2話 すずねちゃんの通学路
「ラフ&スムース」
ぶいいいいん・・・ガチャ
しゃっ
カーテンを開けると
外では新聞配達のお兄さんが新聞をポストに放り込んでいた。
私に気がついたのか
こちらの方に顔を向けて
目が合った。
ニコリと微笑みを向けられる
「あ・・・」
とりあえず、愛想笑いをし軽く手を挙げてみた。
・・・しまった!
寝起きのパジャマ姿だったんだ!
にゃんこさんがいっぱいついてる柄のピンクのパジャマ
自分的には気に入ってるんだけど、
人様に見せるには、ちょっと抵抗が・・・
恥ずかしくなって、あわてて奥に引っ込んだ。
昨日は寝てばっかりだったので
今日は自分でもびっくりするほど早く目が覚めてしまったのだが
それでも空には既に青空が広がっていた。
夏がもうすぐそこまで来ていたんだ。
さてと・・・
どうやら身体の方は調子が戻ったようだ。
軽くラジオ体操の真似事をしてみたが
特に問題はない
若いっていいなあ・・・
昨日の出来事について
夜に目が覚めて少し考え込んでみたけれど
まだよくわかんなかった。
考えがまとまらない・・・
頭の中は、確かに今までの私とは少し違う気がした。
でも、パソコンで例えるならそう・・・
増設ハードディスクが追加されたような感じ?
実際には、全てフォーマットして新規インストール後に使用してたOSが
何故だかわかんないけど以前のデータが
勝手に浮き上がってきて復活してしまったという現象なのですが・・・
いや、でも、そもそもパソコンに例えるのなら
もはやハードそのものが以前とは違うんだから
そんなことは物理的にありえないハズなんだけれども・・・
やっぱりよくわかんなかった。
思ったほど特にそれほど混乱はない
記憶は整然とまとまっている
ただひとつのことを除いては。
彼と、話ができたら・・・
何かわかるのだろうか?
まだ時間が十分にあるのでササッと制服に着替え
家を抜け出て、すぐ近所にある
父が経営している病院に入り込んだ。
廊下で当直の看護師の人とすれ違う
「おはようございます」と軽く挨拶を交わし
ICUの方へと向かった。
手洗いと、うがいをし
できるだけ清潔にして入室
本来ならICUは家族でないと面会できないのだが
そこはまあ、院長の娘という特権?を行使させてもらおう
今はどうやら彼だけがICUを使用しているようだ。
すぐにどこだか見つかった。
ベッドの傍らに目をやる
・・・あ・・・!
母、さん・・・
付き添いに疲れたのか、うたた寝をしていた
彼の母がそばにいた。
「・・・・・・」
何も言えなかった。
記憶に残る、母
もちろん私の実の母ではない・・・
彼の母親
私の記憶にのみ残っている母
懐かしくて
つい揺り起こしてしまいたくなる衝動をぐっとこらえながら
ただ、二人を見つめていた。
だって私は、見ず知らずの「他人」なんだから・・・
まだ彼は意識を失ったままだそうだ。
おそらく、目覚めるのにあと数日はかかるだろう
今の私に、できることは、何も無い
そっと場を離れ
病院から自宅に戻った。
「今日は、春菜ちゃんを誘って一緒に学校に行こうかな・・・」
春菜の自宅はウチから少し離れている
川を挟んで向こう側だけど、毎日駅まで徒歩で来ているから
そこまで遠くではないのだろう
ただ駅とは逆方向だから
通常は私が朝、家に行くことはまず無い
しかし、昨日のこともあるので今日は道中話をしながら通学したかった。
混雑した汽車の中では言いにくいこともあったし・・・
あと、それともう一つ、理由があった。
早起きしたので用意にぬかりはない・・・と思う
簡単に作り置きした朝食にラップをかけて机に並べておく
「これでよし、と」
すんなり起きられた時にだけしか作らないのだが
なんかドヤ顔になってしまう
それほど自慢することではないのかもしれないけど
こうしておけば父は必ず何かひとこと声をかけてくれる
それがなんだか嬉しかった。
「いってきま~す」
「・・・・・・」
返事はない、父は屍のようだ・・・
じゃなくて!
