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ラフ&スムース  作者: 新田 やすのり
ZERO(第零章)
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ラフ&スムース ZERO  ―深山三姉妹編― 捌話


「ラフ&スムース ZERO」




とある日の、公立赤石中学校の早朝グラウンド。


澄み切った空気と、この抜けるような青空は

ついこの間までとは打って変わり

ずいぶんと高く遠く感じられるようになった。


雲の形も夏のそれとは異なり

鯖だの鰯だの鱗だのの魚類を形容する雲がよく目立つ。


若干肌寒さが感じられる時間帯。

俺達は一般部員たちの朝連開始時刻よりも

約一時間ほど早くにコートに集合する。



「……………………流石に、まだ誰も来ていませんねえ……


……はっ! 


……こ、これは! もしかしたら逢瀬を重ねるには

これ以上ない絶好のシチュかもしれない、です……!」(ぼそり)


「……ん? 何か言ったか? まぽりん」


後ろを向き、拳を握り締めながら独り言を呟いていた彼女は

両手を開き慌ててこちらに向きなおした。


「い、いいーえーなにもっ!」


「……そうか? 

……さて、それじゃあ……今日が練習初日ということで……ん?」


「はいっ! よろしくお願いしますっ! 先輩!」


ニコニコとしながら気合だけは入っている彼女。

衣装も上下ともにバッチリテニスルックで決めている。

セミロングの髪の毛をポニーテールにまとめて

もちろんバイザーやリストバンド、

可愛らしいデザインのテニスシューズまでも完全完備だ。


しかし……


「あー…………まぽりんさん?」


「……はい?」


目をパチクリさせながら首を傾げる彼女。


「ラケットが無いように見えるけど……もしかして、持って来てないの?」


「あっ、えっと……そのお~…………実は……

いつもは、お姉ちゃん達のラケットを勝手に拝借して

素振りとか壁打ちとかしてたんでぇ……」


あーなるほど、そこからかあ……


「でも、そのテニスルックは全部新品だよね?」


「あ! わかっちゃいましたー? 

どうですどうです? 可愛いでしょー?」


「…………うん」


確かに凄くかわいい。 

そこは素直に頷くしかなかった。


「えへへ……先輩に褒められて嬉しいです。

おこずかい、全部はたいて買っちゃった甲斐がありました!」


彼女は頬を赤く染め、俺の前で

スコートをなびかせながらクルクルと舞いながらも照れ笑い。

実に嬉しそうだ。


でもね、そっち揃えるのは後でも良かったんですよねー……

めっちゃそう言いたいんだけど、

とても言い出せる雰囲気じゃなかったのであった。


まあ、部室に行けば超オンボロのラケットなら転がってるんだけどね。

まぽりんもそれは知っているから持って来なかったんだろうけど。


でもあれってフレームは反ってるし

下手くそがガットの手張りをしたのか知らんけど

妙なテンションのかかり方したのか

ちゃんとした卵型になってないんだよなあ……


まるで秘孔を突かれたヒャッハーな人類の頭蓋のように。 たわば! あべし!


だから正直、あれ使って練習しても上手くなる気が全くしないし

それどころかきっと変な癖がついてしまうだろう。

素振りくらいなら使えなくもないだろうけど。



「うーん……仕方ないな。 

……それじゃあ、はい、進呈」


俺は、手に持っていた自分のラケットを差し出す。


「…………?」


彼女は差し出された目の前のラケットを

ほぼ無意識に両手で受け取った。


「やるよ」


「…………えっ! でもこれって、先輩の……えっ!?」


ラケットを見て、俺を見る。 

そしてまたラケットを見て、俺を見る。

彼女はそれをめまぐるしく二度三度と繰り返した。


「ああ、俺が入部してから今までずっと使ってたラケットだ。

ちっと痛んではいるが、まだまだ使える……はずだ」


「そ、そんな大切なラケット……頂けませんっ!」


「ふ、心配するな。 俺にはこれが……ある!」


そう言ってスポーツバックに差し込んであった物を取り出す。


「じゃじゃーん!」


「あーっ! もしかしてセンパイ! 新品買ったんですかー!?」


「ふふん、どうだ? 毎朝牛乳配達して貯めたお金で買ったんだ。

こいつがどうしても欲しくてなー」


「うわー! いいないいなーうらやましい! ずるいです先輩ーっ!

