第七話 紛らわしいから、これから愛娘は「アイムス」と読めばいいんじゃないかな?
「ラフ&スムース 第二章」
カラン、カランッ
ドアベルが鳴り、また誰か入ってきた。
「……あっ!」
しまった! そういえばまだ肝心なこと聞いてない!
……でも、結構時間経っちゃったし、流石にそろそろみゆきちゃんが心配だ。
「いらっしゃ……おや」
「あーいたいたー! なにやってんのよもうっ!
わたしも一緒に行くって言ったじゃないさー!」
「……千里」
「おじいちゃん、こんちゃー!」
「いつも元気だねえ、千里は」
とたんに店主の顔が明るくなった。
どうやら後から入ってきたこの子は、店主の血縁者っぽい感じだ。
「まったくもうー! 次から次へと倉庫から引っ張り出してもらって
オンボロばっかで用具そろえてるけど、
そんなんでまともにプレイできるのかなー?」
「……問題ない」
「そりゃ、おじいちゃん的には店の在庫処分できてありがたいけどさっ!
でもウエアくらいは新しいのにしてよね、女の子なんだからー!」
「……古いのでも、新品だから」
「だーめー! いくらテニスウエアでも、年々おしゃれに進化してるんだから!
そんなウチらのお母さん世代が着てたようなのはだめー!
ちゃんとお洒落してよもうー! ぷんぷん丸だぞー!」
「……うん、わかった」
「あ、それとシューズはマジで駄目だかんねー!
古いのはデザインとか性能うんぬんじゃなくて、
それ以前にもう靴底が劣化して使い物にならないからー!
特にポリウレタンっていう素材のは加水分解って言って
見事なまでにバラッバラ! になるから! 下手したら怪我するよー!」
「了解、そうする」
「……って、誰ー? この子?」
……今頃ですか?
「あ、あの、こんにちはっ!」
とりあえずぺこりと頭を下げた。
「べつに……ただ店で遇ってちょっと話をしただけ」
「……睦月が? 知り合いでもない人と? いきなりー?」
千里という女の子はびっくりしたような顔でそう言った。
そうか、彼女は睦月という名前なのか
「あ、えと、睦月……さん、とはこちらの方からちょっとお話をさせてもらってたんです。」
「なんだやっぱりねー、この子、超愛想無しだからまず無いとは思ってたよー!
でもあんた勇気あるね! この子の話しかけるなオーラは半端なかったでしょー?」
「い、いえそんな……ことは」
あったけどね! きっかけは孝志OSのおかげで何とかなったけど!
……もしかしてこの睦月さん……も、人見知り、なのかな?
そうだとしたらなんか若干親近感、感じるなあ……
まあわたしの場合はどっちかっていうと本当は会話の輪には入りたいんだけど、
面白い話題もなければ話術も無いからできてないってだけなんだけどもね……
あと、度胸も……全然、足りないか
でも、困ったなあ
これじゃあますますあの話はできないよ……
「うーむ、どうやらあなたは、わたし達の敵! のようね!」
千里という少女は、わたしをいきなり指差して、ドヤ顔でそう言い放った。
まあ制服とラケット見たら誰でもわかりますよね
「あ、あははは……いちおうそうなりますかね?」
「やっぱりー! でも安心して! ここで何か物を買う限りは、あなたは大切なお客様だからー!」
「あ、はあ、あ、ありがとうございますっ」
なんか底抜けに明るそうなキャラだなあ、リア充っぽいし
私とは対照的かも
「じゃないとおじいちゃんからおこずかい貰えないしねー!」
あははーっと実に軽快に喋るなあ、この子
「はは……そうですねえ……」
もはや愛想笑いしかできなかった。
鈴音、対人スキル低っ!
「……千里なら、店のストリングマシン、使えるんじゃ、ないの?」
……お!
睦月さんが気を利かせて、なんか言ってくれてる! あ、ありがたい!
「……ん? どったのー? 睦月のラケットなら、いつもわたしが部でメンテしてあげてんじゃんー
わざわざここでしなくても、明日張り替えてあげるよ~う!」
「私じゃないの……この子の、SEPIALONなんだけど」
「ん、んー? ……うわ! いまどきの若い娘にはめずらしー! しぶいね!