昨日も夜遅かったみたいだから
今日は重役出勤するつもりなのだろう
まだぐっすりと寝ている
まあ実際に重役のようなものなので、その辺りはある程度融通は効くのだろう
私はいつもとは反対方向に出発した。
彼女の登校ルートはだいたい把握している
もし既に出発していたとしても
途中で遭遇するはずだ。
まあ、これだけ朝早いとその可能性は低いだろうけど・・・
橋を越え・・・道中、私は
慣れ親しんだ町を感慨深く見ながら進んだ。
駅の反対側であるこっちの方は
「鈴音」である私にはそれほど詳しいわけじゃない
でも・・・「彼」は違う
ここで生まれ、育ち
一旦は家を売り払って離れはしたものの
また土地を買い戻し、小さい家を建てて戻ってきた
思い出深い場所なのだ。
海につながる河口付近の川を挟んで向こう側に、鉄道の鉄橋と駅。
更に向こうにはこじんまりした山々が連なって見える場所。
美しい・・・というほどの絶景ポイントでもないのだが
彼が生涯愛した場所がそこにはあった。
「・・・懐かしいなあ・・・」
鈴音にだって決して知らない場所ではない
子供の頃から、数える程だが数回は来たことがある
しかし、違うのである
思い出の詰まった場所は・・・
ただ、通り過ぎただけの場所とは
ぜんぜん
まるで、戦場から故郷に帰ってきた兵隊さんが味わうような気分
べつに兵隊さんだったことは一度も無いんだけれども
程なく、彼の家が見えてきた。
過去の私が住んでいた、家。
なんとなく、思い出を確認したくなってここまで来た。
記憶と完全に一致する・・・やはり
「・・・・・・あっ!」
そうだ・・・家には今は誰もいない
彼は未だに意識が戻っていない
だったら、母さんはおそらく今日も戻らないはずだ。
「・・・まずい、わね」
キョロキョロと辺りを確認して
私は彼の家の敷地内に侵入した。
母さんの鍵の隠し場所はわかっている
納屋の中の・・・
「・・・あった!」
カチャカチャ・・・ガチャッ・・・ギイイ・・・
玄関の鍵を開け、入る
「・・・おじゃま、しまーす」
心の中では「ただいま」なのだが、世間体を考えて
謙虚にそう言った。
客観的に見ると法律上は
完全に住居不法侵入だから。
リビングに入ると
ソファーの上には
灰色で虎模様の毛玉が丸まって・・・
「ぷー・・・ぷー・・・」
と寝息を立てて、眠っていた。
「クーちゃん!」
そう名を呼んだ。
聞きなれない声にびっくりしたのか、その物体は
目をまん丸にしてこちらを見たあと
しっぽを倍近くまで膨らまし立ち上がり
ソッコーでソファーの下に潜り込んで行った。
「あ、ありゃ~・・・もうっ!」
私はリビングの床に這いつくばる
「やっぱりおまえもわからんの? 私・・・いや、俺だって!」
目を丸くしたまま、硬直している
しばらくにらみ合いが続いた。
・・・しかし、よくこんな狭いソファーの下に潜り込めるもんだといつも思う。
体はぺっちゃんこになっている、苦しくないのだろうか?
「はあ~・・・」
ため息を吐きながら
一旦その場を離れる
水道の蛇口をひねり
飲み水のコップをゆすいだ後
新鮮な水に入れ替えてやる
トイレのウンチを取り出して砂を綺麗にしてあげた。
そしてエサ箱にカリカリの餌をたっぷりと放り込んでやった。
「・・・ま、こんなもんでしょ」
とりあえず、これで一日二日はもつだろう
「じゃあね、お前の顔を見れただけでも嬉しかったよ」
リビングを出ていこうとしたら
そいつはもぞもぞとソファーの下から這い出してきた。
「にゃ~!」
「!!」
足元に、擦り寄ってきた。
「あ・・・もしかして、わかる・・・の・・・?」
たまらず抱き上げた。
あったかでふわふわでふにゃふにゃで軽い
その身体はぬいぐるみなんかではとても出すことのできない
何とも言えないこの感触
涙が出そうなくらい心地がいい
頬ずりしたら、ふんふんと鼻息をかけられた後、顔をザラザラの舌でペロペロと舐められた。
「くーちゃんっ!」
たまらなくお持ち帰りしたくなったけど
ここは我慢です。
そろそろ退散しないと・・・
エサ箱の前にクーちゃんをそっと降ろし
カリカリと餌を食べだした後姿を名残惜しそうに眺めながら
私は家を出た。
鍵を元の場所に返して・・・と
「・・・誰も、いないわね?」
周囲を確認し、さっと道路に飛び出す。
なんで自分の(元)家なのにこんなにビクビクしないといけないのか?
