睦月と千里 1 ~邂逅~
今回からは少し過去に遡った千里視点でのお話になります。
「ラフ&スムース 第二章」
あ~あ……
私の、中学デビュー。
完全に、失敗だったなあ……
だって、仕方ないじゃん
テンションまったく上がんないよ
大好きだったお祖母ちゃんが……
いなくなっちゃったんだから。
春休み入る前は、普通に元気だったんだけどなあ……
私が中学生になったら
色々やろうねって話、してたのに
お祖母ちゃんも喜んで、一緒にお茶しながらワイワイやってたのになあ……
体調悪くなったと思ったら
本当にあっという間だった。
親は、無理してでも入学式出ろって言ってたけど…………無理だよ。
……やっとのことで、登校できるようにはなったけれど
もうクラスに、私の居場所は無かった。
それでも、私にはやるべきことがあった。
「……本当に大丈夫? まだ顔色悪いわよ……
昨日も、お昼前に帰ってきちゃったし、お父さんはああは言うけれど
無理だったらもう少し休んでもいいのよ?」
「……いや、うん、もう平気だからー、心配しないで
それじゃあ、いってきますー」
母の心配を振り切り、自宅をあとにする。
大き目の真新しいセーラー服と、学生鞄。
靴もこの新生活のために新調したものだ。
……それと、もう一つ。
何もかもを新品で身を包み
時期はずれの新入生は一瞬躊躇はしたものの
空元気を出しながらも一気に他生徒の群れに突入していった。
公立赤石中学校。
その歴史は特に古くもなく、新しくもない。
中途半端に創立69年をこの前迎えたそうな。
校舎は数年前に新築で建て直されたばかりで、とても綺麗だ。
川沿いに建てられたその建造物は
一階部分は主に駐車場や特別教室となっており
人が多く集まる学年毎の教室やら体育館などは2階から5階となっている。
なぜそうなってるかと言えば
海が結構近いため、地震などの津波・洪水対策の一環だそうだ。
一応旧校舎もまだ残してはいるが、この少子化で利用価値もないから近々取り壊される予定らしい。
……大丈夫、一旦混ざってしまえば違和感なんてすぐに消える……筈だ。
少しだけの辛抱。
2~3日もすれば皆、物珍しさにも飽きて何も感じなくなる。
周りの反応に少しビクつきながら
それでもなんとか自身の教室にたどり着いた。
「…………ごくり」
心配ない。
昨日ちゃんと自分の席の場所も確認した。
後ろから二番目の窓際という、割と好ポジションだ。
できれば一番後ろだともっと良かったのだが
流石にそれは贅沢というものだろう
前の方の席で皆の注目を集めるよりは、遥かにいい。
そう自分を納得させつつ私は教室のドアを開ける。
ドア付近の生徒数人と、目が合った。
「……あ、お、おはよー」
なんとか喉元から気力を振り絞り、笑顔で声を出す。
相手に聞こえたかどうかは定かでない。
何故なら次の瞬間、もう誰ひとりとしてこっちを向いていなかったから。
「…………」
めげるな!
この程度のことで、また逃げ帰るのか?
まだ今日は始まったばかりじゃないか!
何も考えなくていい
私は自分の席に黙って座って
ただ時間が過ぎるのを待つだけでいいのだから。
「……よし! 今日こそは、放課後まで、がんばるぞー!」
小声で決意表明をし
慣れない環境にその身を預けた。
小脇に抱えた、ある物のために。
もちろんそれは、やるべきことをやる為だ。
それは、お祖母ちゃんが最後に手入れしてプレゼントしてくれた
このソフトテニスラケット。
一緒に選んで、お店のストリングマシンでやり方を教わりながら、二人で仕上げた。
私は、ソフトテニス部に入部して
レギュラーになって、お祖母ちゃんにその勇姿を見せなきゃならなかったんだ。
なのに……
◇◆
「入部ぅ? 今の時期にぃ?」
「は、はいっ! どうか、よろしくおねがいしますー!」
「……いいけど、貴女、名前は?」
「笹倉 千里と申しますっ!」
ぴくっと、赤石中学女子ソフトテニス部・部長、北山さんの眉が動いた。
「…………ふ~ん、そう……あなたが、スポーツショップ笹倉の……」
「……あ、ご存知、なんですかー?」
「知らないわ、そんなマイナーなお店、行ったこともない!」
「え……あ……? そう、ですか……」
思えば、入部した時から違和感はあった。
……運が、悪かっただけなのかもしれない
たまたま、北山部長と同世代に生まれちゃったのが……
◆◇
「ちょっと、あんた! なにあざとくあの子に自分ちの店の宣伝なんかしてるのよ?