真歩も誘ってくれたら一緒にバイトやったのにいー!」


「……いや、基本ウチの学校はバイト禁止だし、

俺も親の名前借りてこっそりと内緒でやってたしな。

それに、早朝というか、外暗い内からやらなきゃならんのよ?

このご時勢、もしまぽりんの身に何かあってもいかんし」


「…………センパイ、そんなに真歩のこと大事にしてくれてるんですか?」


彼女は両手を胸の前で握り、上目遣いでこちらを覗き込んでいる。

まるでお祈りでもされているようだ。


「あっ? ……ああいや、そういうわけでは……」


もう目的は果たしたから

これからは業務を縮小する方針でもあったのだ。


「大丈夫です! もしもの時は先輩に責任取ってもらいますから!」


「いや! 無理無理!」


「ええーっ!? 即答っ!?」


眉を八の字にして涙目になって悔しがってる。

もしかして、プライドを傷つけちゃったのかな?


「ううー、 ……もしかして、先輩って処女厨なんですかあ!?」


「や、ちが! や、やめなさいはしたない! そういうことじゃなくてね!

た、たかだか中学二年生の俺がそんな重い責任を負えないってことだよ。

まぽりんの価値が下がるとか、そんなこと微塵も思ってないからね?」


「ぷっ…………冗談ですよおー真面目ですねセンパイって!

……でも、お気遣い、ありがとうございます。

おかげで真歩は純潔を保ったままお嫁にいけそうです。 ぷんっ!」


なに最後の「ぷんっ!」は?

俺らまだ義務教育中なんだぜ? 

責任能力無くて当たり前じゃんか……


「……でも、綺麗ですねーこのラケット。

全体が艶々ピカピカのワインレッドに包まれていて

木目がぜんぜん見えません」


「ああ、こいつは只の木製ラケットとは一味違っててな

フレーム外周にロケットにも使用されてるシリコンカーバイドっていう

宇宙開発用新素材がラミネートされてるんだ」


「へえーすごいです! 

じゃあスマッシュなんか打つときに

背景に宇宙とかロケットが見えたりしますね! きっと!」


「もちろん!

ギャラク○ィカ・マグ○ム・スマッシュ!

とか言っちゃったりしてな!

被弾した相手ペアたちはコートの外まで吹っ飛んでいくんだぜー?」


「ふふっ、それは、楽しみですー! 

でも、真歩はふっ飛ばさないでくださいね♡」


「おう! ちゃんと手加減してやるから心配すんな、あはは!

ま、まあ今渡したそのラケットも初心者用の安物だけど

モノ自体は悪くない、良いラケットだよ。 

また上達したら俺みたいにもっと上のランクのを買えばいいさ」


「…………この先輩のお古のラケット、あちこちに傷があって……

正直言って、ボロいですねっ!」


「うっ! 笑顔でズバッと言うなあ……

でも、まぽりんのそういうところ、俺は嫌いじゃないけどな」


「あっ! ご、ごめんなさい!

けっして嫌味のつもりで言った訳じゃないんです!

むしろ、真歩に取ってはご褒美で……」


「……? ま、まあ確かにボロなのは否めないが……

…………き、気に入らないか?」


「いえ……いえ! この一つ一つの傷に

先輩の練習や試合の歴史が刻まれてるんですよね。

そう思うと、すごく感慨深いです。

…………それに……(スンスン)」


「ん? それに?」


「いいにお……い、いえっ! なんでもないですっ!

こ、これ、とっても気に入りました! 先輩、ありがとうございます!」


そのラケットを大切そうにぎゅっと胸に抱きながら

彼女は満面の笑みで応える。


「えへへ、先輩の先輩ラケットもらっちゃったー!


おい! そこの後輩こーはいラケット! これからはしっかり先輩のお役に立てよ!

でないと先輩ラケットは許さんからなあ!

はいっ! 誠心誠意、心を込めて尽くさせていただきますっ!

