ラフ&スムース ZERO ―深山三姉妹編― 弐話
「ラフ&スムース ZERO」
隣町の大判焼き屋までは
曲がり角を数度曲がってから大通り、つまり国道にさえ出れば、
道沿いにほぼほぼ一直線でたどり着くことができる。
後はただひたすらにペダルを漕ぎ続ければいいだけだ。
校門を抜けた俺はペダルに体重を乗せ
一気に車体を加速させようとした。
させようとした。 ら
――――目の前に、女生徒が行き倒れていた。 え?
「う、うおおおっ!?」
瞬時にフルブレーキ!
ききーーーーっっ!
「はあっ……はあっ……はあっ…………あ、あぶねぇー…………」
危なかった。
行き倒れとはいえ、マジで踏んでしまうところだった。
高速道ならばともかく
一般道で倒れてる人を轢けば間違いなくこちら側に過失がある。
いや、そもそも自転車は高速道には乗れないんだけどさ。
まあ、過失うんぬんは置いておいても
なんにせよ停止できてよかった。
「…………」
しかし、この状況。
いったいどうしたらいいものか?
行き倒れているとはいえ
相手は女生徒。
下手に触れればセクハラで変態扱いされてしまう。
かといって放っておくわけにもいくまい。
「…………」
い、一応声だけでもかけてみるか
「も、もしもーし! 大丈夫、ですかー?」
「…………」
へんじがないただのしかばねのようだ
「…………」
こ、困ったな……
これちょっとやばいんじゃないのか?
命に関わるようなことだったら、セクハラだの言ってる場合じゃないだろうし
「そ、そうだ! 一旦引き返して日影たちに協力を仰ごう!
そうだ、それがいい!」
「…………」
そうと決まれば早速!
俺は踵を返しこの場を離れ……
「こんの……ヘタレめーーっ!」
びくっ!
「…………」
いきなり、後方の地面から声が響いた。
俺は、おそるおそるそ~っと後ろを振り向く。
「…………」
いや、声の主はわかってはいるんだけど……
もちろん、この屍である。
「…………せっかく、タカ先輩に白雪姫の王子様役を与えてあげようと、思ったのに」
今の今まで微動だにせず
うつ伏せに倒れていた女生徒が急にもぞもぞと動き出し、
首をギギギと回転させ、こちらを向いたかと思ったら
なんか超不機嫌そうな顔で俺を半目で睨みつけてきた。
「って、まぽりんーっ!?」
部室付近で会ってから以来
なんか試合中に姿をまったく見ないな~と思ったら……
まさか、こんなところで行き倒れていたなんて!
「まったくもう! ぷんぷんです!」
彼女は腕立て伏せをするような格好で
ムクリと上半身だけ身体を起こした。
「れー点です! 助けを呼ぶにしても、
せめて道端に避けるとかしてあげなきゃ駄目じゃないですか!
か弱い女性を道の真ん中に放置したままにするなんて、
まったくなってないです! レー点ですよぅー!」
た、確かに……ちょっと気が動転していたとはいえ
これは、仰る通りです。
助けを呼びに行ってる間に、他の車両に轢かれる可能性もあったからな
「…………ゴメンナサイ!」
彼女は口を尖らせたまま僅かに「はぁー」と溜息を吐き
「……まあ、わかってくれたならいいです。
はい、じゃあもう一回! テイク2、スタート!」
パタリと、またしてもうつ伏せに倒れるまぽりん。
「ええーっ!?」
「…………ねえ~、はやくう~……お目覚めのちゅーは~?」
「えええーっ!?」
「……………………やっぱり、ヘタレです」(ぼそり)
なんかブツブツ言ってる気がしたがよく聞こえなかった。
だからおふざけが過ぎるんだってば!
この調子で普段から思春期男子にこんなことしてると、勘違いされちゃうだろ!
「…………なーんて、冗談……嘘ですよ」
「……へ?」
今度こそ、ムクリと起き上がったまぽりん。
「実は、タカ先輩が99.9%負けると踏んで、ここで真歩は待ち構えていました」
「…………」
「逆に言えば今のタカ先輩が勝つ確率は現状0.01%ですね、
つまり、オーツー(O2)システムです」
なんだその酸素がうめえ的なシステム名は
しかもパーセンテージひと桁下がってなくね?
