第十話 氷解
「ラフ&スムース 第二章」
…………いた!
「……っ!」
思わず、両手で口元を押さえてしまった。
そこには、彼女の痛々しい姿があった。
息を切らして、必死に帰ろうとしていた。
まるでこの場所に留まっていたら
それこそ空から新型爆弾でも落ちてきて死んでしまう、とでも言わんばかりに……
ただただあの場所から遠ざかろうと、壊れた足を……引きずりながら……
「みゆきちゃんっ!」
私の言葉に
びくっ! と身体が跳ねて
「…………」
彼女は、後ろを振り向きもせず、そのまま固まっていた。
「そ、そんなに無理したら駄目だよっ! また足が悪くなっちゃうじゃないっ!」
「……………………いいよ、もう……わたしの代わりは、ちゃんとここにいるし、
わたしなんかはもう、どうなっても……」
「ちょっ、……きゅ、急になに言い出してるのよっ!?
私なんかがみゆきちゃんの代わりになんか、なれるわけ無いじゃないっ!」
「……………………結局、私は何をするにも、全部人任せで……
自分でやろうとしても、できなくて……
ただ、惨めな思いをするだけだったんだ…………
……私……なんか、最初から……必要なかった……要らなかったの……よっ!」
「ど、どうしちゃったの!? みゆきちゃん!
しっかりしてよ! いつものみゆきちゃんはっ」
「…………いつもの私って、なによ?」
「……えっ?」
「いつもの私って、なに?」
「……そ、それは……」
「…………学校で、クラスメイト相手に虚勢を張ってる私のこと?
……それとも、部長の代わりに部を取り仕切ってる……私?」
「な、なにを……?」
「本当の……姉妹でもないのにっ! お姉ちゃんだと言い張って! 鈴音を護ってるフリしてる……わたしっ!?」
「……な、なにを、言ってる……の……?」
「そうよっ! 私はずっと……鈴音を騙してたのよっ!
……聞いたんでしょ? 彼女……睦月から! 私が彼女の姉だってことをっ!」
「! ……そ、それは……確かに、聞いた……けど……」
「…………私は、彼女には、何一つとして姉らしいことをしてこなかった…………
ううん! できなかった。 たぶん、これからも……きっと……
そ、それでっ……だから! 私は鈴音を、妹の代わりにして……理想の妹像を求めて……姉らしく振舞おうと…………
そんなの、只の欺瞞で……自己満足なだけ……だったのよっ!」
「…………み、みゆきちゃ」
「鈴音が以前見ていたっていう剣道の試合だって、そう!
最後の相手というのは……睦月よ」
「えっ?」
「……彼女は、本当の天才よ。 私は、何度挑もうと、彼女からはただの一本さえ奪うことはできなかった。
……あの時も、結局……実力では全く適わなかった。……でも、私は卑怯な手を使ってどうにか引き分けた。
そうすることが最善だと信じて……やったのに……まさか、あんな結果に……なるなんてっ!
…………けれどっ! それでも私はモノにすることができなかった! そこまでして作ったチャンスをふいにして、
結局は彼女に全部背負わせることに……なっちゃったのよ!」
「い、一体なんのこと……」
――――苦労してるようね、一度失敗すると……
「……!」
もしかして、さっきの店内での会話のこと、言ってるの?
あの勝負には、勝ち負けだけじゃなくて、その先に、何か……大事な意味が、あったのかも……?
「彼女だって、全てにおいて完璧ってわけじゃないのに…………妹……なのにっ!
……全部押し付ける形になっちゃって…………私は……姉失格、よ……」
「で、でもっ、それは相手も納得の上での勝負の結果なんだから……し、仕方ないんじゃ?」
「勝たなきゃ、いけなかったのよ! ……ううん、それだけじゃない! そして成功しなきゃならなかった……でも……」
――――失敗……した?
