睦月と千里 6 ~決着!~
「ラフ&スムース 第二章」
異様な光景だった。
普段のコート上ではまず目にすることはないであろう
纏ったセーラー服を、風に靡かせながら
高速で移動するモノが、そこにはあった。
それは、明らかに「そこ」だけ異彩を放っていた。
服装だけではない。
動きが、まるでその個体だけ時間の流れが違うかのように
…………なに?
「はあっ! はあっ!」
パコーン!
……なんなの?
パコーーーーン!
「くうっ! 拾えるっ! そこだあっ!」
パコーーン!
ヒュッ!
「なっ!? いつの間に……そっちにっ!?」
なんなの? ……この子はっ!?
こんな子、知らない! これで、今まで無名だったというの!?
タンッ!
太陽を背に、彼女は振りかぶり、高く舞い上がっていた。
その影を浴びた北山部長は、もう予感がしていたのかもしれない。
――――敗北の、予感が。
「……ひっ!」
バコーーーン!!
深山睦月が放ったジャンピングスマッシュは、彼女、北山部長の頬を掠め
一瞬で地面に突き刺さっていた。
背後をてんてんと、白球が転がる。
「「…………」」
声もなく、部員全員が固まっている。
「…………審判!」
「……えっ? あっ! げ、ゲームカウント、3-1で……」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 誰が5ゲームマッチなんて言ったのよ!」
「えっ? えと、確か試合開始前に、部長が……」
「言ってないわよ!」
……思い返すと、確かに言ってない。
ただ審判が何ゲームやるのか? との問いに
「5ゲームもしたらおのずと結果は出てるでしょうね」
とは言ってたような気がするけども……でも、
これは審判も私たちも普通そう受け取るよね?
「ちゃんとした試合なら、7ゲームマッチでしょう?
私もここから尻上がりに調子出て来るんだからね! まだまだ! こ、これからなんだから!」
「ぶ、部長、でもそれはー」
流石に後出しジャンケンのような気がして私も意見を言おうとしたのだが
「いいわ」
「! ……む、睦月?」
「これから調子出るんでしょう? 先輩。
だったらそれを見せてください」
「ふ、ふふっ! いいわ、見せてあげる! その余裕、後で後悔しないで頂戴ね!」
「調子、ね……それは、こちらも同じことなんだけどね……」
彼女は、私にだけ聞こえる声量でそう呟いた。
最初の方こそぎこちなく動いていた彼女。
球に対する反応も一瞬遅れていた。
しかし、1ゲーム目から3ゲーム目にかけては、とにかく長かった。
1ゲーム目、試合開始直後、
最初の数ポイントはあっさりと部長チームに奪われ
このまま一方的になるかと思われたが……
その後、睦月が相手の意表を突くショットを数発放ち
デュースにもつれ込むと
何度も双方のアドバンテージを繰り返し
最終的には私のミスショットでアウトとなり1ゲーム取られて終わった。
今思うとこちらのアドバンテージになる度に
私の方にボールが回ってきていたような気がする。
2ゲーム目、3ゲーム目も似たような展開で
とにかく勝敗に直接絡んでこない球は
何故か殆どこっちにまわって来ていた。
もちろん、向こうも私の方が穴なのはわかってるみたいなので、
ワザと狙ってそうしていたというのもあるんだろうけど……
おかげで球に触れる機会が多くなり
なんとなくだが球を打つ感覚にも慣れてきていた。
「…………」
ふと、睦月の方を見てみた。
まさか……ね……
その後も私の入れるのが精一杯なへっぽこサーブや
ヘロヘロリターンしかできてないせいもあってか
それなりにポイントは取られていた。
それでも要所では睦月が決めてくれ、
なんとかかんとかやって来れてたんだが、
内容自体は余裕の無い僅差がずっと続いていた。
先ほどのゲーム
4ゲーム目にさしかかるまでは……
おそらく部長は、その辺りにまだつけ入る隙があると感じたんだろう
それに、確かに部長は後半加速型のスロースターターだ。
勝利の可能性があるのに、使える手は全て使っていく。
それはきっと、勝負の世界では正しいのかもしれない。
しかし、どうやらそれは部長を含む私達全てが認識不足だったようだ。
「千里!」
「……え、なに? 睦月?」
「調子は、どう?」
「え、……うーん…………そうだね……さ、最初みたいなことはないよ!
