第五話 rival
「ラフ&スムース 第二章」
店の入り口で立ったまま、僕らと同年代と思われる少女は、動かなかった。
それだけで、絵になっていた。
ただ古い建物の出入り口に立っているだけなのに
もし僕が芸術家や写真家なら「そのまま動かないで!」と言って
モデルさんになってもらっていたことだろう
その美少女は、ちょっとつり目で、物静かな感じだが、どこか陰がある表情をしていた。
そしてそれは、なんとなく、どこかで……見覚えがあるような気がした。
でも、少なくとも鈴音とは面識はない……はずだ。
じゃあ、孝志? ……いや、そもそもこんな少女に知り合いはいない。
ただの……気のせいなんだろうか?
しかし、制服にははっきりと見覚えがあった。
この制服は、そう、元々孝志の通っていた公立中学校のものだ。
「……こんにちは」
表情を変えずに、彼女はひと言そう言った。
しかし、その視線の先は……ある一点に向けられていた。
「な……なんで……あなたが……ここに?」
ぶるぶると震えながら、青ざめた表情で問いを投げかける
「ちょっ! だ、大丈夫!? みゆきちゃん!」
どう見ても尋常じゃない彼女の態度に、僕はあわてて彼女を抱きかかえた。
どちらかといえば気の強い方のみゆきちゃんが、まるで、怯えた小動物みたいになっちゃってる……
これは……彼女を見てこうなったってえのか?
つまり、みゆきちゃんと、彼女は……知り合い?
それも、徒ならぬ関係……だってこと、なのか?
カツ……
彼女は、無言のまま歩き出した。
カツ、カツ、カツ、カツ……
このボロい店舗の床を、僕らはぎしぎしと歩を進めてきたのに対し
彼女はじつに軽快に店主の前まで足を運んできた。
「……頼んでいた物は、ありましたか?」
「お、おお……それなんじゃがな……」
店主は棚から鯨筋のガットを持ってくる
「このとおり、在るには在ったんじゃが……」
「……?」
店主の言葉に疑問を感じた彼女は、チラッとこちらを見てきた。
僕とも、一瞬だけ目が合った。
どくんっ!
「!!」
な……なんだっ? この娘……?
なにか……言い表せないが……なにかが、普通と……違う……?
「なにか、問題が発生したのですか?」
「あ、ああ、わしも悪いんじゃがの……ちょっとの間、店の棚にこれを置いておいたんじゃが、
ちょうどこのお譲ちゃん方が見つけなすっての……」
「……売って欲しい、と言われたと?」
気まずそうに、こくりと無言でうなずく店主
「…………」
少し、俯いて黙り込む少女
いつもだったら、ここらでみゆきちゃんが何か言い出して交渉してくれるんだろうけど……
僕の彼女を支える腕からも、ハッキリと、彼女が震えてるのがわかった。
「あの……」
仕方が無いので(という言い方もみゆきちゃんに失礼か、元々僕の買い物なんだし)
僕が口火を切った。
「…………これを、見て欲しいんですが……」
と、言いながら僕はラケットのジッパーを開けた。
「! ……それは」
彼女が僅かに反応を示した。
「ご覧のとおり、このラケットも鯨筋のガットを張っていたんですが、ついに駄目になってしまいましてね」
「……TS-8000、SEPIALON」
「……! よく、ご存知で」
めずらしい子だな、まさかこの年代のラケットを、一目見ただけで言い当てるなんて
「……いいラケットを、使ってますね」
……!
「で、でしょ~? このラケットの良さがわかるとは、あなたなかなかお目が高い!」
褒められた! 僕らと同年代の子に、これって初めてじゃないか!?
嬉しいなあ~
「……確かに、このラケットには鯨筋がマッチしてるかもですね」
お、これは、この流れならもしや……?