「い、いったい……何に?」
「………………ごめん」
……どうやらそこには言えない何かがあるみたいだ。
「……もしかして、それで睦月さんが、みゆきちゃんの代わりに成功したって……ことなの?」
「……っ!!」
今までずっとこちらを見て話さなかったみゆきちゃんが
ばっと振り返り私を睨むように凝視した。
「えうっ!?」
けれど、それはほんの一瞬で、すぐにみゆきちゃんは目を伏せ
今にも泣きそうな表情をしたかと思ったらその場にへたり込み、またそっぽを向いてしまった。
「……………………睦月さん、心配してたよ」
私のその言葉に、彼女はぴくっと反応した。 でも
「…………嘘……」
「う、嘘じゃないよ! 私に、”姉さんをよろしく”って!」
「…………こんな、なんにも任せられない姉に……
心配なんかしたところでもう、なんの価値も、無いというのに……」
「そ、そんなこと……」
……ここまで落ち込んでるみゆきちゃんを私が見るのはたぶん、初めてだ。
おそらくそれは足の怪我で身体の自由が効かないということも相重なって
かなり気弱になってしまっているんだろう……
せめて身体が健全であれば空元気でも出せるのだろうけど……
今は精神的にも肉体的にも逃げ場がなく、相当追い詰められてるみたいだ。
……こんな時、私は一体どうしたらいいんだろう……?
どうしたら……いいの? どうすれば……彼女を励ますことが……?
……わからない……わかんないよ!
(だったら……)
どくんっ
――――え?
私の心の奥から、なにかが聞こえてきたような気がした。
と同時に身体も心も自然に動き出した。
ぎゅっ……!
「……!! ……鈴音……」
私は、俯いて座り込んでいる彼女を、背後からそっと抱きしめた。
こんなことで、慰められるかどうかはわからないけれど
でもこれくらいしか今は思いつかなかった。
思えば今朝、みゆきちゃんの方からされたことを、ただお返ししてるだけなんだけれど
「「……………………」」
僅かな時間、静寂が訪れた。
聞こえるのはお互いの少し荒い呼吸音のみになっている。
そして、それすらも徐々に落ち着いてゆき、規則的で穏やかに、緩やかになっていった。
「……………………ごめん、私ちょっと、汗臭いよね?」
「…………そんなの、私だって似たようなもの、だよ……」
「…………これでもね、私……みゆきちゃんには感謝してるんだよ?
ずっとぼっちだった私に声をかけてくれて、一緒に色んなこと、したよね」
「それは、わ、私だって……」
「……お互いの家に遊びに行ったり、一緒に買い物行ったり、映画観たり、
動物園や遊園地だって行った。 あ、お祭りにも行ったよね?
最初の方こそ、ぎこちなくて何喋っていいかわかんなかったけれど、
いつの間にかそんなこと、もうどうでも良くなってて、
無理に喋んなくても、ただ、一緒にいる。 それだけのことがとても心地よくって……
ふふ…………もうホント、ずっと二人でばかり遊んで、まるで恋人同士みたいだったなあ……
……今までできなかったこと、いっぱい、たくさんもらった」
「…………」
……どうしたんだろう?
さっきまで、何言ったら良いのかわからなかったのに
今はスラスラと言葉が出てくる……
言いたいことが、ちゃんと言えてる。
まるで事前に台本でも用意されているかのように……
「……覚えてる? 初めてお祭りに行った時のこと。
私は待ち合わせの場所を間違えちゃったみたいで
気が付いて慌てて移動したんだけど……
……いつも通ってる場所の筈なのに、いつもとまるで雰囲気が変わってる街並みに
いつの間にか自分が今どこに立ってるのかもわからなくなっちゃってて……
半泣きでそこらを駆けずり回ってたんだけど
誰も気にも留めてくれなくて……助けてくれなくて……声もかけてくれなくって……
どうしようもなくなって途方に暮れていたら……あれだけの薄暗くて凄いいっぱいの人ごみの中から、
みゆきちゃんは私を簡単に、見つけ出して……くれたよね?」
「……………………うん…………覚えてる。
鈴音、せっかくのかわいい浴衣も髪型も、ボロボロにしちゃってて
私に会った時点で堰を切ったように大泣きしだして……なだめるのに、ホント大変だった」
「……う!? そ、そうだったっけ?」
「おかげさまで、私はあの日、完全に鈴音のご機嫌取りのパシリだったわよ」
「……ごめん、今度は私がパシるから……許して」
「ふふ……うそうそ、楽しかったよ」
「…………動物園に行ったときも、私は迂闊に檻に近づきすぎちゃって……
お猿さんに髪の毛引っ張られて、あわや毟り取られそうになっちゃったこともあったよね……」
「……あの時は、鈴音、びっくりするくらいありえない大きな声で泣き叫んでたよね?」
「えー? そうだっけ? ……でも、
あの時もみゆきちゃんが棒持ってきてお猿さんの手を叩いて助けてくれたんだっけ」
「おかげで飼育員さんにちょっと怒られたわ」
「ご、ごめん」
「霊長類の中じゃ人間は最弱の部類だからね
気をつけないとほんとに危ないよ? 以後気をつけるように」
「はーい! …………あ! そういえば、一緒に海水浴行った事もあったよね?」
「……あのときは鈴音、カナヅチだったの、私知らなくて
波打ち際で遊んでたのはわかってたんだけど、
いきなりの高波のあと鈴音の姿が消えちゃったのは……流石にちょっと驚いたわ」
「あれはびっくりしたよー! いきなり目の前に水の壁が現れたかと思ったら
一気に視界が暗転して、水の中でもみくちゃにされて!
