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第六話  塩対応



「ラフ&スムース 第二章」








「……あなた、自分が誰だか、わかっているの?」




どくんっ!




「!!」



なにっ!?



…………今、この女は、何を、言った?



歩を止め、ゆっくりと彼女の方を向く


「…………どういう、意味だ?」


そう、普通なら今の彼女の言ってることの意味なんか、

はたから聞いていてもまず何のことかわからなかったろう

取るにも足らない言葉として処理し、そのまま無視することだろう

でも、僕には心当たりが…………あった。 

あったが、それを赤の他人がわかるはずも無いとも思っていた。


「……立ち止まったということは、自覚はあるのね」 


「……言ってる意味が、わからないんだが?」


彼女は、そこでふっと若干呆れたかのような表情を見せた。


「……理解わかったから、そんな怖い顔、してる」


……怖い、顔? 僕が? ……何故? 


…………! 知られたく、ないからか?


「たまにいるの、あなたのような、半端者が……」


半端者……僕のことを、そう呼ぶあんたは…………いったい?


そう言いながら、彼女は僕の瞳をじっと見つめてきた。

吸い込まれそうな綺麗なその瞳は、なんだか妖しく輝いてるようにも見えた。



「…………やはり……居るわね、……心奥なかに……もう一人」



どくんっ!



「!!」



やはり……そうか! 理解わかっているのか……こいつは!!


刹那、僕は彼女の肩を掴もうとした。

何故そんな行動に出たのか、自分でもよくわからない


しかし、彼女は驚いた風でもなく、そのままこちらを見据えたまま、そして


彼女の目が更に見開いたかと思った

その瞬間



カチリ!



「……」


「…………」


「………………えっ?」


「……あれっ? わたし……? ……あれ?? ええ~っ?」


私の中のOSが、切り替わっ……た!? 


「い、いまっ、わ、わたしに ……何をっ?」


「…………」


彼女は特に反応しない

ただ、こちらの様子を伺っているように思えた。


「ええっと…………あ、あの……その……」


いきなりのことで、どう対応したらいいのかわかんなかった。


「…………」


彼女はただ、じっとこっちを見ている

わたしはといえば、……めっちゃ動揺して緊張してきていた。


「……は、はわわ!」


わたしは目がぐるぐる回りだした。

どど、どうしてこんな状況に?

と、とにかく疑問をぶつけてみないとっ!


「あ、あなななた! ……わたっ、わたしをいま何にしてらっしゃったんでしょうか~~っ?」


……あれ? 今のちゃんと日本語になってたよね?

あう! そ、そんなに見つめないで! わたし初対面の人は苦手なんだよう!


「…………」


何も喋ってくれない~~……

こ、怖いよう! この人無言で何考えてるのかわかんないよお~っ!


それでもさっきまでは私それなりに応対できてた気がするのに……

た、助けて孝志OS! あんたがこの状況作ったんでしょう? 

いったいどこいっちゃったのよう~!

 

自分の顔がどんどん真っ赤になっていく感覚だけがあった。

もはや生きた心地すらしていない


……はっ! ……そうだ! 逃げよう! うん! それしかない!


「あ、あれれ~? そ、そういえばわたし、

消えたみゆきちゃんが追いかけようとして出て行かねばならんかったんだよ!

い、行かねば~~! ご、ごめんなすって! それじゃあまた~!」


言い訳しながらそそくさと出て行こうとしたとき


「……ちょっと、落ち着きなさい」


逃がしては、くれなさそうだった。


「…………あい」


しょんぼりしながら私は返事をした。

でも、やっと喋ってくれた。


「一応聞くけど……今までの、話の流れは、わかってるのね?」


「…………あ、はい…… ……?」


どういう、意味なんだろうか?


「……今まで、勝手に身体が動いたり、夢遊病のような症状が出たり、

自分の意に反した言動や行動を取っていたことは?」


「……はい……あ、い、いえ! そんなことは、な、ない筈です! たぶん……」


そう答えた私の瞳を、ずっと覗き込むように凝視しながら


「…………本当に?」


そう言いながら、何かを確認しているようだった。


だって……そりゃもちろん、OSが切り替わったからって

べつに私の意識が無くなってるってわけじゃ、ないから……


……どう、言ったらいいのかな?

例えば、大人の人が、お酒を飲むと陽気になったり泣き上戸になったりするようなものなのかな?

それの、上位互換みたいな?

こう、気分が変わるというか、普段思ってることを、

いつもなら表面に出さないことが出せてるような……

だから完全に私が私じゃなくなってるってわけではないとは、思うんだけど……


あ、でもそれだけじゃ説明つかないこともあるよね

だって、孝志OSの時はちょっと女性に対して欲情しちゃうこともあったし……


…………ん?

それもわたしが潜在的に持ってる望みってこと……なのかな?

元々が男の子の生まれ変わり、だから……?


え……それってわたし、それじゃあ今まで女の子として無意識に「演技」してたってことにならない?