「で、ですよねえ~?」
僕は期待に胸を膨らませ、商売人のように手をモミモミスリスリしながら次の言葉を待ち構えた。
なにやら長引きそうな気配を感じたのか店主は
「交渉が決まったらまた声をかけてくれ~、中で休んどるから」
と言い残して奥に引っ込んでしまった。
どうやら奥が居住スペースか休憩所のようになっているみたいだ。
……どうでもいいが、万引き対策とかちゃんとしてるのかね? この店、ちょっと心配。
……さて、一応こちらの困ってるよアピールはしてみたんだが、
どう出るかはまあ彼女次第か……
しかし彼女の視線は、僕の隣の人物に移った。
「…………わざわざ、貴女に遇わないようにこの店を選んで来てたのに……」
「……え?」
小声で独り言のように言った為か、いまいちよく聞き取れなかった。
彼女は次の瞬間、またこちらに振り返り
「残念だけど、敵になるかもしれない貴女に、塩を送るつもりは……無いわ」
「!!」
「貴女、隣町の私立校でしょう? だとしたら緒戦の方で当たる確率は、かなり高い」
「…………そ、それは……」
「その必死さから見れば、あなたが次の試合に出てくるというのはなんとなくわかる」
す、鋭いな、この子……
「わざわざ相手の武器を強力にしてやる御馬鹿さんはいないわ」
「…………」
黙るしかなかった。 確かにそのとおりだからだ。
こりゃあかんな、取り付く島もなさそうだ。
「……鈴音は、強いわよ」
『!』
さっきからずっと僕の後ろで黙っていたみゆきちゃんが、初めてこの娘に話しかけてきた。
「しょ、正直、貴女の今の実力なんて、わたしは知らないわ……
同じ部活に入ってたことさえも知らなかったし……
貴女のことだから、とても上手くはなってるんでしょうけどね、
でも、この子だって始めたのはたぶん貴女と同じくらい……だけど、
既に才能の片鱗を見せ始めているわ
だってこの子は……日向ひなのと、ペアを組むんだから!」
「……!」
「分けてあげられないのは、やっぱり怖いからかしら?」
元気が無いなりにではあるが、みゆきちゃんは不敵に笑って見せた。
挑発……してるのか?
やはりこの子とみゆきちゃんは、過去になにかあったのか、因縁めいたものをひしひしと感じる。
そう言われた彼女は、みゆきちゃんの方を冷ややかに見つめると
「……その、足は?」
「! ……わたしなんかのことは、どうだって、いいでしょ!」
少し気まずそうに、怪我してる方の足を引いた。
「……そう、残念ね……今回は、貴女とは対戦できそうにないのか……
同じ土俵で勝負しようと思ったんだけど、そのざまじゃ、無理のようね」
「っ!」
「…………苦労してるようね、一度失敗すると……」
「なっ! こんなところで、何をっ!!」
……? ……失敗? 何を? 怪我のこと、なんだろうか?
「……心配、要らないわ」
「……!! え、それって、どういう……?」
「貴女は、もう好きにしていいって、ことだから」
「…………ちょっと待って……! 貴女…………まさか?」
何を言ってるのかさっぱりわからない
この二人、過去に一体、何が?
「……何のために私が里に行っていたか位、貴女ならわかっていたでしょう?
安心して、あとはわたしがするから」
「で、でもっ! あなた、あなたはっ!」
「問題ない、何も……問題、ないわ」
「……~~~~~」
みゆきちゃんはワナワナと震えだし、唇を噛み締め下を向いてしまった。
それを見ていた彼女の表情自体は、とても冷たいものではあったが……
少し寂しげで、そして何故だかどこか暖かさも感じられたような……気がした。
「……さて、本題に入りましょうか?」
「……え? 本題?」
僕は急にこちらに話を振られたので一瞬何のことかわからなかった。
「一旦は回答を出したのだけれど、そうね……どうやらあなた……」
カラン、カラン!
ドアベルが鳴る
何気にその方向に振り向いてみると
「…………あっ! み、みゆきちゃんっ!?」
僕に何も言わずに、出て行った? あの足で……?
普段のみゆきちゃんなら放っておいても大丈夫だろうが、今の状態はなんだかまずい気がした。
「……ちっ」
「待ちなさい! 話はまだ途中よ」
慌てて追いかけようとする僕を彼女は制止しようとしたが
「いや、もういいよ! あとは自分でなんとかす」
そう言ってドアに手をかけ出て行きかけた時、
まったく予期することもできなかった台詞が僕の耳に入ってきた。
「……あなた、自分が誰だか、わかっているの?」
どもこんばんわ、新田です!
なんとなく、タイトルを自分が綴りも知らない英語表記にしてみましたw
いや、なんかカタカナや漢字表記だとありふれてるじゃないですか~
まあ言葉にしてみたら同じ事なんですけどね
さて、話は変わりますが
このラフスムもいつの間にか総合評価が100突破目前となってきましたね!
実際これが平均よりも多いのか少ないのかはよくわかってはいないのですが、
これもひとえに皆様の応援のおかげだと思っております。
本当にありがとうございます!
これからもどうかよろしくお願いします。




