睦月と千里 5 ~かけがえのないパートナー~
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
「ラフ&スムース 第二章」
「…………”何も心配しないで”って、ちゃんと書いてあったでしょう?」
彼女は、私の背後で溜息混じりにそう呟いた。
「…………ぅくっ!」
なんて、タイミングで現れるんだろう、この人は。
あれほど悩んで決心したというのに。
それを、この一瞬で……
私は、崩れそうな表情をなんとか必死に堪えて、彼女の方に振り返った。
「だ……だってっ! これは、私の我儘だからっ! 自分で、なんとかしなきゃって!
誰も、巻き込みたくなかったからっ! …………だからっ……」
「…………貴女の言う、パートナー……”かけがえのない、私だけの唯一無二の存在”って、
そんな簡単に置いてきぼりを喰らうような人のことを、指していたの?」
「っ!!」
「違うよね?」
「あ……そ、それは……」
「……なるわ。 貴女の……パートナーに!」
「……~~~っ」
思わず、彼女を直視できず顔を逸らしてしまった。
……なに? なによ、このイケメン!?
こんなの、私何も言い返せないじゃない!
「…………今、どういう状況か、知ってて言ってるよね?」
私の置かれてる立場。
それに先日の事件。
目の前の人物が「それ」に関わっているという、可能性。
「もちろん、わかってるわ」
彼女は、眼前の北山部長を見据えたまま、そう答えた。
「……なによ? 貴女?」
怪訝そうな表情で彼女に問う北山部長。
「何って、入部希望者だけど?」
さらりと答える彼女。
その回答が気に障ったのか、声のトーンが一段上がる部長。
「そんなことを訊いてるんじゃないわよ!
何処の誰で、この子の一体なんなのよ、あんたはっ!」
いきなり怒らせた。
しかし、彼女は一切動じることもなく
「…………そうね、……お姫様の、ピンチに颯爽と登場した、
王子様……いや、騎士……かな?」
「……ええっ?」
「…………冗談よ」
うわ、この子こんな冗談言うキャラだったの? しかも真顔で。
ていうか、どう考えてもこれ、煽ってるよね?
……凄い、度胸!
「……なっ!? ふ、ふざけてんじゃないわよ!
あんた一年でしょ!? 新入部員希望がいきなりそんな態度で
まともな扱いされるとでも思っているの!?
それともあんた、真性のMなの!?」
「…………そうね、Mと言えば、Mなのかも……?」
「はっ! なによ、それ?」
「睦月」
「……はぁ?」
「深山 睦月……私の、名よ」
……ムツ……キ……
それが、彼女の……名前。
「くだらないわね! それでMだって?」
「正確に言えば、M.Mね、つまり、昔風に言えば”マジむかつく”ってところかしら?」
「……!! ……なに? ひょっとしてあんた……
喧嘩売って来てるの? 一年生!」
「売ってると、したら? 買ってくれるの?」
「…………入部希望で、更にそれをこの場で言うということは、つまり、
私とソフトテニスで勝負したいと、いうことか?」
「もちろん、そのつもりで言っているわ。
べつにそっちが良ければ喧嘩でも殺し合いでも、構わないけれど?」
「……っ!! ……た、大した自信ね!
これはきっちり指導してあげないといけないようね!
どうやらソフトテニス経験者みたいだけど、
まだ小学生気分が抜けてないようなら……
中学のレベルというのを、思い知らせてあげるわっ!」
「ま、茉莉っ! ちょっと落ち着いて!
新入生相手に大人気ないことを……」
「貴女は黙ってなさい!」
「っ! …………」
横にいた部長のダブルスパートナーが彼女を諌めようとするも
彼女はまったく聞く耳を持とうとしなかった。
でも、ちょっと待って
これって、この流れって、もしかして試合するってこと、だよね?
睦月……さんが……北山部長と!? それは……いくらなんでも無茶だよ!
「……ひとつ、質問なんだけど……この部は実力主義なのかしら? それとも、
実力もない上級生でも必ずレギュラーになれたりする完全年功序列制なのかしら?」
「なっ! 本当に失礼な下級生ね! 私が実力で1番手張ってるに決まってるでしょう?
弱い奴は強い奴に従う! 奴隷同然にね! それがこの部の……ルールよっ!」
一瞬、場の空気がざわついた。
部長以外の人間全てがお互いに目配せをしている。
流石に、感情がエスカレートし過ぎてるとはいえ、
今の発言はちょっとまずいと思う。
「……そう、いつの間にそんなルールができたのか
知らなかったけれど……それを聞いて、安心したわ」
「……? ……まさか、私に敵うと思ってるんじゃないでしょうね?
あんた、それほどの経験者か?」
「いえ…………”わたし”は、生まれてこの方
ソフトテニスなんて一度もやったこと、無いわ」
ええー!?
「なにっ!?」
そ、それって、もう度胸というよりも
もしかして、た、ただの考えなしなんじゃ……?
だ、大丈夫なのかな?
「千里」
「は、はいっ!?」
この人、私のこといきなり呼び捨てだよ
「これからは、私たちが部を牽引することになるから……そういうことだから、勝つよ」
「……えっ?」
…………本気、だ。 この人。
でも……………………あれ?
…………って!
「え、ええーーーっ!? わた、わたしもーっ!?」
「……当たり前でしょう? 折角のこんな美味しい話を
貴女も加わらないで、どうするの?」
彼女は、何言ってんの? というような表情でそう言った。
「い、いや、でもっ!」
そんなの、勝てるわけないじゃない!
「それに、貴女私のパートナーでしょ?」
「うっ!」
パートナー……
それは、なんて甘美な響きなんでしょうか……?
