Ⅹ 幻のサーブ
「ラフ&スムース 第三章」
まずは、ファースト。
どのみち不慣れなラケットだ。
遠慮なしに全力でカットをかけてやる!
駄目ならセカンドで修正すればいい。
古い木製ラケットは面が小さ目だから、
そこだけは気をつけて……
「はっ!」
バシュッ!
しゅるるる
よし、上手くネットを超えた。
あとは、センターから右寄りのサービスライン内に落ちれば。
バッ
ボールはライン付近で土埃を上げながら
一気に日向先生のバック側、コートの外に向かって
跳ね逃げようとしていた。
上手くスピンがかかっている証拠だ。
「…………」
現時点で、まだ日向先生は動く気配を見せない。
よし! これなら、たとえ返せても平凡なリターンにしかならな……
ターーンッ!!
「――なっ!?」
バ、バックハンドで……矢のような、ストレート。
「だ、ダウンザライン!?」
日向先生のバックハンド側に跳ねたボールは
そのまま躊躇なくジャストミートで打ち返され
サイドラインすれすれに味方コート内に叩き込まれた。
「は、速い……」
呆然と見送った春菜ちゃん。
今のは、春菜ちゃんでも反応できていなかった。
「……フォールト!」
羽曳野先輩のコールが響く。
「……! ……た、助かったあ~……」
自分のサーブが入ってなかったことに安堵する。
ホントはそれじゃあ駄目なんだけど。
「貴女……小賢しいわ」
「……っ!」
……な!
「何のために、今私が貴女から借りているこのラケットを
使用禁止にしたと思ってるの?
そんな安牌なサーブを打ってもらうためじゃ、ないんだからね」
「う……」
な、なによ? こっちの事情も知らないで!
「鈴音! 気にせんとき!
これはきっと陽動……じゃなくて動揺させる作戦や!」
「う、うん……」
「はん! 拮抗している試合じゃあるまいし、
そんなみみっちいことしないわよ一年坊ども!」
「「……!」」
「全力で来なさいって言ったでしょ?
何のためにファイナルのワンゲームのみにしたと思ってるの?
小細工抜きでガチンコ勝負するためよ!」
確かに、さっきといい
今のショットといい
日向先生は手を抜かずにやっているように見える。
孝志の記憶を探ってみても、おそらく、
これは全盛期の深山日影と比べても殆ど見劣りしない。
遜色はないと言ってもいいだろう。
「…………」
「鈴音え……」
春菜ちゃんが不安そうにこちらを見る。
心配ないよ、とニコリと笑顔で返事をする。
「……わかりました」
スッ
「……! ふふん、そうこなくちゃ」
セカンドサーブ。
通常なら威力を落として入れる方に優先すべきだが
このポイントを過ぎれば
しばらく私にサーブの順番は回ってこない。
想像したくはないが
万一ストレート負けならこれで私のサーブの出番は終わりだ。
想像したくはないが
それが、このたった数球手合わせしただけで
既に現実味を帯び始めている。
元々、私はみゆきちゃんの代用品。
補欠繰り上げ当選の身なんだ。
そんな奴の「片側」だけの全力なんて
通用するはずもなかったんだ。
やるならば、すべてを出し切りぶつからないと。
ならば。
構えたまま、目を閉じる。
「山桃! だからあんまり時間かけると遅延行為と」
「いいから!」
「……! ひ、日向、先生?」
「いいから、待ってなさい」
「…………」
もっと、もっと深く
記憶を探るんだ。
先日のエースを取った分だけじゃない。
孝志の、現役時代の記憶を。
数え切れないほど、打ったじゃないか!
そう、昨日のことのように、思い出せ!
「…………!」
カッと目を見開く。
今度こそ、わかったような、気がした。
「――行きます」
白球を、高く放り投げる。
グリップはウエスタンのまま。
タイミングを合わせ
ラケットのフレームトップに近い位置
目一杯背伸びして
そこで、掴む!
パアッ
インパクトの瞬間、手首のスナップを効かせる。
動かすのではない、ぐっと押し込む感覚。
足が宙に浮き
まるですべての体重をそこに乗せ
叩き込むように
倒れこむように
全力で――――振り抜く!!
「はあっっ!!」
パッコーーーンッ!
ガシャーン!
瞬時に、相手コート後方のフェンスに白球が激突した。
「「…………」」
一瞬、辺りが静寂に包まれる。
「「……なっ!?」」
「「な、なんだあ? 今のサーブは!?」」
「な、なんちゅうえげつない……」
「お、お前あんなサーブ、打てるか?」
「いや、無理」
「お前は? お前は男子部じゃパワーなら、一番だろ」
「いや、俺でもあれは無理だわ」
「おいおい、あんなの、男子部でも打てるやついないぞ」
「すげえ! すげえよ山桃ちゃん! あんな隠し球を持ってたなんて!」
「「うおおお! すげえ!
日向先生がただの一歩も動けなかったぞお!」」
ギャラリーが沸き立つ。
う、打てた?
今の感触、確かに打てたよね?
今度こそ、紛うことなき最速のフラットが……!
「やっ……!」
「あー……山桃、大変に残念だが……
今のは、ダブルフォールトだ」
「たぁぁ~ぁ……」
がく!
「「ああ~……残念!!」」
「す、鈴音……ど、ドドンマイ」
ええ……せ、折角……決まったと思ったのにいい~!
……あ! 相手コートの、二人は?
「…………ふ……ふふ……やっぱり、私が見込んだ通りだわ。
……でも、まだまだ荒削りで、甘い!」
「……うん、お母さん。 これは、面白くなってきたね」
あ、あれー?
相手さん、なんだか士気が上がっちゃってませんか?
「チェンジサイズ、チェンジサーブ」
結局、いいとこなしの2ポイント連取されたままの2-0で
今度は私が相手のサーブを受ける側に回るのであった。




