Ⅺ ひなのちゃんは負けず嫌い
「ラフ&スムース 第三章」
ぶつぶつ……
「これ! このラケット!
実はちょっと変形してるんじゃないのお……?」
私は這うようにしゃがみ込み、地面にラケットを置いて
表にしたり裏にしたりとくるくるとひっくり返していた。
「あーっ! やっぱり!
裏表でちょっとだけ地面との隙間が違う!」
木は生き物だから。
ガットの張り具合や
湿度による吸湿具合、木目などにもよって
製造された当初こそ完全に真っ直ぐに作られていても
経年によって少しずつ曲がってくることも
けっして珍しいことではないのだ。
「う~ん、でもこれくらいなら、ギリ許容範囲なのかなあ?」
しかしである。
たとえラケットの反りが僅か数ミリ程度だとしても
ベースラインから放たれるサーブは
約18メートルの距離を飛ぶ。
それだけの距離を真っ直ぐなラケットと同じ感覚で打てば
着弾点がズレてくるのは至極当然と言えよう。
これに関しては木製だから多少は仕方がない部分ではある。
今のグラファイト製品のように品質が均一にとはいかない。
ワンオフでこだわり抜いて作るのならともかく
量産品ではここら辺だけはどうやっても適わない。
だから滅びた。
いや、うん、ごめん。
ただこの台詞を言ってみたかっただけである。
几帳面な人なら変形防止のためにラケットプレスという
木の枠の器具で挟み込んで固定していたりもするのだけれど
これはそのまんま長年放置されていたものだしねー。
これがSEPIALONやCARBONEXなら
外周がグラファイトでコーティングされているから
その辺り、多少はマシだったりするのかもしれないけども。
「う~ん私の(ではない)セピアロンは、大丈夫なのかなあ?」
ちょっと心配になってきた。
「鈴音ぇ……ショックなんはわかるけど、
ぶつぶつと独り言言うていじけとらんで、次行くで」
「あ、うん。 ごめん春菜ちゃん」
「つーか、体操服だからまだええけど……
本ちゃんの試合中にそんな格好したらあかんよ。
男子達に見られるで」
「……え?」
言われて気になったので観客の方を見る。
別段、男子達は誰ひとりとしてこっちを見ていなかった。
「……? ?」
よくわからないけど、まあいいか。
さてと、気を取り直して。
コートの場所も反対側に変わり
サーブも相手方の方になった。
どうやら先に打つのは日向部長のようだ。
レシーブはまずは私。
部長、ここはどう、来るのかな?
「…………」
構えは、オーソドックスな感じではある。
……ん? なんだか数歩下がってる、ような?
「本当は、胸が痛いから、あんまりやりたくないんだけれど……」
「……え?」
「でも、山桃さんに、負けたくないから」
胸? いま胸って言った?
つまり、心が痛むってこと? え?
今から一体…………な、何が来るんだろう? どきどき。
バッ!
白球を上に放り投げた。
――いや! これは……
上じゃない! 斜め上だ!
と、いうことは!? まさか!
タタッ! タンッ!
「やっ!」
パッコーン!!
「じゃ、ジャンピング、サーブ!?」
ボールは瞬時にこちらのサービスライン際に侵入してきた。
「わっ!?」
咄嗟に反応する。
チュイン!
し、しまった!?
ガシャーン!
後方のフェンスにボールが激突する。
振ったラケットはボールを掠め空を切る。
つまりは空振った。
「あ……ちゃ~……」
び、びっくりして空振っちゃったよ!
まさかあんな速いのが来るとは思わなかったから。
「フォールト」
「「…………」」
「「な、なんだあ~?」」
「こ、これもまた、速ええぞおい!」
「日向のサーブは何度か見たことあるけど
あいついつの間にこんなサーブを?」
「お、俺ら男子、完全に負けてるんじゃねえか?」
「ええい! うちの女子部は化物ぞろいか!?」
男子部たちがまたも騒いでいる。
いや、でも確かに相当速かったよ。
私と同じで入らなかったけど。
「…………痛い」
対面で、日向部長が胸を押さえていた。
「…………」
あ、そーゆう。
ジト目で春菜ちゃんと二人、様子を伺った。
日向部長、胸が大きすぎて
大きくジャンプしたらクーパー靭帯にダメージ行くのね?
なるほど、ダブルの意味で破壊力が抜群でした。
べ、べつに、
羨ましくなんてないんだから!
私は、これからなんだし!
