9話 ちかん!
『ラフ&スムース』
「おはよう、春菜ちゃん」
「・・・・・・」
・・・なんか、春菜が固まっている
一体いつからここにいたんだろうか?
「・・・えっとお・・・春菜さん?」
「・・・・・・」
顔が赤い、風邪でもひいたのだろうか?
「だだ、大丈夫?」
「・・・・・・」
ますます赤くなった。
「調子・・・悪いんだったら、ウチの病院、寄ってく? 優先で診てもらえるよう頼んでみるよ?」
「・・・・・・」
最早ゆでダコのようになっている
「ちょっ! 春奈ちゃん! これやばいんじゃないの?」
熱を測るために、慌ててオデコとオデコを引っ付けてみた。
春菜との距離はゼロになった。
「う~んと・・・熱は・・・無い、ようね」
「~~~~~」
がしっ!
・・・あ、あれっ? 春菜の腕が・・・背中から回り込んできて・・・
なんか、身体が固定ロックされちゃったんだけど・・・?
なにこれつまりこれって・・・抱擁?
「えっ? えっ? ・・・春菜ちゃん、これって?」
目の前に、さくらんぼのように可愛らしいものが、迫ってきていた。
なんか目から「ドッキングセンサー・オン!」って感じでビームがでてる(気がする)んですけどっ!
「×△○◎□◆!!?」
ぶちゅっ!
すごくやわらかいモノが、私に触れた。
ほっぺただけど・・・
私はインパクトの瞬間に瞬時に首を捻り
パンチが当たる直前にダメージを逃がすボクサーのように直撃を回避していた。
それはリカルド・マルチネスでも驚く程の反応速度であった・・・のかもしれない
「・・・・・・」
「・・・・・・」
お互いが無言で固まっていた。
先に口火を切ったのは私の方だった。 だって彼女はまだ口が塞がってたし、私のほっぺで。
「・・・・・・春菜ちゃん・・・・・・どゆこと?」
真横を向いたままで問いかけてみた。
「・・・・・・」
彼女はまだ固まっている・・・が
なんか苦しくなってきた・・・ような気がする
ミシミシ・・・
「ぐは! ちょ・・・・・・ばる”な”ぢゃ”ぁぁぁぁ~ん”・・・!」
発音が「わたしィィィィの赤ちゃぁぁぁぁん!」みたいになってしまった。
締まってる、締まってるよ体があ~~! みしみし言ってるよ~! 体が宙に浮いちゃってるよ~!
なんでハグがベアハッグになってるの?どゆことー!?
これはいかん! 仕方がない・・・ごめん春菜ちゃん!
オラオラオラオラ!
ビスッ! ビスッ! ビスッ! ビスッ!
私は死力を振り絞り、春菜の延髄と脳天の二箇所に連撃チョップを繰り出した。
攻撃が効いているのか、ベアハッグがいっそう強く締まって来た。
「ばる”な”・・・ぢゃ”ぁぁぁぁ~ん”・・・!」
わたしゃ悪霊かなんかか? ってな声で叫んでいた。
しかしここで引いたら殺られる!
そう思い、連撃チョップの手によりいっそう力を込め必死に叩き込み続ける
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!
ビスッ! ビスッ! ビスッ! ビスッ! ビスッ! ビスッ! ビスッ! ビスッ!
ついにたまらず春菜は腕の力を弛め、その場に崩れ落ちた。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」
二人共疲労困憊である
・・・なんでこんなことをしてるんだろう? 私達・・・
「・・・・・・ったくせに・・・」
「・・・・・・え? 今、なんと?」
よく聞こえなかったので、聞きなおしてみる
春菜さんがふるふると震えている
「鈴音、昨日は期待してるって、言ってたくせにいいいいっ!!」
何かを置いて、走り去って行ってしまった。
いったい、なんなのだ?
ぽつんと取り残される私と、謎の物体・・・
それは女の子らしく可愛く包装されている、紙袋だった。
ガサガサと開けてみる
「・・・これは・・・ブルーレイ・・・ディスク?」
・・・・・・・・・!
ま、まさか・・・
今回のテコ入れ回って・・・・・・
「百合ゆり回・・・だったのかあああああっ!!?」
・・・・・・私は、しばし呆然としていた。
春菜は走り去ってしまったので、もういない
でも結局は同じ汽車で通学してるんだから駅で会いそうな気もするんだが・・・
もし汽車で会わなくても、どのみち朝練で会うし・・・どうすんのこの状況?
