Ⅵ 空白の時間
「ラフ&スムース 第三章」
「…………」
「…………」
「「「…………」」」
当事者である僕や日影を含め
周りのすべてが僅かな時間シンと静まり返った。
あれ? なんか僕、やっちゃいました?
「……は? いや、意味わかんないし!
あんた、唐突に何言ってんの?」
その沈黙を破ったのは日影だった。
訝しげな顔をあらわにし
こちらに一気に詰め寄って来た。
だ、だからっ! ち、近いって!
吐息がかかりそうな距離にたじろぎ
僕は僅かに後ずさりをしながら主張を述べる。
「じ、自分の今の実力を知るためです!
先生と、部長のペアと試合すれば、きっとそれがわかると思うんです!」
「はあ? そんなのこの前の羽曳野との試合で大体わかったでしょお?
今まで全くプレーを見せたこともない
私とやったって、そんなのわかるわけないじゃん!」
「そっ、それはそうなんですけど! その…………」
まずい! 流石に今のこの身体の実力を
日影を使って推し量ろうとしてるなんて言っても
余計意味わかんないだろうし
だからと言って僕の正体バラすわけにもいかないし
上手い理由がすぐに思いつかない。
「お母さん、わたし、やってみたい」
「!? ひ、ひなのちゃん!?」
「少なくとも、山桃さんとわたし、お互いのことはよくわかると思う」
おお!? 部長ナイス! もっと言ってやって!
「す、鈴音!」
「春菜?」
「でも、ボク前衛しかできへんよ?
鈴音今度の試合では前衛をやるんとちゃうの?
それとも今だけは後衛でするん?
ひなの部長は後衛なんやけど……日向先生は前衛の選手なん?」
「……あ!」
そういや日影も後衛だったな。
すると向こうはダブル後衛になっちゃうのか?
いや、確か部長はオールラウンダーだから一応前衛もできるのか。
でも本業は後衛って言ってたから真価を発揮できるのはやっぱ後衛なんだろうな。
んで、春菜が言うように僕が春菜と組んで後衛やるんだったら
正確な実力ってやっぱわかんないのか……
流石にいきなり春菜とダブルフォワードやるのは敷居が高すぎるだろうし
「う、うーん……?
あ! だったら僕が今度の試合同様にひなの部長とダブルス組んで
春菜がひか……日向せんせーと組めばいいんじゃ!?」
「「え!?」」
いきなり部長と春菜の顔色が変わった。
「そ、そんなん……鈴音と前衛対決なんてボク、
あんまやりたーないな……」
「わたしも、お母さんと組んでするならいい、けど……
お母さんと対決は、ちょっと……」
いきなり雲行きが怪しくなってきた。
「ちょっとちょっと! 何勝手に話進めていってんの?
私試合するなんてひと言も言ってないんだけどお!?
そもそもペアの組み合わせを変えてもOkってことはなに?
つまり、あんた私と手合わせしたいってことなの!?」
「うっ!」
バレた!
いやまあ確かにそういう事なんだけど、
あまりに露骨すぎたか。
「山桃!」
「あ、羽曳野先輩?」
「お前の焦る気持ちはわからんでもないが
物事には順序ってもんがあるんだ。
今は乱打練習中だ。
おまえが日向先生にこの指導を頼んだんだろう?
だったら先生を困らすようなことをするのは
ちょっと違うんじゃないのか?」
「うっ!?」
は、羽曳野先輩がなんか凄く尤もらしいことを言っている。
普段は理不尽大魔王なのに!
でも……言われてみると、たしかに……
僕は恐る恐る周りの部員たちの表情を確かめてみた。
「…………」
あ! 皆めんどくさそうな顔してるわ。
こりゃ、……まずかったかな?
「す、すみませんいきなり!
確かに……焦りからかちょっと暴走気味になってしまいました。
よく考えたら僕の我侭で……これって皆さんの迷惑ですよね?」
「もちろん!」
「……え?」
「でも、日向先生が試合前に直接指導してくださってるのに
素振りと乱打だけで終りってことはないでしょうしね。
今日は無理だったとしても当然、
直前までには勝つ為の指導をしてくださるだろう」
羽曳野先輩は片目を瞑り僕を見据えながらそう言った。
え? つまり……?
「あらゆるノウハウをご指導いただいた後
最後の締めで練習試合ってところですかね?
ね? 日向先生!」
「え”!?
い、いや……今日はその、たまたまちょっとだけ間があっただけであって……」
「いやあ、私、”超MMコンビ”の伝説、思い出しました!」
「え!?」
「ウチの母も昔、テニスやってましてねえ
出身が先生と同じ赤石中学だったんですよ」
「ええっ!?」
「旧姓が沢渡って言うんですが、ご存知ですかね?」
「うえええっ!?
さ、さわたりいいい~っ!?」
あ、僕も知ってるわ!
確か二番手の後衛の子だったわ。
事あるごとにいつも日影のことライバル敵視してて
悪態つきまくってたけど、そのくせ頻繁に付き纏ってて
実は超慕ってたんじゃないのか? って
周りはみんな生温かい目で見守っていたんだよなあ
日影は迷惑そうだったけど。
そっか先輩あの子の子供だったのかあ
世間は狭いなあ……
「母が知る限り、超MMコンビの公式戦での戦績は
全くの負け無しの完全無敗!
