14話 しあい!(3)
『ラフ&スムース』
「いよっしゃあ!」
「うおー!どんどんぱふぱふっ!」
春菜もノリノリになってきた。
「・・・くそっ! やられた!」
なんか本当に悔しそうだな先輩
でもまあ、これくらいはこっちもやらせてもらわんとね・・・
一方的だと後々の僕の部活ライフがかわいそうなことになるんで・・・勘弁してください
・・・ぽつ
「・・・あっ!」
・・・ぽつ・・・ぽつ
「・・・来たわね、雨が」
「・・・・・・どうすんですか? 日影・・・せんせー」
「まあまだ、これくらいなら・・・もうちょっとは持ちそうだけど・・・」
・・・ここで終わりにできたら、引き分けで、どっちも遺恨を残さずに終われそうなんだけどなあ・・・
「はい、あんたのサーブからよ・・・さっきの感覚、覚えてる?」
「あ、はあ・・・たぶん・・・」
なんとなくだが、今度は上手くいく気がしていた。
鈴音が感じていた違和感・・・
それはやはり、ラケットの違いだったのだ。
何の因果か、鈴音は孝志と同じクラブに入っていた。
親しい先輩がいたから・・・というのも理由の一つだったのかもしれないが
おそらく・・・孝志はまだこのソフトテニスというものを、やりきれていなかったのだろう・・・
いつかまた訪れるかもしれない機会の為に、大切に取っておいた、このラケット・・・
自分でも不思議に思うが、こいつには妙に愛着があった。
たぶん、性能面では今の最新式に比べると、こいつは数段落ちる
でも、この木製ラケットの最終進化型とも言える、TS-8000セピアロンは
今のラケットのような、ボールを”弾き返す”・・・まさに”斬る”ような、ただ硬い感触ではなく
木の特性である柔らかく、しなりと粘りのある弾力性は、
ラケットをまるで手の延長と見紛うが如く錯覚できるという感触を残しつつも
それでいてシリコンカーバイドのラミネート補強による高反発力で
最低限以上の攻撃能力をも十分に兼ね備えているはずなんだ。
自然と科学との融合、と言えば大げさかもしれないが・・・
使いこなすことができれば、きっとこいつは最高の武器になる! そう、信じていた。
いきなりの”鈴音での実戦投入”で、序盤でこそ戸惑いはあったものの・・・
やっと慣れてきた・・・いや、思い出してきた!
こいつでボールと戯れる、この楽しさを!
「ファイナルゲーム、ゲームカウントワンオール!」
トスを上げて・・・
空に舞った白球を見定め、それに向かってつま先でジャンプ
・・・ラケット面、自分の”掌”が届く最高の高さでっ・・・!
そして、前のめりに倒れ込むような感覚で・・・掴む!
「はっ、
パアッッ!
・・・掴んだっ!?
そして後は勢いを殺さずに・・・振り抜けばっ!!
ああっ!」
パッ・・・コーーーン!!
「・・・・・・」
先輩は、ただ無言で固まっていた。
一瞬だが、周囲も静まり返っていた。
そこに、日向部長が、ひと言
「イン! ワンゼロ!」
「・・・う、うわああああっっ!! サービスエースだあー!!」
「・・・なに今の? めっちゃ速かった気がしたんだけど?」
「えっ、うそ? 今のエース、羽曳野さんじゃないの? あの新人の子?」
なんか、春菜だけじゃなく他の部員までがざわつきだした。
確かに、今のはなかなかの手応えだったな。
振り抜いた感触・・・昔を・・・思い出す。
「次、行きますよ先輩」
「・・・あ? ああ・・・」
固まっていた先輩が反対方向に移動する
さああああああああ・・・
「うわ、雨が強くなってきた・・・」
これじゃあ・・・中止か?・・・でも、今の感触・・・もう一度、味わいたいな・・・
「いいわよ、もう一発いきなさい」
いつの間にか真横に来ていた日影
腕を組んで、こっちをじっと見ている
なんかやりにくいような気もしたが・・・
今は気持ちがボールの方に向いていた。
集中、できているんだろうか?
鈴音の中の孝志が、一体に混ざり合い溶け込んでいくような、この感覚・・・
「この子・・・目の色が・・・」
何か言ってるが、もう耳に入らない
バッ!
ボールを、上に放り投げた。
いっっけえっっ!!
「はあっ!」
パッ・・・コーーーン!!
「くうっ!」
今度は反応した先輩
中央狙いばかりだったから、コースの予測をつけていたな?