「仕方、ないか~」
今の私には、こことは何の繋がりもないのだから
気を取り直して
彼女の家に向かった。
歩くこと更に15分ほど
思ったより結構遠い・・・駅からだと徒歩30分以上の距離。
毎日、彼女は歩いているんだなあ・・・
ウチからだと駅まで10分もかからない
少し、後ろめたくなった。ゴメンナサイ
けど、やっと見えてきた。 彼女・・・春菜の家が
彼女の家は食料品や雑貨を売っている店を営んでいた。
両親を早くに亡くしたらしい彼女は、祖父母に育てられた。
だから小さい頃からよく店の手伝いもしていたようだ。
最近は春菜が店を任されることも多くなり
調子に乗って張り切って店を改造したらしく
エセコンビニのような風貌になっている。
店名は「オロローンソ」
どこかで聞いたことあるような名だ
看板は彼女の自作で、ペンキが垂れまくりである
しかも鮮やかな、赤。
・・・正直、怖い
それに、季節はずれの「おでん」と文字の書かれた、古くて破れた提灯・・・
店の電気も薄暗く、しかも今どき裸電球である
日暮れ時から後は
近づくのにかなりの勇気が必要になる
ある意味、センスがあるのかもしれない
それでも彼女の人柄が功を奏しているのか
店にはそれなりに常連さんがいて
なんとか経営は成り立っているらしい
しかし、いったいそんなんで彼女はいつ勉強してるんだろうか?
謎である
もしかして、本気を出して勉強のみに集中したら
すぐにでも楽々トップクラスの成績になるのかもしれない
いろんな意味で、恐ろしい子っ!
「おはよ~ございます~」
カラカラと店のドアを開け
同時に挨拶をした。
「いらっしゃいま・・・あれーっ?」
制服姿にエプロンを付けた彼女が
レジのそばに立っていた。
朝から店の手伝いをしていたようだ。
なんという働き者・・・日本人の過労死が無くならないわけだ。
「鈴音・・・どうして、ここに?」
「えへへ・・・春菜ちゃんと一緒に登校しようと思いまして、ここまで来ちゃいましたあ」
「ふわああ・・・ま、マジで?」
「うん、あ・・・おばちゃん、ジュース一本もらうね」
「まいど~・・・って、ボクはまだおばちゃんじゃないやいっ!」
「あはは、冗談ですよ冗談、よっ!美人店長さんっ」
「まったく、もう~」
軽口を言い合える仲
出会ってまだそんなに経ってないのに
彼女とは馬が合ってるのだろう
「しかし制服にエプロン姿とは、また萌え萌えなお姿で」
「そ、そうかなっ? ほんならこの方がお客さん、来てくれるかな?」
彼女は経営にはなかなか貪欲なようだ
「いっそ裸エプロンにしたら、そりゃ、もう・・・ウハウハでっせ?」
「あ、あほ~っ!」
顔を真っ赤にして怒るそぶりを見せる
表情がコロコロ変わるから見ていて飽きない
そして時折見せる
ちょっと大きめの八重歯がなかなかにポイント高かったりする
可愛いやつめ
私の前世にはできないことをナチュラルにやってるなあ今の私
たぶん彼が同じことをやったら・・・捕まるね、きっと
世の中の女の子って殆どが自分と関わり合い無かったから
街中での女の子って、てっきり世界が用意したNPCか何かだと思っていたよ・・・
しかし、エプロンに付いてる店名「オロローンソ」のロゴさえ無ければ
完璧だったのだがなあ・・・
しかも外の看板とまったく同じ字体とは・・・まさかこのロゴ、気に、入ってるのかな?