諸事情により全国には行けなかったそうですが
もし行ってれば赤石中学の名が全国に轟くこと間違いなし!
って言われるほどだったそうじゃないですか」
「は……はは……そ、そうだったっけ? い、いや!
たぶんそれかなり思い出補正入ってるだけなんじゃないのかなあ……?」
「いえ! そんなことないです!
だって、家にいっぱい証拠写真とか残ってるし!」
「ぐあ!?」
……そういえば沢渡のやつ
新聞部かよっていうほどいつもごつい一眼レフのカメラ
首にぶら下げてあちこち撮影しまくっていたよなあ
当時は当然フィルムカメラだったし
現像プリント代も馬鹿になんなかっただろうな。
僕も興味はあったけど貧乏だったから
あの時は手が出せない趣味だったんだよな。
思い返せば孝志のその後の人生
この沢渡の影響も多少は受けてたのかもしれない。
特に親しかったわけでもないんだけれど。
いや、どっちかといえば僕には割と辛辣に当たられていたような気がする。
嫌われていたのかもしれんね?
あらためて、バタフライエフェクトとまでは言わないが
気がつかないうちに色んな人の色んな日常が
様々に絡み合って未来ってつくられていってるんだなと思う。
もしかしたら僕の何気ない行動にも
ある人物にとっては特別なものだったりして
来たる未来の革命的な大成功や大失敗に
何気に直接関わっているのかもしれないな。
なーんて
まあ、仮にもしそうだったとしても
そんなことにまで責任はもちろん負えないんだけどもね。
「椛ちゃん!」
「は、はい!? なんでしょう部長?」
「今度、家に遊びに行ってもいいかな!?」
目にキラキラと星をいっぱい輝かせて羽曳野先輩の両手を握り締める部長。
「うえ!? べ、べつにいいですけど……
ウチ来ても遊ぶものなんか特になんも無いですよ」
「そんなの……構わないから!」
鼻息を荒くし、ズイと顔を近づける部長。
羽曳野先輩もたじたじだ。
「は、はい……そ、それでもよろしければ……」
「……やった!」
静かにガッツポーズを取る部長。
……そんなに見たいのか
現役時代の日影を。
まあ、ウチ(孝志の家)にもあるけどな。
パンツ写ってるやつが。
……で、結局
試合はどうなるんでしょうかねえ?
「わ、わたしの戦果なんて
たまたま相棒に恵まれていたから良かったってだけで……」
「またまた、ご謙遜を!
一方が穴だったらそこを攻められたらすぐ終わっちゃいますよ。
ちゃんとバランスが取れていたからこそのこの戦績でしょ」
「じゃ、じゃあ8:2くらいだったんじゃないかなあ?」
交通事故の過失割合かよ!
羽曳野先輩が話を進めようとしてる。 が
けれどあくまで日影は逃げようとしている。
なかなかに手強いな
でもそこまで謙遜することないのに。
深山(水無月)も確かに相当強かったが
日影だってけして負けてはなかったぞ。
どちらが欠けてたとしてもあの最強ペアは生まれなかったと思う。
「せんせえ!」
「な、なによ!? 山桃?」
「すみませんいきなり変なお願いして。
せんせえもブランクがあるというのに
そりゃ急には困りますよね」
「…………」
「なんでしたらこれからもう少し練習に参加してもらって
勘を取り戻しつつ部員の皆の面倒を見てもらって、
ご自分に合いそうなペアを見定めてから、後日あらためて……」
!
ぴくりと、一瞬彼女の肩が震えた。
「…………い」
「……え?」
「どいつもこいつも、もう……五月蝿いっ!!」
「せ、せんせえ?」
僕はギョッとした。
俯き、再び顔を上げた彼女の表情は
確か昔、僕は一度だけ見た記憶がある。
ダッと走り出す彼女。
「あっ! 日影!」
慌てて僕も駆け出した。
「山桃!」
「お母さん! 山桃さん!?」
「鈴音っ!」
「ごめん! ちょっと、皆はここにいて!
僕が一人で追いかけるから!」
校舎の裏
人気のない所で
彼女は立ち止まっていた。
「…………」
僕はゆっくりと近づく
気配は消さずに。
「日影……せんせえ」
声をかけると同時に
キッとこちらを睨みつけてきた。
「……!」
でも、表情とは裏腹に目尻にはうっすらと光るものが浮かび上がっている。
「……なによ! 本当は私、ソフトテニス部の顧問なんてやりたくなかったわよ!
なのにどこから聞きつけてくるのか
私が昔やってたって話を持ち出してきて押し付けてきて!
もう、二度と関わりたくなんてなかったのに!
ひなのも、まるで私に当てつけるようにテニスなんかし始めて!」
「い、いきなり、何!?」
な、なんだ!? 急に切れ始めたぞ?
なんか僕、地雷でも踏んづけちまったのか!?
「私に合いそうなペア!?
そんなのもう、いるわけないじゃん!
過去も未来も、私の本当のペアは水無月ただひとりだよ!
組めるもんなら組んで、あんた達にドヤ顔で指導してやりたいわよっ!」
「ちょ! 日影! 落ち着けってば!」
「五月蝿いっ! 私を名前で呼ぶな!
あんたと喋ると、なんでか嫌なことを色々思い出すんだっ!」
「…………」
「……もういない」
「……え?」
一体、何が? 何の、話だ?
「彼女、水無月はもういない」
――――死んだのよ。
なっ!?