昨日あたりから・・・もしや?と思わないこともなかったんだが・・・
やっぱあれか? 抱きしめてしまった事で目覚めさせてしまったのか?
昨日の私はなんか変だったし・・・
確かにあの時は私も春菜に、その・・・欲情・・・してたし・・・
「い、いかん! 私も顔が赤くなってきた!」
「・・・って! まずい!」
いつの間にやら、汽車の発車時間が迫っていた。
今日は遅刻するわけにはいかない
とにかく考えるのは後回しにして、私は全力で走り出した。
「やばっ! 間に合うのかなっ? これ」
ぷあんっ!
ぶおおおおおおおん!
ガタン・・・ゴトン・・・ガタン・・・ゴトン・・・
「はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・」
・・・な、なんとか・・・間に合った・・・
朝練もまだこれからだというのに、すでに私は汗だくになっていた。
バッグからスポーツタオルを取り出して、軽く汗を拭う
春菜を探すような余裕は無かった。 まさに滑り込みだったから・・・
まだ呼吸も落ち着いてはいなかったが辺りをちらっと見回すも
どうやらこの車両にいるような感じではなさそうだった。
特にイベントも何もない昼間とかなら一両か二両しかない赤字ローカル列車なのだが
流石に田舎鉄道とはいえ、一番の稼ぎ時の時間帯なので、それなりに客車は連結されている
前から後ろまで探すのは結構骨が折れそうだ。
大きい駅に停車していないので、今ならまだそれなりに空いてはいるが・・・
会って何言えばいいのかわからなかったし、ちょっと今は疲れて体力回復を優先したかった。
たぶんこれから混雑して、より一層暑くなることが予想されたからだ。
しかし、そろそろ夏だし、車内にクーラーくらい入れてくれないかなあ・・・
そうこう思ってる間に、学校までの間では一番大きい駅に列車が停車した。
どやどやと大勢の人間が攻め入って来る。
ここから学校までの少しの間は、ちょっとした都会気分を味わえる
べつに味わいたくはないのだが・・・特に今は
ガタン・・・ゴトン・・・ガタン・・・ゴトン・・・
「・・・・・・」
ガタン・・・ゴトン・・・ガタン・・・ゴトン・・・
「・・・・・・」
・・・・・・・・・暑い。
まだ汗が引いていないのに、このおしくらまんじゅう状態は辛かった。
タオルで汗を拭きながら、ちょっとはしたないとは思ったが
制服の胸元やスカートをパタパタさせていた。
周りの人、私汗臭くないかな? とか少し心配になった。
呼吸は落ち着いてきた。
あともう少しすれば通常運転に戻れる・・・
そう、思っていた時に
腰の辺りに、違和感を感じた。
さわっ
「・・・!」
・・・え?
・・・・・・今の、何?
列車はブレーキをしたわけでも、急カーブを曲がったわけでもなかった。
乗客たちは普通に皆穏やかに立ったままだ。
さわっ
「!」
・・・こ、これは・・・
さわ、さわ・・・
まさか、これは・・・?
いや、何かの間違いかも・・・
例えば、なんかの手荷物が当たってるだけ・・・とか
さわさわっ
「!」
え? 嘘・・・だって、私まだ・・・子供だよ?
周りに、綺麗な人もいっぱいいるのに・・・なんで、私?
ふわっ!
「!!」
びくっ!と身体が強ばってしまった。
今、スカートの中に手が入ってきた、ような・・・?
あ、頭の中がぐるぐる回って、わけがわからなくなってきた。
ぐにゅっ!
「ひ、ひぅっ!」
声にならない声が漏れてしまった。
お尻に、誰かが触っている・・・?
「はあ・・・はあ・・・」
耳元で、荒い息遣いが聞こえてきた。
こ、これは・・・まずい! 本格的に・・・痴漢・・・だ。
「~~~~~」
こ、こんなときって、どうするんだっけ?
あ、あれ?・・・考えがまとまらないよ
だってこんなの初めてだし、こ、怖い・・・し
ぐにぐにとお尻を触っていただけかと思ったが
相手はそれで満足できなかったのか
ついにはパンツの中に手を差し込んできた。
「・・・・・・~~~~~!!」
だ、駄目だ、このままだと更にエスカレートされそうだ。
な、なんとかしないと・・・でも、どうすれば?
いつもなら、春菜ちゃんとか、みゆき先輩とかが近くにいるのに・・・
今は周りに誰もいない・・・
誰か・・・気づいてたりしないの?
