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Ⅰ なんだかまた面倒事が増えた、ような……

第三章、はじめました。(冷やし中華はじめました的なノリで)




「ラフ&スムース 第三章」



 



なんだか色々と濃~い一日を過ごした、その翌日の放課後。

僕は、ある目的のために職員室を訪れていた。



「……うん~? 木製ラケットでの手張りい~? 

……………………できるわよ?」


女子ソフトテニス部、自称顧問の日向日影ひむかいひかげ

慣れたものだとでも言うようにさらっと言い放った。


「ま、まじっすか!? いよっし!」


スポーツショップのじいさんの情報は、どうやら正しかったようだ。

ホント、これでもダメだったら折角の鯨筋が完全に無駄になるところだったよ!


「…………で?」


「…………で? …………え、なにが?」


「わたしは手張りができるか? と貴女に問われたから、

できると答えたの…………で、それが何か?」


「…………」


このアマ! わざと言ってるのか? それくらい察しがつくだろうに!

昔はもっと素直で良い子だった気がするんだが……

時の流れはこうも残酷なものなのか?

……あっ! いやいや! 今は先生と生徒だったんだ。

むかつくが、こっちが下手に出ないと!


「や、やだなあ……日影せんせえ

……ほ、ほら、羽曳野先輩との試合で僕のラケットのガット、

切れちゃったの知ってるでしょう?」


ジロッとこちらを睨んできた。 こええ!


「ひ・む・か・い・先生!」


「ヒッ! ひむきゃいつえんていいー!」


「どもんな!」


バコッ


……痛い。 丸めた教科書ではたかれた。

昔はこんな子じゃなかったのに……虫も殺せなかった子が……うう……


「知らないわよ、貴女のガットが切れたなんて……私はすぐ校舎に引っ込んだから」


「あ……」


そういえば、そうだった。


「……もしかして、それ、鯨筋なの?」


「はい……」


日影の目線は僕の手の中にあるそれに固定され、じっと見つめていた。

しかし流石だな、よくわかってらっしゃる。


「見せてみなさい」


「…………どうぞ!」


僕は献上するように両手で差し出した。


彼女は、無言でラケットを受け取り


じいいいいいいいいいいっ


ラケットカバーのジッパーを開けると

なんだかとたんに険しい顔つきになった。


「…………」


「…………」


……なんなんだ、いったい?


「…………あの、せんせえ?」


しばらく険しい顔つきだった日影だが、何か想像してしまったのか

とたんに悲しい表情になり、かと思えばまた険しくなり、

そしてまた悲しい表情になったかと思ったら

今度はふふって微笑んだかと思ったら急に遠い目を……って、目まぐるしいなおい!


「……貴女!」


「は、はいいいいっ!」


思わず背筋をピンと伸ばしてきおつけしてしまった。


「……これを、どこで手に入れたの?」



ぎくうっ!



「…………」


だらだらだら……


な、なんなん? これ?

なんか知ってんのかこいつ?


……い、いやマテ! ただ普通に聞いてるだけだろ常識的に考えて!

たまたま、昔懐かしい木製ラケットを目にしたものだから珍しくなって聞いてるだけだろ

冷静に対処すれば、きっと何も問題ない! ……はずだ。


「そそ……倉庫に……眠っていました。ずっと前からっ!」


何も間違ったことは言っていない。

本当に倉庫に眠っていたし!

孝志の家の倉庫だけれども


「…………ふ~ん…………そう……」


日影はラケットを見つめながら、ちょっと寂しそうな目をした。


「……わかった」


「……はい?」


何がわかったの? 謎は全て解けたの? やっぱり僕、捕まるのかな?


「そうね……北山スポーツではたぶん古い木製ラケットなんかは取り扱ってはくれないだろうし、

亡くなった笹倉のおばさんには色々世話にもなったしね…………

いいわ、張っといてあげる。

今度は水に濡らしたりしないように、気をつけるのよ」


「…………え?」


「何が、え? よ……感謝しなさいよ。 

こんな化石みたいなラケット、今日日きょうびどこでも取り扱ってはくれないんだから!

それに手張りなんてできる人も最近は少ないんだからね!」


「ほ、本当ですかっ!」


やった! 

