睦月と千里 最終話・後編
お待たせいたしました。
今回で「ラフ&スムース 第二章」は最終回となります。
ここまで続けてお読みくださった読者様には最大限の、感謝を。
そして、これからの第三章もどうかよろしくお願いします。
「ラフ&スムース 第二章」
一瞬の沈黙。
おそらく彼女自身も
目の前の物体が何なのか瞬時には理解できなかったのだろう
それでも数秒も経たずにみるみる顔が青ざめていく。
「う……ぎ、ぎゃあああーーーーっ!!
あ、あたしの、手、手がっ! 手がああああっ!!」
竹刀と思われていた「それ」は、
殻を割り脱ぎ捨て
その鋭い刀身を剥き出しにし
うっすらと赤く怪しく、光り輝いていた。
溢れ出てくるおびただしい量の、赤黒い……液体。
もはや、勝負は付いていた。
「あら、そんなに喚き散らしちゃって、一体どうしたのかしら?
貴女が今まで他人に平然とやってきたことなんでしょう?
それに比べたら、まだ全然足りてないと思うんですけど?」
「あぐうう……き、貴様っ! 今まで……三味線弾いてやがった……のかっ!?」
「……いいえ、これでも割と真面目にやっていたよ……?
ただ、あくまでも”人間の領域”でってことだけどね」
「!? ま、まさかっ! 貴様も! あたしと、同じ……なのか!?」
ぴくっと私の眉がつり上がった。
「……一緒にしないで欲しいなあ…………私は……深山水無月。
由緒正しい深山流宗家の出。 そこらの野良と同じだと……思われるのは心外だわ」
「……みなづき? おまえは、深山睦月じゃ、ないのか!?
おまえ、おまえは一体…………誰だ!?」
「……五月蝿いなあ、野良ごときにお前呼ばわりされたく……ないわっ!」
ヒュン
「!?」
何もない空間に、剣をひと振りした。
……いや、その先には、彼女の脚があった。
この剣は見た目通りの常識的な間合いなどには、実はあまり意味がない。
相手が何メートル離れていようとも剣士の意志を感じ取り
その空間を切り裂いて目標物まで一気に刃が到達するからだ。
バシュ!
「っ!? ぎ、ぎやあああああっ!! そ、そんな……馬鹿なっ!?
あ、あがああっ! 脚がっ 今度はあたしの右足があああっ!!?」
どさりと彼女は床に崩れ落ちる。
もはや身動きもまともに取れないだろう
……やめて! もう、いい! もう、十分だから!
「くふふ……おとなしく、投降する気に、なった?」
「な、なった! なりました! もう戦えません!
もう、逃げることもできません!
お、お願い! 軟禁でも何でも! い、命だけはっ!」
「あら、片手片足が残ってますわよ?
まだ逃げることも戦うこともできるんじゃなくって?」
「そ、そんなっ! 人間相手ならともかく、
あんたみたいな化け物に通用するわけ…………はっ!」
にたりと、私の口端が上がる。
だ、駄目ーーーっっ!!
ヒュヒュン
ババシュッ!!
「ぐ、ぐああああああああっ!!」
遂に彼女は両手両足ともにもがれ、所謂ダルマ状態になっていた。
「口は災いの元……ね♪」
「ご、ごめんなさいごめんなさい! い、命だけはあああっ!!」
「投降……する?」
「しますしますっ! 一生おとなしく、
隅っこで目立たずにただただ質素に生きていきますっ!」
「…………そう、じゃあ……もう生きる意味…………無いよね?」
「……え?」
!! や、やめっ……!
どしゅっ!
「…………あ……ああ……あ……」
「残念だったな…………この”風刃”は一度開放すると
血を見ないと収まらないんだ…………悪いね……」
ドクドクと大量の出血。
それはもはや、誰がどう見ても助かるとは思えない量であった。
「あ、そうそう! ひとつ言い忘れていたわ……
貴女の、母親だっけ? どうりでここ、見覚えあると思ったら……
殺したの、私だったわ」
「!!」
……えっ!?
「ふふ……”睦月”は記憶に無いかもしれないけれどね……
母娘共々、私の手にかかるなんて、本当に仲が良かったのね」
「き、貴様…………貴様あああああーーーーっ!!」
そして……彼女は、ガクガクと崩れ落ち……
◇
薄れゆく、意識の中で
私は過去を思い出していた。
――――ああ、そういえば
彼女……母が去る前に私は母に連れられ
一度だけ遠い所に旅行に行ったことが、あったな……
あれは、いったいどこだったんだろう?
