Ⅸ OSの違い
「ラフ&スムース 第三章」
「それでは、ゲームカウント0オール!
ファイナルゲーム、山桃サーバー、プレイ!」
羽曳野先輩のコールがかかった。
「…………」
……さて、どうしよう?
私のサーブからなんだけど。
たぶん、というか、みんなが私に期待してるのは
やっぱ、あれなんだよね?
「山桃ー、あたしを倒した”稲妻”サーブ! 楽しみにしてるからなー」
「うぐっ!?」
やっぱり!
ていうか、羽曳野先輩
変な必殺技みたいなネーミングを勝手に付けないでください!
――あ、部長もそれを警戒してか
少しだけ後ろに下がったような気がする。
いや、でもあれは孝志OSの時にやったわけであって
私自身がみゆきちゃんに習ったのは
実際、アンダーカットサーブなんだよね……
もちろん孝志の記憶を探れば打ち方はなんとなくはわかる。
だけど、感覚まで鮮明に覚えているかといえば
正直、あんまり自信がない。
前世の記憶があるとはいえ
それはやはり私であって私自身ではない。
なんというか、現世の自分自身の経験の積み重ねで
身体に染み付いた即座に出てくるものとはやっぱ少し違うんだよね。
感覚も、記憶も思い出すのにワンテンポ遅れるというか
記憶の検索にタイムラグがあり、パッとは表面に出てこないのだ。
これが孝志OSなら何故かタイムラグは限りなく解消されるらしい。
逆に、私(鈴音)の育ってきた今までの記憶を探るのは
彼に取っては今の私と同じ状況になるようなのだ。
この辺りが各OSの性格の差となり表れているのだろうと思う。
どうしてこうなったのかはわからないが
ある意味、鈴音の人格はこれのおかげで
崩壊を免れ保っていられていると言えるのかもしれない。
だって、生まれてたかだか12年の私……ううん!
自我を持ってからだときっともっと少ない……
10年程度の記憶しか持ってない私が
その土壌にうん十年分のおじさんの記憶を
一気に濁流のように流し込まれてたら
たぶん、私の人格は保てていなかっただろうと思う。
おそらく、私の方の性格は一気に侵食されていき上書きされ
最終的には鈴音の記憶を探りながら
鈴音のフリを装った、つまり鈴音の演技をした私――
になってしまっていたんじゃないのかな?
だからこれは正直助かっていると言えなくもない。
猶予を与えられた分
ゆっくりと記憶を咀嚼、つまり噛み砕くことができるから。
まあ、こっち側、鈴音OSの半分だけではあるんだけど。
けど孝志OSもなあ……
孝志が事故した当時のおじさんの性格とは
ちょっと違うんだよなあ。
どうも中学生時代の性格が色濃く出ているような気がする。
でも記憶は事故当時までは思い出すことはできるから
生涯の全部が私の頭の中に記録されているのは間違いないと思う。
たぶんDVDやブルーレイプレイヤーで言うところの
チャプターが中学生時代辺りの設定になってしまっているんだろう。
これは、もしかしたら私自身の年齢が関係しているのかもしれない。
――――あれ?
ここまで考えて、私は今
なにか、大事なことを……見落としているような……気が……?
「山桃! レッツプレー!
何やってる? 早くしないと遅延行為とみなすぞ!」
「あっ!」
いけない! 考えに浸りすぎた。
「「山桃ちゃーん! ドンマイ!」」
「「気にせず落ち着いてがんばれー!」」
ぐあっ!?
野太い声援が女子ソフトテニスコートに響き渡る。
「そこ! 五月蝿い!」
羽曳野先輩が男子達を嗜める。
「「はーい! すんませんー!」」
「…………」
や、やりにくいなあ……
なんで私、公式試合でもないのに
こんな衆人環視の真っ只中でこんなことやってるんだろ……?
たははとぎこちない苦笑いを声援の方に向け
私は構え直した。
「い、今こっち、お、俺の方を見たぞ!」
「いや違うわ! 俺の方を見たんだよ!」
「お前なんか見るか! 彼女の宝石のような瞳が腐るわ!」
「な、なにをう!?
貴様こそ水虫のくせに水虫が伝染っちまうわ!」
「な、なんだとう? おまえこそインキンタムシだろーが!」
「けっ! そんなのとっくに治したわ! 山桃ちゃんの病院行ってな!」
「くそ! 羨ま……いや! あいつに診てもらったわけじゃねーんだろ!
どうせそこらの雇われ医者だろーが!」
「ククク……よくぞ訊いてくれたな?
