3話 下校、そしてお見舞い
「ラフ&スムース」
「はあ~・・・・・・・・・・・・」
大きなため息。
私は一人トボトボと自宅への帰路についていた。
学校の授業が終わってすぐの下校時間
普通なら今から部活動なんだけど・・・
朝に、先輩たちと・・・ひと悶着あったのだ。
そう、私は次の試合の辞退を申し入れた。
そして夕方の練習をもしばらく休ませて欲しいとも・・・
できるだけ穏便に話したつもりだったのだが
明確な理由を言えなかったのもあって、話がこじれてしまったのだ。
一部の先輩方の印象を悪くして激昂させてしまった。
「出たくても、出られない人もいるのに、お前は一体・・・何様だ!?」
・・・そりゃ、まあ・・・おっしゃる通りかもしれませんが
こっちにだって色々事情があるんですよ
結局、その場は部長が穏便に収めてくれてなんとか助かった。
しかし、部長としての考えは
「折角の機会だし、もう少しよく考えてから結論を出して欲しい」
とのこと・・・
とは言っても今のところ考えは変わらないんだけどなあ・・・
とりあえずは、このままだとみんなのテンションも下がるということで
結論が出るまでの間、朝練も出てこなくていいとのお達しになってしまった。
期限は2日、それ以上は待てないとのことだった。
流石に春菜もうまくフォローできなかったようで
心配そうにオロオロしていただけだったオロローンソの店長さんは。
仕方ないか・・・どのみち今の精神状態じゃ集中できそうにもないし
でも、今回の件で確実に部のみんなとは亀裂が入っちゃったなあ・・・
「はあ~・・・・・・・・・・・・」
ため息しか出なかった。
「鈴音っ」
・・・! この、声は
聞き覚えのある声が後方より聞こえてきた。
春菜じゃあない、春菜は当然、今は部活動の真っ最中だ。
それに、もしかしたら次の試合は春菜になるかもしれないし
そうなるとますます可能性からは遠ざかることになる
となればやっぱりこの声は
今、部活動してない帰宅チームの誰かとなるのだが
私を下の名で呼んでくるところをみると、それは限られてくる。
「・・・みゆき、先輩」
振り向いたら、見知った顔がそこにあった。
ちょいつり目で整った顔立ち、艶のある黒髪ロング
背は高めでスマートだけど女性らしいところはしっかり出ているボディライン
テニスをやっている割には色白で、
若干ではあるが、どこか日本人形を思わせる風貌をしているなかなかの美人さんだった。
・・・けど、今は松葉杖をついて、ちょっと苦しそうに息をしている
どうやらわざわざ追いかけてきてくれたみたいだ。
「あ・・・」
私は、言葉に詰まった。
なんて言えばいいのか、すぐにはまとまらなかった。
「・・・・・・ごめんね」
・・・・・・!
意外にも、謝ったのは私ではなく
私を試合に推薦してくれたその人、みゆき先輩の方だった。
「・・・なんで」
「・・・え?」
「なんで、先輩が謝るんですか?」
「なんでって・・・だって、私のせいだし」
それは断じて違う・・・筈だ。
だってこれは私の個人的な理由なんだから
「まだ一年生なのに、重荷だったんだよね? それなのに・・・私が、無理強いしたから」
「違います」
速攻否定した。
しかし、心の中では肯定してしまった自分もいた。
先輩がこんな話を持ちかけてこなければ・・・と、そう、思ってしまった。
そしたら春菜や他の先輩たちとの関係にも亀裂は入らなかったのに・・・と
なんて情けないんだろうか、私は・・・人に責任をなすりつけようとするなんて・・・
「どういう風に他の先輩方から聞いたのかは知りませんが、
これは完全に私事です。 みゆき先輩が気に病むようなことではありません。
むしろ、謝らなければいけないのは先輩のご厚意を反故にした私です。」
あ・・・私今、ATフィールド張っちゃったかも・・・
「鈴音・・・なんで・・・そんな、他人行儀になっちゃったの?」
う・・・
確かに、先輩が小学生の頃はすごく仲が良くて
姉妹のようによく一緒に遊んでた。
でも中等部にみゆき先輩が上がってから一年間のブランクは
この多感な時期の私達には少々長すぎたようなのだ。
その一年間は、みゆき先輩は朝夕と部活があったので
時間帯がズレて通学で会うことも全くと言っていいほど皆無になっていたのだ。
会う回数が減ると自然と約束事も減っていき、休日に遊ぶことも無くなっていった。
再会後の最近はまた練習に時々付き合ってくれるようになってはいたが
昔のように気安くは喋れなくなっていた。
なんというか、やっぱり先輩後輩の間柄なんだっていうことが
小学生・中学生に別れた時、一気に疎遠になってそう感じてしまったんだ。
でも決して仲が悪くなった訳じゃない
もちろん今でも好きな人だ。
ただ、わきまえなくちゃならないと、そう思ってしまった。
以前は簡単に言えた言葉
「みゆきちゃん」とは、
今は言えなくなっていた。
人見知りな性格が災いしたのかな?
