Ⅷ 戦線離脱にトライ 実行――――失敗しました。
「ラフ&スムース 第三章」
ぽけ~~…………
「……………………はっ!?」
なんか一瞬、私、今
ヨダレを垂らしながら焦点の合わない虚ろな目つきで
ただぼ~っと虚空を見上げていたような……気が、するんだけど……?
いや!
ちょっと待って!
なに? この状況!?
――確か、孝志OSが日向先生に試合を申し込んで
多少の紆余曲折はあったものの
なんだかんだで結局先生は勝負を受けたんだよね?
そして今まさに試合が始まろうとしている。
うん。 ここまでの流れは理解した。
「えっ!? でもなんで私が試合するのおーっ!?」
思わず声に出して言ってしまった。
「……は? 鈴音、今更なに言うとんの?
鈴音が日向先生と部長に試合申し込んだんやん?」
「そっ、それはそう……なん、だけど……」
私じゃない!
そう言いたいのはやまやまなんだけど、
それだと私は頭のおかしい子になってしまう。
「うう……」
孝志めえ~っ
先刻の事といい
余計なことばっかりして
肝心な時に引っ込んじゃうって
いったいどういうことなの?
ちゃんと責任取ってよう~!
そもそも、
このOSチェンジって一体何が引き金になって起こるのよ?
予兆も何もないじゃない。
以前、睦月さんに強制的に代えられたっぽいことはあったけれども
そのとき以外では自分の意志でどうにかできてるわけでもないし……
こう脈絡もなく一瞬で交代させられたら
何か行動起こしてる時とか、危なくない?
僅かな時間とはいえ思考が混乱しちゃうから
そのうち階段踏み外したりとか自転車で事故とか起こしそうで怖い。
「う~……トリガー……トリガーねえ……?
……う~ん……なんなんだろ?」
「鈴音?」
「はっ!」
そ、そうだ! 今はそんなこと考えてる場合ではない!
試合だ。 試合しないと……!
部長さんと、日向先生相手に試合……
……? あれ?
なんで試合しないといけないのかな?
「……あ、ああ! ……そっか、私が、私の実力を見るためか」
「鈴音、さっきからブツブツと意味不明な独り言多いよ?」
「あっ! ううんなんでもないの! 春菜ちゃん。
仕方ない。 こうなっちゃったからには全力でやろう?」
「……仕方ない? こうなっちゃったからには?」
「いっ! いや! いやいや! 全部私のせいだよね!
わかってる! もちろんちゃんとわかってるよっ!」
「…………??」
春菜ちゃんが首を傾げて不審そうな目を私に向けている。
ま、まずい!
何がまずい? 言ってみろ!
って言えるわけ無いじゃん無惨さまーっ!!
「は、春菜ちゃん! 今日はいつも通り! いつも通りやればいいから!
先輩や大先輩に胸を借りるつもりで、ダメ元のつもりで、気楽~に、ね!」
「え、鈴音勝つつもりやなかったん?
なんかさっきと言ってること違ってへん?」
春菜ちゃんは益々訝しげな顔を顕にする。
「や、やだなあ!
そ、そりゃ、それぐらいの気概で行かなきゃ
あっという間にやられちゃうからそう言ってみただけだよぉ~!」
「…………ふ~ん……」
なんか納得いってないながらも
渋々と付き合ってくれそうだ。
ごめんね。 振り回しちゃって。
「ま、いっか。
鈴音と一緒に部活トップクラスの先輩と試合できるんやからね。
しばらくは鈴音、日向部長と組むから
ボクとは離れ離れで寂しいなあ~て思てたから
正直、こんな機会が棚ぼた的にできてちょっと嬉しいわ」
「春菜ちゃん……」
「それに、今までは同級生同士との
お遊び程度のじゃれあい試合くらいしかやったことなかったし、
本格的な試合を鈴音と一緒にできるんは
きっとこの先のためのええ経験になる。
うん! やる気出てきた! 一緒にがんばろな!」
「……う、うん! 一緒にがんば……」
「なんだなんだ? 山桃達、今度は部長や日向先生を相手にするのか?」
……え?