なんとなく、球の感触もつかめてきたし、ぼんやりだけど試合の流れもわかってきたしー」
「……そう、よかった」
「…………」
睦月、この子……
私の予想よりも、遥かに身体能力が高い。
それに未経験なんて言ってたけど、とてもそうは見えない。
おそらく、ブランクはあるんだろうけど
絶対過去にやっていた……と思う。
相手を油断させるために言ったんだろうか?
それにしても……だとしても、ここまで部長に肉薄できるとは、正直思わなかった。
もし、素人の私が足を引っ張ってなかったら、今頃は……
「千里?」
「あっ! うん、大丈夫! あと1ゲーム、頑張って取ろう!」
「うん……じゃあ、そろそろ……勝ちに、行くわ」
「えっ!?」
…………聞き間違い、じゃないよね?
まさか……え……?
今まで、本気じゃ……なかった?
◆◇
「……そう、確か、こんな……感じ!」
パコーン!
「ここは……こう!」
パコーン!
まるで予習していたことを一つ一つ確認しながら実践しているように
彼女は呟きながら球を打ち返していた。
そして、徐々に口数が減って、殆ど喋らなくなった頃には
もう彼女の動きに迷いのようなものは全く無くなっていた。
そればかりか……ここに来て、さらに動きが加速する。
「…………」
思わず一瞬、私は見とれてしまった。 試合中、なのに……
だって、今までこんなの見たことない。
彼女はコートの中を、まるで羽が生えているかのように軽やかに飛び回っているみたいだ。
それに……
…………彼女……笑ってる……?
おそらくは、無意識なんだろう。
普段はポーカーフェイスを決め込もうと、無表情を装っているみたいだけど
もしかしたら、本当の彼女はそうじゃないのかもしれない……
美人なだけじゃなく……
なんだ……笑うと、とてつもなく可愛いじゃないか!
なんか、ずるい!
ネット際で舞う彼女は、とても楽しそうで……
まるで本当に踊っているかように見えた。
「…………ふっ!」
パコーン!
「……なに、これ?」
ギャラリー部員の一人が、そう呟く
「あの睦月って子、延長戦に入ってから、更にどんどん動きが良くなってきてる……す、凄い!
部長たちの動きも確かに良くなっては来てる……けど、これは……」
「はあ! はあ! くっ! あいつよ! あのスポーツ店の小娘を狙いなさい!
絶対穴なんだから! 私たちが、こんなっ……!」
「……やらせないわ」
ヒュッと、
まるで風のようにネット際を走り込んでくる。
パアン!
私を狙おうとした筈のボールは
彼女の手により簡単に叩き落とされていた。
この人の前だとロブ以外はまず通らない気さえしてくる。
まるで、壁だ。
「くう!」
ぱこっ
今度は苦し紛れに後衛の私へ向かってロブを上げる部長。
「千里、どこでもいいから、ただ返せばいいから!」
「う、うん、わかっ……あ!」
パコンと、威力の無いボールが、ネット際に上がってきてた部長の方へ行く
「し、しまった! 駄目! スマッシュ来る!?」
「ふふっ! チャンス! これで……」
思い切り振りかぶり、私の方目掛けて、スマッシュ
パコーン!
「ひう!」
パンッ!
「…………え?」
完全にやられたと思っていた。
恐る恐る目を開けると、そこには鮮やかにボレーを決めた睦月がいた。
「なっ!?」
青い顔して固まる部長。
それもそのはず
あの高速のスマッシュにボレーを合わすなんて
いったいこの子はどんな反射神経をしてるんだろうか?
「……コースバレバレで、読みやすかったから」
涼しげにそう言う彼女。
いや、いくらある程度は予測がついたとしても
球が見えなきゃ綺麗には当てられないよね?
まさか、あんな至近距離のスマッシュもちゃんと見えてたって言うの?