けっして先輩ラケットさんの顔を潰すようなことは致しません!

うむ! それならばよい! しっかり励めよ!」


「…………はは……」


なんかラケット同士を擬人化させて遊んでいる。

お人形遊びみたい。


まあ、態度から察するに

本心から気に入ってくれてるようなのでよかったなと思う。


「……………………? 

…………あれ? でもなんかそのラケット、

よく見るとなんか、どこかで……見たことある……よう……な……?」


「…………? 

見せたのは、今朝が初めてだぞ?

ウチの部で他にこれ使ってる奴もいなかったと思うけど……」


「そうです、よねー? …………はて?」


まあ、どこかお店で見たものが記憶に残ってるだけなんだろう

テニスウエアを揃えた時とかに



「……して、今日は体調は大丈夫なのか?」


「うふふ、今日はねえ、とっても気分がいいの。

こんなにいい気分は本当に久し振りだわあ……」


「いや、まぽりん! それフラグ立って死んじゃうやつ! ダメなやつ!」


「あはは! 冗談ですよう! 大丈夫です!

なんなら今から逆立ちしてグラウンド一周して見せましょうか?」


「え…………」


思わず想像してしまった。

スコートがまくれて

アンスコ丸見えの犬神家状態でグラウンド一周…………だと?


ゴクリ。


「…………センパイ、目がキョドってます……」


はっ!


「なっ! 何を言ってるんだね君はっ!?

ま、まあ、元気があるのはよろしい! いいことだ!」


「あ、誤魔化した!」


「そ、それじゃあ時間もないことだしっ!

まず軽くストレッチしてから素振りしてみようか!」


「はあーい!」








「いっち、にー」


ヒュン!


「後ろから前へ、常に胸を前に突き出す感じで!」


「センパイ、センパイの真歩を見てる目がエロいです」

「エロくない!」


「いっち、にー」


ヒュン!


「もう少し、重心を下に下げて!」


「真歩のお尻、ガン見されています」

「腰だ! 腰を見ているんだ!」


「いっち、にー」


ヒュン!


「よし! なかなか上手いぞ!」


「なんだか視姦されてるみたいで興奮します」

「せんでいい!」


「いっち、にー」


ヒュン!


「いいぞ! 綺麗なフォームだ!」


「センパイ! 真歩のこと綺麗って、綺麗って言ってくれていますか!?」

「いやフォームのことね! ふぉーむっ!」


「いっち、にー」


ヒュン!


「いい感じ! その調子で続けて!」


「ああっ! 目を離さないで! もっと、もっと真歩を見ててくださいっ!」

「いや、心配しなくてもちゃんと見ているからねっ!」


「いっち、にー」


ヒュン!









「……あの子達、本当に真面目にやってるのかなあ……?」


「……あのねえ水無月、気になるんなら堂々と出ていけばいいのに。

何でこんな物陰からこそこそと見てなきゃなんないのよ?」


「だって! 姉さん、

今出て行ったらつけてきたの丸分かりじゃない!

いつも姉さんを遅刻ギリギリの時間に起こしてる私が今ここにいるなんて、

どう考えてもおかしいでしょ?」


「そ、そんなこと言いだしたら私だってここにいるのはおかしいわよ!

べつに普通に真歩が心配で見に来たーでいいじゃない!」


「う……ま、まあそうなんだけど」


「それともなに? 水無月は他の理由で来てるのかなあ?

昨日言ったよね? 真歩は納得してなかったみたいだけど、

あんたは駄目だって」


「わっ、わたしはっ! …………わたしも……その……

真歩が心配……で……きただけ……だから……(ぼしょぼしょ)」


「ふ~ん……まあ、そういうことにしといてあげる!」


どやあ


「む…………姉さんだって、同じ理由で……来たくせに……(ぼそ)」


「なんか言った!?」


「いえ! 何も!」



「へえ……なんか、なかなか面白そうなことしてるみたいだねえ、孝志達……」



「「っ!?」」



何時の間にか

彼女らの背後に不敵に笑う一人の人物の陰があった。



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[一言] なんかイチャイチャしてるけど未来のことを考えると不安になる……
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