第八話 知る為の条件、それは……
「ラフ&スムース 第二章」
「……はあっ、はあっ! やだこれ! すっかり遅くなっちゃった!」
私はひたすらママチャリ(考えた名前は保留中)のペダルを漕いでいた。
「み、みゆきちゃ~ん! どこ~?」
待っててくれるとは言ってはいたけど、
それは私を安心させるためだけに言った嘘だったのかもしれない。
現に、あちこちジグザグに走ってはいるが、
もう店の近場にはまったく見当たらなくなっている。
日は長くなっているとはいえ、流石に陽光にも陰りが見え始め
蒼かった空は西を中心に徐々に赤みを帯び、グラデーションがかかってきていた。
結局、肝心のお話は聞けなかったな……
まあ、あれだけギャラリーがいるあの場で喋るわけにもいかなかったんだけど……
帰り際
「あ、あの……それでですね、睦月、さん」
「…………」
「あの、またその、ソフトテニスの方じゃなくて、その、お話を今度、お聞かせいただけたら」
「……その話はもういいわ、用件は済んだから」
……いや、それは貴女の中でだけですよね?
「い、いやその、でもわたし……」
「えーなんの話ー? 千里にもわかるように言ってよ睦月ー?」
「千里……これは、プライベートな話だから……」
「……ちぇ! そっか、じゃあしょーがないな~!」
あっさり引き下がりその場を離れる千里さん。
空気読むの早いなあこの子
「……知らない方が、いいこともあるのよ?」
「……で、でもっ!」
私の中で起こっているこの現象
きっと、彼女なら何か知っている。
なんで私の中に前世の記憶が戻ったのか
そして、どうして孝志の人格が時々浮き上がってくるのかを
「あなたはこのままでも、そう問題は、無いわ……
時々戸惑うことはあるでしょうけれど、それも時間の経過とともに、落ち着いてくるはず、だから」
……落ち着く?
それは、どういう方向で?
元に戻る……という意味なのだろうか?
それとも、この状況がだんだん慣れてきて特に問題でなくなるってこと?
いや、もしかしてあるいは、わたしの中のOSは
最終的に全て孝志OSに書き換わって、鈴音OSは無くなってしまうってことなのかもしれない。
いずれにしても、もう孝志が事故した以前のわたしじゃないよね
たとえ孝志OSが消滅して鈴音OSだけが残ったとしても、
前世が孝志。それを知ってしまったわたし。そして、彼を助けた事実はもう、変わらない。
どうあれ、受け入れるしかない、ということなんだろうか?
べつに嫌なわけじゃない
ないんだけど、わたしは、わたしのことが知りたい。
そりゃ、誰だってどうやって今の自分ができたのか、とか、
詳細なルーツなんて明確に答えられる人は殆どいないんだろうけど
でも、他人の方がわたしよりもわたしに詳しいなんて、それはなんだか情けないじゃない……
思いつめた表情で色々思案しているわたしを見かねたのか
睦月さんは短くため息を吐き
その後、少々めんどくさそうに口を開いた。
「…………そうね、……そこまで知りたいなら…………じゃあ、わたしに勝ったら、教えてあげる」
「……!! ほ、ほんとですかっ!?」
「でもそれは、当然のことだけど、私たちの戦いが実現しないと意味がない。
つまり、どちらの組も、お互いが当たるまでは負けられないってこと、だから」
勝てば……とにかく勝ち上がって、勝てばいいの?
私ひとりだと、正直厳しいのかもしれないけど
でも、わたしはひとりじゃない!
全国レベルの日向部長とペアなんだから!
それに、孝志もいる。
もしかしたらってことも、十分に……ありえるかもしれない!
「…………わ、わかりましたっ! じゃあ、もし勝てたら、お願いします!」
ぺこりと頭を下げた。
「うん……あなたが、あの人の代わりというのなら、期待……してるわ」
「……話し、終わった? 睦月」
「うん」
奥からコーヒーカップを持ってやってきた千里さん。
……あれ? 三つある。 もしかして?
「はいこれー! サービスだよー! ほい、睦月も」
「ありがと、千里」
「す、すみません! あ、ああ、ありがとう、ございますっ!」
びっくりした!
まさか他校の生徒にコーヒー奢ってもらえるなんて、思ってなかったから
手渡されたカップからは、挽きたてのとてもいい香りが漂っていた。
「ねえ、向こうにウッドデッキあるから、そこでお喋りしようよー」
「え……お喋り、ですか?」
な、なんか、す、凄いフレンドリーに迎えてくださってる!
これはある意味友達になれる、チャンス! なのかも……?
ライバル校ではあるけども、試合以外なら、それも関係、ないよね?
「……あ、でも、この人、お連れさんを待たせてるから」
「あっ!!」
し、しまったあああ!
