睦月と千里 3 ~姦計~
「ラフ&スムース 第二章」
パコーン! パコーン!
赤石中学の女子テニスコートで白球の飛び交う音が響いていた。
「そこ! 諦めないでちゃんと走って追いつけ!」
「そこは前衛警戒して! まずロブで一旦返す!」
「それ、チャンスボールだから! ボレー一発で決めなさい!」
北山部長が皆の気合を入れながら練習に励んでいる。
「今度こそ、日向ひなのに勝つわよ! 見てなさい!
今年の私は去年とは違う! 段違い平行棒よ!
あんな方角もハッキリしないような変な名前の中学の
ただ乳がでかいだけの女に、今度は絶対負けないんだから!」
……なんか私怨と変なジョークが混じってる気がするけど
それでも頑張ってるのは良いことだと思う。
ちなみに日向ひなのという人物は隣町の
『私立東西大学附属中学校』、略して『東西中学』の女子ソフトテニス部のエースで
去年の県大会ダブルス・シングルス共に優勝したという、かなりの実力者であるらしい
去年の大会で部長たちが彼女の組と当たった時は、
なんとかギリ1ゲームだけは取れたそうだ。
というか、過去何度か当たってるらしいけど、それらも含めて……らしいけど
……更にちなみに、何故『東西』なのかといえば、その学校、元は二校あったのだそうだ。
噂によるとそれぞれの創始経営者が一卵性の双子だったらしく
以前は「東校」と「西校」がほぼ隣接して存在していたのだが
その代の経営が終わった後、統合合併(というか合体に近い?)されたとのこと。
互いに生徒を取り合い
どちらにも”空き”があったため、
元々二校に分ける意味はあまり無かったらしい。
ただどちらも自分の自己満足を満たすためだけに
頂上に居続けたかったんだとか……
案外、私達から見れば立派に見える大の大人でも、
子供のような理由が行動原理になってたりするから、
もしかしたら世の中は思ってるよりも実は単純なのかもしれない
ただそういうのが膨大にいっぱい絡み合ってるから
複雑で難しく見えているような気がしているだけで……
「マネージャー!」
そんなことを考えていると、いきなり部長さんに呼ばれた。
「は、はいー!」
たたたっと小走りで駆け寄っていく。
「はい、なんでしょうかー?」
「これ!」
「……はい?」
差し出されたのは、ラケットだった。
「……そろそろ、試合も近いし、この私のメインラケット、
新品のストリングで慣らしておきたいから、交換しておいて!」
「…………」
……え?
「なに固まってるのよ! あんたできるんでしょ?
ガットは引き出しの一番上の一番高いやつ!
テンションは……そうね、コントロール重視で行くから、
めいっぱいキンキンに張っておいて!」
「え、あ……はいー!」
ラケットを部長から受け取り
早速作業に取り掛かる
……けど、びっくりした。
まさか部長から私にストリング交換の依頼が来るなんて……
てっきり、自分のお店でやるもんだとばかり思ってたから……
……少しは、信頼してくれてるってことなのかなー?
そう思うと、なんか少しだけ嬉しくなった。
「よし、がんばるぞー!」
…………あれ?
ストリングパターンを確認した後
古いガットを切断して行く時、なんだか……
いつもと違う感じがした。
「……これ……」
新品のエッジガードで殆ど見えなくされているけれど……
(※エッジガードとは、主にフレームトップに貼り付ける、こすり傷防止用のガードテープのこと)
「……まさか?」
コンコン、と近くの机に軽くフレームをまんべんなく当てていってみる。
すると明らかに、鈍い音の箇所があった。
「……折れてる?」
確認のためエッジガードを剥がすと
確かに亀裂が入っていた。
よく見ないとわからない程度の亀裂ではあるんだけど……
これは、指示通りのテンションでガットを張ったら、たぶん、完全に折れる。
私はすぐに、部長の所にラケットを持っていった。
「部長ー! 北山ぶちょー!」
「なによ? 今乗ってきていいところなのに?」
「こ、これ! ラケットですがー……」
「あーっ! あんた! 壊したわね!?」
「っ!!」
部長の怒声を浴びて、びくっとなる
「あんたこれ! 私のお気に入りなのに、なんてことしてくれるのよ!?
これは専用のカスタムラケットなんだからっ! 今からだと注文しても試合に間に合わないじゃない!」
「……ご、ごめ……」
勢いに負けて、一瞬謝ろうとしたのだけど……い、いや、でも……あ、あれー?
