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第四話  鯨筋(げいきん)

「ラフ&スムース 第二章」







「…………あっ……た!」


自転車押して半時間ほどは経っただろうか?

方向は若干違うが、距離的には春菜の自宅に行くのとそんなに変わらないくらい歩いたことになるのか、

怪我人が普通に徒歩で来るような距離じゃない

ν伊達じゃない号が奇跡を起こしてくれたようだな、ふふ……


「……はえ~こんな所にね……確かに、古くて寂れてるけど、スポーツ店っぽい店構えをしているわね」


木造ロッジ風のこの建物は、一体何年前に建てられたものなのかは僕にもわからないが

周辺には特に他には店舗も無く、ただぽつんとその場に鎮座していた。


大き目の木々が周囲に幾本か植えられており、まるで森の中の一軒家のようにも見える

非常に趣のあるたたずまいだった。


外観は以前のままだが(もちろん経年劣化でくたびれては来てるが)……はたして、今も営業してるのだろうか?


『ごくり!』


僕らは、意を決してドアノブに手をかけてみた。


がちゃっ


カラン、カラン……


ドアに付いてる鐘……確かドアベルと言ったかな? の音が店内に鳴り響いた。


「あ、開いてる……!」


僕らは顔を見合わせ、互いにニタリと笑った。

(って僕たち泥棒かよ!)


「「……こんにちは~」」


一応挨拶しながらそろりと店内に侵入する

しんと静まり返った店内だったが、どうやら営業はしているようだ。

大半が古いものばかりではあったが、ちゃんと棚には商品が並んでいた。


「……変わって、ないなあ~」


すごく懐かしい感じ

本当に孝志が中学時代、来た時のままタイムスリップしたみたいだ。


流石に商品ラインナップまで当時のままとはいかないが(もしそうならとっくに潰れてるよ!)

店内レイアウトとか雰囲気はそのままで、まるで自分が若返ったような錯覚を起こした。


……ちなみにここ、突っ込む所だから!


「鈴音、やっぱここ来たことあるの?」


「ま、いろいろあるんですよ~僕にも」


ニヤリと笑い、変なごまかしはやめてちょっと謎めいたことをわざと言ってみた。


「うそ……わたしの知らない間に鈴音がこんな所まで大冒険してたなんて……信じられない!」


「いや、大冒険って……結構ここ近所だよ?」


みゆきちゃん的にはなんかショックだったみたいだ。

そこまで僕、金魚の糞みたいだったっけ?


…………


しかし、静かだ。

店員さんはいないのだろうか?