実は、幼い頃から意識の深部ではやっぱり孝志は存在していて

無意識のうちに「女の子はこうだ」と思い込み、

”無意識に意識して”女の子を演じていた……という可能性は、まったくないのかな?


……い、いや、そ、そんなことはない、よね!?

だって、少なくとも「今」のわたしは、他の女の子を性的な目で見たりなんか……


「…………」


そう思いつつ、今現在対峙している少女の全身を凝視してみた。


……体格は、私とそう変わらない小柄な感じだけど、ちょっと細身で……

でも、けっして女性らしいラインをしていないわけでもなくて

すごく、十分に女の子らしい体つきをしていると思う


そしてたぶんこの人、わたし以上に髪の毛も身体や肌のケアもしてない感じはするんだけど

素となる顔立ちはとても整っていて、今はまだ幼さがあるけれど、

これ将来は絶対誰もが見惚れるような美人さんになるんじゃないかな? と思う


……でも、だからと言って今の私が彼女を抱きしめたい、とか

裸を見たい、とか、そんな情欲的なものは特には無い……気がする。

興味なら少し、あるけども……


うん、でも世の中には酔っ払ったら誰彼構わずキスしまくるキス魔とか、さわり魔とか

普段おとなしいのにケンカ腰になる人とか、色々いるからなんとも言えないなあ……

まあべつにわたしは酔っ払ってるわけじゃないんだけども


う~…………やっぱよく、わかんないな……


「…………なに?」


全身を舐め回すように見てたせいか、彼女の眉が僅かに八の字になっていた。


「あわわ! ご、ごめんなさい! や、やっぱ断言は……できないです!

……でも、本当に自分がやりたくないことは、たぶんやってないと……思います」



ほぼ無表情ではあった彼女だが

僅かにため息を漏らすと


「……そう、それが、本来のあなたなのね…………」



……? え、なにそれどういうこと? なんか勝手に納得してるみたいだし?

そもそもこの人、なんで初対面で「こっち」の方が本来の鈴音だってわかるのかな?

凄く気になるんですけど! 色々と、聞いてみたい!

……でも、今は時間が……


♪~


「……!」


スカートのポケットから携帯の着信メロディが流れてきた。

慌てて取り出し、発信者を確認する。


「! み、みゆきちゃん? ちょ、ちょっとごめん!」


一応目の前の彼女に断りを入れてから携帯を受信した。


「みゆきちゃん!? いま、どこ? だ、大丈夫?」


『……鈴音』


「今から行くから! そこでじっとしてて!」


『……ガットは、買えたの?』


「そ、そんなのいいから! 一緒に帰ろっ!」


『……駄目よ、駄目もとでもいいから、ちゃんと交渉してみて。

ちゃんと話せば、彼女はけっして……そんな……わからずや、ではない、はず……だから……』


なんだか語尾がどんどん小さくなっていってるんですけど、

そ、それはともかく!


「だ、だからっ!」


『……少し行ったところで、待ってるから』


「……あ……」


待ってて、くれてるんだ。


『ごめん、なんだかちょっと気分悪くなって、外に出てきたの』


「だったら、なおさら一人じゃ駄目だよっ!」


『もう大丈夫、ぜんぜん余裕で平気だから、心配しないで』


「みゆきちゃん……」


『それよりも、お願い、私のせいで、チャンスを逃さないで』


う、痛いとこ突いてきたな……そう言われるとちょっと、困るんだけど


「でも……」


『後悔だけはして欲しくないの、鈴音には……』


つまり、交渉続行せよとのご命令ですね?


「……う、うん………………わかった。 

じゃあ、ちゃんと、待っててね!」


『うん、がんばって!』


彼女はそう言うと、電話は切れた。


どうやら、とりあえずは心配は無さそうかな……気を使ってくれてるだけかもしれないけど……

けれど、ちょっとでも時間ができたなら、これはありがたい……のかな?

鈴音OSでイマイチというか、まったく自信は無いけれど

ここは、どうにか勇気を振り絞ってでも


「…………い、色々と、聞きたいことが、あるんですけど……?」


「……そういえば、”本題”の方が話の途中だったわね」


……え? 今の話はもう終わっちゃったの?

彼女の方はなんかもう納得しちゃったみたいだけど、

こっちはぜんぜんまったく意味わかってないし……


交渉も、もちろんするつもりではいるけれど

どちらかといえば今の話の方が私には重要っぽい気がするんですけど!


「あ、あのっ! ……さっきの話……は、それだけ……なんですか?」


「…………」


「わ、私があなたの質問に答えて…………それで、終わり、なんですか?」


「…………そうだけど?」


「わ、わたしっ! し、知らないことだらけなんですっ!

あんな質問をしたということは、あなたは絶対、なにか知っているんです……よね?

それを、教えて欲しいんです!」


「…………今のところ、特に危険は無さそうだから……もう、いいわ」


ええっ!?