「ま、制服着てるんは流石にそろそろ行かなあかん時間やしね、
用意は済ませておかんと・・・あ、もうちょっと待っとってなー!」
「あいあいさー」
敬礼してその後、店の中を周遊してみる
狭いけど、確かにいろいろ置いてある
ここはコンビニには無いような、駄菓子屋的な要素も持ち合わせていた。
「あ・・・プラモ」
鈴音自身はあまり興味なかったので来ても目に付くことはなかったのだが
視点が変わるとこの店も少し違って見えるような気がする
「蝋燭で前進する船って・・・はは、一体いつのやつなんだろうね?」
確かマーガリンで防水してたような・・・実際はすぐ溶けて浸水しちゃうんだよねえ・・・
特にお風呂に浮かべたら一発だったなあ・・・
よく見ると模型の殆どがブームの終わった、しかも不人気の売れ残りだ
こういうのって最終的にどうなるんだろうね? 春菜さん・・・
懐かしいな・・・このロボットアニメ
昔はよく作っては遊んで壊していたよなあ・・・
もちろん鈴音じゃない方なんだけど
・・・ん? ・・・ろぼっとあにめ?
「あっ・・・あああああっ!!」
そうだ! 思い出したっ!
「は、春菜ちゃんっ!」
「え~?・・・な~に~?」
レジの奥の方から声がする
「も、もう用意、出来たかな?」
「う~んとね・・・もうちょっとお~」
・・・やばい! 時間が無い!
・・・いやマテ! それならべつに学校終わって帰ってからでも・・・
・・・いやマテ! よく考えたら・・・私の部屋って・・・
「し、しまったああああ~~っ!!」
思わず叫んでしまった。
「な、なになに!? どうしたん!?」
レジの奥に引っ込んでいた春菜が目を丸くして顔を出してきた。
「・・・あっ! いや・・・え~と・・・その・・・」
しどろもどろ
「い、いえ、なんでも無いのですわよ! お、おほほほほほっ!」
じとーーっ・・・と見つめられる。 誤魔化してるのバレバレ?
「・・・なにー水臭いなあ、鈴音とボクの仲やんか・・・相談なら乗るよ」
確かに春菜は信頼できる
おちゃらければおちゃらけで返してくるし
真剣に話をすればちゃんと親身になって答えてくれる
しかし・・・これは・・・どうなんだろう?
「いや~その~・・・あはは~・・・」
愛想笑いをしながら言葉に詰まっているうちに
「す・ず・ね・さ・ん?」
だんだんとご機嫌ナナメになってくる春菜さん
空気が変わっていくのを感じながら
冷や汗が背中を伝ったのがわかった。
駄目だ、こりゃ・・・カミングアウトするしかないのか
「は~・・・」
観念して、打ち明ける
「あのね、春菜ちゃん・・・実は・・・その・・・」
「・・・・・・ごにょごにょ」
やっぱり言うの、無理かも・・・
「はいっ! さっさと言う!」
ぱんっ!!
そう言って春菜は両手を叩いて促してきた。
びくりと身体が反応して、口が勝手に滑り出した。
「そ、そのっ! 今日の深夜にっ、どうしても観たい番組があって・・・
その・・・私の部屋ってビデオレコーダー置いてなくて・・・その・・・
り、リビングにはあるんだけどっ、お父さんにはできたら見られたくなくて・・・
その・・・録画して欲しいモノが・・・アリマシテ・・・その・・・」
ぽか~んと口を開けられる春菜さま
「・・・なんやのそれ? そんなのすぐ言えばええやん
ええよ、予約録画してDVDかなんかに移せばええんちゃうん?
鈴音のノートパソコンで観られるように・・・簡単やん」
ありがたいお言葉、痛み入ります。 しかし
「・・・で? なんの番組?」
そこからが、問題でした。
店を出て、二人小走り気味に歩いていく
いつの間にか、汽車の時間までギリギリになっていた。
「もう~! 鈴音ちゃんが笑わせてくれるからっ、遅くなっちゃったやないの~」
春菜さん、顔面が崩壊気味になってますよ・・・くそ!