シン……と静まり返った店内に、

僕たちの床を踏むギシギシという木の軋む音だけが鳴り響いていた。


「へえ~、狭い店舗なのに、結構色々と物置いてあるわねえ……」


野球道具はもちろん、水泳、バスケ、卓球、陸上、バドミントン、バレー用品と

大体のメジャースポーツは網羅されている、それに、一般のスポーツ店ではあまり見ない物まで……


「あ、すごい! 剣道の防具に竹刀までもあるよ! みゆきちゃん!」


ピクリと、一瞬、みゆきちゃんの身体が硬直したように感じた。


「……あ、そ、そうね! ほ、ほんとだ! なんでこんな一般のスポーツ店にね、

だ、だいたいはこういうのは取り寄せか、専門店で買うんだけどねっ」


「ふ~ん、そっか~……、そういやさ、みゆきちゃん、今も剣」


「あっ! あっち! あっちがテニス用品っぽいよ! 鈴音!」


「あっ、うん……?」


ぎしぎしと床を鳴らしながら移動する


「……それでさ、みゆきちゃん、今も剣道、やってるの?」


「…………ん? ん~~…………どうか、な~?」


「僕も一時期だけだったけど、茶道習うって我侭言って一緒に道場まで通ってたこと、あったよね?」


「……そう、ね……そんなことも、あったよね……」


「あれ実は、ただ単にみゆきちゃんと一緒に習い事に行きたくて、でも剣道みたいなのは僕は怖くてできなかったから

お隣の茶道教室に通ってみたんだけど、ほとんどみゆきちゃんといられないってわかってすぐに辞めちゃったんだよね~」


たははと笑いながら話す僕。

まあ確かに鈴音には剣道は無理だったろうなあ性格的に

孝志OSならまだなんとかなりそうだけど


「…………」


「たまに道場の方覗き込んでたんだけど(寂しくて)、あの時の竹刀振ってるみゆきちゃん、かっこよかったよな~」


「…………」





回想中



「はい、それじゃあ、山桃さん!」


「……う、うう……」


「…………ん? 山桃さ~ん?」


「うあ、あうう~~……ごめんなさい~、わたし、こんなに長く、正座やったことなくて……

あ、足が痺れて……も、もう、うごけません~~ううう」


わたしは半泣きで、というか、ほぼ全泣きで先生に訴えかけていた。


「……はあ~~…………わかりました。 山桃さんはまだ来たばかりで慣れてないでしょうから、

そうですね、ちょっと休憩してきなさい」





「……はあ~、やっと足の感覚が戻ってきたよ~」


なんとか泣き止んで、わたしは縁側で足を伸ばしてくつろいでいた。

 

でも、先生に開放され安心して休憩しようと立ち上がった瞬間は本気でやばかったよね。 すぐこけたし。

今までずっと停滞していた血液が一気に足に流れ込んできて、もはや足の痺れなんかは軽く通り越して

本気で気分悪くなった時はマジで泣いてしまったんだけど……それもやっと、落ち着いてきた。


「うう……かっこ悪いなあ……」


自己嫌悪


「わたしって、正座も満足にできない子だったんだなあ……」


「はあ……まさか茶道がこんな苦行だとは思わなかったよ……

ただわたし、みゆきちゃんと一緒にいたかっただけだったんだけどなあ……ぜんぜん姿も見えないし……ぐすん!」


パーーーンッ! パンッ!


「……ん?」


遠くでなにやら景気よさそうな軽快な音が響いていた。


スパーーン!


「やあっ!」


パパン、パンッ!


「はっ! ふっ! せえっ!!」


パン、パーーーン!


「この、声は……! ……みゆきちゃん!?」


がばっと体を起こし

わたしは裸足のまま縁側を降り、十数メートルほど先の建物、道場に辿り着き、そのまま窓の格子に張り付いた。



「いやあああああああああっっ!!」



パアアーーーーーン!



「う、うわあ~っ! すごい!」


みゆきちゃんの苗字「深山みやま」と書かれた防具の人が

自分よりも大きい男子? 相手に見事に面を一本取っていた。


「みゆきちゃん、凛々しい! え、うそ! つぎつぎと男の子の剣士さんを相手していってるよ~」


「どおおおおおおっ!!」


パーーーーーン!!


「わっ! また! うそ、まただ! つよい! つよいよみゆきちゃん! すごい、かっこいい!!」 


「はあっ、はあっ…………次っ! 次、お願いしますっ!!」


乱れた呼吸を整える間も空けず、連戦で戦い続ける彼女。

それはまるで、あえて自身を痛めつけているようにも受け取れた。


言うなれば戦場で己一人、単身敵地に突入し戦ってるのかと見紛うほどだ。

玉砕することも一切恐れずここで命を燃やし尽くしても構わないとばかりに鬼気迫る気合を放つ彼女。

それでも動きは衰えることなく、道場にいたほぼ全員との立会いを敢行していた。


わたしは時間が経つのも忘れ、ほぼ最後の方までずっ~と見入っていた。


そして……


「はあっ……はあっ……はあっ…… つ、つぎ……次! お、おねがい……しますっ!!」


「わ! ……これ、もしかして、残り、あと一人……? 

