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4話  家付きママ付きクーちゃん付き

『ラフ&スムース』





彼はまだ目覚めていない、ずっと眠りっぱなしだ。

逆に母はあまり寝ていないのか、少し疲れてきている様子だ。

ちょっと心配になってきた。


「あの、お母さん・・・少し仮眠を取ってはどうでしょうか?

手前味噌で申し訳ないんですが、

ウチは結構優秀なスタッフを揃えているつもりですので、安心しててください。

何かあったらすぐお知らせしますので・・・

あと、なんか必要なものとか、買い物したいんでしたら私、お使いくらいします・・・よ?」


なんとかどもらずに言えるようになってきた。

他人行儀な喋りには、まだ違和感があるけれど、それは仕方がない


「お気遣い、ありがとう・・・まだ、大丈夫ですから」


あいかわらず無理しようとする性質は健在だなあ・・・

もしも倒れられたら元も子もないんだけど・・・さて、どうしようかな・・・あ!


「ネコさん・・・」


「えっ?」


母は何かに気がついたと同時に少し驚いていた。


「・・・あっ! いえ、服に毛が付いていますから・・・犬か猫を飼ってるのかなと思いましてっ・・・」


本当は毛が在るかどうかなんてのは見ていない、とっさの言い訳だ。


「あ、ああ・・・はい飼ってます、ネコ」


「しばらく帰らないのでしたら、私、面倒見ましょうか?」


「そ、そんなこと、滅相もありませんっ」


やっぱり全力で遠慮しようとしてきたなあ・・・ここは間髪入れず


「わたし、大好きなんですよネコさん。だってかわいいんですもんっ

今は諸事情で飼ってないんですけど、扱いには慣れてるんですよ。 短期間ならこちらから是非ともお願いしたいくらいなんですっ!

・・・どうかお願いします。 ちょっとの間だけお借りしたら・・・いけませんか?」


・・・これでどうだろうか? 

母は今、面倒を見れなくて困ってる筈だから

ここまで言ったら行けそうに思うんだけど


「でも・・・ご家族の方とか・・・迷惑に・・・」


まだ押しが足りなかったか


「大丈夫ですっ! ウチはお父さんと二人ですからっ お父さんは必ず許してくれます。」


根拠は無かったが、自信たっぷりにそう言った。



それからも幾つか遠慮の言葉を放って来たが、私はその全てを迎撃して

やっとのことで母は了承してくれた。


一旦必要な荷物も色々取りに帰らねばならなかったようで

彼女はタクシーを呼んで帰ることにした。

私は自転車で追いかける格好となった。

猫のトイレとか、餌とかを積んで帰る為だ

流石に猫のトイレをタクシーに積むのは匂いとかあるし、運転手さんに嫌がられそうだしね


一応、家までの道は聞いたが

聞かなくてもわかっていたので「うんうん」とただカクカクと頷いていただけだった。



ほどなくして病院にタクシーが到着し、母はそれに乗り込んだ。


「・・・でも、本当にいいのかしら、鈴音ちゃん・・・猫、預かってもらうなんて・・・」


まだ言ってるよ、まったくしつこいなあもうっ・・・


「それでは、お母さま、私は自転車で追いかけますので。

遅くても10分以内には参ります。 待っててくださいね~」


ニッコリと微笑み、今の言葉はシカトした。


ブオンッ! ブオン! ブオオオンッ!・・・・・・ブオオおおおんっ! 

キャキャキャッ! うおんっ! おーーーんっ!!・・・おおーーーーんっ!!・・・おおおーーーーーーんっ!!・・・


・・・あいかわらずのハンパない走り・・・・・・よりにもよって、あのタクシーを相手にすることになるとはね・・・



「ふふ・・・燃えてきたわ・・・それじゃあ、いっちょやってみますかっ・・・いざ! 勝負だっ!」


敵はここいらのタクシーでは最も速いと噂の「緊張タクシー」だ。 ネーミングセンスもなんかやばい!

ホントか嘘かは知らないが、探偵や刑事が追跡に使ったりもする・・・

そして、その逆もしかり

訳ありの人間が逃亡に使用したりもする・・・

・・・との噂も流れているくらいだ。

一方で、運転手の誰かが必ず免停で欠けてフルメンバーが揃ったことがない、との噂もある。

ひどい時には半数の機体が出撃不能になっていることもあるらしいとの噂も・・・

いったいどこの最前線基地なんだよっ?て話だ。


でも、だからこそ、この勝負はやりがいがある

相手はウサギ相手にも一切手を抜かない獰猛なライオン!