「……嘘でしょ? 今のスマッシュが、決まらない……なんて」
「……これ、3ゲーム目後半以降……いや、そんな、筈は……」
「そうだよ! これ部長の方全然ポイント取れてない! し、信じられない!」
4ゲーム目に続いての延長戦、まさかの2ゲーム連続でのラブゲーム進行。
ゲームカウント3-1
そしてポイントは、あと、1点で……!
「こ、こんな負け方! 絶対に阻止しなければ! ……はあっ!」
パコーーン!
力の入った部長のサーブが、私を襲う
バチン!
「あうっ!」
芯を外して返したリターンは
またもや相手のチャンスボールに……!?
球はいきおい無く部長のダブルスパートナーの方へと飛んでいった。
「チャンスよ! 全力でシュート! 壁を、ぶち破りなさい!」
部長が叫ぶ。
まずい! 睦月が、狙われる!?
しかし
ぱこっ!
「「!?」」
強烈なショットは返って来なかった。
睦月という子の方に、いくら全力で打っても通じないと、わかってしまったんだろう
おそらくは、心が、折れた。
無理な体勢で強引に方向を変えたせいか、球に威力がない。
球はこっちの方に山なりに落ちてきた。
しかし、当の本人……私はそのチャンスボールを前にオロオロしていた。
「あ、あう……」
「千里、振りかぶって! 貴女が、決めるのよ!」
「……!」
睦月が語気を強めて私に言う
そうだ! 何時までもお荷物のままでいるわけにはいかない。
私も、一緒に戦ってるんだ!
思い出せ! 思い出せ!
私が一番印象に残ったショットを!
彼女の、あの美しくもしなやかな……理想的なフォームを……!
「ぅ……ああああっ!!」
ダンッ!
私は、頭に描いたその姿を模し、意識的にか無意識かはわからないが
ボールに向かい、大地を蹴っていた。
「! ……この子、これは、私の……」
……頭上に、白球を認識…………捉えた!!
「…………今だっ!」
睦月が、タイミングを指示する
「い、いっけええええええっ!!」
パッコーーーンッ!!
「「…………」」
シン…………
場内が静まり返った。
「……審判」
呆然と固まっている審判にコールを促す睦月。
「……あ、げ、ゲーム……セット!」
「あ、……今の、ショット…………入った? …………勝った、の?」
「そうよ、おめでとう、千里」
うわあああああー!
と、部のみんなが騒ぎ立てる。
中央に集まる選手達。
審判がカウントを読み上げる。
「ゲームカウント4-1で勝者、深山・笹倉組、礼!」
一同、ぺこりとお辞儀をするも
部長は不服そうな顔をあらわにしていた。
「……すごいわね、あなた……未経験なんて話をしてたけど、あれ、嘘でしょう?」
「…………」
「……まあいいわ。 あなた、私と組まない?」
「!」
「え? ま、茉莉っ!?」
部長とペアだった人が焦っている。
私だって焦ってる。
だって、部長と組んだ方が、断然睦月は良い結果を残せるはずだから
「あなたと組めば次の大会、きっと上位を狙える。 いや、それどころか」
「私は千里としか組む気はないわ、そう決めて入部したんだし」
「なんでよ!? そんなポンコツと組んだって、足を引っ張られるだけで何のメリットもないでしょうが!
そんなのよりも私と組めば全国だって」
「千里と私に完敗した人が、どの口で言ってるのかしら?」
「……くっ!!」
よ、良かった!
信じてないわけじゃなかったけど、睦月は私の方を選んでくれた。
正直、最後のスマッシュ以外、あまり良いところなかったから……
どうにか相手コートに返すだけで精一杯だったし
「笹倉ちゃん!」
「わっ!」
いきなり先輩が抱きついてきた。
「凄いじゃない! いつの間にあんなショット身につけてたのよー」
「い、いえー、そんな、なんか最後の美味しいとこだけ頂いたみたいでー」
「いやいや、他のショットもけっして悪くなかったよ?
殆ど練習に参加してなかったのに、よくあれだけ打ち返せたね。
よっぽど研究して一人で練習してたんだね!」
いや、私はただ、先輩たちのフォームを真似てただけで……
「そんな、大したことはー……」
「またまたー、謙遜しちゃって! うりうり!」
「いや、あははー」
「それに、すんごいの連れてきたね! 本当にびっくりだよ!