「……なにあんた! 素直に謝ることもできないの? この子根性ひねくれてるわね!」
なんか、いつもよりも一段高い大声で私をなじっている……ような気がする。
「い、いえ……ちょっと、待ってくださいー!
ぶ、部長ー! ……私、この位置からは部長に近づいてませんよねー?」
「それが、どうしたのよ? ……あ!」
「このフレームの僅かな亀裂……そこから、見えますかー?」
「も、もちろん! 見えてるわよ!」
「……私、これでも両目とも視力2.0あるんですが、
それでも間近でよく見ないとわからなかったんです。
古いストリングを外した時に、なんか違和感があって……調べてみたらー……」
彼女、北山部長の目が泳ぎだした。
「そ、そんなの、あんたの慌てた様子から察したのよ!」
こんな新品の、傷ひとつ無いエッジガードの下に
亀裂の入ったフレーム……
考えたくは、ないけれど……
「……おそらく最初から、亀裂があったと、思うんですけどー……」
「……っ! ……ま、まあ……もしかしたら、そうかもしれないわね!」
もし、あのまま気がつかずにそのままガットを張っていたら…………
たぶん、確実に私のせいにされていた。
「ま、まあ、今回は、あなたがやったという証拠もはっきり無いしい!
心優しい私は、今回だけは不問にしてあげるわ! か、感謝しなさい!」
彼女は私から奪うようにラケットを取り上げて行った。
「…………」
私は、不問にされたとはいえ、何とも言えない嫌な気分になっていた。
たぶん、これ、この前の仕返しをするつもりだったんだ……
わざわざ、ラケットに細工までして……
◆◇
「ち! ……まさか、あんなに鋭い観察眼があるなんて思わなかったわ!
あんた、これなら絶対バレないって言ってたじゃない!」
「あっれー? おかしいっスねーお嬢さん。
あそこまで偽装してあったらウチの店員でもそうそう見抜けるやつは
たぶん居ませんぜ! 居ても多分せいぜい一人くらいってとこですかね?」
「……つまり、あの子、既にプロレベルの腕だっていうことなの?」
「……ま、一概にそうとは言い切れませんが、
一流の職人になれるセンスはあるようっすねえ」
今、私達は旧北山スポーツの居住スペースにいる。
一応は今でも最低限のライフラインは止めずにおいてあるのだ。
それにももちろん理由がある
この男
私の店の若い店員なのであるが
今ではここに住み込ませてあげている。
もちろん私が気に入ったからなんだけど……
そして、こうやって秘密裏に会う為でもある。
「……厄介ね」
「まあ、まだいくらでも手はあるっすから……任せといてください。
そんなことよりも、お嬢さん……」
「嫌! 今は茉莉って呼んで!
……わかった……そっちはあなたに任せるわ。
んふ……あんまりがっつかないで……慌てなくても、逃げたりなんか、しないわ」
◇◆
「ゲームセット! ゲームカウント3-0で部長チームの勝ち」
「はあ、はあ、はあっ……つ、強い! ですね! ま、まさか、殆ど点を入れられない……なんて」
「最近、調子がいいの。 これなら、次の東西中学戦、あいつに……勝てるわ!」
部内での練習試合。
部長のチームは二番手の先輩チームをボコボコにやっつけていた。
二番手とはいえ同じ三年生チーム。
これまではそれなりに接戦してたと思ったのだが
今回はまるで相手になっていなかった。
二番手チームが調子を崩しているわけではない。
あきらかに、部長チームの……いや、部長の、戦闘力が飛躍的に向上していた。
「ほら、三番手チーム、入れ! このまま連戦でやってやるから」
「ええー? 部長! 大丈夫なんですか?」
「余裕。 まだまだギア上げられるわよ」
言葉通りに、三番手はもう少しであわやラブゲームを喰らうところまで追い詰められていた。
「……なんだか部長、人が変わったみたいに強くなってきたね」
「うん、二年の時とはまったくレベルが違うよ」
「噂では、彼氏ができてから、らしいよ?」
「えーなにそれー? じゃあ私も彼氏見っけたら強くなれんのかなー?」
「あー無理無理!w」
「……それはどっちの方を指して言ってるのかなあ~?」
「さあー?」
「あ、ひっどーい! 覚えてなさいよー!