ていうか、何気に酷くね? ちょっと心えぐられたんですけど?
応援してくれてるんじゃなかったのかよー!?
「詰めの甘いヘタレのみー姉ちゃんも付いて来なかったようですし
全ては真歩の計算通りです(ぼそっ)。 じゃあ、一緒に行くですよ!」
「……え?」
「え? って……今からトカプチに買い物ですよね?」
「えっと、確かにそうだけど……え?」
なんでここで行き倒れていたまぽりんがそのことを知って……?
「今の季節は何といっても大判焼きだよね~と、
ひー姉ちゃん達に吹聴してまわったのは何を隠そうこの私、真歩なのですよ!」
えっへんとドヤ顔でそう答えるまぽりん。
もしかして、全ては彼女の掌の上だったのかー!?
「はい、れっつごーです」
まぽりんはちゃっかりと自転車の荷台にセットアップされていた。
「あのー、……まぽりんさん?」
「も、もうっ! わかってないですねっ!
根性スポーツ漫画でよくあるタイヤ引っ張ってグラウンド走るのと同じですっ。
ひー姉ちゃんの言うこと聞いてるだけじゃ強くなれませんよ!
更に上乗せ、プラスアルファでいかないと!
だから……だから、真歩が……付き合ってあげますっ!」
確かに言ってることは間違ってはいない。
日影の言ってることそのまま実践したところで
あいつらに追いつくなんてのは夢のまた夢、相当に厳しいだろう……
けれど
「……いや、だけどおまえ、今さっきまで倒れていたんじゃ」
「もう平気です! それに私を誰だと思ってるんですか?」
「? ……え~と…………まぽりん?」
「違いますー! いや、そうですけど!
真歩はひー姉ちゃんやみー姉ちゃんの、妹、なんですよ!」
「? 知ってるぞ?」
なんか俺の受け答えが気に入らなかったのか
まぽりんはジト目で睨みつけてきた。
「……勘が悪いですね。
妹ということは、一番身近で常に二人を観察しているということです!
つまり、タカ先輩が真歩を味方に引き込むことができたら
お姉ちゃん達の弱点なんかの情報も得られちゃうっていうことです!」
「……え!? そうなの!?」
いや、いくらなんでも家族を売るなんてことはそうそうやらないでしょ!
「……簡単ですよ」
「な、なにが?」
「意外と真歩はちょろりんですから」
「…………」
自分で自分をちょろいと言いやがったこの子!
しかもなんか口端を釣り上げながら黒いオーラを身に纏っているし!
何かの陰謀を感じるのは俺だけの勘違いじゃないよねこれ?
「お姉ちゃん達に、勝ちたいですか?」
「……!」
まぽりんは先刻までの口調とは打って変わり
急に真剣な眼差しを俺に向け、そう言った。
「……もちろん、勝ちたいさ!
女子とは言え折角の全国レベルの実力者が
同じ部活内にいるんだ。
自分の実力を上げるのに、こんなうってつけの相手は他にいない。
そして、もし勝つことができるようになれば……俺は……」
「俺は……なんですか?」
「……あ、いや! …………お、俺は、自信を持って試合に挑むことができるようになる!」
「…………言いかけた言葉を引っ込めて……
理由はそれだけじゃ、ないくせに……(ぼそ)」
「な、なんか言ったか? まぽりん」
「なんでもないですよ!
勝ちたいのなら、真歩と目的は合致します」
「目的?」
「こちらのことです。
タカ先輩。 真歩の協力が必要ですか? どうしますか?」
まぽりんは俺の自転車の荷台に乗ったまま
真剣に問いただす。
なんかもう本人はやる気満々っぽい気はするんですけど
でもまあ一応お約束で訊いてあげた方がいいんだろうなこれ
「じょ、条件はなんだ? 言ってみろ」
「…………」
彼女は、おそらくこの台詞を言う為に
今の話の流れを組み立てたのだろう。
しかし、それでも彼女は一瞬だけ口篭り、躊躇した。
「……どうした? 言わないの「先輩っ!」」
決意を新たに、彼女は荷台から飛び降り
俺の眼前まで顔を寄せて来た。
「なっ、なんでしゅかっ!?」
唐突な急接近に照れて噛んでしまった俺。
ああ情けない。
「真歩を、タカ先輩の…………パートナーに、してください!」
……え?