笹倉ちゃんの友達がまさかこれほどとは思わなかったよ!」
「……私も、正直びっくりしました」
本当になんなんでしょうね?
まだ私、彼女のこと殆ど知らないんだけど
「最強ペア爆誕だね! 正直、この上なく心強いよ!」
「いや、凄いのは睦月だけですからー」
「だ・か・ら! 謙遜しなさんなってー!
笹倉ちゃんだってちゃんとやってたんだから!」
「いや、あははー」
なんかすごく喜んでくれてる。
私、勝って良かったんだ。
てっきり勝ったら皆に顰蹙買うと思ってたんだけど……
だって、この試合勝ったら、もしかしたら三番手の先輩は
レギュラー外れちゃうかもしれないのに……
なのに、素直に私のことを想って喜んでくれている。
なんて、いい人なんだろうか……
「……ありがとうございます。 先輩ー!」
◇
「……最後のショット、貴女も見たでしょう?
たった数回見せただけで私のスマッシュフォームを、既にコピーしてた。
他のショットだってそう、おそらく全部貴女達のフォームなんでしょうね。
あの吸収率……経験さえ積めば、あの子は……間違いなく、化けるわ」
「く…………」
「弱い者は強い者に従う。 あなた、そう言ったわよね?」
「そ、それはっ!」
「……そういう考え、本来は私の柄じゃないけれど
今回の試合でだけは勝者の特権として、行使させてもらうわ」
「い、いったい、なにを……?」
「千里!」
「は、はいー!」
私が先輩と会話してた間も、なにやら睦月は部長と話をしてたみたいだ。
彼女に呼ばれて慌てて駆け寄っていく。
「今から、部長は千里だから。 それに言ってた通り一番手は私達二人。
それで文句、ないわよね?」
「なっ!! こ、こいつがっ!? お前じゃなくて!?」
「えっ? ええーっ!? わた、わたしが部長ーっ!? そ、そんなー! 無理! 無理無理!!」
「心配しないで、ちゃんとフォローは、するから」
「いや、睦月がやればいいじゃんー! この試合の功労者は、間違いなく睦月だよー!」
「……私、コミュニケーション苦手……だから……」
「えっ」
「ここまで話を持ってくるのも、身体使うよりも、よっぽど…………正直もう、疲れた……」
いきなり電池切れを起こしたおもちゃのロボットのように、
みるみる覇気がなくなっていく彼女。
「…………」
なんか、心底そう言ってるように聞こえてしまった。
すごく、無理してくれてたんだ……私の、為に……
「……で、でも私、ただのマネージャーだったし、まだ一年だし……やっぱ、無理だよーっ!!」
「……じゃあ、千里が指名して」
「…………あ……」
そういうこと、なら、まだ……
私は周りを見渡した。
すぐに目に入ったのは……
二年生の先輩だった。
じっと見つめる。
「……え? ……もしかして、あたしい~!?」
二年の先輩が自分を指差し動揺している。
「お願いして、いいですか? 仁科先輩」
「……い、いや、さ、笹倉ちゃん!
こ、こういうのはさっ! ふつー三年生の人にやってもらうのがっ」
「いいんじゃない?」
「えっ?」
三年生レギュラーの一人がそう言った。
「……いや、だってもうすぐ夏だし、あとせいぜい数回試合やったら
私達、どうせ引退だしさ……だったら少し早いけど、
仁科にやってもらってもいいと思うよ……
次は仁科だねって、私たちの間でも話ししてたし」
他の三年生もうんうんと頷いている。
「…………せ、先輩がた……」
「じゃあ……あらためて、お願いします。 仁科先輩」
私はぺこりと頭を下げた。
「…………わかった。 頑張ってみるよ、笹倉ちゃん!」
わっと拍手が起きる。
カラーン!!
「「!!」」
ラケットを、地面に叩きつける部長……、いや、元と言うべきか
「あーあ、つまんない! もう、こんな部どうでもいいわ!