「だ、だから言いたくなかったのにっ! 春菜ちゃんのあほーっ!」
「くっくっくっくっく・・・アハハハハハハハハ」
「わ、わらうなあ~っ!」
「だ、だって・・・鈴音が・・・まさか・・・」
「ぜったい内緒だからねっ! クラスのみんなには、内緒だよっ!」
ああ・・・ついついこんな台詞が出てしまう・・・
一般人にはわかんないだろうけど・・・やっぱり私は・・・
「はいはい! わかってますって~」
ニタリと笑いながら言う春菜さん
もう一度言う、春菜さんは信頼できる
おちゃらければおちゃらけで返してくるし
真剣に話をすればちゃんと親身になって答えてくれる
しかし・・・これは・・・どうなんだろうかっ!?
お願いします春菜大明神!
私はっ! 今っ! 真剣にっ! お願いしているっ!
「たのむよ~・・・はるなちゃ~ん・・・」
ちょっと涙目になった。
「わかったわかった! しかし鈴音がねえ・・・あんな大きいお兄さんが観るような・・・ぷ・・・くすくす」
「うぎゃー!」
泣くぞホントに
だって仕方ないじゃん・・・
事故が起きるまでしか観れてなかったんだもん・・・
生前の私は、そこで終わってたから・・・
毎週楽しみに観てたから・・・
続きが気になってしようがないんだもん
春菜さんに・・・完全に弱みを握られてしまいました。
おそらくは昨日に引き続き・・・
ああ、哀れなわたくし・・・
橋を越えて川向こうに渡り
ウチの病院が目に見えるようになってきた頃
「それで、昨日のことなんやけどね?」
やっぱりわかってらっしゃる
私が一緒に登校した理由を
「どうやった? あの人・・・ボクはあれからパトカーが来て
目撃者として警察屋さんとお話ししよったから・・・」
そりゃまあ、気になるよね
今まで切り出さなかったのが不思議なくらい
「うん・・・とりあえず・・・なんとか」
「そっかあ~・・・はあ~・・・良かった」
安心した笑みを浮かべている
心配してくれていたんだ・・・
「あ、でもまだ予断を許さない状態なんだって・・・
って、お父さんが・・・まだ、意識も戻ってないし」
一応まだ安心できるレベルじゃないことを、告げる
もしものことなど、考えたくもないけれど・・・
「・・・そっか」
・・・あ、そういえば、これは聞いておかないと
「そういえば、トラックの運転手さんは?」
どうなったんだろう?
”彼の記憶”では確か居眠りっぽかった気がするんだけど
「なんでもね、あの男の人が、急に飛び出して来たって言うてたよ」
「は、はあああああ~~っ!?」
思わず変な声を上げてしまった。
「えっ? 違うん?」
いや、確かに彼は道の中央に走ったんだが、それには理由がある訳で・・・
「・・・違う、ちょっと違う」
居眠りのこと、加害者は黙ってるつもりなのだろうか?
「そ、そうなんや・・・そういえば、鈴音」
「えっ、何?」
「あんた・・・トラックのすれ違いざま、何か叫んでたよね?」
・・・!
そうだった、あの行動は春菜にどう思われたんだろう?
「あっ・・・うん・・・」
「何かわかってたん?」
「・・・・・・」
予感がした。
いや、違う・・・
思い出しかけてたんだ。
ただ、それだけなんだけど・・・言えない・・・よね
「・・・居眠り」
「・・・えっ?」
聞き返す春菜
「居眠り・・・してたんだと思う・・・トラックの人」
「そんなこと、あの運転手の人はひと言も・・・!っ・・・もしかして、見えとったん?」
「・・・・・・」
実際のところ、私自身は運転席は見ていない
彼は見ていたんだろうけど、今のところ意識不明だ。
決して嘘じゃあないんだけれども、なんだか嘘ついている気分になった。
「う、ううんっ、そんな気が、しただけ・・・」
「そっか・・・じゃあ・・・わざわざ言うことじゃ無いんかもね」
「う・・・ん・・・」
歯切れの悪い返事しかできなかった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
これは、基本、当人同士の問題だ。
私は私の見たことは証言できるけど
たとえわかってはいても、見てないことは言うべきじゃない・・・と思う
意識が回復したら、どのみち本人に事情聴取がされるはずだから
放っておいても大丈夫だろう・・・たぶん
でも・・・もしそれで話がこじれたりなんかしたら・・・
・・・これで、いいのかな?
