Ⅳ 親子丼?
待たせてばかりでほんとごめんなさい!
なんか今回はウンチク回になっちゃってますね
「ラフ&スムース 第三章」
「さあさあ乗って乗って!」
「ちょっ! ……手を引っ張るな~! まだ荷物も何も持ってないのにっ!」
「あ、……お母さんが、女児を誘拐しようと……してる?」
「……ん?」
振り返ると、そこには何時の間に来たのか日向ひなの部長の姿があった。
っていうか、居たんだ部長……
姿が見えなかったから一人で練習してたぞ僕。
途中まではボールを躱す練習だったけどな!
「失礼ね~、ちゃんと合意の上でのプレイよ……ねえ?」
「プレイ言うな!」
「……お母さん、最近ではこういうの、”ハイ○ースする”って、言うんだって」
「へえ~」
「いや! そもそもこれハ○エース違うし!
っていうかその流行り言葉、○イエースさんがかわいそすぎるだろっ!
他にもワンボックスタイプの大きい車いっぱいあるし!
ハイエ○スさんハラスメントされて鬱になって自殺しちゃうわ!」
こういう場合、何ハラスメントになるんだろう?
カーハラ? 車種ハラか?
まあ実際には純粋なワンボックスタイプは割と少なくて
ボンネットが僅かにあるワンボックスもどき(2ボックス)が多いのではあるんだけどね。
けれど、たぶんそんな細かいこと気にしてるのは一部のマニアかその業界の人達だけだろうな。
「……これから、山桃さんと一緒に練習しようと思って、急いで来たんだけどな……」
「えっ? 急いで? 今来たのに? なんか用事でもあったんすか?」
もう練習も終盤なんだけど……なにやってたんだろうか
「三年生の教室はね……遠いの……最上階、だから」
……この学校って、エンパイアステートビルくらいの高さあったっけ?
だとしたら階段下りてくるだけでもそりゃあ大変だろうなあ……
「って、ここの校舎、木造だし! 最上階は二階までじゃん!
しかも他の三年生は最初っから来てたじゃん!」
確かに三年生の教室がテニスコートから最も遠い場所に位置してはいるが。
「……おんなのこには、いろいろ用意があるんだよ、山桃さん」
「いやいや! ここ女子ソフトテニス部だよね? 確か女の子ばかりだよねっ?」
一応、僕も含めてだが、そういうことにしておこう。
「……ぐすん、そんな、辛辣に当たらなくても……」
「…………」
まるで僕の方が悪者のように言われても……
状況を見かねた三年生レギュラーペアの先輩二人、
中村先輩と坂本先輩が近づいてきてフォローに入ってきた。
「あー、そのね、山桃さん……ウチのひなのちゃんは目的地に向かってても
道中気になることがあったらすぐにそっちの方に行っちゃう癖があるんだよね……
一緒に来るときは私達が気をつけて引っ張ってくるんだけど、
たまに当番とかで別々になったりするとすぐこうなっちゃうんだ~。
これでも教室の近い中一の時はもっと早く部活に来れてたんだけどねえ……」
「…………」
それって、もしかしてけっこうポンコツ人間なんじゃないの?
すぐあちこちに気が散るようじゃ、集中力が疑わしくなってくるな……
本当に実力者なんですかね? 彼女。
まあいいか、とりあえず役者は揃った。
「んー……と、いうわけで、せんせえ! 僕は部長と練習をしたいので
部活が終わるまではそっちには行けません!」
なんせ、まだ一度もペア組んで練習していないどころか
部長がどんなスタイルでプレイするのかすら僕は知らないからな。
今のままじゃ、まともな試合になんないよ。
「ええ~っ!?」
「いいじゃないですか、顧問なんでしょ?
なんだったら折角なんだし最後まで皆の練習を見て指導していってくださいよ」
「えええ~っ!?」
こ、こいつ……!
本当にやる気ねーなっ!
「……ちなみに、部長のプレイスタイルはひか……おっと、日向先生直伝っすか?」
「……む?」
あ、やばい! ちょっと余計なこと聞いたかも?
まるで日影のプレイを見たことがあるような言い方に聞こえて無ければいいんだけど……
「……まあ、そうね…………
似てるといえば、似てるのかもしれないけど
教えたのは最初だけだから、後は知らね!」
「……………………あ、そうすか」
なんだろうこの適当さ
昔はそれなりに情熱を持ってソフトテニスに向き合っていた気がするんだけどなこいつ
「……お母さんのテニスが、わたしの……理想」
「……そんな、大したもんじゃないわよ私のテニスなんて」
部長は目を輝かせながら日影の方を見ている。
どうやら今日はこのまま部活に一緒にいて
指導してくれるかもしれないと期待をしているようだ。
対して日影は…………なんか、目を背け、口を尖らせて憎まれ口を叩いている。
単なる照れ隠しなんだろうか?