特に観光地って所でもなかった。
もしかしたら、それは母の故郷だったのかもしれない。
どこかの宿に泊まり
夜中に、ふと目の前に気配を感じ、目が覚めた。
気取られぬよう薄目を開けて見てみると
そこには真剣な表情をした母がいた。
私はこのまま寝たふりをするか、起きるかどうしようと迷ってるあいだに
彼女は私から遠ざかる。
そして、震えた声でひとこと
「ごめん、ごめんね……茉莉」
そう、呟いた。
なんのことかはわからなかったが、ただ……
彼女は泣いているように見えた。
今思えば、彼女は娘の私と共に……終りを求めていたのかもしれない。
たぶん、運命を、理解っていたんだ。
…………そうか、結局私は、一緒に連れて行ってはくれなかったんだ……
彼女は、そののち一人で旅立った。
目の前の、この少女に導かれて……
――――ああ、そうか
母が、父に執着していた理由も、今わかった。
父さんが、父さんだけが唯一、
覚醒後のあの人に取って、信じられるものだったからだ。
幼い頃からずっと一緒で、自ら魅了して取り込んだ男じゃない、
ただひとりの存在……
だから、信じたい……信じ続けてみたいものだったから、なんだ。
例え、愛人を作ったとしても
それは血の繋がった両親のため、家の再興のためだと思っていた。
自分への愛は、変わらずそこにあると、そう、信じたかったんだな……
「…………なんだ、そういうことだった……の……か……
馬鹿な……女…………だ……な……」
どのみち、今更わかったところで詮無いことだが
でも、なんか……納得が……い……った…………から……ま……い……か……
◇
そして、遂には……北山茉莉は、動かなくなった。
「…………誰が、あんたみたいな汚らしい達磨さんを里まで運ぶのよ?
そんなの、ごめんこうむるわ……」
……!
一瞬、何かが見えた気がした。
…………これは……この女性……は……?
水無月の、記憶……なのか?
「…………」
水無月は憎まれ口を叩いてはいるが……
私は、少し胸が苦しかった。
でもこの苦しさは、たぶん「私」ではない。
チャキッ
彼女の屍に刀身を当て、再び言を発する
「風刃……喰らえ!」
ズクン! ズクン! ズクンッ!
みるみる死体は萎んでいき、
多量の血液と共に風刃と呼ばれる刀の刀身に全て吸い込まれていった。
「…………ちぇ! 今までにない疾さを持ってたから、
少しは期待してたんだけど……
思ったよりたいした力にはなんなかったな……雑魚が!」
別々に散らばっていた手足にも刀身をあてがい、同様に吸い取る
「まあこの子も、これで同じ風刃で母親と一緒になれたし
本望じゃあないかな? ……さてと、証拠も隠滅したし
やることなくなってつまんないし、タッチ交代、ね」
そう呟いた私の身体は、身体の主導権を私に戻してくれた。
「…………」
僅かに残った床上の染みを……呆然と、見つめる。
「…………北山……さん……」
そして……この手に、残る……人を、切り裂いた……感触……
しかも、私は既に初犯じゃ……無かった。
水無月は幼い時分の私の身体を勝手に使い、
彼女の母をもその手にかけていたのだ。
無意識の……うちに……
「………………うっ!」
私は、胃の中のものを、ひとしきり全部、吐き出した。
それでも……
「…………次からは、自分で、やるから…………水無月は、手を……出さないで!」
――――ふふ、貴女に、できるのならね。
折角、軟式テニスの記憶の一部を貴女に提供してあげたのに、
この体たらくじゃあイマイチ信用はできないけどね。
「…………」
そう……私は体内に、化物を棲まわせている。
気を許せばすぐに表面化して、
この辺りの成り損ない達は全て彼女が「処分」してしまうだろう。
私の身体を使って。
それが必ずしも、決して「悪」というわけではない。
けれど、中には「力」に飲まれることもなく生きている者たちもいる。
一生目覚めることもなく、因子だけを持って天寿を全うする者だって……
それら全てを対象にするというのは、
私にはどうしても納得することができなかった。
たとえこの先、凶行に及ぶ可能性があったとしても、
それは、あくまで可能性でしかないのだから……
しかし、水無月はその分別が、できない……
というより、するつもりが、まるで無い。
彼女は、間違いなく「私」でもある。
人格が分かれていようとも、同じ魂を持つ者。
それは避けようのない事実だ。
だから私が制御していかなければならない。
生涯を通して。
「できるわ……だって、私は……
深山家の魂”風刃”を受け継いだ…………深山流継承者……だ!