俺は、お父様に治療してもらったんだよ! 何度も会話だってしたああ!」
「「な、なんだとう!?」」
「貴様! 外堀から埋めようってのか!?
ま、まさか……世間話までしたんじゃないだろうな!?」
「ふふふ、当たり前だろ? 天気やら時事ネタの話くらいはしたさ!
これでもう俺はお父様にとってモブじゃねえ!
俺はお前らとは違うんだ! 立派な知り合いだからなああ!」
「お、俺も! この試合終わったら水虫治してもらいに行こう!」
「俺も近眼治してもらおう!」
「そ、そういや僕もまだ虫歯治してなかった!」
「俺も寝違えたから整体してもらおう!」
「お、オレ、これが終わったら、わ、ワキガを治してもらいに行くんだ……」
…………なんか男子部の先輩たちが
揉めた後ざわざわしだしたような気がする。
声はいまいちよく聞こえないけれど。
でも、今はそんなのに構っている場合ではない。
ええい! ままよ!
孝志時代の感覚が鮮明でないにしても
少なくともこの身体で羽曳野先輩相手に
二回はエースを確かに決めているんだ!
それを、思い出せ!
ばっ!
白球を頭上高く放り投げる。
ボール落下のタイミングに合わせ
ラケット面を加速させる。
これで――どうだ!?
パッコーーーーン!
「……!」
ひゅっと日向部長が前進し、リターンの態勢に入った。
あ! 返される!
そう直感した刹那
眼前に矢のような返球が私の手元に戻ってきた。
は、はやっ……!
「くっ!」
パコーン!
なんとか返したものの
今度は日向先生の正面だ。
「ふふ……油断大敵ね……じゃあ、行くわよ!」
ヒュッ――パーン!
やばい! これもまた速い! 春菜ちゃんが抜かれる!
抜かれたら私はこのボール角度だと、きっと追いつけない!
「こっちは……意地でも通さへん!」
パカーン!
「あっ!」
春菜ちゃんのラケットが先生のパッシングショットに追いついた。 けど
「アウト!」
ラケットに当てたはいいが、フレームショットになってしまったようだ。
「……ごめん鈴音。 上手く返せんかった」
「ううん。 よく追いついたよ。 ドンマイ」
「ふうん……あれ、当てるんだ。 や、感心感心~♪」
先生が微笑みながら春菜ちゃんを褒めている。
春菜ちゃんの反応は私の想定を上回っていた。
それは以前よりも確実に実力が上がっているということだ。
「さっきの鈴音の羽曳野先輩とのボレー見て
ボクももっと頑張らなあかん思ったんやけどなあ……
まだまだやわ……」
「いや、あれに追いつけるならこっちも戦略の幅を広げられるよ。
気にせずどんどん行こう!」
けれど、流石部長と日向先生。
リターンの早さが通常の選手の比じゃない。
私のサーブもあっさり返されたし
先行きはかなり不安だ。
私、今のサーブ、どこもミスしてないよね?
「……うーん……山桃どうしたー?
確かに他の女子部員よりも速いっちゃ速いが
あたしに使ったような”雷光一閃”みたいなサーブじゃないじゃん!
手え抜いてたら部長達にあっという間にやられるゾー!」
「……え?」
そ、そうなの?
割と上手く打てたと思ったんだけど……
な、なにか違ってたのかな?
ていうかなんかまた技名が変わってるんですけど先輩!
やはり、孝志OSじゃないからなのかな?
それとも……
じっと手元を見つめる。
いや、ラケットの性能にそこまでの差異は無いはず。
SEPIALONじゃないからってのは言い訳にはならない。
やっぱり私自身の技術の問題なのだろう。
身体は孝志OSだろうが鈴音OSだろうが同じなんだ。
打てないわけはない。
今度はコートの左側に立つ。
レシーブ相手は日向先生になった。
「本気で来なさい。 本気で返してあげるから」
いえ、別に手を抜いてるワケじゃないんですけどね!
どうしよう?
もう一度打ったら打てるのかな?
いや、同じように打っても同じようにしかならない。
たぶん、何かを忘れてるんだ。
だったら!
構えをアンダーに変える。
「「!?」」
そう、今の私は山桃鈴音。 鈴音そのものだ。
だから、私の、私だけの本気で挑む!
一度、孝志のテニススタイルは胸に仕舞おう。
日向部長のペアとして選ばれた
数日前の私としてなら
なんの迷いもなく――戦える!
はず
……だよね?
きっと
おそらく
たぶん
もしかしたら
かもしれない
だろう…………運転?
いや! それあかんやつやん!