なんかこれだけのために第二章丸々費やしてたような気もするけど

その努力の甲斐もあってやっと報われる時が来たんだな!

長い旅路であった。 うう……


「そもそもね! ガットってのは生き物のようなものなんだから、消費期限があるの!

トッププレイヤーなら試合毎に張り替えるのよ。 まあそんなシビアなことまでは言わないけど 

でもこれいったい何年間張りっぱなしで放置してたのよ? 

しばらく使わないのならこんな保管方法はフレームにも良くないし、

ガットはもうとっくに死んじゃってるわよ

よくこれでまともな試合ができたわね……」


日影は半分呆れ顔でそう言った。


「…………そ、そういうもんなんですか」


よく考えたらそりゃそうか

ストリングってのは張ってたら

ずっと強いテンションがかかってるんだから当然疲労もするし劣化もするだろう

ラケット本体にだって良くはないだろう、

ずっと加重がかかったままになっているんだから……


「まあ、幸いフレームはまだ大丈夫なようだけど、変形もしてないし……

このコンディションであのフラットサーブか…………ふむ……」


なにやらまた考え込んでるようだが……

とりあえず、気が変わらない内にすかさず礼を言っておこう


「あ、ありがとうございますっ!」


「……高いわよ?」


「ひえっ!?」


金取るんかいっ!

まあ、当然かもしれんが


「……冗談よ。 まあ身体で返してもらうから……ふふふ……楽しみにしてなさい」


「……楽しいんですか?」


「もちろん! ……少なくとも、わたしはね」


こ、怖いよう…………金で解決する方がよっぽどいい感じなんですけど?


「まあでも、今日明日じゃ無理ね、私も仕事溜まってるし……家のパソコン壊れちゃって

明日も明後日も学校に来て仕上げちゃわないといけないから……あと数日は無理っぽいわ」


…………パソコン?


「まったくもう! まだ買って10年ちょいしか経ってないのに、あんのくそでぶオタ店員!

”お客様のPCはもうOSも古いですし、買い換えたほうがよろしいんじゃないでしょうか? ぶふぉ”

ですって!? VistOの何がいけないってのよ! もう忘れられたOSなんて言うな~っ!」


「…………」


……いったいどんな会話をして来たんだろうか?

けど日影さん、普通の家電でも10年経ったらそれなりに痛みますし、

ましてPCは進化のサイクル早いから、良く持った方だよそれ……


「えと、それじゃあ今はまだ修理中ってことですか?」


「むかついたから、そのまま持って帰ってきたわよ!

クソ重たい本体とモニター共々! 

もし新品買うにしても誰があそこで買ってやるもんですかっ!」


「……は、ははは……」


苦笑いするしかなかった。

でも、デスクトップかあ~…………なら、もしかしたら……いけるかも?


「なんでしたら、せんせえ……僕、診てみましょうか?」


「……診るって、あんた……人体じゃ、ないのよ?」


当たり前でしょ! 僕はまだ医師免許なんて持ってないし!


「いえ、ちょっと昔、かじったことあるのでハードの知識はそれなりにあるんですよ

もしも治ったら、ストリング張り替え工賃と交換条件ってことで、どうですか?

たぶんお借りして一日二日あれば原因を特定できるかもしれませんし」


かじったことあるのは孝志が……だけどね


「えっ! ホントに!?」


日影の顔がパッと明るくなった。

でもすぐに暗くなり


「…………やっぱ、駄目よ」


「え、なんで?」


「だって学校で使ういろんなデータ、入ってるんだもん

あんたはこの学校の生徒で私は先生なんだから、

見せられないものだってあるの、わかるでしょう?」


「あ……そうか」


個人情報やテストの内容、成績やその他モロモロが入っているのかもしれないな

だったら流石にいち生徒に預けるわけにはいかんだろうからなあ……

中身は見ませんって言っても、信用はしてくれないだろうし……う~ん……あ!


「だったら、せんせえの家で診ましょうか?」


「……え」


「せんせえが横で僕を監視してくれていれば、

中身を盗み見してるかどうかなんて絶えずチェックできるでしょう?」


「わたしの…………家?」


……そういえばこいつ、今どこに住んでんだ?