こんなん使ってるの、もう他にいないと思ってたのに~」
私の手に持ってるラケットを見て、彼女はけらけら笑いながらそう言った。
「ご、ごめんなさい……」
なんかしらんが謝ってしまった。
「いやいやー! 大丈夫! 仲間だよー睦月と! ほれ! これ見てみー!」
そう言って睦月さんのスポーツバッグを勝手に漁り
勝手に取り出した。
「……あ! ……これは!」
……知っている。 だってこれはまさにこのセピアロンと同世代の……
「YONEX、TS-7000、CARBONEX……」
オレンジ色のそれは、当時の輝きそのままに、時を経てわたしの眼前に現れた。
こちらはカーボンをフレーム外周強化に使用したモデルである。
このCARBONEXが発売し、ベストセラーとなったからこそ、SEPIALONが生まれた。
SEPIALONとは、ほぼコンセプトを同じくした
まさに兄弟(姉妹?)のようなラケットだ。
「どう? どう? すごいぴっかぴかでしょー?
実はこれ、デッドストック! 倉庫に眠ってたのを睦月が見つけたんだよー!」
「本当に綺麗ですね、もう相当年数経ってる筈なのに……」
「……千里」
「でしょー、そしたら睦月、これに合う鯨筋のストリングまで欲しいって言い出して、おじいちゃんに……って、ん? なに睦月?」
「千里……話が、逸れてる……って、言おうと思ったんだ、けど、なんか戻ったから、いい……」
「そうなのー? あ、だから鯨筋をねー、おじいちゃんががんばって探したらなんと! これもあったんよー!」
「……もう買った。 千里、よろしく」
「りょーかいりょーかい! って、あれれー? なんか彼女のラケットも鯨筋っぽくねー?」
「あ、はい……そうです」
「あははやっぱり! でもこれ切れちゃってるねー! 残念! もう在庫は漁った後だからたぶんもう無いよー!」
なんかこの子の話聞いてたら、細かいことは何もかも軽く吹っ飛んでいきそうだなあ……
「それは、実は睦月さんにお世話になりまして、その……」
私は今買ったばかりの包み紙を開けて、千里さんに中身を見せた。
「あれー? 鯨筋だー! って、これうちの商品じゃーん!」
「……半分、分けてあげたの」
「そっかあー! お買い上げ、ありがとうございますうー! って、駄目じゃん睦月! なかなか手に入らないよこれー!」
「いいの、それで千里に、彼女に張ってあげたらって、思って」
「……あ! ……そ、その……お、お願いしますっ!」
とりあえず頭を下げておこう
もしそれだけで張ってくれるのなら、安いもんだ。
「うーん、でもねー、わたしここの機材は使ったことないしー、ここの機材、案外古いんだよねー、
そりゃゆくゆくは、おばあちゃんのかわりにストリンガーやってもいいなっては思ってるんだけどー、
もちろんおこずかいはたっぷりもらうけどねー!」
「おお、我が愛孫よ!
楽しみにしておるぞ、なんなら店も、継ぐかい?」
「ぷっ! やだーおじいちゃーん、それを言うなら愛孫だってばー!
あ、ちなみに店継ぐのは無しの方向で! だって貧乏しそうだモンー!」
「…………ぐふっ!」
この子、基本軽いけど、結構しっかりしてるよね……
しかしそうか、アイソンか……勉強になるなあ……(おい孝志!?)
「でねー! だからわたし、まだここじゃお金貰えるような腕になってないわけ!
もちろん部活のストリングマシンは手足のように使えるよう?
まあそっちでやったらできるけど、ライバル校のは、さすがにねー?」
「で、でしたらっ! ここの機材の、練習台に使っていただいてもっ!」
「破損しても、いいの?」
……うっ!
「あ、あう…………」
そんな急にマジ顔されちゃうと、何にも言えないよ……
「千里の腕なら、大丈夫だと思う……けど」
おお、ここでナイスフォローです。 睦月さんー!
「……ありがと睦月、嬉しいよ。 うーーーん…………でも、どうしよっかなあ~~?」
ごくり!
ここが正念場っぽいな、もう、時間もやばいし
「…………おや? もしかして、あんたさんの学校、日影ちゃんがいるとこかね?」
「!?」
びび、びっくりした! まさかここで店主の口から日向先生の、しかも下の名前が出てくるなんて思わなかったから
「は、はい、ソフトテニス部の、顧問の先生……ですが……」
なんかよく知ってるのかな? まあ孝志もこの店は来てたから
そりゃ彼女がここ知っててもぜんぜんおかしくは無いんだけども……
でも、名前覚えてもらってるってことは、かなり親しい間柄なのかな?
「おお、やっぱりのう! そうじゃと思ったわ!」
「あ、あの……うちの先生が……何か?」
「……なるほど、そうか」
睦月さんが勝手に納得してる。 ……え? どういうこと?
「彼女なら、手張りができるはずじゃよ、うちの家内が懇切丁寧に教えたからの」
「……え? それってつまり…………えっ? …………そうなの?」
わたしは、脱力しながら見えもしない学校の方を遠い目で見つめていた。
どっちが学校の方角かもわかっていなかったのだけれど……
鈴音、フリダシに、戻る……