それに打ち勝つことができてこそ、真の意味での王者となれるからだ!


最近では学校のクラスでも、勝っただの負けただのと、妙なローカルブームになっている


だから私は、その波に乗って・・・そして、そいつに・・・勝つ!


私の武器はママチャリ!

例えるなら機関銃相手にナイフ一本で勝負するようなものだが・・・

だけど、そんなのは戦い方次第だ。 なあボリス


どれだけの強力な武器も、その性質を活かすことができなければ何の役にも立たない

逆に貧弱であってもその特性を最大限に活かすことが出来さえすれば、そう・・・

蟻ですら象をも倒すことが可能なのだからっ!


私は知識と経験に基づいた作戦を頭の中で瞬時に描いた。


相手が炎を動力源とする鉄の化物だとしても

だからこそ、通れる道は限られている

やつは仮に最短コースを取ったとしても、ここからなら信号は・・・3箇所。

どんなに運が良かったとしても1回は必ず止まるはずだ。

・・・いや・・・今は夕方・・・2回、やつは2回は止められると見た!


一方、私は・・・自宅の自転車まで、全速で約3分! 2回分の信号のタイムラグとはほぼ同等!


即座に家に置いてある買い物チャリを取りに行き

彼の自宅方向へと前輪を向ける・・・


「ふ・・・私に迷いはない! それに、チャリならばここからは・・・

車道よりも最短でノンストップのコースを知っていてよっ! おほほほほほっ!」


しゃかーーーーーーーーーーっ!


ノリノリで全速力で漕ぎまくった。

テーマソングはメロンブラザーズの「走る」を、彼の記憶の中から選曲! 


「砂漠を走る~♪ いっつまっでも~♪」


血がたぎった。 無駄に。


後は・・・このコーナーを抜ければ・・・


「オ・ア・シ・ス・求め・・・共に、逝こうーー!♪・・・これで、フィニッーーーーーシュ!」


キキーーーーーーーーーーーッ!!


「ぜえ・・・ぜえ・・・ぜえっ・・・・・・ど、どうかし・・・ら?」


「・・・・・・」


彼方に、タクシーの姿を確認した。


「ぜえ・・・ぜえ・・・勝った! う、うふふふふ・・・」


「・・・せえーのっ! おつかれーーーーっ!」


私は右拳を高々と天に突き上げた。 ラオウのように


これで、クラスの皆になんか話題振られても、対応・・・できる・・・かな~?

私は人見知りで緊張して喋れなくなる分をこうやって、たまに話題作りする為に体を張って補っていた。


でも、やっぱり緊張して喋れなくなるので結局は残念ながらあまり役に立つことはなかったのであった。


・・・・・・なんか、努力の方向を間違ってる気がしないでもない



ぶおんぶおんっ・・・ギャキキイーーッ!


・・・ガチャ!


「・・・・・・いくらなんでも・・・まさか!?とは思ったけど・・・やっぱり鈴音ちゃん・・・だったんだ!」


「ぜえ・・・ぜえっ・・・あ、あら?・・・お母様っ・・・はあっ・・・遅かった・・・はあ・・・です・・・ふう・・・ねっ」


「・・・以外と、面白い娘ね、あなた・・・ふふっ・・・」


クールに決めたかったが、無理だった。 汗だくだし・・・


「はあ・・・ふう・・・え、えへへ・・・そ、そうかにゃあ~?・・・」


「なんか一気に親近感・・・覚えちゃったよ、あんたに・・・うふふっ」


よ、よかった・・・ようやく笑ってくれた! 

実はその目的はこれからしようと思ってたんだけど、まあ、一石二鳥で結果オーライだ!


「あ、ちょっと待っててね・・・今、玄関開けるから」


そう言って母は納屋に入っていった。


「はいはい、鍵ですね・・・むぐ!」


口が滑りそうだった。 というか、ほぼ滑っていた。


「え~?・・・なにか言った~?」


「いいええ! いい家ですねえって言ったんですよ~! おほほ!」


良かった~・・・最近耳が遠くなってて


「・・・・・・ちっちゃいですけどね・・・息子が建てたんですよ」


そうか、彼は大工さんだったのか・・・ってちゃうわ!