でも……
「へえ……」
なんだ、結構ちゃんと親らしく手本を見せたりしてんのかな
「初めてラケット握った日のことは、よく覚えてる。 わたし、忘れてないから。
あれは確か……幼稚園に入園した頃……あれ?
…………小学校に入学した頃だったっけ?」
「小学二年生でしょ? ひなのちゃん」
「…………あれ? ……そうだっけ?」
「って、おい!」
覚えてねえじゃないか!
っていうか、もしかして……本当に最初の時だけかよ手本を見せたのは!?
「そんなもったいぶらずにもっと指導してあげなよ。
部長も母親であるせんせえを慕ってテニスやってるんだしさ!
っていうかあんた、顧問だよね?」
「もう儂が教えることは何も無い。 既に儂をとうに超えておるわ! ふぉふぉ」
「いや、そういうのいいですから! ほら、行きますよ!」
日影が持っていた僕の手を今度は逆にこっちが握り返して
車から引き剥がしテニスコートの方へと引っ張っていく。
「や、や~め~て~! わたしはもうテニスから足洗ったんだからあ~~!」
「いやいや! だからあんた顧問でしょ!? えーいつべこべ言うな!」
「ぎゃあああぁ~~!」
◇
「こほん、えー、というわけで本日、
急遽、日向先生がコーチとして参入してくれることとなりました」
「…………べつに、してないけどぉ……」
なんかまだぶつぶつ言ってるけど無視しよう。
「皆さん、この機会に色々聞きたいことがあれば
どしどし質問していってくださいね。
これでも昔は名の通った有名プレーヤーだったらしいですよ!」
「「「へえ~~!」」」
皆ぜんぜん知らなかったのか部員一同が感嘆の声を上げている。
「あっ! こいつ余計なことを!」
日影がこっちを見て睨みつけている。
無視無視!
「いったいどこでそんな情報を……あ! みゆきかーっ!」
「えへへへえ~、……それはひ・み・つ・ですよ!
ねー? ”超MMコンビ”さん?」
「な、なああ~~っ!? や、ヤメロぉこらーっ!!
ぶ、ぶ、ぶっとばすぞおー!」
真っ赤な顔をしてぷりぷり怒っている。
ああ、なんか昔を思い出すなあ……
あの頃とダブって見えてなんか可愛らしいなこいつ。
「わくわく」
横でわくわく言ってるのは日向ひなの部長だ。
普段の練習はべつに体操服でも良かったのにわざわざテニスウエアに着替えてきて
どうやら気合も十分のようだ。
それに、持ってるテニスラケット……
あれは……YONEX、「レーザーラッシュ9S」
またカッチカチに硬いラケット使ってるなあ……
芯を外して打てばぜんぜん飛ばないラケットだぞあれは。
まさにフライパン!
まあその分「ちゃんと打てば」それだけプレーヤーの意思に応えてくれる
上級者用のいいラケットなんだけどな。
YONEXのラケットはどのモデルもだいたい番号でそのグレードがわかるようになっている。
桁数はそれぞれあるのだが、その頭の番号が1~9まであって
番号が若いほどシャフトが柔らかく
ラケット面も比較的でかくてスイートスポットも広く
ボールを当てやすい構造となっているのだ。
そして、シャフトが柔らかいと言うことはつまり
撓りも程よくあってボールもよく飛ぶという
初心者にも取っ付き易く扱いやすい設計となっている。
逆に番号が高めになるほどシャフトはどんどん硬くなって行き
ラケット面も小さくコンパクトになって
スイートスポットも狭くなっていく。
それなりにパワーもなければ撓らないしまったく飛ばない。
けれど確かな技術と力があれば狙ったところに確実に飛んでくれるし
取り回しもいいし繊細なあらゆる要望にも応えてくれる。
まさにエースパイロット専用モデルである。
MSで例えるならシャ○専用とかグラハ○専用フラ○グカスタムとかで、
普通の人にはちょっと扱いきれないが、
使いこなせれば能力の限界まで引き出せる、この上ない武器となる物である。
つまり9番台ということは、
最もチューンナップされているピーキーなモデルということになる。
流石は全国クラスのプレーヤー
あれを手足のように使いこなせているのか……
ちなみに、末尾のSとかVとかは(あとgとかdとかバーサスとかもあるけど)
Sは”ストローク”で主に後衛用、Vが”ボレー”で主に前衛用となっている。
まあ、絶対にそう使わなきゃいけないってことは無いのだが
設計上ではそうなってるってことだ。
このあたりは個人によっては用途を変えてたりするので必ずしもではない。
……とまあ、最近のソフトテニスの道具事情を知るために
ここ数日で頭に詰め込んでみたうんちくを語ってみたが
それはこの辺までにしてと……
それはそうと、日影も練習に参加するならラケットが必要だよな……
「あははあ! わたしの華麗なプレイを本当は見せてあげたいところなんだけど
そういや道具もなにも用意してないんだわ!