天地がひっくり返ったどころか
どっちが上でどっちが下かもわからなくなっちゃってたからね……
あ……わたし、もしかして……終わった? って一瞬本気で覚悟しちゃったよ……」
「まあ、たまたま鈴音のかわいらしいあんよが波間から見えたから、すぐさまひっ掴んで
波にさらわれるのは阻止できたんだけど、
そのあと鈴音、まだしばらくの間、溺れてたよね? 足が余裕で立つどころか、膝下の水位の所で」
「あ、あははー! だ、だって、まだ洗面器に顔つけてるレベルの頃だったからね!?
お盆の後だったからか、波が不安定だから気をつけてって、
たしか最初にみゆきちゃんから聞いてはいたんだけど、
まさかあんなビッグウエーブが来るとは思ってなくて……」
「それよりも、泳げないことは前もって言っておいてね?」
「うう! ごめんなさい……あの時は四年生にもなって泳げないなんて言うの、恥ずかしくて」
「まったく、鈴音って運動神経はけっして悪くないはずなのに
やることなすことのび太くんみたいで、気が気じゃなかったわ」
「なんか、思い返すと私ばっかり迷惑かけてたような気がして来た……」
「……でも、本当に、楽しかったよ」
「うん、私も! 全部、全部、私にとっては大切な宝物のような思い出…………どれも……
…………みゆきちゃんがいたからこそ、できたことだよ?」
「…………!」
「価値なら、あるよ! 掛け値なしのものが! ……少なくとも、私には」
「…………で、でもっ……そ、それは! 単に私には……逃避の果ての……出来事で!
それに……………………それが、い、偽りの付き合いだったと……しても、そう……言えるの!?」
「……………………みゆきちゃん、私のこと、嫌い?」
「そ、そんなわけ! ないじゃない!」
「…………べつに妹さんの代わりとか、そんなことはどうでもいいの。
私に向けてくれた、その気持ちさえ、ちゃんとしたものだったら……それで、私は満足、だよ?」
「す……すず……っ」
彼女は、私の名を呼ぶのを途中でやめてしまった。
「……だから、私のことは気に病む必要は全然ないの。
妹さんとのことは……私には、詳しくはよくわからないけれど……でも、きっとたぶん
お互いがすれ違ってるだけだと思う
みゆきちゃんも、睦月さんも、想ってることは同じだと、私は感じたから」
「…………睦月は、私なんか……必要として……いない……」
「ううん、きっと彼女はみゆきちゃんを、求めてる」
「っ! なんで!? なんでそう思うの!?」
「……殆ど勘みたいなものなんだけど……でも、たぶん間違ってないと思う」
「そんなの! 信じられるわけ、ないじゃない!
睦月は、私よりも強くて! 何でもできて! 精神的にもずっと大人でっ!」
「……でも、みゆきちゃんよりも年下の、血の繋がった妹で
ただの、一人の女の子なんだよ?」
「……! そ、そんなことはわかってる! でも、違うの! 彼女は!」
「……初めて彼女を見たとき、どこかで会ったことがあるような、気がしたの」
「そ、それは、だって!」
「そう、みゆきちゃんの妹さんなんだもんね、
後になって気づくなんて失礼なくらい、実際よく似てた」
「…………」
「だから、思い返してみてよくわかったの
別れ際のみゆきちゃんを想いながら喋ってる彼女の表情。
睦月さんはあまり感情を表に出さないから、ちょっとわかりにくくはあるんだけど、
でも、その僅かな変化でも、わかっちゃった」
「……なんで、鈴音が、睦月の気持ちを……そんなにわかるっていうの!?」
「わかるよ……だって、みゆきちゃんの表情は、私、ずっといっぱい見てたから」
「……!」
「伊達にずっと一緒にいたわけじゃないよ?