あんた達にくれてやるわよ!」
そう言い残して、踵を返す彼女。
「ま、茉莉っ!? な、なにも部を辞めなくてもっ……二番手に甘んじればっ」
説得する元部長のペアの人。
さっきも今もあっさり捨てられそうになってるのに
この人は必死に付いていこうとしている
「……そんな屈辱、耐えられるわけないでしょう?
新入生二人に……完膚無きまでに負けた私が!!」
「……残念ね、悔しさをバネに、伸びる人もいるんだけど、その可能性を貴女は捨てるのね」
睦月……あれでも一応彼女なりに引き止めてるつもりなんだろうな……
「……くっ! あんたなんかさっさと負けてしまえばいいわ!
言っとくけど、そんな”お荷物”抱えた状態で勝ち抜いていけるほど、甘くはないんだからね!」
そう言い残して、元部長は去っていった。
ペアの人は、どうしていいのかわからなくなったのか、ただその場で立ち尽くしていた。
どうやら、これで全部、終わったようだ。
――――そして、それは同時に、始まりでもある。
「……心配いらないわ、この子……千里は、あなたと違って、これから可能性に挑むんだから」
「…………」
可能性に、挑む……か
確かに、私はまだ、生きている。
生きている限り、上を目指して頑張ることができる……筈だ。
睦月のおかげだけど、現に私はレギュラーになることができた。
あとは、天国のお祖母ちゃんに、その勇姿を……
誰に見られても睦月とペアを組んでも恥ずかしくないように、
成長していければ……胸を張って頑張っていければ……
「お祖母ちゃん……喜んで、くれる……かな?」
空を、見上げる。
◆◇
「…………ん」
「…………あちゃん……」
「……………………おば……ちゃんっ!」
「お祖母ちゃん! お祖母ちゃんお祖母ちゃんお祖母ちゃんっ!!」
泣きながらも、必死に呼びかける。
彼女の瞳に僅かに生気が戻ると、そこにその少女の姿が映りこんだ。
「……………………な……なん……だい……千里……かえ?
……まったく……やかましい、子……だね……」
「「「!!」」」
「ば、ばあさんっ!」
「母さん! ……し、信じられん……」
「先生は、次に昏睡したら
もう意識は戻らないだろうと、仰ってたのに……」
「は、はやく先生をっ!」
周りの家族全員が慌ただしく動き回っていた。
私はこの春休み、卒業旅行と称して友人数名と二泊三日ほどの旅に出ていた。
そこで知らされた祖母が急に倒れたとの報を聞き
慌てふためき一人だけで帰ってきたのだ。
正直どうやって戻ってきたのかはもうよく、覚えていない。
行きは夜行バスだったので帰りは全く違うルートを取らざるを得なかった。
道中、何度か乗り物を間違えたりもしたけれど
なんとか必死にここまでたどり着く事ができた。
それがつい先ほどのことだ。
「お祖母ちゃんっ!」
「…………ここは…………病院のベッドかえ…………
そうか……ああ、そうだったね…………」
「ばあさん! 気が、気がついたか! 儂が……儂がわかるかっ!?」
「ふふ……やだねえ……わかるに決まってるでしょう?
…………でも、お爺さんには悪いけれど……今度は……千里と話しさせて、くれんかね?」
「……あ! ああ…………そう、か……そう……だな!」
そう言ったお祖父ちゃんは、周囲の家族に目配せをした。
「……ごめんね……お爺さん……」
「……いや、ええんじゃよ……」
その後、僅かの時間だけど二人は見つめ合っていた。
それだけで、心はちゃんと通い合っているような気がした。
「……千里は、本当におばあちゃん子だったから……
あなた……先生を呼ぶちょっとの間、千里と、ふたりっきりに……」
「あ、ああ……そうだな……俺らはもう、十分に……っ」
「……!」
両親のそんな会話に、おもわず私は振り返った。
……なん、だよ?
皆、なんでそんな諦めムードになってるのよ?
今だって、ちゃんと皆とお話出来てるじゃん!
なんで、そんな!
…………こんな……急に…………こんな、ことに……!?
家族が退室し、パタンと病室の扉が閉まる。
今この瞬間だけは、私達ふたりっきりだ。
「……千里、あんた確か、旅行に行ってたはず……だったよね?
……どうしたん……だい?」
「そ、そんなの! もうどうだっていいよ!
