022
私の声が聞こえますか?
私の姿が見えますか?
私はここに居ます。
ここでいつも貴方の事を見ています。
私たちの叫びが貴方の耳に届き、私たちが差し出した手を取る為に、貴方が立ち上がってくれるなら、私は喜んで死を受け入れましょう。
貴方がもし、世界のどこかで誰かが蒙っている不正を、心の底から深く悲しむことのできる人間なら…
どうか声を上げてはくれませんか?
私が子ども達に望むのはただひとつ。
未来のために今を耐えるのではなく、未来のために今を楽しく生きる事。
だからお願いです。
貴方の声を聞かせて下さい。
その姿からは彼らの痛みを。
その声からは彼らの叫びを。
その瞳からは彼らの勇気を。
映し出された酒呑童子の身体はもうボロボロで、いまにも壊れてしまいそう。
彼が伝えるこの世界の格好悪くて情けないその真実は、この世界の人間みんなが知っていて知らないふりをしてきた事。
ソール恒星系全域にアルフヘイムから映像を配信した事で、ラグナロクはエインヘリアルに協力していると思われても仕方がない状況となった。
現に第五地球政府から抗議の連絡が入りっぱなしで、対応に追われる鉄入ブラザーズはオイルの汗を吹き出している。
まあそこは《エインヘリアルにハッキングされちゃいました!てへぺろっ❤︎》っつう体でいくとして、問題はそれをどう誤魔化すかだ。
でもそれは、人が人でありたいのなら決して発してはならない邪悪で悪辣な笑い声をあげ、嬉々として作業に取り組む梓がなんとかするだろう。
しかしこれはイチコロだろうな!
私たちが生まれるずっと昔から、たった一人で第五火星を守って来た酒呑童子の言葉には、確かに強い力がある。
彼の為なら死ねる!
そう思うメンバーもいるだろう!
大好きだ!あの人はこういうのが大好きだ!
そして私たちは、あの人のそんな所も大好きだから余計に腹が立つ訳だ。
モニターを見つめながらミルフィーユはガシガシ頭を掻く。
マスターからの指示はこれだけじゃない。
マスターの指示はマティーニが隠し持っていた(どこに隠していたかは乙女の秘密❤︎)3枚のディスクに収められていた。
その1枚がこの映像。
もう1枚はユグドラシルの徳川社長に渡すよう指示されており、中身の確認も許されていない。
そして最後の1枚。
こいつのおかげでアルフヘイムはてんてこ舞いだ!
ただでさえエネミー増加で忙しいのに、こちらの作業にも人員を割かなければならない。
《宇宙軍より入電!第五地球近傍小惑星〈第五アポフィス〉周辺宙域に敵影確認!》
慌ただしくなる中央司令室にミルフィーユの舌打ちの音が響く。
その音は鉄入ブラザーズを震え上がらせ、司令室を後にするミルフィーユを静かに見送る。
《怖えー!》←鉄入くんの心の声❤︎
ミルフィーユは変わった!いや元に戻っただけかも知れないが…
でも変わったのはミルフィーユだけじゃない。
アルフヘイムに残った冒険者やスタッフ全員が変わってきた。
みんなで意見を出し合い問題点を洗い出し、解決案を検討しながら適材適所に作業を割り振る。
これを各自が率先して行う事で、指示を待たずに行動出来た。
マスターもここまで計算していた訳ではないだろうけど、ラグナロクもようやくマスターの望む形になってきたのかな。
映像配信により公の事実となったこの問題。
酒呑童子の言葉は、いままで目を背ける事しかしなかった第五地球の住民の背中を押した。
これをきっかけに、共に手を取り歩いて行こうとする者と、虫けら同然に扱って来たミュータントを今更人間と認めたくない者との意見は対立し、この第五地球周辺宙域の混乱はさらに加速する。
小惑星帯近くまで接近したエネミーの大群は、宇宙軍がかなりの損害を出しながらも撃破しつつある。
だが撃ち漏らしたエネミーは宇宙回廊から続々と押し寄せ、その脅威を増していた。
宇宙軍がかき集めた残存艦隊とラグナロクの混成防衛艦隊は、互いに協力し合いこれに対処している。
出航準備を終えたヘイムダルのブリッジに姿を現したミルフィーユを見て皆絶句した。
いままでの清楚系のお姉様風の服から、白と黒のボンテージ風の戦闘服に着替えたその姿は、ヘイムダル加入前の〈暴牛〉と呼ばれた時のもの。
艦長席に座り、出航を命じる声や表情はとても穏やかなだけに余計に怖い。
早くマスターに今のみんなを見せてやりたい。
ブリッジの片隅で玉藻が微笑む。
イライラ解消にエネミー狩りは丁度良い!