「まあ、確かに少しおかしかったなあ?」
「えっ?」
「トラックの動き、なんかふらついてた気いするし」
春菜がフォローしてくれた。
「そ、そう感じたよねっ?」
「うんっ・・・また警察屋さんに会うたら言うとくわ、確か近所の交番の人もおったから」
なんというKYの反対の反対の反対な子っ!
お姉さん感激しちゃったじゃないか
私が男なら惚れてるね絶対っ!
今は女だけど
「うん・・・あ、ありがと」
お礼を言わずにはいられなかった。
「ま、それで鈴音がどうこうなるわけじゃないんやけどね~」
いや、そうでもないんだけれど・・・
いや、やっぱりそうかもしれない
「まあ、気持ちはわからんでもないよ」
「え? それはいったいどういう・・・?」
何が言いたいのかいまいちつかめない
「愛しの彼の肩を持つ・・・いやあ、愛やねえ~」
・・・・・・?
「命の危険にさらされて、初めてお互いを意識し合う・・・そして、身体と身体が密着・・・」
・・・・・・!!
「大丈夫、そっちは絶対言わんから。 鈴音が人助けのためだからって大切な唇を・・・」
「わ、わーっ! 声が大きいっ!」
この辺り、もう家の近所だから誰が聞いてるかわかんないからっ!
しかし、どさくさまぎれにあなた、”そっちは”って言ったね? どゆことー?
「そんなんじゃ、ないからっ!」
やっぱり見られてたのか
そりゃまあ・・・見るよね~~・・・
「んでんで、彼氏はカッコよかったん? そこんとこどうなの?」
「・・・え・・・えと・・・」
どうやら春菜は彼を間近で見てないから、よくわかってないらしい・・・
もしかして、彼女はちょっと近眼なのかな?
素直に言わせてもらうと、彼はイケメンでもなんでもない
イケてもないし、もはや若くもない
ただのおっさんだろう・・・と思う。
客観的には見れないので、あくまで自己分析の結果だが。
まあ私だからこそ躊躇なく(・・・いや、多少はもちろんあったが)
あそこまでできたのだろう
とりあえずやばい病気とかも無いの知ってたし・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・一応、付け加えておきます。
「どどど、童貞ちゃうわっ!」
「え?なに? よう聞こえんかったんやけど」
思いっきり小声で言ったつもりだったんだが
どうやら彼女は耳は良いようだ、地獄のように
「いえ、なんでもないです! いやあ、ホント私そんなの全く考えてなかったですから、ただただ無我夢中で~」
「え~? それは無いっしょ? なんぼなんでも一瞬は考えたやろ~?」
速攻切り返し、春菜の追求から逃れられません
「いや、だから、ちょっとかじってた知識を実践してみただけですってば!
おっさんおっさん! ただのそこらにいる・・・そう、百羽ひとからげなおっさんですわよ!」
なんとなく、彼の記憶の中にあった適切と思われる単語を引用してみた。
「いや・・・それを言うなら”十把一絡げ”ですがな、鈴音さん」
「・・・・・・!!」
か~~・・・・・・
自分の顔がみるみる赤くなったのがわかった。
・・・・・・中一女子に指摘されたっ! なんという屈辱感っ!
しかし彼の人生っていったい・・・?
ずっと間違えて覚えていたのかあいつはっ・・・恥ずかしい奴めっ!