「い、いや! でも……」


「無理に知る必要はないわ…………それに、彼女を……追いかけるんでしょう?」


「あ、あう…………そ、それはそう、です……けど……」


どうやら、教えてくれる気は無さそうだ。

まあ、確かにあまり時間は取りたくないんだけれど……

けど、答えがそこにある気がするのに、そこに辿り着けないって

なんか凄くモヤモヤするんですけど……


「……じゃあ、本題」


し、仕方ない! とりあえず、交渉を先に済ませて

後で、どうにかして彼女の連絡先なりなんなりを聞いてみるとか、

その辺なんか、考えてみよう


「は、はい……では、どうぞ」


とにかく話を円滑に進めるため、腰を折らないよう会話を促してみた。


「……あなた、彼女の代わりに試合、出場するのね」


「……! はい……よく、わかりましたね」


察しがいいな、この人

確かに部長の名前出して、その人とペアって言ったら

そりゃ考えたらわかることなのかもしれないけど……

これってそれなりに、ウチもマークされてるってことだよね?

まあ、部長がいるから当然ではあるか


「大変ね……彼女と組むということは、かなりの重責を強いられることになるわ」


「……う、そ……それは、わかってる、つもり、ですけど……」


あらためて言われると、急にズーンと何かがのしかかってきたような気がして頭をたれる。


「…………いいわ、……丁度4セットあるみたいだから、半分こ、しましょうか」


バッ!


落ちた頭が、速攻で戻ってきた。


「え、いいんですか? ……ほ、ほんとに?」


「ええ」


「え、でも、さっきは……敵に、塩を、送らないって……」


「……団体戦は、誰と当たるかわからないから……

相手の戦力をアップさせて、もし味方がやられたら、それで負けになるかもしれないし……

でも、ひなのさんと組むと言うのなら、順番はたぶん、決まってるから」


「…………」


正直、わたしにはわからない。


初心者の私には難しい話だったが、おそらく過去のデータで目星が付いてるのだろう

孝志の記憶からしたら、これも戦略の一環だから普通は特に順番は固定されてないはずだけど……


「―――彼女は、過去全てにおいて、最後に出て、必ず勝っていたわ」


「!」


……そうなんだ。 勝負を決する最終戦ってプレッシャーも凄いみたいだけど

それを敢えて決め込んでやるってことは、相当の自信と責任感がないと、できないこと……だよね?

まだ部長と一緒に練習したことは無いけど、これはかなり気を引き締めなおさないと、やばいかも?


「そして、もしその相手をすることになるのなら、それはもう、決まっているから」


「……! ……あ、貴女が、団体戦の大将戦に出てくる……と?」


「……だから敵に塩を送るのも、全部わたしの責任。 他の味方がやられる心配はなくなったから」


この人のペアはつまり、対日向部長専用の……秘密……兵器……?


でも、この人まるで今までの試合全部見てきたかのように聞こえたけど

いったい何年生なんだろう? わたしと同じくらいに見えるんだけど、

でもみゆきちゃんと言い合ってたくらいだし、大将戦に出るくらいだから、

少なくとも2年生かそれ以上なのかな?


それでも……


「……一応、お礼は言っておきますけど……でも! 

いい、言っときますけど、負ける気は、ないですからね!」


「負ける気で来るなら、最初から分けてあげないわ、

それとも、分けてあげたら負けてくれるの?」


「ぐ! ……な、なんかややこしいですけど、た、確かにそりゃそうですよね」


「遠慮しないで全力で来て、……もちろん、負かしてあげるけど」


「は、はは…………折角のご厚意で譲って頂けるので、せめて恥ずかしくない戦いをしたいとお、思います!」


愛想笑いをしながらちょっと折れてしまった。 やっぱわたし駄目だなあ、精神的に、弱い……


けど凄い自信……これはつまり少なくとも部長が去年と同じ戦力だったとしたら

勝てる自信があるっていうこと、だよね? 


…………なら、もしこれがみゆきちゃんだったら?


「……本当は、ウチの先輩が出れたら、一番良かったんですけど……」


「…………」


彼女は何も言わなかったが

一瞬、ほんの少しだけ、視線を下に向けた。


「でも、精一杯がんばります! その時はどうか、よろしくお願いします!」


「…………ええ」




ペコリと挨拶して奥に引っ込んでる店主を呼び出し会計をしてもらった。


……のだが!


「……ああ、すまんがガット張りなんじゃが、実は長年連れ添った家内が今までやっておったんじゃが……

この春にな、ポックリ逝ってしまっての……今はできない状態なんじゃよ」


「? …………ふえ? ……え?? ……えっ???」


孝志の記憶に残ってる、あのおばさん……が、亡くなった? ……マジで?


……え? ……んな!? なん、ですってーっ!?


亡くなった件に関しては、ご冥福をお祈りいたしますが…………が!


なんでこう、次から次へと難関が? もう、嫌ーーっ!!


……あ! でもそしたらこの人だって同じなんじゃ……?


「……あ、あなたはガット張り、どうするんですか?」


一応僅かな希望に賭けて聞いてみた。


「……ウチは部にストリングマシンが、あるから……」


「……そ、そう、なんですか……」


がっくり!

流石にライバル校にガット張ってもらうわけにも、いかないよ、ねえ……


……ほんとこれ、どうしよう?









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