1話 けんけつ!
「ラフ&スムース」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・ん・・・」
「・・・・・・ここ、は・・・・?」
「・・・・・・あ・・・そうか・・・」
身体がだるい
今、起き上がると
ふらついて、倒れてしまいそうだ。
腕には点滴の針が刺さっていた。
少しの間、ぼー・・・っと落ちている点滴の雫を眺めていた。
「目が覚めたか? 鈴音」
私を心配して見ててくれたのか、傍らにいた男は
私の名を呼び優しく語りかけてくれた。
安心できる、その声は・・・父のものだった。
「とりあえず、一安心だな」
「あ・・・うん・・・ごめんなさい」
まだ、少しぼーっとしている
「まったく、無茶なことを私にやらせてくれたものだよ、
こんなことで大事な一人娘に何かあったら、父さんショックで死んじゃうぞ」
「・・・!!」
そうだ! 大事なことを今すぐ聞かなくてはならない
私はがばっと上体を起こし、父に詰め寄ろうとした。
「お父さんっ! あ、あのねっ!・・・・・・う・・・」
そう喋ってから直後、後が続かなくなった。
「お、おいおい!」
ばたっ
目の前がブラックアウトしそうになり
そのまままた枕に頭を落とした。
「あ、あう~・・・」
「もう少し寝てなさい、せめてこの点滴が終わるまでは」
「う、うん・・・そうしま・・・ぷ」
気分、悪・・・まだ目がチカチカしてる
しかし、こんな状態でも私は今すぐ知りたいのだ。
後回しになんて、できない
起き上がることもままならない状態だが
それでも目一杯、身体を強ばらせて
「お、お父さん・・・お願い・・・」
「はー・・・」
やれやれという感じで父はため息をついた。
「わかっている、私もここに来たのはついさっきなのだ・・・なかなかの大仕事だったぞ」
「そっ、それでっ! ・・・結果は?」
「・・・ああ、今はICUで他の医者に診てもらっている・・・まだ予断を許さないが・・・」
「・・・い、生きてる・・・の?」
「ま・・・なんとか・・・な」
「は・・・あ~~~・・・」
安心して、一気に力が抜けた。
「当然だろう、鈴音をこんな目にあわせたのに、私が手を抜くはずがない!」
いや、そうじゃなくても手を抜いたらダメでしょ!
とツッコミたかったが、力が出ないのでやめておく
「・・・うん、さすがです、お父さん」
「まあ、おまえの処置の早さが功を奏したんだろうがな、
じゃなかったらオペする前に終わってたかもしれん
まったく・・・びっくりしたぞ・・・救急車からおまえが出てきた時は」
「えへへ・・・」
まあそりゃそうか
学校に行ったはずの娘がいきなり救急車で戻ってきたら何事かと思うよね
「しかし・・・どうして知っていたんだ?」
「えっ?」
「彼の、血液型が・・・母さんや鈴音と同じだということを」
「そっそれは・・・」
やばっ・・・何か・・・言い訳・・・あっ!
「か、彼の財布にね・・・身元調べようとしたら、免許と献血カードが」
「ほほう・・・あの状況で、そこまで?」
「う・・・うん」
やっぱり、ちょっと苦しいかな?