「はい・・・本当に、良い家です。」


母は、優しい目つきで家を眺めていた。


「・・・本当に、そう思う? 病院のお嬢さまが見ても?」


「もちろん! 本気で! 例え建坪30坪でも・・・無駄のない設計で、素晴らしいです!」


「・・・すごいわね! どんぴしゃりよ、鈴音ちゃん!」


「・・・えっ? ・・・あっ! あ・・・当たっちゃいました? あ、あははは・・・すごいなあ、私い~!」


なんか、さっきからボロが出てるなあ・・・全力出して酸素が脳に回っていってないのか・・・?

き、気を引き締めないとっ!


ガチャガチャ・・・カチャッ・・・ギイイ・・・


「どうぞ、何もないですけどお茶くらいは入れますんで」


「お、お構いなくっ!・・・では、失礼しま~す!」


玄関を入ってすぐに、リビングに通された。

・・・うん、あらためて見ても本当に無駄がない

廊下なんかのスペースは最小限に抑えて殆どを居住スペースにステータス振ってある間取り、

それでいて全ての部屋はちゃんと独立して存在している・・・うむ!完璧だ!


「・・・でも、本当のこと言うとね、ちょっとキッチンとか狭くて使いにくいのよねえ・・・

あと土地を広く使うために家を端に寄せすぎて裏側が通りにくいし・・・

日当たりもちょっと、ねえ・・・リビングも、もう少し広い方が良かったし、

お客様のことを考えると、玄関もねえ・・・狭いし・・・ぶつぶつ」


ぐ、ぐはあ~っ!! 滅多切りですか!? お母様ーっ!?


「そそ、そんなことないですよっ! もうバッチリぐー!

私なんか一目惚れしてもうここに住んじゃいたいなーくらい思っちゃいましたよっ!」


全力でフォローした。 もう一件建て直せる余力なんてないですよ、彼はっ!


「・・・今、なんと?」


お母様の目が怪しく光り輝いた。

・・・・・・あ! しまった!


「ウチの息子、そっち方面は本当に駄目でねえ・・・あまりガミガミ言うのもいけないと思って

言わないようにはしてるんだけど・・・あんな年食ってるのでも良ければ・・・鈴音ちゃんっ!」


「いえ・・・流石に、犯罪です! お母様!」


やっぱりテンパってきてるのね・・・まあ、そうだよなあ~・・・

もう少しで自分の子孫が途絶えるところを存命中に目の当たりにしてしまうところだったし・・・


「あ、あら! これは失礼! そりゃそうよねえ! 

こんなに可愛いんですもの、もう彼氏の一人や二人、いるわよねえ~」


ファーストキスの相手はあなたの息子ですっ。 ・・・でも、これは言わないでおこう・・・


「い、いえ・・・そもそも私、家業を継ぐと心に決めておりますんで・・・本当に、残念ですが・・・」


「あらやだ! じゃあ婿養子取らなきゃいけないのね? 

・・・・・・私は、孫の顔さえ見られれば、それでいいんだけどな~・・・」


まだチラチラとこっちを見ている。 

そもそも私が医師免許取ったころに、彼はいったい何歳だよっ!? もちろん知ってるけどっ!


「あ! そうですわ! クー・・・じゃなかった! 猫ちゃんはいったい、どこに?」


床を見渡したが・・・どこにも見当たらなかった。


「そういえば・・・どこ行ったのかしらねえ・・・」


母も探すが、見当たらない・・・ソファーの下にも・・・覗き込んだが、いない


「あ!」


「えっ?」


ひゅ~~ん・・・


どすんっ!


「ぐはっ!」


背中に、何かが直撃した。


「あ! いたよ、鈴音ちゃん!」


うぐぐ・・・そ、そこにいやがったかあっ!


「いや、言わなくてもわかります・・・」


「にゃあ~」


どうやらクーちゃんはカーテンをよじ登り、カーテンレールでくつろいでいたようだ。

丁度いい着地地点(私の背中)が見えたので、迷わず降ってきやがった。


「こ、この猫はあ~っ!」


すっくと私が立ち上がると、そのまま肩に這い上がってきた。


「にゃあ~」


すりすり・・・


「・・・う」


駄目だ、やっぱり可愛いから・・・許しちゃいそう・・・


「ごめんなさいねえ・・・その猫、やんちゃで」


「い、いえいえこのくらい、普通ですわよ、おほほ!」


「しかし、いきなりその子が初対面で肩に乗るなんて・・・初めてですよ」


初対面じゃないんです。 ごめんなさい


「わ、私っ! 今まで数々の猫を調教してきた実績がありますんで・・・そのせいですかねっ!?」


嘘八百だった。


じゃりじゃりっ


「ひうっ!」


いきなりザラザラの舌で首筋を舐められた。


「こらっ! おとなしくしなさい! クー・・・」


「・・・・・・クー?」


「・・・く、食いしん坊ねえ、ペロペロしてきちゃって! お腹減ってるのかしらっ? おほほほっ!」


・・・やばかった!