この相手の人を倒したら、もしかして、もしかすると全員やっつけたことになっちゃう?」


彼女の眼光は一切衰えていない

むしろ、いままで以上に鋭い視線を相手に向けていた。


わたしは格子に張り付いたまま勝手に盛り上がりすぎて、

柄にも無く勇気を振り絞って声援を送ろうとした、が……その時


「み、みゆ!「山桃さあん?」」


びくっ!


わたしの名前を呼ぶ声が、聞こえた。

しかもこの声は、つい最近……というか今さっきまで聞き覚えのある声だった。


「…………」


もう振り向かなくても大体察しはついていたが

恐る恐る振り返ると、そこには般若のような顔をした、人? が立っていた。


そのあとはご察しのとおり、引き戻されたわたしは

小一時間は大目玉をくらってそのあと正座の特訓をさらに二時間近くさせられ

半べそで帰るはめになったんだけどね

当然のことながら、その日はみゆきちゃんと一緒になんか、帰らせてくれませんでした。










「……本当に強かったよなあ、めっちゃかっこよくて、

もうヒーローにしか見えなかったもんなあ~」


「…………見てたんだ……」(ぼそ)


「あと一人のとこまでは見てたんだけどな~、

最後の相手はみゆきちゃんよりも背が低くてあんまり強そうじゃなかったから

全員抜きできたんじゃない? 最後まで見たかったなあ~」


「……鈴音」


「そういえばみゆきちゃん、みゆきちゃんはどうして剣道部には入らなかったの?」


「鈴音っ!」


「ん?」


「………………今は私、こっち(ソフトテニス)一本に、集中してる……から!」


「う、うん。 …………?」


あれ? なんかみゆきちゃん、ちょっと機嫌悪い?

……気のせい、かな?




(テニス用品コーナー)


古びた紙で書かれたそれは、昔は色鮮やかに描かれたものであったのだろうが

今は色褪せ薄汚れていたせいもあって、ただ文字を解読するのですら少々時間がかかる有様だった。


「どうやらこっちがソフトテニスのコーナーみたいね」


「あ、うん」


一応はちゃんと硬式とは分かれて商品は並べてあるようだ。

そうじゃないと初心者にはマジでよくわかんないだろう


そんなに多くの種類を置いてるわけではなかったが、一応最低限のものは揃っている感じだった。


僕は大きく息を吸い込む


「すう~~……はあ~~~……」


「……懐かしい、このストリングの独特の匂い……香り……いいなあ……好き!」


前のスポーツ店では味わえなかったこの空気感!

いいなあこれぞスポーツ店の醍醐味!


さっきは入店してすぐカウンターレジでカウンター食らって終わっちゃったから、殊更感慨深い。


「どれどれ? 最近のストリングってどんなんかな~?」


商品の棚を端から順に眺めていくと……


「ふむふむ……へえ~、最近はナイロンだけじゃなくポリエステル製品も結構出回ってるんだなあ~……」


どのジャンルでも言えることだけど、やっぱり年々少しずつ進化してるんだなあ

それが、ふた桁年数単位にもなると、やはり顕著にわかってしまう。


もし昭和に生きていた人間が今の世の中にタイムスリップしてきたら

きっとこんな驚きの連続なんだろうなと

ただのストリングを眺めながらも想像して感心してしまっていた。


視線を上から順に下段の平積みの方までゆっくりと移していく


「…………ん?」


なんか、違和感


「…………あっ!?」


そんなに商品の回転の速い方の店では無いみたいなので

瞬間的には気がつかなかったのだが、

それでも、明らかに、ポツンと一箇所だけ

どう見ても年代の違う異色のモノが混ざり込んでいた。


「……ま、まさか…………これ?」


信じられない! 有る所には、あるもんなんだな!


「鈴音? ……もしかして、これが?」


「そうだよっ! 間違いない! これ、鯨筋のストリングだよ!」


おそらくかなりの長期在庫なんだろう

パッケージは既に黄ばんでいて、ところどころ印字もかすれていた。


なんという奇跡!