ていうか、聞きようによったら追い剥ぎだなあ、これ・・・
「・・・いや、ははははは! まったく流石は我が娘。
なかなかの的確な行動、恐れ入った!」
「いや~ははははは! でしょ~? だってお父さんの子供だもんっ」
なんとか誤魔化せた。
「本当はいかんのだよ、中学生の献血は」
「・・・!」
「・・・うん、わかってる・・・ごめんなさい・・・でも!」
「ああ、おかげで助けられたよ・・・術中回収式自己血輸血だけでは、ちょっと厳しかったからな
それに、案の定、最寄りのセンターにはストックが無かったみたいだしな」
「・・・ごめんなさい、いけないこと、させてしまって」
私と私の母は、実はちょっと特殊な血液型だったりする
輸血しようにもある程度前もって手配しておかないと
そうそうすぐには手に入れられないのだ。
そして、それは彼も同じだった。
偶然・・・なのかどうかはわからないが・・・
母が居れば良かったのだが、あいにくだがもうここにはいない。
仕方がなかったとは言え、今思い返すと・・・確かにちょっと暴走してたかも・・・
ピーポーピーポーピーポーピーポーピーポ・・・
医師「来たぞ! 準備はいいか!?」
看護師達「はいっ!」
ガチャッ
救急車の扉が開く。
と同時に私は地面に降り立った。
医師「・・・え?」
医師「・・・えええっ!? お嬢・・・さん?」
この人は・・・確か、今年から入った新人の研修医さんだ
父から「あいつはなかなか見込みがある、当たりを引いたかもしれんな」と
家での何気ない会話で褒められていたような記憶がある。
けれど、今は将来有望な医師じゃ駄目なんです。 ごめんなさい!
「お父さん、お父さんはどこ?」
医師「お、お嬢さん?」
私は慌ただしく辺りを見渡し、父の姿を探した。
「なんだ? どうして・・・おまえが?」
後から駆けつけてきた医師が・・・父だった。
「お・・・父・・・さん・・・くっ・・・」
またしても泣きそうになったが・・・
今はそれどころではない
ぐっとこらえた。
「あのね、救急車に一緒に乗り込んで、ここに来てもらえるようお願いしたの。
なんとか息は吹き返したんだけど・・・でも・・・圧迫してたけど出血が止まらなくて・・・
もしかしたら内蔵損傷していてお腹の中にも出血があるかもしれなくて・・・だから」
「わかった、鈴音、後は我々に任せて・・・」
父は私をここで降板させようとしていた。
「だからっ!」
しかし、まだ駄目だ! なぜなら
「・・・っ?」
少々困惑した父だったが、すぐに気持ちを切り替えて
皆に言い放つ
「ほら! さっさと運び込むぞ! 気管挿管、圧迫止血、そしてすぐに検査だ」
「頭部CT、胸腹部もだ、それにレントゲン」
「腹腔内出血もありえる、おそらく開腹手術の必要があるだろう、用意してくれ」
一同「はい!」
次々と治療のための段取りが進んでいく
彼は病院内に運び込まれ
いろんな検査機器に繋がれていく
私は彼について行った。
それに気づいた父が
「鈴音、もう学校に行きなさい! もう心配はいらな・・・」
「駄目なのっ!」
「・・・っ!?」
父は一瞬、手を止めた。
「彼の・・・血液型は・・・同じなの」
「・・・何? ・・・っ!!」
どうやら伝わったようだ。
「なん・・・だって? まさか」
「お母さんと・・・私と、同じなの」
驚いた表情の父、だがすぐにキッと医療スタッフ達に向け
「・・・すぐに血液センターに連絡! それと、セルセーバーの準備だ!」
今からだと・・・間に合わないかもしれない
それに、最寄りの血液センターに置いてある可能性も低い
だとすれば近県から探しての搬送となる。
それじゃあ・・・駄目だ! また、繰り返しになる!
私の母は、もう、この世にいない・・・
私が幼い頃、家族旅行か何かだったと思うが・・・船でしか行けない遠い島で運悪く事故に遭い
輸血が間に合わずに亡くなったのだ。
父もただ唇を噛み、自分の無力さを嘆くことしかできなかった。
嫌だ!もう、そんなのは・・・見たくない!