そうだったー!
あ、いや、忘れてた訳じゃないよ!
一瞬だけ他の考えで頭がいっぱいになってただけだから! ほ、ほんとなんだからっ!
「あ、そうなんだー、引き止めちゃって、ごめんねー」
「す、すみません! お喋りは、またの機会に……是非っ!! ……あ! いただきますっ!」
「あ、うん……」
慌ててカップに口をつける
ズッ……と、少しだけ舌で温度を確かめ
これなら、なんとか……
「……ん、……んくっ! んくっ! んくっ! んくっ! …………ぷはぁっ!」
ちょっとだけ、舌と喉元がヒリヒリした。
「おお、いい飲みっぷりだねー」
「ご、ご馳走様でしたっ!」
「いえいえー、それじゃ、またねー」
「は、はいっ! 失礼しますっ!」
カラン、カランッ
一応はガット張替えの目処は立った。 不確定要素はまだあるけども
とにかく今は、早く探しに行かないと!
カラン、カランッ
……!
「ちょっと、待って」
「あ、睦月……さん?」
なんか、言い忘れたことでもあるのだろうか?
「……あ、あの……こっちも、ひとつだけ、頼んでも、いいかしら?」
「……? はい、なんですか? 私にできることなら……」
「……彼女……さっき出て行った……あなたのお連れさんなんだけど」
「……あ、は、はい……」
みゆきちゃんのことでだよね
睦月さん、最初のイメージと違って、話してみたら割といい人だったんだけど
みゆきちゃんの前ではとことん冷たかったからなあ……
何か恨みでも持ってるんだろうか?
みゆきちゃんだって、たまにちょっときついとこあるけど、とてもいい人なんだけどなあ
「彼女は、その……あなたの秘密については……知っているの?」
「…………いえ、まだ何も、喋ってません」
「そう……」
彼女から、少し安堵の表情が見えた。
「じゃあ、このまま……黙っておいて、欲しい……」
「あ、はあ……」
正直、打ち明けるのにはためらいがあった。 だから今までは言ってなかったんだけど
だけどそれは、なんだか彼女に嘘をついてるような背徳感も常に付き纏ってて、
どうしようかとずっと悩んでいる部分でもあった。
「貴女にも最初に言ったように、知らない方が、いいことも……あるから」
そういえば、確かにそんなこと言ってた。
……あれ? でも睦月さんって、みゆきちゃんのこと、嫌いなんじゃなかったのかな?
「……はい、わかりました。 わたしもこの件に関しては正直なんにもわかってないので
睦月さんから聞くまでは何も判断できないから……だから、そうしておきます。」
「そう……ありがとう」
……? やっぱり、嫌ってない、よね、これは、どう考えても
「でも、念のためもう一度言っておくと、聞かせるのは、あくまでわたしに勝てればの話よ」
「あっはい! そ、それは十分、わかっていますから!」
……あっぶなー! そうだった! もうそんなの忘れて既に聞かせてもらう気満々だったよわたし
「……まあ、いいわ、勝つ気が無かったら、勝負は始まる前から終わってるしね」
「あ、あはは~! ……そ、その、がんばりますっ!」
「それじゃ…………姉さんを、よろしく」
「助かりましたっ! あ、ありがとうございましたっ! でわっ!」
全力全開でお辞儀をした。
そして、私は急いで自転車に乗り込み、ぐっとペダルを踏み込んだ。
「…………」
「…………?」
……ん? 今、最後、何て言ったの? …………確か……?
「……えっ? ……ええ~っ!?」
◇◆◇◆◇◆
「…………ごめんねー、睦月。 本当は、私、
店のマシンでもストリング張れるんだけど、嘘ついちゃったー」
「うん…………なんとなく、わかってた」
「…………あれは、お祖母ちゃんの、マシンだから……
手を抜けない……抜きたくないの……だからー
もしかしたら、睦月のより良い出来になっちゃたら、駄目じゃーん! って、思って……」
「いいの……ありがと、千里」
「……………………勝とうね、相手が誰だったとしても、絶対にー」
「…………うん」
◇◆◇◆◇◆
「はあ、はあ……やっぱり、いない……あ!」
焦りすぎてて、頭回ってなかった。
そうだ! 電話だ。
慌ててスカートから携帯を取り出し、ダイヤルする。
『ぷるるるるる……ぷるるるるる……』
「…………」
『ぷるるるるる……ぷるるるるる……』
…………出ない……
♪~
「……!」
かすかだが、聞き覚えのあるメロディが聞こえた。
首を左右に振り、耳を澄ませる……
「……あ! あっちだ!」
ひとつ向こうの、路地
私は、一旦自転車を置き
隣の細い路地に走って向かった。
…………いた!
「……っ!」