生徒のを使って貴重な練習の妨げになってもいけないしねー! 残念!」
「せんせえ…………はい、これ」
「……んなっ!?」
僕はラケットバッグに入っていた
もうひとつの自身のラケットを差し出した。
一応これもYONEXの9番台のラケットだ。
但しこれは末尾がDと言って
実はこのラケット、前衛用でも後衛用でもない。
どういうことかというとこれは
僕が孝志の頃にはあまり見られなかった「並行陣」という
陣形・ポジション取りに特化したモデルだということ。
昔ながらの従来のスタイルは前衛・後衛に別れた
「雁行陣」というのが主流だったのだが
それとは違い「並行陣」はダブルスのペアが同じポジションに就く。
両者が前衛だとそれを「ダブルフォワード」と言い
つまり、二人共が前衛となって一気に攻撃をするのである。
確かにそれをすると攻撃力は跳ね上がる。
但し、ステータスを攻撃の方にほぼ振っているわけだから
その分防御力は低下する。
まあ後衛がいないのだから当然ではあるのだが。
ダブルフォワードの陣形で行くのなら速攻勝負が鍵となる。
リスクは増えるが最近は有効な戦術として結構多用されているようだ。
理想的なのは雁行陣・並行陣のどちらのスタイルもマスターして
その場の状況に応じて使い分けるのが最もいいのだろうが、
いかんせん今回は時間が足りない。
孝志はほぼ前衛でしかプレイしたことがないし
鈴音では後衛ではやってたが、
まだほぼ基礎練習しかしてない状態だ。
ここは素直に雁行陣で
ひとつのポジションに徹底していた方がおそらく無難であろう。
……話が逸れた。
つまり、パパさんが僕に買ってくれたラケットは
並行陣のダブルフォワードに特化した攻撃主体のラケットだということ。
厳密にはどちらかというと、前衛向きということにはなるが
末尾にわざわざ「V」じゃなく「D」と付けているのだから
完全な前衛向きではなく、
その他のプレーにも対応したモデルということなんだろう。
少なくとも、今の僕らのスタイル向けではないのかもしれない。
パパさん何も考えず一番高いの買ってきたんだね。
まあいいけど。
でも、そういうことを言いだしたら結局セピアロンなんかはどうなのよ?
って話になっちゃうんだけどね。
まああの時代は前衛用だの後衛用だのと
明確にラケットに差があったわけじゃないからね。
せいぜいグリップの太さや重さで使い分けるとか、
後はヘッドに鉛を貼り付けてバランス調整をするとかだったから。
しかし、それはそれ。
だって、好きなんだもん! 好きなんだからいいじゃないか!
「好きこそ物の上手なれ」って言葉もあるくらいだし
これでいいのだ! ……たぶん。
日影もポジションは後衛だったけど
まあ、今回はただの練習だし、
軽く使う分にはこのラケットでもそれほど問題はないだろう。
実力は十二分にあるし、試合に出るわけでもないし
違和感があったとしてもそれなりに対応してくるんじゃないかな。
「あ、あらやだ山桃さん。
そそ、そんな綺麗な高級そうなラケット
万一傷でも付けちゃったらいけないわー!」
「いいですよ、どうせ今は使ってないし
このままホコリ被らせてるのももったいないじゃないですか。
それに、僕には使用禁止命令もでてますしね」
「うっ!?」
にやりと笑みを浮かべながら、僕は彼女にラケットを押し付けた。
ふふふ、こんなところで墓穴を掘ってやがりましたね日影さん。
はてさて、今の彼女の実力はどれほどのものかな~?
これは親子で楽しめそうですね。
こういうのも、親子丼っていうのかなー?(たぶん、言わないような気がする)