「四天王倒したから今度は魔王を討伐かよ? 一年のくせに勇者だな」
「日向先生ってそういや女子部の顧問だったんだよな」
「おもしれー! これは見なきゃ損だよな」
わらわらと女子部の皆どころか男子部員までがギャラリーに混ざり始めた。
ぎゃーーっ!
ちょ、ちょっと待って!
なんかいつになく超目立っているんですけど!?
「あわ、あわわわわわっ!」
普段は隅っこ暮らししていて
注目なんて全くされ慣れていないから
めっちゃ緊張してきた。
なんか顔が上気して熱くなってきてるのがわかる。
こ、これはちょっと
今の私にはきついよ!
「ちょっと! 男子部さぼんな! おまえらちゃんと練習しなさいよ!
こっち見んな! 気が散るだろー!」
日向先生も注目されるのは本意ではないようだ。
相当ブランクあるようだし当たり前だよね。
「男子部はつい先ほど部活終わりましたよ先生ー!」
「いいでしょべつに、技や試合運びの研究のための見学なんですから」
「日向部長や先生の卓越した技術、見せてくださいよー」
「そうだそうだ! それにその一年女子の使ってるラケットは男子部のだぞー」
男子達は見学の正当性を主張している。
「ぐぬぬ! ただでさえうん十年ぶりで緊張してるのに、こいつら~!」
日向先生も困っているようだ。
う~ん……だったら、いいよね?
「え? 鈴音、どこ行くん?
もう試合始まるよ?」
私は、コート脇のギャラリーに混ざっていた佐藤くんの姿が目に入ったので
トコトコとそこまで移動し、彼の前で静止した。
「……え? 山桃?」
「……えと、その……さ、佐藤……くん」
緊張する。
実際、お喋りするのは二度目だけれど
さっきのは孝志OSだったからなあ
「…………じ、じゃあ、これ、返す」
ラケットを差し出した。
「うわっ!? や、山桃!? い、いや!
い、今のは先輩も冗談で言ってるんだよ!
いいから好きに使ってくれよ!
どうせ誰も使ってない部室の隅に転がってたやつなんだし
なんならへし折ってくれてもぜんぜん構わないから!」
そんなことしたら、たぶん先輩たちは黙っていないと思うけど。
「だって、目立つの、嫌だし……」
「……え? …………山桃?
なんか、さっきと雰囲気が……?」
「……あ! ……あ~…………
そこは、気にしないで。
私、実は……二重人格、だから」
「えっ!?」
言っちゃってるよ、私。
真実を。
いやでも、そう言っておいた方がいい場合もあるんだよね。 確か。
嘘つくときは真実を混ぜ込んで言った方がより効果的だって言うし。
……って、混ぜ込むも何も、まんま真実やんけー!
「……そ、そうなんだ、山桃……」
なんか、佐藤君が複雑な顔をしてらっしゃる。
「で、でも俺は、い、今の山桃の方がイメージ通りっていうか
こ、こっちの方が、その……いい……と……いうか……(ゴニョゴニョ)」
「え? ごめんよく聞こえないんだけ……」
「って、鈴音ー! なにしとんの!?
アホなことやっとらんでさっさとネット際行くよ!」
春菜ちゃんにがっと腕を捕まれ
ずるずると引きずるように連れて行かれる。
「あっ! ま、まだ話は終わってないんだよっ!
待って~行かないで~佐藤くうん~っ!」
「や、山桃お~っ!」
双方腕を伸ばして叫び合う。
まあ実際移動してるのは私の方なんだけど。
そのまま、試合する四人はネット際に集合した。
「……山桃、お前、余裕あるな。
クラスの男子とコントとは」
羽曳野先輩に突っ込まれる。
「……いえ、その……」
いや、私は本気の真剣にラケットを返そうとしたんですけどね!