当然、ひなの部長も一緒ってことだろうし、つまり、旦那の家ってこと、だよな?


「う~ん……今日は、金曜日かあ…………」


なんか考え込んでいる

あーでもない、こーでもないとぶつぶつ言っている

ひょっとして、家を見られたくない……のか?


「……あ! そうだ!」


なんかひらめいたようだ。

まあ何でも良いから早く言ってくれ


「家庭訪問、しましょうか」


「…………はあ!?」


い、意味がわかんねえ!

なに言ってるんだこいつ?


「だ・か・ら! わたしが行くの」


「ど、どこに? ってまさか?」


「もちろん、貴女のお家よ、泊り込みでえ」


「……って、なんだそういうことか…………じゃあねえええ!!」


「なによう、なにか問題あるの? せんせーが愛する生徒の家に行っちゃ、駄目なの?」


急に愛するな! 今初めて知ったぞ!


「……いや、別に問題は無いけど……けどあんた副担任でしょ? 

本家担任の先生をさしおいて……」


「幾原先生は、ぎっくり腰で休んでるから、すぐには出てこないわよ

だから仕事溜まってるんじゃん!」


「…………あ、さいで」


ノロの次は、腰か……難儀な先生だな……


「いや、でも子供放っといて……家事とかは?」


「大丈夫! ひなのちゃんはもう立派に大人よ! 身体だけは」


「おい!」


余計にまずいだろーが


「なんなら、ひなのちゃんとも一緒に寝る~?」


子連れで家庭訪問って初めて聞いたぞ!


「いや、たとえ来ても一緒には寝ませんから!」


「なによう、いけず~…………気持ちいいわよ? 

ひなのちゃんのおっぱい・ま・く・ら」


…………


「…………はっ! あ、いやいや! 何も想像してないから!」


やばい、一瞬脳裏に天国が浮かびそうになったじゃないか


「そんな年頃の娘と年○の嫁がいなくなったら旦那さん、心配するんじゃないですか?」


「何故そこを伏字にした?」


「えっ、なんのことでしょうか?」


とりあえず、とぼけておこう


「……もし○の部分が○だったとしたら、貴女、○すわよ?」


一瞬、場の気温が数度下がったような気がした。


こ、こええええええええ!


「と、年若き美人妻って言ったつもりだったんだけどなあ……聞こえませんでした?」


「む……なんか、字数が増えてるような気もするけど……それならいいわ」


やべーやべー

こいついつの間にこんな切れるような殺気を纏うようになったんだ……

人間って変わるもんなんだな……虫も殺せなかったような子が


「それじゃあ決まりね! 放課後、ちょっと残業で遅くなるかもしれないけど

夕飯の材料買って行くから……あ、貴女のお父さんの分も、もちろんね」


もう決定事項かよ……こっちのパパさんにも聞いていないってのに……


「……で、本当に部長も来るんですか?」


「あはは! それはじょーだんよ。 ひなのちゃんもいもーとの面倒とかあるしね~

……あ、いや……どっちかってーと、ひなのちゃんが面倒かけてる方かにゃ~?」


そっか、ざんね……あ、

いや、別におっぱいまくらなんて楽しみにしてな……くもないが、いやいや!


……そうか、日影にはまだ下にもうひとり子供がいるのか……

でもそれ、ひなの部長というより本来はあなたの役目では? と思わなくも無い。

ま、リアルが充実してそうでなにより。 うらやましー!


「ああそうそう、とりあえずは放課後の練習、代わりのラケットが要るわよね?」


「あ、いえ、自分もう一本持ってますから」


パパさんが買ってくれた最新型がね

いまいち気は進まないがちょっとくらいなら平気だろう

練習で何もしないよりはよっぽどマシだ。


「そんなの使ったら折角つかみかけた感覚狂っちゃうでしょ? 使用禁止!」


「ええ~~っ!?」


じゃあいったいどうしろと?


「確か男子の部室にいいのがあったわ、何代も前の部員が残してたやつが、それ借りてきなさい」


「あ……はあ…………」



なんだかよくわからないが、僕に男子部部室への出張命令が下された。



「……………………くさそう」



ついポロっと、そんな言葉が口をついて出ていた僕であった。





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