かっこいいみゆきちゃんに憧れて、私もこうなれたらいいなあと
そう思って、見てたんだから…………まあ、ぜんぜん、できてないけどね」
「…………私は、べつにかっこよくない。
そして、やっぱり睦月が私を必要としてるなんて……ありえない!」
「……自分が、実力で、劣っているから?」
「……………………そう、よ……」
「……そんなに、剣道の実力って大事なの?」
「……………………睦月は、本当に天才なんだ」
「……うん、それは、聞いたけど……」
「……私なんかじゃ、逆立ちしたって……勝てやしない」
「……でも、私のヒーローは、みゆきちゃんだよ?」
「……それは、ただ、現実から目を逸らして、逃げてただけなのよ」
「私にとっての現実は、みゆきちゃんと過ごした日々だよ?」
「…………っ」
「みゆきちゃんに取っては、本物じゃなかった?」
「ち、ちがう! そういう意味じゃない!
でも! 私には責任があったんだ。 深山の家に長女として生まれた時点で
やり遂げなくちゃいけない責任が! そこから逃げちゃ、駄目だったんだ!
……幸い睦月はそこまで練習が好きじゃないのか修練にあまり時間をかける子じゃなかった。
だから、努力次第で追いつける! そう信じて……
睦月に比べて才能の無い私は、彼女の倍がんばってた! でも、それでも……」
「睦月さん以上の努力をしてたと言うのなら、それを責められる人は、誰もいないと思うよ?」
「…………知らなかったんだ」
「え?」
「……いつも、簡単に勝負がついてしまうから
実力差が大きすぎて、気が付かなかった」
「気づかなかった……何に?」
「あの子が練習を嫌いに見せてた理由……それは」
「……あ! …………だめ! みゆきちゃん! その先は」
「……っ!」
みゆきちゃんも今、自分が言いかけていたことの意味に気がついたようだ。
たぶん、今彼女が言おうとしてたことはきっと
睦月さんの攻略には欠かせないであろう重要なピースだったと思う
たしかに、私たちは敵対するライバル校同士。
でも、それと同時に彼女は睦月さんの実の姉でもあるのだ。
聞けるわけが無い。
私自身が調べた上でのことならばともかく
みゆきちゃんの口から聞いてしまったら
彼女の中の大切な何かが、壊れてしまいかねないから
「……ごめん、鈴音」
「ううん、これは私と日向部長の問題。 みゆきちゃんにはあくまで中立でいて欲しいから」
「……ごめん」
「……そんなに冷たくされてても、やっぱり優しいんだね、みゆきちゃんは」
「……だって……妹、なんだもん……嫌いになんか、なれないよ……」
「それでいいんだよ。 だから、彼女も同じなんだよ」
「…………私には、わかんない。
もし、本心では嫌ってないというのなら……
……なんであんな態度を取っているのかが……ぜんぜん、わかんないよ……」
「……あの日の剣道の試合って、相手は睦月さんだったんだね」
「……うん」
「残念ながら試合自体は見れなかったんだけどね」
「それは……人払い、されてたからね」
「……え?」
「あれは、極一部の関係者以外には見せちゃ、いけなかったんだ」
「……?」
私は、確か……般若先生(!?)に連れ戻されただけだったんだけど
あれって人払いの一環だったってのかな?
「でも、練習生たちもまだ、たくさんいたよね?」
「すぐに道場から出て行ってもらったんだ」
「……? ……?」
……彼らにも、見せない試合って、いったい?