ν伊達じゃない号にサイコ○フレームでも搭載されていたのだろうか?

僕とセピアロンと、この鯨筋を結び付けてくれたんだね!

ありがとうチェー○! 君の死は無駄にしないよ! そして氏ねハサウ○イ!


「やったじゃん鈴音! これで完璧元どおり! 

……ううん! 最高のパフォーマンスが引き出せるわ!」


「だねっ!」


僕達が諸手を挙げて喜ぼうとしたとき



「ああそりゃすまんの、もう売約済みじゃよ」


『!!』


ばっ!


突然の背後からの声に、僕らは驚いて振り向いた。


そこには、初老の男性が立っていた。

どうやらここの店主のようだ。


この店に孝志が通ってた頃はおじさんおばさんの夫婦2人でやっていたと思うのだが……

なるほど、確かにそのおじさんの面影が今も残っている


「こ、こんにちは!」

「お邪魔、してます」


真後ろに立たれるまで気配を感じれなかった僕らは、まだ少し動揺を隠せなかったが、がんばって挨拶だけはした。


「……やっぱり、駄目ね……わたしは……」


ぼそりと、みゆきちゃんが目を伏せてそう言った。


「……?」


みゆきちゃんがなんか落ち込んでる。 どうしたんだろう?

いや、今はそれよりも


「あのう……これって、もう売れちゃってるんですか?」


先ほどの言葉の真意を確かめるべく、聞き返してみた。

まあ真意も何も、まんまの意味なんだろうけど


「ああ、それはさっき、倉庫から探して見つけてきたものでな、とりあえず無くさんようにと商品棚に置いておいたんじゃわ」

 

つまり、どうやら先客がいたようで

その客の依頼でこの鯨筋ガットを在庫から探し当て、ここに仮置きをしていただけらしい


まあそりゃそうか、いくら細々とやってる店とはいえ

鯨筋ガットなんてものはマニアも狙ってるだろうから

店頭に置いてあったら速攻漁って持っていかれてただろうしな


でも


「えと、これって3~4セットほどはあるように見えるんですが

全部売約済み、ってことなんでしょうか?」


一応、一縷の望みに賭けてみた。


「まあ、そうじゃろうなあ……あるだけ探しといてくれと言われただけで、数までは指定されてはなかったが……」


「じゃ、じゃあ!」


僅かに光明が見えた


「じゃが先約には違いないからの、勝手に分ける訳にもいかんじゃろ」


……気がしただけだった。


「は、はあ……そうですか……まあ、そりゃそうです、よね~?」


残念だが、鯨筋は仕方が無い

それよりも肝心なのは


「お願いします!」


!?


「み、みゆきちゃん?」


「お願いします! どうか、ワンセットだけでいいんです! この娘に分けてあげてくれないでしょうか?」


「しかしのう、お嬢ちゃん……」


「この娘のラケットは借り物なんです! そのガットを切ってしまって、このままじゃ返せないんです! どうか!」


「う~ん……困ったのう……これでもうちは誠実な商売を売りにしとるんでのう……」


「みゆきちゃん! いいよっ、これは僕の問題なんだから、みゆきちゃんがそこまで頭下げなくてもっ」


孝志のラケットのためにそこまでしてもらうのは、いくらなんでも気が引けた。


「でも、折角、ここにあるのにっ!」


「いい、いいから! もう普通のガットで構わないよ。 べつにラケット自体は一緒なんだし、ちょっと打球感が変わるだけだから」


「でも、鈴音ぇ……」



カラン、カランッ



ドアベルの音が鳴り響いた。 つまり


「いらっしゃい……おお、噂をすればじゃの!」




そこには、僕らと同じ年代の少女が、立っていた。



「……っ!!」




がたーーんっ!!




……えっ?


振り返ると、みゆきちゃんは床に尻餅をつき、青い顔で固まっていた。












一部気になる箇所を修正しました。(18.6.3)

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