いや、今は私か
「そ・・・そうそれ! だから何ていうの? ノーカウント? あれは接吻の類ではありません!」
今は全力で否定させていただきましょう
私の将来のためにも
「そっかあ・・・ちぇ・・・つまんないの」
つまるとか、つまんないの問題じゃないのです。
なんだかんだと言いながら二人は駅までたどり着いた。
まだ列車は来ていないようだ。
乗客がホームで待機していた。
数人だが、同じ学校の生徒の姿もある。
この駅は現在無人駅なので改札はスルーだ。
そのまま急いでホームまで出て行った。
でも昔は人がいたのか、駅長室は存在していたりする
何度か中を覗き込んだことがあるが、どことなく昔、高倉健が出ていた
映画を思わせるような雰囲気だったような気がする。
建物自体は旧国鉄時代のものだから、当たり前といえば当たり前なんだろうか?
まあ自分には定期券があるので元々切符を買う必要もないのだが・・・
そういえば彼、昔は定期券に憧れて、自分で画用紙切って「無期限」とか書いて自作してたよなあ・・・
ふと思い出してニヤニヤしてしまった。
カンカンカンカンカンカン・・・
程なくして、少し離れたところで踏切が鳴り響きだした。
「はあ~・・・今日は普通に間に合ったわあ」
「あ、ごめんね、昨日は朝練・・・遅れちゃったでしょ?」
春菜はあれからも警察の相手をしてたはずだから
到底汽車には間に合わなかったはずだ
部活どころか、もしかしたら学校の授業にも遅刻したかもしれない
「ああ、そりゃしゃあないよ~、でも警察の人も気を利かせてくれて
次の列車には間に合うようにしてくれたから」
「そっか、良かった・・・」
「鈴音が気に病む必要なんて、無いでしょ?」
いやそれが・・・実は自分の事故なんですよ、とは言えず
「それより、鈴音の方が心配されとったよ」
「・・・あっ!」
そうだ、私、次の試合・・・
ぷわあああああああん!
ガタン・・・ゴトン・・・ガタン・・・ゴトン・・・
列車がホームに入ってきた。
キキ・・・キキキキイイイ・・・
次々と乗客が列車に乗り込んでいく
最後列の私たちは一番最後に乗った。
列車の中は混雑こそしてなかったが
すでに座る椅子は無かった。
私は出入口付近の吊り輪にぶら下がり気味につかまった。
身長が低いのでちょっと心もとないが
まあ、だいたいいつもこんな感じだ。
ぷわんっ
ぶおおおおおおおおおおん
ディーゼルエンジン音が車内にまでよく響く
列車はゆっくりと加速を始めた。
「・・・ねえ、春菜ちゃん」
「ん?」
「次の、試合・・・なんだけど」
「うん・・・みゆき先輩、心配しとったよ。 もちろんちゃーんとフォローは入れてあるから」
「ありがと・・・でも、やっぱり私・・・辞退しようかと思ってるの」
春菜は目を丸くして私を見つめ、そして言った。
「な、なんでっ!? ・・・意味、わからへんよっ!」
いくら友とはいえ、本当のことは言えなかった。
結局、不自然に取り繕って誤魔化しをする羽目となり
春菜に不信感を植え付けてしまった格好となった。
沈静化を図ろうと車内でいくらか言葉を交わしてみたが、
互いに心の距離が離れていくのを実感しただけだった。
駅に着いて下車した頃にはもう、二人共が無言のままで・・・学校まで、来てしまっていた。
・・・私って、ホント馬鹿
こんな時まで頭の中で引用してしまう私ってホントに馬鹿だ。
上手く立ち回れない自分が情けなくなってくる・・・
ここまで築いてきた折角の二人の信頼関係は、簡単に壊れようとしていたのに・・・
つづく
ネタが微妙に古いですねごめんなさい(^^;
この小説を書くにあたり
本当は各キャラクターのデザインもしてるのですが
(というか、完全にビジュアルが先行していました。 漫画型式で描こうと思ったけど挫折。・・・無理でした。(^^;)
自分絵描きじゃないので人様に見せてはたして耐えられるものなのか・・・
逆にイメージを損なっているんじゃないだろうかと心配で躊躇しております。 鈴音だけは主人公なので思い切って出しちゃいましたが。
漫画好きの私なんかは絵が無いとどうも落ち着かないと言いますか、
個人的には在った方がいいのかな? と思うのですが、う~ん・・・