もう、貴女の時代じゃない! 私に従ってもらう」
――――ふ……お前が、次代の当主にふさわしいと、
私に認めさせることができたなら……その時は、従って、やろうじゃないか
「…………もちろん、そのつもりよ」
私はふらりと立ち上がり、彼女の居た場所を見つめながら、一言呟く。
「…………救えなくて……ごめんなさい」
……でも、いつかは……必ず…………
◇
「……終わったわ、千里」
幸い、また今回も気を失ってくれていたので
最悪の凄惨な現場を見られずには済んだ。 が……
溜息を、ひとつ。
「……また、家まで運ばなきゃいけないのね……」
安らかに、眠っている千里を見て、悪態をつく
でも、私の口元は少しだけ緩んでいた。
「…………でも、ありがとう
おかげで、たすかっ…………」
何か、違和感。
「…………え?」
静か…………過ぎる?
「ちさ……と……?」
睦月は、ぶるぶると震える手を押さえ込みながら千里の顔に、触れる。
「…………そ、そんな……筈……は…………
だって! 今、ついさっきまでっ! ……っ!!!」
彼女の、背後に……
――――血溜りが、出来ていた。
突き飛ばされたとき、背に、
崩れた壁から剥き出しになっていた鉄筋が……刺さっていたのだ。
私が駆け寄ろうとした時、彼女は静止を促した。
それは、これを隠すため……だったのだ。
私を…………動揺させない為に!!
「…………なに、やってんのよ?」
もはや一ミリも動くことのなくなった彼女に、語りかける。
「こんなこと……誰が、こんなこと、頼んだのよっ!」
徐々に、ヒートアップしていく。
「貴女は、おとなしく家で居たら良かったのにっ!
わざわざ、私のことなんか心配して、のこのこやってきて!
なに人を庇ったりして、死んでるのよっ!
…………馬鹿…………馬鹿っ…………ばかーーーっっ!!」
もはや、ポーカーフェイスも何も、無かった。
感情に任せて、やり場のない怒りをぶちまけていた。
「…………こんなの、私……何も、意味ないじゃない!
…………折角……折角、貴女だけは守ろうと……
……パートナーに……なるんじゃなかったの?
私と貴女で……これから、一緒に頑張るんじゃなかったの!?
貴女となら…………私、友達に……なれそう…………だったのにっ!!」
彼女の肩を揺らしながら、大粒の涙を落としながら……
私は絶望の淵に立っていた。
「……く……ううっ…………うっ……」
……………………!
「…………いや、……まだ、手は…………ある!」
――――! ……お、おい! 何を、するつもり、だ?
チャキッ
「風刃! あなたと、私なら……できるはずよ!」
――――ま、まて! そんなことをすれば、
折角溜まった”力”が全部……しかも、人の命を吹き込むには、それでも足りないぞ!
「……足りなくは、ないわ」
私は、風刃の刀身を自らに向ける。
――――!! や、やめろ! 無茶をするな! ただでさえ、お前はっ……!
迷いは、無かった。
一気に刃を振り下ろし
ドズッ!
自らの身体を
――――貫いた。
「うっ! うううっ!!」
身体中を激痛が駆け巡る。
その苦痛に耐えながら、言霊を乗せた。
「……風刃! 私を……喰らえ!」
どくんっ!
「……あっ! ああああああああああああっっ!!」
妖刀の刀身は、主である筈の睦月にですら
容赦なく命を吸い上げた。
ある意味、命令に忠実に。
――――や、やめろ! それ以上すれば……本当に、命は無いぞ!
まだ…………まだよ! あ、あと……もう……少し……!!
「あっ……ああっ……あ…………」
ガクリ、と
あまりの苦痛にか、睦月は頭を垂れ、意識を失った。
「…………」
しかし、静止した後すぐに
ピクリと動き出す。
「…………うう……」
だらりと落ちていた腕を再び起こし
剣の柄を握りなおす。
「……………………んう…………んっ!!」
ズボッ!
自らに刺し込んだ剣を引き抜いた。
何故か、不思議と傷痕などは見当たらなかった。
「はあっ、はあっ…………ひい…………!
……まったく! 無茶苦茶しやがって!