「私の、血を使って!」
「駄目だ!」
即座に父は返答を寄越した。
「なんで?・・・すぐ、ここにあるのに!」
私は自分を指差して、そう言った。
「お前はまだ子供だ! 子供からの輸血は認められておらん」
「大丈夫だよっ! お願い!」
「できるだけ自己血輸血を活用しつつ輸液点滴もする、その間にセンターから届くはずだ。
それに新鮮血にはGVHD(拒絶反応)の危険性もある」
「でもっ! もし近くに無かったら・・・」
「お前は何も心配しなくてもいいっ!」
強い口調で拒絶された。
びくっと身体が強ばった。
滅多に怒らない父が・・・怒って、いる?
表情を確認したかったけれど
父はもうすでに患者の処置のため私の方を向いていなかった。
あれこれ指示を出している
今まで私は本気で怒られたことはない
厳しく言われることはたまにあったが
それでも優しさが常にどこかに感じられていた。
だから、本当に怒ってるのなら・・・そう思うと、怖かった・・・。
けど・・・
がちゃ!
部屋に置いてある駆血帯を取り、腕に巻きつける
腕を消毒し
・・・ごくっ
意を決し
自分の腕に、注射器の針を差し入れようとした瞬間
「鈴音っ!!」
父が私の腕をつかみ、見たことのない形相で睨んでいた。
「ひうっ!」
私の涙腺は崩壊した。
瞬間、ハッとした父の表情は一気に崩れ、うろたえだした。
「うっ・・・ううう・・・」
涙が溢れてきて止まらない
とにかく何とかしたかった。
私に出来ることは全てやり尽くしたかった。
こんな決まりごとなんて
一人の命の前で、そこまでして守る必要はあるのだろうか?
わかんない・・・今の私にはわかんないよ・・・
「・・・わかった」
・・・!
「もう泣くな、父さんお前には弱いんだ、わかってるだろう?」
「う・・・ぐすっ・・・じゃあ・・・」
「ああ、血を採ってやる・・・ちゃんとな」
「!・・・ホント?」
「だけど、大人の人ほどの量は駄目だぞ・・・気分が悪くなったらすぐ申告するんだ。
それが守れないようなら、やらない」
「うん・・・うん!」
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら笑って返事をした。
父もいつもの穏やかで優しい表情に戻っていた。
結局は多少無理をして、フラフラになるまで我慢してしまったのだが・・・
その後のことは気分が悪くて寝込んでしまったので、よく覚えていない
「ん・・・それじゃあお父さんは仕事に戻るから・・・鈴音はもう少し寝ていなさい」
「うん」
「あ、確かにちょっと無茶が目立ったが、でも父さん嬉しかったよ」
「え?」
「後継者も立派に育ってるし、これで父さんいつでも安心して隠居できるなあ、わはは!」
「え・・・えええっ?」
それこそ無茶言わないでくださいお父様
心臓マッサージと人工呼吸しただけの人間捕まえて(しかも中学生)
院長の座を降りるなんて、洒落にしてもきつすぎます。
がははと笑いながらお父様は去っていきました。
・・・やっぱり、父は私にとって尊敬できる最高の父です。
目をつぶって突っ伏したままニンマリと笑みがこぼれた。
少し落ち着いて・・・
時計を見ると
「あ・・・もう夕方に差し掛かっていたんだ・・・」
お父さん、ついさっきまで緊急オペをしていたというのに・・・タフだなあ
「あ・・・学校・・・それに・・・」
当然、初日の練習は完全にブッチしてしまいました。
「あ~・・・」
もう、どうしようもなかった。
ま、今は寝ていよう・・・本当の問題は・・・これからだから
つづく
はい、ごめんなさい。
わたくし、医学のプロや専門家じゃないので
たぶんおそらくその筋の方々がこれを見た場合、
ツッコミたくてツッコミたくて仕方が無いだろうと思います。
あえて言います。この話はフィクションです。(苦笑)
・・・それでもどうしても気になる、言わずにはいられないという奇特な方がおられましたら、やんわりとご意見・ご指摘お願いします。w
話の流れを変えるのは今からだとめんどくさ・・・厳しいですが、もしかしたら善処するかも?・・・しれませんし、しないかもしれません(^^;