読みは、完全に当たっていた。
だけど、彼女のラケットは完全に振り遅れた。
振った時には、既にボールは先輩の遥か後方を駆け抜けていた。
「イン! ツーゼロ!」
「・・・な、なによあの速さ? なんか不正してるんじゃないの?」
「こんなの大会でも見たことないよ、男子ならともかく・・・」
「だ、男子並みなんじゃ? いや、男子でもなかなかあのスピード出す人はいないよ?」
「あの子、一年でしょ?・・・マジで?」
「・・・よしっ!」
いい感じだ!
思ってたよりもずっと鈴音のリストが強かったのが幸いした。
孝志の現役MAXスピードには若干劣るかもしれないが・・・もしかしたら成功率は、鈴音が上かもしれない
これを武器にして成功確率を上げていけば、将来的にサービスゲームだけは安泰になれる!
ざあああああああああああああああああああ・・・
「うわ、こりゃあかん! 雨強うなってきたわ!」
「・・・お母さん、どうしよう?」
ひなの部長が日影にお伺いを立ててみた。
「・・・中止ね、朝練も、もうそんなに授業まで時間も無いし・・・」
日影はそう言い残すと、そそくさと校舎に入っていった。
「・・・だそうです。 おふた方」
「・・・僕は、べつに構わないけど・・・先輩・・・は?」
「・・・・・・」
羽曳野先輩、無言で俯いている
「・・・あ、あの・・・な、なんでしたら、放課後かもしくは後日、続きを・・・」
なんか気落ちしてるような先輩をちょっと気遣いながら言ってみた。
「もう十分! 接戦だったでしょ? ね、椛?」
みゆき先輩が羽曳野先輩に話しかける
「・・・・・・・・・ああ、そうだな・・・・・・いや・・・」
やっぱり、まだ不服ですか? まあそりゃそうか
僕のサーブ成功確率は低い。
たまたま二回連続エースを取れたけど、本当にたまたまだ。
「いやあ、まいった! 負けだ、負け!」
「・・・へ?」
今、なんとおっしゃいましたか先輩?
「あんなサーブ、今のあたしにゃ、よう打ち返せんわ! なんなんだありゃあ?」
「いえ、なにと言われても、ただのフラットサーブですが・・・」
「こんな速いの打つ女子、見たことないわ!」
「・・・うん、サーブだけなら、私もびっくり」
審判席から降りてきた部長も、びっくりしてない気もするけど、びっくりだと言っていた。
「・・・そのラケットに、秘密でもあるのか?」
羽曳野先輩が問いかける
「・・・いえ、こいつは・・・ただの、思い出の品なだけで・・・・・・あっ!」
ガットが・・・切れていた。
そういえば、鯨は雨に弱いと聞いたことがある
それに長年の経年劣化、その上に全力のフラットサーブ・・・
切れない方が、おかしかったのかもしれない
「・・・ちょうど良かったじゃないか、試合終了まで持ちこたえてくれて」
「・・・はい、そうですね」
こいつ、ギリギリまで踏ん張ってくれてたんだな・・・
「ま、こんな所でつっ立ってても雨でびしょびしょになっちまう、さっさと着替えようぜ!」
先輩がそう言うので、とりあえずコートのネットだけ緩めて部室に帰ってきた。
「・・・でも、本当に、良いんですか? 先輩」
「ん? 何がだ?」
「もちろん試合ですよ! まだ決着、ついていないし」
「・・・まあな! 勝負は水物、実際最後までやってみないとわからないけどなっ!」
「椛!」
「あ~はいはい! わかってるってば! みゆき
そもそもあたしは一旦負けを宣言してたのに、こいつが蒸し返してくるから
つい張り合っちゃったんだよ! ・・・これでいいかい?」
「先輩、それってつまり・・・」
「もちろん! おまえが出るんだよ、次の試合は!」
「!」
羽曳野先輩は、ニコリと男前に微笑んだ。
童顔で可愛い顔してるのに、この中身と外側のギャップはなんなんですか先輩?
あ!・・・人のこと言えんか、僕も
「ありがとうございます! がんばりますっ!」
こっちも、笑顔で返した。
試合前はちょっとムカついたけど、なんだかんだでうまくやれそうな気がしてきたよ
「ッキャアアアアッッ!! や、やったね! 鈴音ー!」
はい、こんばんは、新田です。
以上で、鈴音さんの初めての戦いは終わりとなります。
試合編は勢いで3連チャンでやってみましたが
いかがだったでしょうか?
ここからは第一章のエピローグとなります。
もうちょっとだけ続きますのでよろしくお願いします。




