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ラフ&スムース  作者: 新田 やすのり
ZERO(第零章)
56/86

ラフ&スムース ZERO  ―深山三姉妹編― 漆話

今回は水無月と孝志の出会いのエピソードです。



「ラフ&スムース ZERO」






その日は、生憎の空模様だった。


部活動は休みとなり

私は学校帰りに書店に寄り

空いた時間を好きな「読書」という名の

書店にとっては迷惑にしかならない只の立ち読みに興じていた。


あ、もちろん悪いとは思ってるから

何か一冊は買って帰るつもりでいますよ。 念のため。


べつに早く帰ってもいいんだけれど

そしたらその分剣術の修行が長くなる。

それはできればちょっと遠慮したいなあと思い

帰るタイミングを見計らいながら時間を潰していた。


丁度好きな漫画の新刊を読み終え、一区切りついた頃

次はどうしようかなと思案中に

ふと、視界に見知った顔が目に入った。


「…………!」


書店の前の通りを同じ学校のクラスメイトが通って行ったのだ。

先日の席替えで私の前の席になった男の子。

部活も同じソフトテニス部なので、一応名前だけは知っていた。


確か、阿部……くん、だっけ?


この近所に住んでるのかな? 

もう私服に着替えていたみたいだけれど……

小雨とはいえ傘も差さずに

何やら神妙な面持ちで息を切らして足早に歩いていた。


「…………」


なんでだろうか

ただ、それだけのことだ。


一瞬疑問に思ってそれで終わり。

それが普通の反応なのだろう。

そんなに親しくもない、ただの同級生なのだから。



なのに、私は何時の間にか書店を飛び出し彼の後をつけていた。



なにやってるんだろう、わたし。









ほどなくして、私は彼に追いつく。

開けた場所で立ち止まっていたからだ。


追ったのは、距離にしてほんの数十メートルだけだった。

そこは、どこにでもあるような、ちょっと寂れた公園。



「ミーーーっ!!」



!?


一瞬ドキっとした。

彼が、いきなり叫んだからだ。



「ミーーーっ!!」



”みー”って……

べつにわたしのことじゃ、ないよね?

そんな風にわたしを呼ぶのは、普段は妹の真歩だけだし。



「ミーーーっ!!」



何度か方向を変えながらひとしきり叫んだ彼は

がくりと肩を落とし、とぼとぼと

濡れたままの近くのベンチに座り込んだ。




――――あれ?


あれれ? わたし……?



いつの間にか

彼の頭上に傘を差し掛けている私がそこにいた。


普段、消極的な行動しか取らないのに

自分でもびっくりだった。


「……!」


彼は俯いていたけれど、流石にすぐに気づかれた。

まあそりゃそうだよね。


「君……は、確か……クラスの……」


「え…………と……」


「……?」


しまった!

何も考えず動いたもんだからすぐに言葉が出てこない。

自分から近づいて来たくせに

目が泳いでてその上挙動不審なんて、なにやってんだろわたし……


いや、落ち着け。

何もそんなキャッチーな台詞を言う必要なんて無い。

普通に話せばいいだけなんだ。 普通に。


…………?? ふ、普通って、なんだろう?


「…………深山?」


「!」


あ、良かった。

名前、覚えてくれてたんだ。

なんだか少し、ホッとして

固まっていた思考が少しずつ動き出した。


「こんな所で、ずぶ濡れになって、

いったい何をしてるのかな? 阿部くん?」


出だしで一瞬コケかけたが

まずまずの滑り出しだ。 

おかげでたどたどしくもなんとか会話を進めることができた。



聞くと、三日前からいなくなった猫を探しているとのこと。

ああなるほど、それでみーちゃんね。


身重だったので盛りで出て行ったわけではないと言う。



「一緒に探して、あげよっか?」



「いや! こんな雨の日に悪いからいいよ!

僕もあと数十分もしたら今日は引き上げるつもりだし」


ちょっと申し訳無さそうに言う彼。


「だったら、その間だけでも手伝うよ。

あんまり役に立たないかもしれないけれど……

よかったら、模様とか、特徴教えてくれる?」


普段だったらそもそも

自分から申し出るなんてするタイプじゃないのに

そこで更に食い下がるなんて……


私ってこんな子だったっけ?



「ミーーーー!」


「み、みーーっ!