それとも知っててもこういうのは無視されちゃうものなの?
朝、春菜ちゃんのキスを受け入れてたら、こんなことにはならなかったの?
ふるふると震えながら、顔が真っ赤になってきた。
お尻の端の方を触っていた手は
徐々に中心の方に寄って来ていた。
そして
むにゅっ!
「あ・・・あっ!」
胸の方にも・・・手が・・・
セーラー服の下、お腹の方から腕が差し込まれ
ブラの上からだけど、確実に手のひらが私の胸にかぶさってきていた。
声が、声にもならない小さい声だけど・・・勝手に漏れちゃう・・・
おかしいよ・・・周りはぜんぜん気づいてないの?
なんで誰も助けてくれないの?
恥ずかしさと、怖さと・・・なんだかわからない変な気持ちが交錯して
ボロボロと涙が溢れてきた。
「ひ、ひくっ・・・うう・・・」
「はあっ・・・はあっ・・・」
荒い声が、どんどん耳元で大きくなっていく
私が泣いてるのわかってて、ますます興奮してるのだろうか?
・・・くやしいっ! こんな、見も知らない人に・・・
でも、怖くてどうすることもできない・・・
助けて、誰か・・・
・・・・・・
・・・
パシッ!
今・・・何かが、私の中で弾けた。
同時に、怖いという気持ちが急激に薄らぎ
代わりに怒りが心の奥底から込み上げてきた。
奥歯をぎりっと噛み締めたかと思ったら
両手に持ってた鞄やスポーツバッグを放り出し
瞬時に痴漢の両腕を強く握りしめていた。
「・・・!!」
荒い息の主は、その急な変化に驚きを隠せなかったようで
一瞬呼吸が止まったようだ。
頭をくるっと振り向かせ、キッと相手を睨みつけた。
びっくり顔の男性、即座に目をそらされた。
ちょっと年食っている小太り中年サラリーマン風で
焦っているのがミエミエだった。
容赦なんか、するかっ!
「痴漢ですっ! この人っ!!」
周りに聞こえる大きな声で
腕を掴んだまま言い放った。
ばっ!
男は、私の掴んでた両腕を、渾身の力で振り払い
同時にこの場を離れていった。
「あっ!」
ちょうど、汽車は駅に停車していた。
男は人混みをかきわけ、あっという間に車外へと脱走する
「ま、待てっ! このっ!」
女の体格と力では、この人ごみの中、奴みたいに簡単には前に進めなかった。
ようやく出口にたどり着いた頃には、男の姿は見失われていた。
「・・・・・・くそ! 逃がしたか?」
今、追ったら改札くらいで捕まえられるだろうか?
ぴりりりりりりりりりりりりり
列車の発車の合図
「・・・あ! やばい、荷物が!」
列車の中に荷物が残っている
首を前と後ろに振りながら考えを巡らせ判断する
「ちっ!・・・・・・運のいいやつめ!」
僕は、ドアが閉まる直前に列車に飛び乗った。
ガタン・・・ゴトン・・・ガタン・・・ゴトン・・・
「すみませ~ん・・・ちょっと、通してくださ~い」
迷惑だとはわかっていたが、それでも荷物まで戻らねばならなかった。
なんとか無事元の場所にたどり着いた頃には学校のある駅に停車する直前だった。
ききいいいいいいいいいいいいいい・・・
ぷしゅう~・・・
どやどやと人が列車から溢れている
ここも結構、都会?な方で降りる客は多い
我が校の学生以外にも多くのサラリーマンたちが下車する
たぶんさっきの男も本来ならここで下車する予定だったのかもしれないが・・・
「ざまあみろ! あいつは遅刻決定だ!」
あんな辺鄙な駅で降りて、すぐにタクシーなんかつかまるはずもない
その程度でこの溜飲が下がるはずもなかったのだが、まあ仕方がない
少しでも相手に仕返しできたことを、今は是としよう
「鈴音・・・すごいファイト・・・」
「・・・うわ!?」
真横から声がした。
みゆき先輩だった。
「あっ! なんだびっくりした・・・おはようございます」
「おはよう・・・鈴音」
相変わらず先輩は松葉杖をついたままだ。
あの混み混みの列車に乗っていたのか・・・大変だな
「見てたよ・・・途中からだけど」
「いやあ、お恥ずかしい・・・」
マジでちょっと恥ずかしかった。
「大丈夫だった?」
心配そうに上半身を下げ、上目遣いで覗き込んでくる
「だ、だいじょうぶ!ちょっと最初は戸惑っちゃったけどね
なんか途中からパシッと頭が切り替わって、自然とえいや! ってやっつけちゃおうって、なってた」
「す、すごいよ!鈴音!」
「・・・って、うわ! 春菜さんまでっ!?」
みゆき先輩の横で、春菜が目を輝かせてこちらを見ていた。
「ほ、惚れ直したっ! 鈴音はやっぱり最高だよっ!」
がばっと抱きついてきそうになったので、華麗に避けた。
すかっ!