正直、今の関係はやっぱり居心地が悪い
「私は元からこんなんです。それよりも先輩」
「・・・・・・なによ?」
私の横柄な態度に、ちょっとむくれてしまったみたいだ。
「その・・・足、大丈夫なんですか?」
実は彼女の足の怪我は、私との練習中に起こったものだ。
乱打という打ち合い練習をしていたのだが
まだコントロールの甘い私が彼女を振り回してしまった。
かなりへばってきた後半に、手が届きそうにないボールを返してしまったため
無理して追いつこうとした先輩は変に転んでしまった。
しばらくうずくまって立てなかったのをよく覚えている。
先輩、泣いてた・・・
たぶんそれは、痛みのせいだけじゃなかったんだろう・・・
なのに、私のせいで怪我したようなものなのに
レギュラーの座を、私に譲るなんて・・・
「大丈夫よ、残念ながら今度の試合にはどうやっても間に合わないけど
鈴音の病院で診てもらったから。 おとなしくしていたらちゃんと治るって」
みゆき先輩は、私を安心させようとしてるのか、笑みを浮かべながらそう言った。
「・・・じゃあ、私のことなんて放っておいて、おとなしくしててください
息切らして無理して追いかけてきて・・・治したくないんですか?」
私・・・何言ってるんだろう? こんな風に言いたい訳じゃないのに
「・・・ごめんなさい」
・・・だから、なんで謝るの?
みゆき先輩は何も悪くないのに
どこに向けていいかわからない苛立ちに苛まれながら
「・・・・・・それじゃあお大事にっ、失礼します」
「あっ鈴音っ」
私は彼女を置き去りにして、スタスタと歩いて行った。
先輩だって、いつの間にか私に距離を置いて接してるじゃないか。
悪いのは私だけじゃない
人は変わっていくんだ。
いつまでも子供のままじゃいられない
こうやって少しずつ、心に膜を張って人との距離を離していく
「・・・・・・何やってるんだろう? わたし・・・」
ほんの一年前までは、あんなに仲が良かったのに・・・なんで?
たぶん、私がこのままじゃあ駄目なんだ。
そんなの頭ではわかってる
記憶の中の彼もそう言っている
でも、その彼だって実際に取る行動はけっして前向きなものでは無かった。
うじうじと考えてるだけで、現状を打破するような積極的な行動は取らなかったのだから。
いつも自分に言い訳ばかりして・・・悪い方にばかり考えて・・・全てをあきらめて・・・
結局、生まれ変わっても私は同じようなことを繰り返しているのかもしれない
折角これだけの人生経験のデータがあるというのに・・・
私は何も活用できていない・・・
本当に大切なのは方法や対処を頭で考えることなんかじゃないんだ。
わかってるのに・・・
なんかもう、気持ちがめちゃくちゃだ・・・
いつの間にか、視界も歪んで見えていた。
それでも私は病院に立ち寄った。
部活動をすっぽかしたのはもちろんこの為だからだ。
おそらく近いうちに目覚めるであろう彼を
そのまま放っておくことはできない
彼の生を終わらせなかった私には責任がある。
その為に、今後いったいどうなってしまうのか?
私の中に蘇った彼の記憶にはどんな意味があるのだろうか?