みーちゃーん! どこー!?」


自分の名を呼んでるようで

なんだか変な気分になった。


小一時間ほど一緒に探したが結局見つからず

その日は解散となった。


「今日はありがとう。 今まで喋ったことなかったから

もっとクールな印象持ってたんだけど……深山って、優しいんだね」 


「んぐ!? い、いやっ! べ、べつにこれくらい

ふ、普通だと思うよっ! クラスメイトが困ってたら

誰しも、やっぱ少しくらいは力になりたいって思うじゃん!」 


「……うん。 ありがとう」


「……! さ、さよなら! か、風邪ひかないようにね!」


ニコリと微笑むどこか寂しげな彼の顔を見て

何故か思わず目を逸らして逃げるように走り去ってしまった。





そして、翌日からなんとなく彼とはクラスや部活前後で

ちょっとずつ喋るようになる。


昨日はどうだった? とか他愛の無い

ひと言ふた言程度ではあるが。


今までは引っ込み思案で

クラスでも友達と呼べる人はあまりいなかった。


なので「登校」というものは

今までの私にとってはどうしても避けることのできない

仕方のない行事ごとで、ただただめんどくさいだけのもの、

というくらいの認識であったんだけど


その時を境目にほんの少しだけ

学校に行く足取りが軽くなったような気がした。



「……うん、また下校時に一緒になったら探すの手伝ってあげよう」





数日後、この日も雨。

公園でまた阿部君を見かける。


「あっ! 阿部く…… !」


声をかけようとしたら、そこには日影姉さんがいた。


ずぶ濡れの彼に傘を差してあげている。


「え? なんで、姉さんが?」


日影姉さんは同学年ではあるものの

クラスは別だ。 

苗字が同じだから、

先生方に紛らわしいと思われてきっと分けられたのだろう。


私もそうなんだけど、姉さんと阿部君は出身の小学校が違うから

面識はそんなに無かったはず……

あるとしたら、部活なんだとは思うけど。


「!」


よく見ると

彼はスコップを握り締め

泥だらけの手をしていた。


脇にダンボールが置いてある。

中身は……おそらく。


「…………見つかったんだ……」


私は身を隠したままボソリと呟く。


それも、おそらく最悪に近い形で。


「ありがとう……日影。 あとは、自分でやるから」


「手伝うよ」


二人は川原に移動し

彼は黙々と穴を掘り進めた。

姉さんは無言でずっと見つめながら彼に傘を差し続ける。


彼の手が止まり、スコップから一度手を離す。


その手はそのままダンボールから

泥にまみれた遺体らしきものを取り出し

それは穴の底にやさしく、そっと置かれた。


生前、大好きだったのであろう

猫餌をポーチから取り出し傍らに添える。


そして、少し間を置いてから少しずつ土を被せていった。


二人、静かに目を瞑り、両手を合わせて一分ほど。


最後に姉さんは彼に傘を渡そうとするも

彼は受け取らず

そのまま姉さんは立ち去った。


独り、お墓の前で佇む彼。

疲れたのか、川原の大き目の石によろりと座り込む。


僅かな沈黙の後


「ミー……ミー、ちゃん……………………うっ……」


「…………」



それからしばらくの間

肩を震わせ泣いている彼を


私は出て行くこともできず

ただ固まったまま、それをずっと見つめ続けていた。







「なんか、羨ましいなあ、みーちゃん……」


彼の不幸に対し

わたしからポツリと漏れ出た開口一番がこれだった。


すぐに嫌悪感を覚え、自身を卑下する。


「やな奴だ、わたし……」



この感情がどこから来ているものなのか

当時のわたしには、まだ、わからなかった。



※補足1


この時代、まだ猫は外飼いの家庭の方が圧倒的に多かったのです。

今でこそ良質な餌や飼育用具、ワクチン接種など

動物専門の医療機関も充実し

室内飼いが劇的に猫の寿命を延ばすことが世間に知られ浸透していますが


当時は一般にそのような知識にも乏しく

自由にさせてやるのが一番いいだろう

というのが大半の常識のようになっていました。


しかし実際は病気や事故に遭う確率が高いため

寿命も室内飼い猫の半分もないことが多かったのです。


今ではネットの普及などもあり

外飼いの方が少数派となってきています。



※補足2


猫の遺体は近所の人が死んでる猫を発見し

簡易的に公園横の空き地に埋めてくれていました。

その噂を聞きつけた孝志が、当事者から事情を聞きここに辿り着き

掘り起こし確認をしたということです。

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