「……ど、どや?」
半分涙目で
胸を押さえながらドヤ顔をする日向部長。
うん、負けず嫌いなところは流石ですけど
残念ながら不慣れなサーブだったみたいで入りませんでしたね。
ジャンピングサーブの利点は
後方からの助走ができ勢いがつけられるってのもあるんだけど※
それに加え、高い打点で打つことができること。
あと、着地するまではライン内に侵入したことにならず
フットフォールトも取られないから
ベースライン内で打ってもOKだということ。
つまり通常よりも短い距離で相手に球を到達させることができる。
これは結果的にはスピードアップと同義なので
速い球を打ちたいなら理に適っている。
ただ、やはりモーションが大きいため不安定になりやすい。
タイミングも取りづらいし
人によって向き不向きがあるんだよね。
現に、センスうんぬんはともかく
日向部長には向いてないっぽいし。
「入ったら、もっと、良かったん、だけどなあ……」
ぶつぶつ言いながらセカンドの体制に入る。
ひゅっと、今度は定位置からの流れるような自然な動作。
スパーン!
スライスだ! 曲がる!
ばっ!
今度は入った!
しかも、私のスイングの内側に鋭く跳ねてきた。
でも窮屈な体勢だけど、これなら!
「やっ!」
パコーン!
パコーン!
パコーン!
ラリーが続く。
相手は二人共が後衛ポジションについている。
ダブル後衛の利点だ。
一人がセンターを堺に片側さえ守ればいいので
それほど走り回らなくてもいいし
比較的楽に打ち返せる。
その分攻撃力は若干落ちるが
経験の浅い一年生のミスを誘うには粘った方が有利に働くだろう。
前衛の春菜ちゃんには触らせないよう常に上を中ロブで通過させている。
これは、そう簡単には抜けそうもない。
かと言って、こっちも甘い球を返そうもんなら
一気にパッシングショットを食らって終わってしまう。
「はあ、はあ……」
あれ?
もしかして右に左に走り回ってるのって、実は私だけなのでは?
向こうはなんだか乱打感覚で打っているだけの、ような?
「くっ!」
真ん中が比較的空いている。
突破できるか?
「やっ!」
パコーン!
ジャストミート。
これで、どうだ?
「ふ、余裕」
パコーン!
あっさり追いつかれ、返される。
長距離砲では強く打っても決定打にはならない。
できるだけ球をセンター付近に集めて
急な角度の返球を防いではいるものの
このままストローク合戦をしてると
先に潰れるのは間違いなくこっちだ。
「あかん、このままじゃジリ貧や鈴音!
ボクも下がろうか?」
「いや! 春菜ちゃんはそのままで!
急造のダブル後衛なんてきっと通用しない!」
同じやり方で戦ってもきっと勝てない。
それに、それを言うなら向こうだって急造ペアの筈なんだけど
相手はどっちもベテラン。
しかも流石親子なのかは知らないけれど
連携もうまく取れている。
おそらく事前に守備範囲の分担を決めていたのだろう。
どちらが取るか微妙なコースでも戸惑っている様子もない。
このままでは先にミスするのは間違いなくこちらだ。
どうにか勝負どころを見つけて……
……!
「じゃあ、こうだ!」
スパーン!
ネット際に、落とす。
「任せて、お母さん」
「へえ、ちょっとは考えてるじゃん」
日向部長が前衛に上がってきた。
パコッ!
陣形が、少しだけ崩れた。
「春菜ちゃん! 右に!」
ここで、日向部長をパッシングで抜くことができれば。
「やあっ!」
パコーン!
「!? 抜かれた!?」
「ふ、予測しやすいコースね」
しかし既に日向先生が後方でフォローに入っていた。
パコーン!
けれど、今だけは相手をダブル後衛から雁行陣形式に戻せてる。
なら、今度は先生の反対側に中ロブ!
「ええい、めんどくさい!」
急いで戻ろうとした日向先生だったがピタリと止まる。
「!」
既に日向部長が後方に戻ってきていた。
「もらい」
しまった! 戻りが早い!
私の中ロブは格好の餌食だ。
パッコーン!
スマッシュ! やばい!
「は、春菜ちゃ」
「だあっ!」
パーーン!
日向部長のスマッシュに、ボレーで弾いた。
すごい! あれに反応した!
しかし、
「む、今度は、加減、しない」
返しただけのボレーは浮き気味にまたも部長の前に
「はっ!」
パッコーーーン!
ひゅん!
「……っ!」
意地なのか、またもや春菜ちゃん狙いのスマッシュ。
しかし、威力がさっきとは段違いだった。
掠ることもできず、真横の白球を見送った。
てんてんと、自陣コート奥へと転がる音がする。
「……!」
3ポイント目、失点。
未だ、こちらに得られたポイントは…………無し。
※ソフトテニスに限ります。 硬式では助走は駄目。