……って、いやいや! でもこれは、流石に無いよ!
「ははっ! 何を言い出すかと思えば!
ド素人のそいつと未経験のおまえが組んで、
私に勝つ、だって? …………よく言った!! 勝てるなら勝ってみなさい!
でも負けたら、ずっと私の奴隷となってもらうからね!
もちろんそうなったらもはや、退部さえも許さない!
ずっといいようにこき使ってやるから!」
「いいわ、その条件で
でも私達が勝ったら、貴女の立場、丸ごとお譲りいただくわ」
「……ほーう? 一番手を譲れ……と?」
「それだけじゃない」
「……なに!?」
「部長の座も、貴女には……降りてもらう」
「っ!! ……よく言った! ならその実力とやら、見せてもらおうじゃないか!」
周りの部員たちが意見を挟む間もなく、部長らは試合に向けて準備をし始めた。
先輩方は、特にどっちに付くでもなく
ただざわざわと両陣営を見守ってるようだ。
しかし、誰がどう見てもどっちが不利な状況なのかは明白だった。
なのに有利な方に行かないのは、
先ほどの部長の心無い態度がもしかしたら原因なのかもしれない。
でも……マジ、ですか?
トントン拍子で話が決まってしまったけれど……
私も巻き込んで……
「…………」
…………いや、でも、それもよく考えたら……当然と言えば当然か。
元々これは、私の問題なのだから。
彼女はここまでお膳立てしてくれた。
なら、私もその心意気に応えなきゃ、いけない!
たとえ、結果はどうなったとしても……
「あ、あのー……み、深山……さんー?」
「……睦月でいいわ、千里」
……わざわざ語尾に私の名を呼び捨てで入れたってことは、
暗に私にもそう呼べって言ってるの、かな?
「……わ、わかった。 ……じゃあ、睦月!」
「なに? 千里」
殆ど面識なかったのに、呼び捨てで呼び合う仲、か……
なんだろ、この感じ…………でも、いいかも
「試合するのはいいんだけど、ルールとか、知ってるの?
あ、あと、ラケットとか、シューズは……」
「大丈夫、ルールはなんとなくはわかる。 細かいところは、教えて。
ラケットとシューズは、家にあったお下がりが、あるから……」
そう言って、持ってきたボロボロのラケットとシューズ。
「……うわ……!」
「駄目、かな?」
「ちょっと、見せてもらっても、いいかなー?」
「うん……」
また凄い年季が入ってるの持ってきたね。
木製ラケットか
いったい、いつの時代のだろう?
「これ……いったい、誰の……?」
「……………………もう、今は、いない人の……」
彼女は、少し寂しそうに、そう呟いた。
「あ、ご、ごめん!」
「いえ、べつに、気にしてないから……」
なんだかあまり触れてはいけないような気がした。
……あ、でも見た目はボロボロだけど、そんなに程度は悪くない。
本当はグリップとガットは交換したいところだけど、
それも思ったよりも意外としっかりしてて……あ!
「…………」
……これ、お祖母ちゃんが張ったガット、だ…………。
お祖母ちゃんの、癖が残ってる…………
「……っ!!」
それに、これ……
「……どう?」
「……はっ! ……あ、そ、そうねっ
…………ラケットはなんとかいけそうだけど、シューズは、ダメだねー」
「……そう……」
あ、なんかこの子、心底がっかりしてる感じ。
表情はあんまり変わらないけど
なんか雰囲気でわかっちゃう系かも……
「今履いてるシューズ、見せて」
「うん」
「…………そうね、この靴底なら、まあコート痛めなさそうだし……大丈夫かなー?」
「……そう、良かった」
「あ、待って! グリップテープだけは今すぐ巻き直しするからー」
「うん、ありがと、千里」
「…………」
せっせと彼女のラケットに手を入れてる間、
私はなんだかとてつもなく幸せな気持ちになっていた。
勝手に口元が緩む。
いきなりの、実戦。
今、この瞬間だけかもしれないけども
私達はペアを組んで一緒に戦うことができるんだ。
でも、部長は、強い。
彼女……睦月の実力は未知数だけど
これはダブルス戦だ。
私なんかが到底太刀打ちできる相手じゃない。
たぶん、負ける。
おそらく、これからも、いや、これからは
もっと不当な扱いを受けることになるんだろう……
でも、結果的に部には残れるし、睦月とも一緒にいられる。
彼女には、本当に悪いんだけど……
たぶんもう私、一生この子には頭が上がらないだろうな……
この恩は、必ず返すから……どうか、許して……ね
「…………一応言っておくけど、千里」
「えっ?」
「勝つこと以外、考えちゃ駄目よ」
「……っ!」
見抜かれてる。
既に負けることを考えてる私を
「今まで頑張って、ラケット振ってきたんでしょう?」
「……う、うん……まあー……」
毎日、それだけは頑張って来た。
確かにそうだけど、でも、私は圧倒的に経験が足りていない……
「貴女のスイング……他の選手と、なんら見劣りしない
とても、綺麗ないいフォームだったわ」
「!」
え、見ていた……の?
私のことを? いったい、どこから?
「だから可能性は、ゼロじゃない。 それに、貴女はもう、独りでもない」
「……で、でもっ……」
「心配しないで……そう、言ったでしょ?」
……いったいどこから、その自信が来るんだろうか?
でも、不思議と何故か彼女のそれは、只の空元気には見えなかった。
「……わかった。 が、頑張って、みる……」
これから私の、いや、彼女と私の、
中学生活全てを賭けた試合が……今、始まろうとしていた。
次回、試合編です。