私がいなかったら、本当に死んでたかもしれないぞ!」
チャキッ
そう悪態をつきながら、水無月は風刃を見つめていた。
「ま、それは……無いか……」
さてと、後はなんだか私に託されたみたいだけれど……
「……いいんだな? 睦月! これを使うということは
彼女を眷属にするということ。
しかも、私達の”血”が必ずしも適合するとは限らない。
本来は純血種のみに許されている行為だ。
風刃の補助があれば、成功する可能性はあるかもしれんが……」
…………
「……って、言っても返事は無いか……」
睦月は気を失ったままだ。
苦しみや痛みを、私の方には一切流出させず、
一人で全部背負い込み、耐え切った。
こうなることは半ば分かっていたんだろう。
「そんなに信用されてるとは、思えないんだけどね……
ま、でも今回は、流石に後でブチ切れられても困るから、
ちゃんとやってやるかあ……」
それに……負い目もある。
「…………睦月は……私を恨んでるだろうしなあ…………
知らない間に、この手を、血で染めていたこととか……」
風刃の刀身を見つめながら、水無月は当時の北山の母のことを思い出す。
「…………」
恨んでくれるな……と言う気は毛頭ないが…………
「それでも……確かに、お前との約束は、果たしたからな……」
キィン……
僅かに刀身の光が揺らぎ、小さく鳴いたような気がした。
まあ、風刃の扱いに関しては確かに私の方が長けている。
睦月の判断は間違ってはいない。
「た、確かに……間違っちゃいない……んだが…………うう……
き、きつい! …………気を抜くと、こっちも意識が無くなっちまいそうだわ!
最後の術式を行う余力も考えておけっつーの! まったく……
とっとと終わらせて、あいつを叩き起して早く代わってもらおう……」
笹倉千里の流れ出た血液を、刀身に浸す。
すると、たちまちのうちに血液は吸い取られていった。
「どうやら、適合率は悪くないようだな……
なら…………いくぞ! 睦月!」
そして、彼女の心の臓に、刃を打ち立てた――――
「…………ここに汝の力を借り
我、主、深山睦月と血の契約者、従、笹倉千里との絆を結ぶ!
”風霞”の名において命ず! 風刃よ! この者を――――――――」
◇◇◇◇◇
……
…………
……………………夢を、見ていた。
それは、なんだか不思議な、夢。
私は、ちょっとだけ大人になった睦月と、そこに、一緒に居た。
ああ、やっぱり、私の予想通り、すごく綺麗に、可憐になったね、睦月。
そんな彼女は、やさしく語りかけながらも、私の手を引いてくれた。
彼女のもう一方の手には剣が持たれていた。
あれー? 何故か、私も同じように剣を、持っている?
他にも、数人、仲間がいた。
これからも苦楽を共にする、大切な仲間が。
みんな、何かを成し遂げようと、一丸となって、わたしたちは一緒に戦っていた。
そういう、夢。
とっても怖い思いをしているはずなんだけど、でも、怖くない。
みんなが、いるから。
どうか、これからもずっと、みんなと居られますように――――
◇◇◇◇◇
後日、行方不明となった北山茉莉とその彼には
警察の手が入るも、事件性は特に見つけることができず
二人どこかに駆け落ちしたらしいとのことで決着。
処理されたという…………
――――そして、ほどなくして睦月は、鈴音と出会う。
運命に導かれた彼女らは、これから先
果たして一体どうなるのだろうか?
This story is to be continued.
- epilogue -
私は、彼女を背負いながら、おぼつかない足取りでふらふらと歩いていた。
ふと、とある空き地の前でなんとなしに、足が止まった。
憔悴しきった表情で、そこをぼんやりと見つめる。
すると何かが胸の内から呼び起こされ、瞳が大きく揺れ動いた。
「…………」
しかし、睦月には心当たりはなかった。
――――それは、遠い昔の記憶。
そこにはかつて平屋の集合住宅が建ち並んでいた。
一瞬だけ、見知らぬ男性の顔がフラッシュバックされる。
「…………阿部……くん……」
ぽつりと、無意識に出た言葉。
それが何を意味しているのかはわからなかったが、
何故だかとても聞き覚えのある懐かしい名のような気がした。
気づいたら、一筋の涙が頬を伝っていた。
水無月は……何も、語らなかった。
「…………自分の殻に閉じこもって……そんなに私のこと、信用無い?
私は、間違いなく貴女自身だというのに…………」
彼女は、本当に必要と判断した記憶以外は私に開示してくれない。
だから過去に何が起こってどうなったのかは
実のところ、私にはよくわからない。
だけど時折感情が呼び起こされ揺さぶられることがある。
おそらく私の中の水無月が、
何かに反応しているのだろう
聞いても、教えてくれないことが殆どだが
「…………」
私は、前へ向き直し、また歩き始めた。