それを見極めなければいけない
でも・・・そもそも、本当に私は彼の生まれ変わりなんだろうか?
事故の刹那、私は瞬間的にそう思ったのだが、実際のところどうなんだろう?
例えば、もしかしたら単にテレパシーのようなもので彼と通じ合ってるだけかもしれない
彼の生霊のようなものが私に憑依しているとか・・・
厨二的に考えればいくつかの仮説が浮かんでくるが・・・
・・・いや、無いな。
テレパシーで繋がってるのなら
彼よりも前方に位置していた私がトラックを確認した瞬間
彼が危ないと直感したのはどう考えても変だ。
私は「あらかじめ知っていた」と考えられる
同じように生霊も違う
事故後に記憶が流れ込んできたのなら
意識を失った彼の生霊が私に入り込んだと説明もできるが
実際はそうじゃ無かった。
もし仮に生霊が入り込んで憑依されているとすれば
同じ体に精神は別々に宿っているはずだ。
こんな風に私は私として自然に生活できてるはずはない
第一、彼のことをほぼ完全に理解できているのに
心の中で「彼との対話」がまったくできないというのはどう考えてもおかしい
今、彼の意識は無いから
あくまでも仮説でしかないのだが・・・
でも、だからと言って転生も本当に正しいのだろうか?
何故なら転生とは人が死んだ「後」に
誰か別の人間、または何らかの別の生き物に生まれ変わるものなんじゃないのだろうか?
なのに彼と私は、少なくとも私が生まれてから今までの間、
十数年間は「同じ時間を過ごしている」
これは矛盾していないのだろうか?
そこには確かに思ったほど混乱はない
記憶は整然とまとまっている
この事実を除いては
同じ日時、あの日あの時にどちらが何をしていたのか?
私は彼を客観的に見つめることができる
つまりはやはり増設ハードディスクなのだ。
メインのOSは鈴音OSで
彼のOSからはデータとして持って来ているだけ。
もちろん時と共におぼろげになっている部分も多いが
その時の記憶、彼の考えてたことも、もちろんわかる。
死後の世界には過去・未来という時間の概念がないのだろうか?
しかし、だとしても
どうやら転生していく「順番」そのものはあるようだ。
おそらく彼に私の記憶は無いだろう
何故なら
もしそんなことがあったとしたら
きっと精神はぐちゃぐちゃに崩壊してしまうだろうからだ。
例えば、視覚的に説明すれば
合わせ鏡の中の世界のように同じ記憶が無限に反射されてしまうだろう
聴覚的に表すなら自分で発した声が
いつまでも木霊して鳴り止まない状態と言うべきか
いずれにしても、そんな状態で精神を正常に保てるとは思えない
だから、転生そのものには順番は存在する、と思う
そもそも、本当に輪廻転生というものが”在るのなら”
という前提になってしまうんだけど
ぶつぶつと考えてる間に
いつの間にか体はICUの部屋まで歩いて来ていたようだ。
新米研修医の人が私を見つけて声をかけてきた。
「こんにちは、お嬢さん」
・・・やっぱり、ちょっと気恥ずかしい
「あ・・・えと、こ、こんにちはっ」
「もしかして昨日の救急患者さんの、お見舞いですか?」
「あ、はい・・・構わないでしょうか?」
一応お伺いをたててみる
「ん~・・・まだ意識は回復していないし、面会は基本的には家族と医療スタッフのみなんですが・・・」
そんなことはわかっている・・・とは言えず反応を待つ
駄目ならまた出直して彼がいない時間帯に来ようと思った。
「まあ・・・そうですね、お嬢さんも、最初の処置をしてくれたから一応医療スタッフと考えましょう」
「・・・少々、強引ですね」
思わずちょっと笑ってしまった。
彼もニッと笑って
「言わなくてもわかってるとは思いますが、清潔にしてから入室してくださいね
まだ絶対安静なんですから、あ・・・それと」
「・・・なんですか?」
「今、ご家族の方がいますので・・・構わなければ、ですが」
・・・やっぱり
そりゃあ、いるよね
「・・・・・・わかりました、ありがとうございます。
あ、それとひとつだけお願いが」
「お願い?」
「あの・・・”お嬢さん”は、よしてください・・・なんだか恥ずかしいので・・・
それに、医療の先輩なのに敬語使われるのもちょっと、抵抗あります。」
「え・・・いや、しかし・・・・・・・・・・・・それでは、なんと?」
女王様とお呼びっ!
