第九話plus side-深雪-
「ラフ&スムース 第二章」
初めて会ったのは、何時のことだったろうか?
あの子と廊下ですれ違うたび、いつも何故か、気になって自然と目で追っていた。
たぶん向こうは気がついていない。
歳は、おそらくいっこ下。
妹の睦月と同い年だろうと思う。
よく見ると、容姿は驚く程に群を抜いてとても綺麗で可愛らしいのだが、
何故かあまり目立たない。 特に地味な格好をしているわけでもないのに……
元から存在が希薄なのか、それとも極限まで気配を殺しているのかは定かでないが
その辺り、はたして本人に自覚はあるのだろうか?
だからなのか友人などと一緒にいる姿はついぞ見たことがなく
どうやらいつも独りでいるようだった。
私はその頃から、とある事情で家を出て、通常この歳ではまずありえないであろう
一人暮らしというものをしていた。
どのみち家にいても両親はおらず、同居人は世話係の家政婦さんと
「教室」を任されている遠縁の親戚の人しかいないのだ。
ならば無理に家にいる必要は無いのではないかと考えた。
実際はあと……もうひとり、「妹」という血縁者がいるにはいるのだが
その人は私なんかよりも遥かに優秀で
正直他人の世話を借りる必要性はどこにも存在しなかった。
むしろ私なんかがいたら逆に目の上のたんこぶで鬱陶しがられるだけだと思った。
だから私だけアパートで一人暮らし。
元々このアパートは父と母が新婚生活をするために借りていたそうだ。
しばらくは穏やかな両親の新婚生活が続いたらしいのだが
やがて私が生まれ、妹が生まれると、程なくして
私達は道場のある母の実家に連れ戻された。
しかし父は母の実家が性に合わなかったのか
このアパートを手放さず、よくこちらで寝泊りしていたそうだ。
そのおかげで今私はここに住むことができている。
でも私は実家には定期的に「通って」はいた。
何故なら、そこには剣道場があり、
深山に生を受けた人間は例外なく剣を習わされていたからだ。
実は表向きは単なる剣道場なのだが
その実態は「深山流剣術」という古武術を相伝するために存在していた。
もちろんそれだけでは生計が成り立たないので
表稼業として剣道場を営んでいる。
普段は私もこちらの方で練習をしている。
剣術の修練は基本的に秘密裏なのだ。
幼い頃は私には剣の才能があると自負し、自惚れ天狗にもなっていた。
実際に道場に通っている近い歳の門下生にならどの人にも負ける気はしなかった。
彼女が入門して来るまでは……
結論として……私には才能は無かった。
根拠のない自信は、ものの見事に簡単に崩壊し砕け散った。
本当の天才の前には、多少、人よりもデキる程度では全く歯が立たなかったのだ。
しかし、そんな私にも一日の長としての矜持がある。
才能で及ばなくても、それをなんとか努力で埋めようと、
彼女が一時間やったなら二時間、二時間やったなら四時間と
時間が許す限り、彼女の倍の時間を費やし頑張っていた。
……そして四年生に上がった、ある日。
その日は深山本家から曾祖母が訪れていた。
現在不在である深山流剣術の当主、その候補を選別し見極めるためである。
門下生が全て帰った夜。
剣術の特別修練を行ったあとに久方ぶりに手合わせをすることとなった。
――――結果は、惨憺たるもの……つまりは惨敗だった。
日々の努力により、もう少しは善戦できるつもりでいた。
少なくとも力や速度では遅れを取らないだろうと思っていた。
しかし、いざ蓋を開けてみれば私の及ぶ所は何ひとつ無いように思えた。
それほどに完膚無きまでに叩きのめされた。
どう見ても「完敗」。 その二文字に尽きるのであった。
やはり、私には才能が無い
このまま剣の道だけを進んでたら駄目なのかもしれない……
迷いが生じはじめていた。
◆◇
翌日の学校での放課後
半ば放心気味ではあったが
それでも身体に染み込んだ剣の道以外のものが何も無かった私は
他に生き方を知るわけでもなく……
やはりいつも通りに竹刀を携え、重い足を引きずりながら
これから道場に向かうところであった。
あ……!
たまに、すれ違う
気になるあの子が、男子に囲まれ、なにやら揉めていた。
どうやらいわれのないことで責められているようだ。
「…………」
しかし、私には関わりのない話。
そのまま立ち去ろうかとも思った。
相手はおそらく、彼女を好いているのであろう
まあ、あれほどの容姿だ。
いくらステルス機能を全開にしたところで気づく奴は気づいてしまうのだろう
でも、その想いは空回って相手を傷つけてしまっている
それでも暴力にまでは発展することはないだろうとは思ったのだが……
「あ~あ、なにやってんだか! 男の子が数人がかりで女の子一人を取り囲んで」
……あれ?
「男の嫉妬はみっともないわよ、そこのボクちゃんたち」
……なんで、私……?
「な、なんだあんたは!? 関係無いだろ!」
そうだよ! なにも関係ないよ! なに勝手に首突っ込んでるの?
「関係? まあ、無いっちゃ無いけどね……ただ……」
ただ……何? 気になったから? この子のことが? だから、これは……
「……それに、私が目指してるのはそんなんじゃないから……
目標は、とっくに決まっているし……」
その目標は昨日、宇宙の果てまで遠のいてしまったけどね。
もしかしたら一生かかっても、たどり着けないのかもしれない
たぶん、私には何かが足りていないんだ。
それが何なのか、わからないけれど……今のままではきっと、駄目な気がする……
「あんたあんまり友達いないでしょ?」
それは私のことだよ! 今までただ剣のみを振り回してきて、それ以外は全て捨ててきた。 なのに……
「……そうねえ…………仕方ないから、私が……友達になって、あげようか?」
……だから、これは……私の人生での、とてつもない転換期だったのかもしれない。
「い、いたことだって、あるよっ!」
…………そう…………
それでも、構わない。
貴女にとって、私は初めてじゃないのかもしれない。
でも、私の初めては貴女にしたいんだ……いや、何故だかはわからない……けど、
貴女じゃなきゃ嫌なんだ……駄目なんだ!
「だから…………そうね……観念、しなさい!」
心の奥底から求めているのがわかる。
私、ドキドキしてる。 正直、断られたらどうしよう? 怖い!
って、思ってる……
……なんなんだろう? この気持ち
今まで、どんなにきつくて辛い練習しても、こんなこと無かったのに……
「みゆき、ちゃん?」
私の名を、彼女が呼んでくれた。
この世界で初めての、友達。
――――そして、私が護るべき者。
「なに? ……すずね」
それが、彼女の現世での名だった。
こんばんは、新田です。
今回は「鈴音と深雪」をもうちょっとだけ掘り下げた
みゆきの過去編となっております。
ちなみに鈴音は幼い頃から無意識にスキル「ステルス」を常時発動しております。
米軍の最新鋭戦闘機F-22ラプター並のステルス性能を誇りますがw
それでもまれにその網をかいくぐり視認する人があとを絶たないようですね。
友達が欲しいのに気配は無意識に消しているという……
なんだか矛盾していますが、これも自己防衛本能がそうさせているらしいのです。
でも最近は、というか孝志がトラックに轢かれてからは
その効果は薄れてきているみたいです。
必要性を感じなくなってきたからでしょうか?
なーんて、要はいつも隅っこで目立たないように息を殺して生きているだけなんですけどね(笑)
次回は現代に戻る予定です。
ではまたー!