そのうちあんたが歯ぎしりするくらい凄いイケメンGETして悔しがらせてやるんだから!」
「なんだあんた、彼氏の方が優先かいな!w」
「そんなの当たり前じゃんー?w」
部室では女子部員が着替えながらそんな会話をしていた。
確かに、ここ最近の部長は、強い!
二年の時は私は知らないけれど、でも急激に実力が上がってきているのは気のせいじゃないみたいだ。
最後は、男子部に練習試合を申し込んで
二番手相手とはいえ、圧勝で勝ってきたそうだ。
これなら本当に今度の試合は日向さんとやらに勝つかもしれない
いや、それどころか……
……それは、部にとっては喜ばしいことなんだけれど、私は素直に喜べないでいた。
皆がどんどん実力をつけてる中、未だ私は……何やってるん……だろう?
「…………はあ~……」
溜息をつきながら、下校のため下駄箱で下履きに履き替えようと中を覗き込む。 と……
何やら、白い物体が目に入った。
「…………あれー?」
そこには、一通の手紙が入っていた。
まさか、ラブレター? ……なーんて! 無いかー
とにかく中身を確認する。
『笹倉千里様。 私はソフトテニス部に入部を考えている者です。 つきましては、詳しいお話を伺いたく
旧校舎の保健室にてお待ちしています。 部活終了後で構いませんので、どうか何卒よろしくお願いします。』
「……き、来た!」
ラブレターではなかったけれど
遂に待望の、新入部員希望が来た。
「もしかして……あの子かなー?」
――――考えてみるわ
貴女が心から、言ってるのがわかったから……
だから、私もちゃんと考えて、答えを出すから
私は店で出会ったあの女の子の姿を思い出していた。
あれから、一度も会っていないけれど
ずっと考えてくれていたのかな?
「ああっ! でも、どうしようー?
そしたら今注文してる剣道防具一式、もしかしてキャンセルになっちゃうかもー!?」
それは困った。
けれど、それよりもやはり彼女がパートナーになってくれる事の方が
それを遥かに上回っていた。
もし、入部してくれるのなら、それは私の我侭で入ってもらえるんだ。
いっぱい感謝して、この絆……大事に、大事にしないとっ!
「おじいちゃんには、後で土下座して謝ろーっと」
祖父への申し訳ない気持ちとは裏腹に
この身体の疼きはどうしても制御することができなかったようで
私は知らず知らずのうちにスキップをしながら旧校舎に向かっていた。
――――その様を、学校の屋上から、見つめる者がいた。
「…………あいつは…………
ク……クックック…………そうか……
悪いけど、しばらく様子を見させてもらうわ」
◆◇
「…………」
シンと静まり返った旧校舎の保健室。
殆どの荷物や機材などは引越しの際持って行かれたようだが、
古くなったベッドや机、椅子など新校舎にそぐわないと判断された物はそのままの格好で放置されていた。
単に寝不足で調子悪い人とかならここでも十分サボ…………回復することができそうだ。
しかし、人の気配はまったく感じられなかった。
「……あれー? まだ、きてないのかなー?」
少し埃っぽくなっているベッドを軽く手でパンパンと払い、そこにちょこんと腰を掛ける。
特にやることもないので足をぷらぷらさせながら待ってみることにした。
「……お互い、初心者同士だし、一緒にいろいろ勉強しながら強くなっていけたらいいなー……
あ! そういえば彼女はどっち希望なんだろうか? 一応私のラケットは後衛用ではあるんだけど、
でもまー、前衛で使えないってわけでもないし……
彼女が強く後衛を希望したら、ポジションくらいは妥協してあげないとなー」
待ってる時間は特に苦痛じゃなかった。
これから始まる色々なことをあれこれ想像して独りで楽しんでいた。
ガタ!
「!」
入口の引き戸から物音がした。
き、来た!?
ガラッ! っと扉が勢いよく開かれる。
……しかし、そこに現れたのは、想像したものではなかった。
「っ!!」
「……おんや~? 本当に来てたよこの子
茉莉が言ってた通り、馬鹿正直そうなやつだなあ」
……な、なに? これ……?
彼女ではない。
それどころか、そもそも女性ではなかった。
更に言うと、中学生にも見えない。
「……だ、誰……ですかー?」
恐る恐る、問いかけてみる。
「…………」
その問に、特に答える様子はなく
にやりと笑いかけてきた。
「あーでも、割と当たりかな? ちょっとかわいいかも?