・・・と、一瞬心の中で思ってしまったのは内緒だ。
「えと・・・鈴音・・・でいいですよ、普通に」
「そ、そうですか? では、お言葉に甘えて、鈴音ちゃん」
「はい」
それでは・・・と笑顔でぺこりと会釈をして研修医さんと別れた。
病院内でだとそこまで極端には人見知り無いんだけどなあ・・・
やっぱりホームとアウェイ(学校)の違いなんだろうか?
・・・・・・あれ?
・・・私って、もしかして・・・・・・内弁慶?
・・・駄目だ、またしてもどんどん・・・自己嫌悪に・・・
手洗いうがいを済ませ、入室
今朝とは違い、室内は少し騒がしかった。
というのも新たに数人がICUでの治療を受けていたからだ。
医療スタッフたちは入室してきた私をちらりと見た。
けれどもその中にお父さんの姿は無かった。
ちょびっとだけ居づらい・・・
母が・・・いた。
もちろん私の母ではない
彼の母だ。
しかしこれから彼の様子を見たり会ったりするのなら
これは避けては通れない道
母とも最低限、顔合わせしておく必要がある
ベッドの前まで来た私が立ち止まると
彼の母はこちらをいぶかしげに見つめていた。
う~んと・・・ここはもちろん、第一印象が大事ですよね?
「ここ、こんにち・わっ」
いきなりドモった上に声が上ずってしまった。
「・・・こんにちは・・・あなたは・・・?」
おお、普通に返してくれた。 ありがたい
「あ、えとその・・・学校の帰りにですねっ、ちょっと寄ってみたんですよ」
「・・・はい?」
何を言ってるんだ私は、落ち着け!
「いえその、だだ、第一発見者というか、なんというかっ・・・」
・・・あかんっ! 何言ってるのか自分でもわかんねー
「・・・! もしかして、あなたが院長先生の?」
・・・つ、通じたの? こんなんで? うそーん・・・
「えと・・・は、はい、娘です。」
母はガタっと椅子から立ち上がり、こちらへと正面から向き直した。
そして、私の手を握り締め、神妙な面持ちで
「本当に、ありがとう、ございました。」
「・・・・・・!」
・・・・・・そっか・・・誰かから、聞いていたんだ・・・
「・・・いえ、その、当然のことをしただけですので」
「お嬢さんが応急処置をしてくれたおかげでなんとか間に合ったと聞きました。
でないと手遅れだったかもしれないと・・・」
なんだかくすぐったいので、ちょっと話をずらしたかった。
「鈴音と言います。 私の、名前」
「あ、鈴音・・・さん?」
「さんは要らないですよ、まだ修行中の身で、あの処置も振り返ってみればあまり適切では無かったかもです。
たまたま偶然上手くいったようなもので・・・」
あの時は気が動転してて、ただただ必死だったから・・・
確か馬乗りになってたような気がするんだけど、
よく考えたら、もしそのまま体重かけて彼に座り込んだりしてたら
患者の損傷部分にモロ負担になって、かなりまずかったんだろうなあ・・・
私、ちゃんと腰・・・浮かせてたよね? ・・・たぶん
「息子はちゃんと今、生きていますっ」
「・・・えっ?」
彼女の目は、少し潤んでいた。
その真剣な眼差しに、私は一瞬言葉を失った。
・・・そうだ! この人にとって彼はたった一人の家族なんだ。
「だから、そういうことなんです。 鈴音ちゃん・・・ありがとう」
母・・・さん・・・
「・・・はい」
私は笑みを浮かべ、静かにそれだけを言った。
今は素直に感謝の気持ちを受け取っておこう、と・・・
とりあえず、文章のみのうpです。
鬱展開が続いてますね、申し訳ない。
でもどんなに暗くて先の見えない長いトンネルでも
いつかはきっと通り抜ける筈です。
それを信じて待っててください
でもまたすぐトンネルっていう場合もままありますけど(おい)