春菜の両腕が空を切る
「・・・・・・うう、ひどい」
ジト目でこちらを睨みつけている
「あははは! まあそのあれだ、早く行かないと、練習遅れちゃうって
一年はコートや道具の用意もあるんだし」
「・・・しかし、あの野郎許せんっ! ボクの・・・ボクの鈴音を
いいように触りまくりやがって! 胸と・・・お、お尻までもっ・・・!
ボクだって、触ったこと無いのにいいい!」
・・・いや、貴方の鈴音になった覚えは無いんですけど。
「・・・ていうか、あんたいつから僕のそばにいたんだよ?」
汽車に入った時は見当たらなかったのに・・・
なんでそこまで詳細に状況を知っている?
かなりの至近距離じゃないと触られてた箇所までわかんねえぞ、おい!
「ぎくっ!」
春菜は固まった。
「・・・ちょっと、そこのお嬢さん? 警察の”方”から来た者だが、任意で聴取させてもらっても、いいかね?」
「いやああ・・・ははは、なんか鈴音さんの表情があ~、
あまりにエロかったもんやから・・・ついボク見とれちゃってて
・・・その、助けるタイミングが・・・」
「・・・おいっ!」
「わ、私はその・・・先に春菜を見つけて・・・そしたら春菜が
なんかストーカーのような怪しい目つきで一方を食い入るように見つめてたから・・・
その視線の先の鈴音に気がついたんであって・・・えとその・・・間に合わなくて、ごめん、ね?」
「・・・・・・先輩は、いいです。 怪我もしてるし、あの混雑じゃ仕方ないです。」
「・・・えーと、その・・・ボク、は・・・?」
春菜が、オロオロしだした。
「・・・何か、言い残すことは?」
「えっ?・・・えっ?」
かなり挙動不審になってきた。
「えーと・・・・・・・・てへぺろっ?」
「てへぺろ! じゃねえーーー!」
ラケットを握り締め
「お尻を出せー! ケツラケットじゃあ~!」
「うわーん! ごめんよう~! ちゃんと鈴音のエロかわいい写メも撮ってあるから、許して~!」
「な、なんだってーーっ!? 消せっ! 今すぐ消せえーっ!」
追いかける僕、逃げ回る春菜
しかし、どうやら今朝あんなことがあったのに・・・もう立ち直っているっぽかった。
まあ、丁度いいきっかけにはなったのか、このイベントは
そういう意味では無駄ではなかったんだなあの痴漢野郎も・・・でも、次やったらストレイツオ、容赦せん!
「・・・さあ、こっからまた走るよ春菜! さっさと着替えて準備しなきゃ!
あ、というわけで、みゆきちゃんは後からゆっくり来てね
・・・心配ないから・・・・・・期待、してて!」
そう言い残すと僕はすぐにタタタッと走り出した。
「うう・・・ちょっと、まだ回復が・・・」
春菜は、お尻を押さえてうずくまっていた。
「あっ! 鈴音っ? ちょっと待ってようっ!
そ、それじゃあ先輩、また後でっ」
追いかけようとする春菜、みゆき先輩にぺこりと挨拶して立ち去ろうとした時
「・・・今、みゆきちゃんって・・・」
「・・・えっ? 先輩?」
みゆき先輩が少し驚いた表情をしていたので、春菜は立ち止まってしまった。
「・・・あっ!・・・ううん・・・なんでもないの。早く追いかけないと、行っちゃうよ」
ニコリと微笑み、春菜を促す
「ああはいっ、ほな先輩また後でっ」
学校に到着して、部室に向かった。
まだ生徒はまばらだったが、それでも朝練をやる部活は一年生達がせっせと準備を始めていた。
僕らもほどなく到着し部室に入ると、そこには
数人の一年生と・・・二年の、先輩が一人、いた。