「そういや、しばらく餌を食べてないんだったわね・・・あれ?」


「・・・え? ど、どうかされました?」


「いえね・・・餌箱が・・・あんまり中身・・・減ってないのよねえ・・・いや・・・むしろ・・・増えてる・・・ような?」


・・・ぎく!


「・・・調子悪いのかしら? 元気そうには・・・見えるんだけど・・・?」


や、やばい! 餌を盛り付けすぎた! まだ全部食ってなかったのか!


「あ・・・なんか、猫ってたま~に、元気でも餌食べないことも、あるらしいですよ? あははっ」


ねーよそんなの! 聞いたこともねえよ! 知らないけどっ!


「・・・・・・そういうことも、あるのかねえ・・・?」


「うんっ! ほんの、たま~にあるらしいですよ! たま~に!」


「う~ん・・・そういうもんなのかねえ・・・? ・・・あ、そうそう! お茶、入れなきゃねえ・・・」


「あ! 私っ! 私やりますっ! お茶入れ!」


やべー! ちょっとこの流れを切り替えないと・・・まずい!


「え? そんな・・・お客さんに・・・悪いですよ!」


「これでも私、小学校の頃、茶道したこと、あるんですよ~?」


「へえ~・・・やっぱりお嬢様は、いろいろと違うもんなんだねえ~・・・」


憧れだけでかじってはみたんだけど、結局周りに馴染めなくて一ヶ月もしないうちに辞めたんだけどね・・・

あの頃は、みゆきちゃんが剣道習ってて、道場の横が茶道教室だったから一緒に通ったんだけど・・・

教室に着いた途端にみゆきちゃんとは離れ離れになっちゃうから孤独に耐えられなくなったんだっけ

でも、よく考えたらこれから入れるのは抹茶でもないし、急須で入れるのに茶道もクソもないんだよねえ・・・


とにかくクーちゃんを置いてその場を離れ、いそいそとお茶の準備を始めた。


カチャカチャ・・・


「ふ、普通のお茶でいいんですかっ? それとも、コーヒー? 紅茶?」


「・・・そうねえ、確か、仏壇にお菓子があったから・・・紅茶にしましょうか?」


「了解! 紅茶ですねっ!」


テキパキと用意を始めた。


ガラッ・・・カチャカチャ・・・バタン・・・ジャー


お湯をかけ、ティーカップを用意し、茶葉の缶を選ぶ

フォートナム&メイソン社のクイーンアン ブレンドティがまだ残っていたのでそれを使用する

こいつがなかなかに美味しいのだ。


「・・・・・・流れるような作業だねえ・・・まったく迷いがなくて

まるで私が他所のお宅にお邪魔してるような気がしてきたよ・・・」


・・・あ!!


「・・・・・・・・・え、え~とですね・・・」


「おや? 何か探し物かい?」


「そ、そそ、そう! さ、砂糖はどこかな~?って・・・」


「・・・今、あんたが持ってるやつが、そうじゃないのかねえ?」


「!!」


「・・・あ! あわわっ! こ、これ砂糖だったんだあ・・・てっきりお塩かと~!」


う、うわ~ん!・・・どんどん苦しくなっていくよ~・・・ううう・・・


「な、なんかねえ・・・こ、このキッチン、使いやすいですよねえっ!

まるで私も自宅でお茶淹れてる感覚になりますよっ! もうっ、流れるように作業できちゃいますしおすしっ!」


必死に言い訳をしつつも、なんとか紅茶を完成させた。


チーン・・・!


仏間兼自室で母がご先祖様に拝んでいた。 お菓子を下げる為に。

そのお菓子は、確か日曜日に孝志と一緒に買いものに行った時の物だった。

一応、ある程度は日持ちのする洋菓子だ。


「・・・孝志が、まだここに入らなくて、本当に良かったよ・・・」


実際のところ、まだICUで意識も戻っていないから・・・絶対に大丈夫って訳じゃあないんだけれども・・・

こればっかりはもう、私なんかではどうすることもできないし

彼の体力とウチの医療スタッフの力を信じるしか・・・ないのだが


「・・・そうですね・・・本当に」


今はこう言うより他は無かった。

わざわざ不安を煽ることもあるまい

それに、そんなことはおそらく彼女もわかっている

当然、万が一のことは、説明されている筈だから・・・


「さあさっ・・・安物のバウムクーヘンだけど、どうぞ召し上がれ!」


「はい、頂きますっ」


「にゃあ~」


今度はクーちゃんは私の膝の上に乗っかってきた。


「・・・いる?」


ペリペリとバウムクーヘンの外側の部分を剥いで口元に持って行ってやった。

フンフンと何度か鼻で匂いを嗅いでから


パクッ! 