遅れて入部してきたくせに、図々しいわね!」
「い、いえー……私はただ、用具の使い方とかアドバイスしてただけでー……」
「余計なお世話よ! この子はウチのお店で道具買ってるんだから
ウチで面倒見るわ! そうやって遠まわしにお客を取ろうとして、いやらしい子!」
「そ、そんな……つもりじゃ……」
◇◆
「あ~、すまんのう、千里や……
実は、ウチの店と北山の店は、元々同じ町内にあったんじゃよ」
「……えっ? そうだったの? おじいちゃんー」
「景気が良かった頃は、それでも問題なかったんじゃが
不況になってからの……こんな小さい町じゃ、同じ店は二件も要らなくなっての……」
つまり、北山さんのお店はこの町から姿を消した……ってこと?
「まあ、息子夫婦が隣町に新しく店を構えて、なんとか乗り切ったみたいじゃがの」
「それが今の、北山スポーツ店」
あの隣町の大きい私立大学付属中学校の近くにあるお店が、それだ。
「その後の経営はそれなりに順調みたいなんじゃが、そこの娘さんがな
近場にある私立の中学受験に失敗してしまってな……」
「もしかしてー、それが……北山部長?」
「落ちた当時は結構荒れたらしいが、まあ、こっちの街にも閉めた店がまだ残ってたからの、
地元の公立中学でおるのが恥ずかしかったのか、そこの住所を使って赤石中学校の方に入学して来たってわけじゃよ」
「そ、そんないきさつがー……」
「争っとった当時は確かにわしらも犬猿の仲だったんじゃが、
もう向こうさんも代替わりしとるからの、生き残り競争の結果なだけじゃから
今ではすっかり水に流しとるとばかり思っておったんじゃが、
どうやらまだ町を追われたこと、根に持っとるようじゃのう……」
そ、そんなこと根に持たれても……わたしには、どうしようもないんじゃ……?
「ま、逆恨みみたいなもんじゃが、立場がこっちだったらと思うと
あんまり強くも出たくないんじゃよ。
じゃけど、千里がいじめられたりしてるのなら話は別じゃ、わしも黙っては……」
「あー、いやいやー、ちょっと気になって聞いてみただけだよー!
確かに私にはあんまし優しくないけどー、でも、いじめとか、そんなんじゃないからー!」
「そ、そうかの?」
……お祖母ちゃんを亡くしたばかりで元気の無いお祖父ちゃんに
今そんな負担なんか、かけられないよ……
これは、私の問題だ。 自分で、なんとかしないと……
◇◆
「……あら、あなたまだ球拾いと素振りだけなの?
あー、そうかあ、残念! 今はどの子もペアがちゃんといるから、あんたの出番はないのね。
大体今頃入ってきて初心者丸出しのあんたとペア組みたいなんて人いるわけないしね!
素振りくらいなら邪魔にならないとこでいくらやってくれても構わないけど、
練習したけりゃだれか勧誘して来なさいよね!」
……そんなこと言われても、練習しなきゃそもそも上手くなんないし……
それに最初でつまずいた私には友達はほぼいなかった。
もちろん小学校の頃の知人も少しはいるんだけど
もうみんな他の部活に入っちゃってて、誘えそうな子は残ってなかった。
丁度私の家の位置が隣の中学校の校区と重なってて
殆どの小学校の同級生は「そっち」の方に行っちゃったから
知ってる人、少ないんだよね……それでも
「は、はい……何とか、してみます」
と言うしかなかった。
「べつに無理しなくていいわよ。
まあ、当面はそんなに用具に詳しいんだったら球拾いの他に
部室の清掃整理に用具のメンテナンスもしっかりやっといてよ。
あと洗濯や審判、コートの整備と、やることはいっぱいあるわ
マネージャーがいなかったから、ちょうどいいわねえ」
そう部長はニヤつきながら言った。
私はマネージャー志望で入ったわけじゃない!