少し芋っぽいけど、磨けば光るタイプだなあ~
これならいい絵が撮れるかも……ねっ」
「!!」
どん!
と、胸を押され突き飛ばされた。
そのまま私はベッドに倒れ込み仰向けの格好になる。
「なっ! 何をっ!?」
慌てて起き上がろうとするも、そのまま手を押し付けられて身動きが取れない。
男の手を両手を使って払い除けようとするも
もう片方の男の手が私の両手を凄い力で掴み、そのまま頭上のベッドのシーツに押さえつけられてしまった。
え、これなに? いったい今わたしに何が起こってるの?
駄目だ! なんだかよくわからないけど、これは駄目だ! やばい! やばいよ!!
「そのままじっとしてろ!」
そんなことを言われて、はいそうですかとできる状況ではないのが流石の私でもよくわかる。
押さえつけられていない両足をバタバタとさせ、目の前の男性を引き剥がそうと試みた。
「ちっ! 余計な手間を!」
すると男は更にのしかかって来て足を自由にできる隙間を埋めてきた。
そして私の胸にあてがわれている手の平に体重をぐっとかけ、圧迫してくる。
「は、あっ!」
息ができず、苦しくなる
一瞬意識が遠くなった。
あまり抵抗ができなくなったのを確認したのか
男の表情が和らぎ笑みを浮かべる
「……なに、安心しろ、犯したりはしねえよ
そういう依頼内容だしな
抵抗しなければ痛い目にもあうこともない
おとなしくしてろ!
ただ、何枚かお前の恥ずかしい写真を撮らせてもらうだけだ」
「!!」
な、なに!?
なんで? 依頼? どういう、こと?
やだ! 怖い! なんで!?
「カメラはそこの棚にもう設置してある
あとは……」
バッ
と私のセーラー服の上着がめくり上げられる
そして、スカートも
「い、嫌っ! やだーっ!」
「やかましい! 殺すぞ!」
「っ!!」
ビクッ!
と、その言葉の前に、恐怖で……私は動けなくなった。
「~~~~~っ!!」
◆◇
……ヨタヨタと、おぼつかない足取りで、
旧校舎を離れていく彼女の姿が、あった。
目には光が無く
焦点も合っていないように見えたが、
それでも早くあの場を去りたいのか
怯えたふうにチラチラと後方を確認しながらも、足を早めていた。
校門を抜け出たところで、彼女は闇雲に走り出す。
見えなくなるまで…………それはずっと…………止まる事は、なかった。
「……どうして……私は……貴女に任せたりしたんだろう?」
「…………私は、私が……許せない」
「だから、少しでも彼女の力になりたいと、思う」
「笹倉……千里。 彼女の、力に……」
お久しぶりです新田です。
はい、千里編、いじくりまわしてたら訳わかんなくなってきて
なかなか収拾がつかなくなってまいりました。
……当初の予定通りやってた方が良かったのかなあ? orz
なのでとても後編だけには納まらなくなったので
前編・中編はナシで、ナンバー振っていきますね。
「ちょっと!」
「……あれ? なんですか鈴音さん。
本編に出番がないから、あとがきに出張サービスですか?」
「違うよ! 今回のお話なんだけど、なにあれ!?」
「何って、千里さんが暴漢に襲われたこと?」
「そうだよ!」
「だって、お話の流れ上、必要だったから……」
「いや、だって普通ここは私の……いや、これって僕の役回りだろ?」
「あ、孝志OSに切り替わりましたか」
「か弱いTS娘が男の腕力に屈してあらためて自分が女であることを自覚し痛感する!
そこから「女」に目覚めていくっていう、いわゆる王道シチュじゃないか?」
「いやまあ、そうなんだけどね」
「ただでさえ読者に最近TS分が薄いって指摘されてんのにおまえ、読者に喧嘩売ってんの?」
「いや、売る気はないんだけどさあ
そんなの鈴音にさせようと思ったら何時になるか皆目見当もつかないし
まあ、丁度千里さんにピンチが欲しかったからそのまま彼女にお願いしたんだけどね」
「ぶっちゃけすぎ! あんま酷いことしてやんなよ!
ところで僕の出番はいつですか?」
「…………」
「黙るなよ!」
「…………次の……」
「…………次の?」
「……元号は……なんだろうね?」
「おい!」