人の指ごと噛み付いた。


「いっ!」


「ああっ! だ、大丈夫かいっ? こ、これっ! お客様になんてことをっ! 離しなさいっ!」


「・・・だ、大丈夫!」


慌てて猫を引き剥がそうとする母の動作を制止して、私はクーちゃんの頭を噛まれていない空いてる方の手で


がしっ!


と押さえ、口の両端に親指と人差し指をあてがい、ぐっと力を入れた。


ぴたりと動きが固まった猫。


そのまま、首を後ろに引っ張ると口を開けたまま離れて行った。


「・・・まったく、ほら」


バームクーヘンのかけらを手のひらに乗せなおし

あらためて差し出すと、今度は長い舌で舐めながら口の中に転がし込んでいた。


むしゃむしゃ


「・・・・・・ずいぶん、この子の扱いがよくわかってるんですね」


孝志の母は感心した様子で見ていた。


「ま、まあ・・・そうですね、それなりに・・・にへへ・・・」


この程度の猫のあしらい方くらいじゃ、まあちょっと飼ってる奴なら他でもやってるだろうし、問題ないだろう


「そ、そうだ! またすぐ病院に戻るんでしたら身支度とか、

息子さんの入院道具とか揃えるの手伝いますよ! あ、先にお風呂とか入ってないでしょうし、お風呂沸かします?」


「・・・そうだね、でも時間がかかるから・・・それはいいよ」


私に遠慮してか申し訳なさそうにそう言った。


「でも・・・でしたらシャワーだけでも」


「う~ん・・・そうだねえ・・・」


病院にも当然お風呂は在るけども、基本患者さん用だからなあ・・・

でも頼めば何とかなるかな? お風呂のスケジュールが一杯じゃなかったらだけど


「あっ! そうだわ!」


・・・何か名案でも浮かんだのだろうか?


「じゃあ、一緒に入りましょう」


・・・・・・ん?


「・・・えっ? ええ~~っ!?」


「さっきだいぶ汗かいたでしょう? そしたら鈴音ちゃんもおうちでお風呂入らなくていいじゃない?」


「い、いやまあそりゃそうですけどっ! でもでもっ!」


「・・・嫌、かな? こんなおばちゃんとじゃ」


嫌とかじゃないけどっ! でも私は元息子だし当然子供の頃は一緒に入ってたけどだがしかしっ!

いい大人な彼としても鈴音としてもこれは流石に恥ずかしすぎてやっぱ無理!


「い、いやその、着替えとか持ってきてないですしっ!」


折角お風呂に入っても汗でべとべとの下着なんかまた着たらあんま意味無いし、特にパンツ

この言い訳なら・・・


「・・・あ、そうねえ・・・流石におばちゃんの下着じゃ、若い子には合わないわねえ・・・」


「そ、そうですか・・・ざ、残念ですがっ・・・」


良かった・・・どうやら回避できそうだ。


「・・・あっ!」


「・・・えっ?」


「・・・そういえば、若い娘の・・・」


トントントン・・・ガチャッ


母はなにやら、二階の彼の部屋に行き、ゴソゴソと漁りだした。


・・・・・・ん?


「・・・あ! あったあった!」


・・・・・・んん?


「これこれ! 若い娘の・・・」


なにやらカプセルのような物を持っている


・・・・・・そ、それは・・・まさか?


「はい、パンツ。 選り取り見取りよ(はあと)」


「・・・・・・!!」


か~~・・・・・・


「あ、あわわわわわっ!」


そ、それは彼がずいぶん前にどこか旅先の寂れたゲーセンで取った

クレーンゲームのジョーク商品! 

まだ新入社員だった頃、会社の先輩達と遊び半分(でも心は本気)で

和気藹々と下品な笑いを炸裂させながら取りまくったやつ!

帰ってきて独り品評会をして、ちょっとだけ変態仮面になったけど、すぐ虚しくなってそっとしまっておいた・・・


ば、馬鹿なっ! 隠していた筈がぁっ!?


「なんでばれてんのーーーっっ!?」


げに恐ろしきは、世の母親よ



つづく

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