そう言いたいんだけど、言ったところでどうにもなりそうにないから、
言えなかった。 わざわざ反感買うようなこと言ったら
部に在籍すら、できなくなるから……
この赤石中学校は基本、特に事情が無い限りは
全員なんらかの部活に入ることが義務付けられている。
季節は初夏
もうGWもとうに過ぎている
こんな時期にまだ部活に所属してないとしたら
たぶんとっくに先生に怒られてる筈だ。
可能性があるとすれば、一度部活に入った生徒がその部に合わず
辞める生徒とかかな? もしかしたら一部には居るかもしれない。
だけどそんなの私にはリサーチする手段もないし
そもそも勧誘する隙も無くすぐに別の部に再入部してしまうだろう
このままじゃ、まずい!
最悪、一年間このままになるかもしれない
いや、そうなったらたぶんもう駄目だ。
素人のまま二年生になって、一体誰が私を相手にしてくれるんだろうか?
同じ初心者同士なら誰だって、同級生のペアのがいいに決まってる
「どうしたら、いいんだろー…………お祖母ちゃん……」
◆◇
カラン、カランッ
とある土曜日の昼過ぎ
私は所用で出ていたお祖父ちゃんの代わりに店番をしていた。
そこには、同性でも見とれてしまうような、とても綺麗な人が立っていた。
私と同じ学校の制服を着てる。
スカーフの色からして同学年だというのはすぐにわかった。
「あの……店主の方は、いらっしゃいますか?」
小声でもよく通る、小鳥がさえずるような、透明感のある美しい声。
「あ、すみませんー、今、所用で出ておりまして、なんでしたら私が承っておきますが……」
「あ、いえ……でしたら、また、来ます」
それが、初めての会話。
すぐに帰るのかと思ったら
軽く店内を見て回って、ある場所で彼女の歩は止まっていた。
「……!」
あ、あそこは…………もしや! ……よ、よし!
「あ、あのー! すみませんー!」
「あ、ごめんなさい、迷惑だったかしら?」
彼女はすぐさま帰ろうと踵を返した。
「ああっ! いやいや! そうじゃないんですー!」
「……?」
「もしかして、もしかしてですよ? ソフトテニスに興味があったりするんですかー?
入部しようとか、考えてたりとかー?」
「…………いえ」
ええー!? ち、違うのー?
だって、じーーーっと見てたじゃんー!
「あ、そうですかー! すみません!
普段はあんまり声かけとかしないんですが……気を悪くしたら、ごめんなさいー!」
ぺこりとお辞儀をしてレジに戻ろうとした。
は、恥ずかしいー!
「あ、ごめんなさい。 興味無いというのは、間違いです。 訂正します」
「……え?」
「興味は、あります。 でも、入部するのは剣じゅ……剣道部の、方で」
うそ! この子もしかして、まだ部活入ってないんだ!
この時期にまだいたんだ! フリーの子が!
「あ、あのそのー! もう剣道部の方には、申し込みは……?」
「してない、けど…………どうしても、先生が、
どっかには入れと言うから、仕方なく、剣道部に……」
「だ、だったら! 興味がおありでしたら、ソフトテニスを私と一緒に、どうですかー?」
「…………」
きょとんとした顔でこっちを見つめられた。
あまり人との付き合いが無い子なのか
こういうことを言われるのに、慣れていないのだろうか?
それともあまりにも私が唐突過ぎたせいだろうか?
「あ、あのー……」
「剣道防具一式、ここで注文、してるの……
今日は、いつ来るのかどうか、聞きに来ただけで」
「……あっ! そ、そうだったんですかあー!」
そ、そっかあー、もう道具一式注文してたのかあ……
じゃあ、もう遅い……よね……
「……ごめんなさい」
「ああっ! こ、こちらこそー! 店員なのにそんなこともわからなくて! ご、ごめんなさいー!」
あまり感情を表情に出すような子ではなかったが
確かに少し、申し訳無さそうにして
彼女は店を出て行った。
こんばんは、新田です。
今回から少しの間、舞台は睦月たちの学校の方になります。
若干お話は暗めになりますが、最後にはなんとかしたいと思っておりますので
どうかついて来ていただけますようお願いします。(^^;
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