どうせ中学に行ったら別々になる子ばっかりだし!
それより私はお祖母ちゃんの方が大事だよっ!」
「……こら! そんなことを……言うもんじゃ、ないよ。
あんなに仲良かったのに、ちょっと学校が違ったからって……付き合いやめる気かい?」
「だ、だってー……一人は校区違うから仕方ないにしても
もう一人は、一緒の中学行って、一緒に部活しようねって言い合ってたのに
急に私立受けるって言い出していなくなっちゃったんだよ?
そんな薄情な子とお祖母ちゃんを比べられるわけ……」
「……ちゃんと謝って……くれたんじゃろ? その子は」
「う、うん……そう、なんだけど……」
「だったら、いつまでも根に持っちゃ……駄目さ……
その子にも、色々あるのさ……そこは千里が
笑って許してあげないと……ね?」
「う、うん…………わかった。 わかったよ。
そ、それよりっ! 大丈夫なのっ? お祖母ちゃんっ!」
「……心配、いらないよ。 ちょっと、疲れが出ただけさ……」
――――嘘だ。
そんな程度で、家族みんながあんな神妙な顔をしている訳がない。
「が、がんばって! 私も絶対がんばるから!
中学生になったらすぐに上達してレギュラーになって、
誰にも負けないくらい、強くなるからっ!
だからっ、それをお祖母ちゃんに絶対、絶対見て欲しいから! ……だからっ!!」
「……ふふ……千里なら、大丈夫さ……あたしゃなんにも、心配なんか……しとらんがね」
私は、ふるふると首を振る。
「……ヤダ! ヤダヤダー! 心配してよ! ずっとそばにいて、もっと色々教えてよ!
がんばるからー! じゃないとわたし、お祖母ちゃんがいないと……頑張れないからーっ!!」
「……そんなこと言って、困らせないでおくれ……
どのみちこれは、順番だから……いずれは仕方のない……
どうしようもないこと、なんだよ……」
「……まだ、まだ早い……よ……
だって、これから、なのにっ!
これから、お祖母ちゃんと同じこと、一緒にできるようになっていけるのにっ!」
「千里…………同じことなんか、しなくてもいい……んだよ……
千里は、千里のやりたいように、千里の道を進めば、それで……ええ」
「私がやりたいのは、お祖母ちゃんと……一緒にっ! ……ぅうっ!」
「一緒に歩むのは……こんな、老いぼれじゃ、ないさ……
ちゃんと、してあげただろう?」
「ぐ、ぐすっ! な、なにをー!?」
「おまじない……ばあちゃんのは、すごくよく効くんよ……
それに、今回の……は特別や……からね……
……なにせ、お祖母ちゃんが神様に直接
頼んできてあげるん……だから、これ以上は……ないよ……
新しい学校でも、きっと……とっても素敵な出会いが待ってるから……
そしたらもう、一緒に前を向いてただ……まっすぐに……走って……いけばええ」
「私はっ! お祖母ちゃんが、お祖母ちゃんさえいれば、私は……それだけでっ」
「……………………ちさと……」
「う……うええっ!」
――――いつも、おばあちゃんは、ちゃんと……見てるから…………
――――ありがとう。 最後まで……本当に、楽しかった、よ……
◆◇
「…………」
私の手の中にあるラケット……
そして、彼女の手に握られている
古い、ラケット……
各々のそれには、
祖母が結んだ赤い糸が、飾られていた。
「……千里、泣いてるの?」
「……えう? う、ううん! な、泣いてなんかいないよー!
…………睦月、私がんばるから! 絶対睦月の足引っ張らないようになるからー!」
「……うん。 これからも、よろしくね」
「…………あ、うんっ! こちらこそー!」
私は差し出されたその手を、両手で力いっぱい握りしめた。
そして、昨日から言えなかった言葉を、昨日とはまた違った意味をも更に乗せ、
万感の思いを込めて――――。
「ありがとう! 睦月!」
「……痛いよ。 千里」
・若干の加筆・修正(19.3.18)
・旧ルールのまま試合進行をしていた箇所を現行ルールに直し一部修正しました。 ごめんなさい!(20.5.1)




