄目だ。 腕の耐久力がそろそろ限界近い。

反応が遅れる。


「けっして、馬鹿になんてしてないから。

途中からは、ほぼ本気で打っていたし……

むしろここまで私のシュートやボレーに反応出来てる人

今までも殆どいなかった……」


「…………」


「だから……本当に、楽しかったよ」


パコーーンッ!!


「っ!?」


駄目だ。 速い! 追いつけ……ない!


腕が上がらず反応が遅れたのもあったが

何より球が速すぎて掠ることすらできなかった。


なんだ、やっぱりまだ、ギア上げれたんじゃん……





4ポイント目、失点。


カウント4-1


運良く1点だけはなんとか取ることができたものの


勝利までの道のりは更に高く、遠く、

険しいと感じざるを得なくなった。



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