「詳しくは、言えないけれど
最後の試合だけは、特別で…………
簡単に言えば、道場の、跡取りを決める試合、だったんだ」
「……!」
あれは、確か私が5年生の終わり頃だった。
それからみゆきちゃんは数日間、熱を出したらしく学校を休んでいたと思う
私が彼女と再会できたのは、彼女が初等部を卒業する直前の頃で
元気がなかったのだけは覚えてる。
それから彼女と会う機会は、めっきり減ってしまった。
「そんな、ことが……」
「勝負の内容はともかく、私は、辛くも善戦することができ……
跡取りになるための試練を受ける……資格は得た」
「…………」
結果は、もう聞いている。
失敗……したんだ。 どのような試練だったのかは知らないけれど
「……以来、私は……剣を捨てた」
「…………」
彼女を抱きしめた腕に、力が篭った。
「……もう、睦月を直視することもできなくなっていた」
「みゆき……ちゃん……」
「誰にも合わせる顔がなくて! 鈴音からも逃げて……私は……空っぽになっていた!」
「あ……」
みゆきちゃんと、疎遠になってたこの一年間
彼女は、ずっと苦しんでいたんだ……
私はただ、なんとなく会えなくなっていく彼女に寂しさを感じながらも
それでも日常を淡々とこなしていた。
以前の生活に戻るだけ……そう思い込みながらもなんとかやっていた。
でも、ホントは以前と同じじゃなかった。
私は知ってしまっていたから。
彼女と過ごした、楽しかった日々を……
だから、余計に私はこじらせていたんだ。
再会しても、すぐに心を開くことが、できなくなってたくらいに
でも、それは、そのことはみゆきちゃんを更に追い込んでたんだ。
この、私が…………彼女を……私の……我侭で……
「ごめん、なさい……みゆきちゃんも、しんどかったのに……
私は、自分のことしか、考えて……なくて……」
「鈴音は、悪くない……ううん! 鈴音のおかげで
私は、この一年間、なんとかやってこられたのかもしれない」
「え?」
「空っぽだと……思ってた。 でも違ったの
私は……貴女に、世界はもっと広いんだって、いつの間にか教えられていた。
だから、剣を捨て、睦月にも鈴音にも会わなくなっても
新しい生活で、部活に打ち込むことで
どうにか平静を保ってこられたんだと思う……今までは」
「…………」
それは、まるで「希望」という名の「絶望」が残っていた、パンドラボックスのように……と
そう言っている風にも聞こえた。
「……でも、やっぱり、避けては通れない道だったんだ。
そりゃ、そうよね……私は、深山の家に生まれてきた。
この事実は変わることはない。
別人になったわけじゃ、ないんだから」
ずき! と胸が傷んだ。
私はやっぱり恵まれてる
過去の自分の記憶を持って、生まれ変わって
人生をやり直せてる……
普通の人にはそんなことはできない
人生は一回きりなのだ。
生きていれば、失敗や後悔は、呪いのようにまとわりついて離れることは決してない。
ああしておけばよかった、こうすれば、回避できた。
そんなことをいくら思って嘆いても、もう元に戻ることはない。
そんなことは誰もがわかっている
だから、皆前を向こうとする
過去を忘れ、それを上から塗り替えるために……
だけど、塗り替えるための塗料が絶対的に不足していれば?
いくら調達して、塗っていっても、過去がそれ以上に膨れ上がって、のしかかってくれば?
そうなったらもう、修正は困難だ。
独りでいくら強がっても、いつかは必ず限界が来る。
…………だったら、向き合うしかない。
忘れるんじゃない。 上書きするんじゃない。
「それ」から目をそらさず、自ら懐に飛び込み、理解し、少しずつでも変えていくのだ。
「……でも、もうどうしようもない……私は何もできなかった。
これからは、後継者である睦月をサポートし
影で少しでも力になっていくしか……」
「――――貴女は、もう好きにしていいって、ことだから」
「……え? 鈴音?」
「睦月さんのセリフだよ、今、思い出した。
それに、もう一つ……みゆきちゃんも、彼女を気遣っているようなこと、言ってたよね?」
「そ、それは……」
「あくまで憶測でしかないんだけれどね……
あの剣道での試合のことも、思い返してみた。
試合直前、お互いが絶対に勝つって気迫だけは、素人の私の目にも伝わってきてた」
「そ、そりゃ、後継者を決める、とても大事な試合で」
「そうじゃないよね?」
「えっ?」
「ううん、もちろんそうなんだろうけど
でも、お互いが想ってたことは、べつに在った。 ……そんな、気がしたの」
「……!」
「その勝負って、勝った方が何かとても大変な重責を背負い込むってことだったんでしょう?
私が想像もつかないような、何かを」
「…………」
「そして、それに耐えられないかもしれない、”何か”を睦月さんは抱え込んでいた」
「!!」
「違うかな?」
「……鈴音、貴女…………」
「だから、みゆきちゃんは、どうしても彼女に譲りたくなかった。
……彼女、睦月さんを…………護るために」
「! …………いったい、どこまで、理解ってるの?」
「……あくまで、憶測だよ。
けれど、それはおそらく、睦月さんにしてみても、同じことだった……いや、たぶん、それ以上に」
「えっ!?」
「やらせたく、なかったんだよ……
きっと睦月さんはまだ、何か隠してる
みゆきちゃんですら、知らないようなことを……」
「っ!! そ、そんな……筈は!」
――――貴女にも最初に言ったように、知らない方が、いいことも……あるから
彼女は私にそう言っていた。
たぶんそれは私に関することと同時に
おそらく彼女らのお家事情にも絡んでくる何かがあったんだろう
「一緒だよ、考えてることは……きっと」
「そんな、……だって! 睦月はいつも私を……口にこそさえ出さないものの
いつも私だけを見下して! 一切一緒には練習もしようとせず
たまに手合わせしたら私を徹底的にボコボコに叩きのめして……
学校だって、相談もなく知らない間に別のところに入学してて……
こんなの、どう考えても……
絶対に、嫌われてると……思ってた、のに……」
「……もしかして、それ、諦めさせようと、してたんじゃないかな?