「まあいい。 して、おまえら。
今からファイナルゲーム形式で試合を行うわけだが、
ルールはわかっているな?」
どうやら羽曳野先輩が審判を務めてくださるようだ。
「あ、はあ、だいたいは……」
ファイナルゲーム形式。
通常、1ゲームは4ポイント先取で終了となるのだが
ファイナルゲームではそれが7ポイントとなる。
そのうえ、サーブ側とレシーブ側がゲーム中
めまぐるしく交代となる。
最短で終わらすにしても誰しも必ず一回はサーブが回ってくる。
同様にコートチェンジも度々行うので
割合というか、結構めんどくさい。
だが、何もかもを皆が満遍なくやることになるため
不公平感が最も少ないのはこのファイナルゲーム形式だろう。
短時間で試合の優劣をつけようとするのなら
確かにこの方式が適していると思う。
当然だが
孝志の部活時代には無かったものである。
今までソフトテニスは何度かルール改正がおこなわれている。
ファイナルゲームの試合進行方法は
どうやら1993年に導入設定されたものらしい。
ま、これは孝志が知らなかっただけで
私(鈴音OS)は入部後すぐに説明受けて知ってたんですけどね。
「さて、それではいきなりファイナルゲームとなるんだけど
先攻・後攻はどうしますかね?」
「そうね、後で文句あってもいけないから
ここはちゃんと決めておきましょうか」
文句って、今回は別に何かを賭けてるわけでもないし
ただ勝ち負けが決まるだけなんだけどな。
こっちが勝ったからって何かイイ事あるのかな?
負けた場合は?
……うん。 深く考えるのはやめておこう。
「じゃあ行きます。 トス」
審判である羽曳野先輩がコールする。
「春菜ちゃん、どうぞ」
「ひなの、よろしく」
「はーい! ほな行くよー!」
「「じゃんけん、ぽん!」」
「……勝った。 ふふ……」
前衛である二人のジャンケンの勝者はひなの部長でした。
部長、喜んでるけどまだこれからなんですけど?
「ほ、ほな、回します」
負けた側の春菜ちゃんがラケットを地面に立て
クルクルッとコマのように回転を与える。
「えと……じゃあ、表」
ひなの部長が出るラケット面を予想する。
カラーン!
STA(日本ソフトテニス連盟)公認マークが見えた。
つまり、表だ。
「取ったよ、お母さん」
ドヤ顔で母である日向先生に報告する部長。
「あー、はいはい。 いい子いい子」
「ふふふ……」
母に頭を撫でてもらって幸せそうにしている。
安上がりでいいですね。
「日向・日向チームの優先権となります。
どうしますか?」
「……うーん、お母さん、どうする?」
「そうね、じゃあ、様子見たいから
コートを取るわ。 こっち側で」
「ほな、ボクらはサーブ権取れるけど
鈴音それでいい?」
トスで勝者が陣地を取った場合
敗者はサーブを取るかどうかを決められるのだ。
通常はサーブ側が先攻となるので若干有利と言えなくもない。
気分の問題だけかもしれないけれど。
「う、うん……あんま、自信、ないけど……」
「ほな、サーブで」
「……山桃」
「は、はいっ!? なんでしょう?」
日向先生は私にはにかみながら笑顔を向ける。
「さっきはその……ありがと。
なんか、少しだけ心が軽くなった気がする……から」
「せ、先生……」
あ、そういえば、孝志がさっきなんか言ってたような……
確か、水無月さん……のことで、だよね?
「だから……」
「いえ、べつに、私はなにも……」
言ったのは孝志だから。
「――だから!」
「は、はいっ!?」
「お礼に、今の私の精一杯を見せてあげる!
覚悟、しなさいよね!」
「……っ!」
先生のさわやかな笑顔とは裏腹に
私はゾクリと戦慄を覚える羽目となった。
いや!
だから違うってー!
こんなご褒美いらないよう~っ!