ワザと嫌われ役に徹して……みゆきちゃんにのしかかってた
……ずっと背負っていた……重荷を解いてあげようと……」
「!!」
「睦月さんは、ほんとはとても姉想いの、いい子なんだよ、きっと……ただ、不器用なだけで」
「…………うそ、そんなの! 嘘だよ!」
「みゆきちゃん……」
「だって、私は姉で、妹の考えてることもわからなくて! 姉妹なのに! なんで……わかってあげられなくてっ!」
「……仕方、ないよ……だって
みゆきちゃんは最初から、素直に睦月さんをまっすぐに見ていた。
そしてそれを、そのまっすぐな想いを知っていた彼女が、それを覆すには……
睦月さんは、どうしても、みゆきちゃんを欺く必要があったん、だから……」
「っ!!」
「だから、そこは許してあげて…………もちろん、お姉ちゃんとして」
「……許すも、何も……私は、ただ、逃げてただけで……」
「だったら、ちゃんと向き合って、お話してあげて」
「だって! すぐに冷たい態度で突っぱねられてっ!」
「もっと懐に飛び込んでみるんだよ
今、私たちがこうしてる、みたいに」
「!!」
「きっと、心を解いてくれる……だって、ホントの姉妹、なんだから!」
「……………………あ…………」
「……ちょっと、妬けちゃうけどね」
「…………………………………………怖かった」
「……うん」
「…………本当に、真剣に嫌われてるんじゃないかって……
そんなこと考えてたら、勇気が……でなかったんだ」
「……うん」
「私、馬鹿だよね……睦月のそんな気持ちも知らずに……
いつの間にか、ずっと避けてたなんて……」
「……まだ、間に合うよ」
「本当に辛かったのは、睦月の方だったかも……しれないのに!」
「辛かったね……お互い」
「………………………………うっ…………うっ……ううっ……!」
「ああっ! ちょ、み、みゆきちゃん!? な、泣かないでよ!」
「だ、だっで! ……す、鈴音が…………すずねのくせに……わだしを説き伏せるだな、なんでっ……!
こんなっ! 大事なごどに、気づかせられる、なんでっ!
生意気、だよ! ……………………泣がざれだ……ずずねに泣がされぢゃった……よう……うっ!」
「……あーもう! …………ふふ……今朝の、お返しだね」
「……やり返ざれるどは……思わながっだよぅ……う……う……」
…………感謝は、お互い様だった。
私、深山深雪にも、もはや山桃鈴音はかけがえのない存在になっていた。
剣以外に何も無かったこの空虚な身体に、次から次へとキラキラした宝物を詰め込んでくれた。
やっぱり、あの時の私の直感は間違いじゃ、なかったんだ。
最初が君で、本当に良かった。
「……ありがどう、すずねぇえ!」
「……こちらこそだよ、みゆきちゃん……ありがとう、友達になってくれて」
こんばんは、新田です。
いやー今回はちょっと時間かかっちゃいました。
なんせ、書きかけの原稿ラフがたった12行しかなかったから(笑)
まあ、ぶっちゃけると
「みゆき、ふてくされる。 そして、どうにか立ち直る」
って感じのプロットだけw
どうやってこれ、収拾つけんのよ?
ということで筆が止まり、もんもんとした日々でしたが
まあ無理やりにでも筆を走らせてみたら、どうにかこうにか
なんとか……なったような……そんな気がしますw
この話はもうちょっと続くのですが
なんか蛇足感半端ない感じなので一旦ここで区切りました。
だから次回はもうタイトル決まってます。
「氷解after」です。
こういうお話って、綺麗に締めるにはどうしたらいいんでしょうねー?
※ちょっと色々粗が気になったので若干改稿・加筆・修正しました。(18.9.19)