梓と良く似たミルフィーユの笑い声がヘイムダルのブリッジに響き渡った。
◆
第五地球周辺宙域まで到達するエネミーは、どれも小型か中型のものばかりのはずだった。
宇宙軍から発行されるクエストは、ソロかバトルドールのパーティープレイ用のものだから。
ギルド艦も参戦する今回は戦艦の防御フィールドに相当する〈外殻〉を持たない中型クラスのエネミーも主砲の一撃で片が付く。
だが今回はいままでとは違い、ギルド戦で対応するような大型のエネミーまで現れる。
でもそれが逆に幸運でもあった。
最初はそれこそ苦戦続きだったけど、宇宙軍から貰える報酬の質が格段にアップしたからだ。
特に報酬で大量に貰えるガチャチケットが、全てSSR以上確定チケットに変わった。
大盤振る舞いのこの変更で、バトルドールで前線に立つ冒険者のほとんど全てがUR級の機体を引き当てた。
ヘイムダルメンバーのアップルと妹ズも、溜め込んでいたチケットから、なんとLG級を引き当てた!
アップル「宮毘羅GETだぜ!」
ばなな「伐折羅GETだぜ!」
カップケーキ「迷企羅GETだぜ!」
ドーナツ「安底羅GETだぜ!」
エクレア「額爾羅GETだぜ!」
フローズン「珊底羅GETだぜ!」
ジンジャー「因達羅GETだぜ!」
ハニー「波夷羅GETだぜ!」
アイス「摩虎羅GETだぜ!」
ジェリービーンズ「真達羅GETだぜ!」
KK「招杜羅GETだぜ!」
ロリポップ「毘羯羅GETだぜ!」
《うるせーー!!》
どれも三星重工製LG級高コスト機。
最新式の十二神将シリーズなんだそうだが、十二姉妹がダブらずに引き当てるなんてあり得ない。
裏で何かがあるんだろうけど、ここで負ければ全てが終わり訳で…
モヤモヤするけど、ここは素直に使わせて貰おう。
宇宙軍の艦艇2,000隻とバトルドール50,000機には須弥山とアルフヘイム、そして第五地球の防衛と物資の輸送を任せている。
このような事態でも全ての戦力を投入する事に難色を示した政府の連中には呆れるばかりだが、第五地球には多くの住民や、デミヒューマンやアンドロイドなどの仲間もいる。
彼らを守る事が宇宙軍の使命なんだから、こちらがそれに文句を言えるはずもない。
押し寄せるエネミーには、ラグナロクがかき集めた輸送船を含む20,000隻の艦艇と、軍用の無人機を含むバトルドール1,345,000機の戦力で対処している。
宇宙回廊だけでなく、第五地球周辺宙域全体に潜伏していたエネミーも活発化して来ている為どうしても戦力を分散しなければならないが、レアリティの高い機体を手に入れ士気の上がった冒険者たちはこれを難なく撃破していった。
第五アポフィス周辺宙域に接近したヘイムダルを旗艦とした800隻の艦隊はエネミーの大群を発見した。その数およそ1,500。
幸い第五アポフィスは無人の採掘基地があるだけの小惑星。
人的被害を考慮しなくて良いのなら派手に暴れても問題ない。
全艦に突撃を命じたミルフィーユは3隻のギルド艦を伴い、群れの中央で小型エネミーを吐き出し続ける大型エネミー〈皇帝バフンウニ〉を目指す。
出撃したバトルドールに襲いかかる小型エネミー〈特攻ナマコ〉は、その名の通りバトルドールやギルド艦に特攻をかけ自爆する。
その威力は直撃すればレアリティの高いバトルドールでも大破する。
近接戦闘さえ危険な特攻ナマコは、射撃を得意とする後衛タイプのバトルドールに次々と撃破されていく。
爆発を掻い潜り前線を突破する前衛タイプのバトルドールの前に立ちはだかるのは、中型エネミー〈闘将スケトウダラ〉
バトルドールの数倍はあるその巨体は、バトルドール小隊に次々と切り刻まれギルド艦の主砲が貫く。
「大丈夫なの?」
「私たちだけでどこまでやれるのか知っておく必要がある。大丈夫!みんななら、きっとなんとか出来る。」
心配そうに覗き込むヘイムダルにミルフィーユが優しく答える。
まるで露払いでもされるかのように進路の空いたヘイムダルは3隻のギルド艦を待機させ、皇帝バフンウニとの1対1の戦闘を開始する。
現在ヘイムダルの搭乗員は23名。
ブリッジには爆食いにより〈ちびっ子モード〉にまで回復し、短い手足で悪戦苦闘中のマティーニ、琥珀、ダージリン。
相変わらずマイペースなUSAと、あれ以来ずっと殺気立っているぽち。
その他に新たに〈航海士〉の役職についたセシリアが待機している。
いままでなんとかなっちゃってたから航海士が居なかったけど、居てくれると移動の際のルートが増えたり、ギルド艦の巡航速度などに補正が入るのでお願いしている。
ニャモと玉藻、梓の3人はそれぞれの持ち場につき、回復と整備に専念させている。
バトルドールでの戦闘は専門のアップルや妹ズが前衛を、そしてカタリナが1人で後衛に当たっている。
カタリナのバトルドールは彼女の元マスターが所有していたLG級機体。
アニバーサリーイベント〈第10回宇宙マンボウ討伐戦〉ランキング1位の報酬機体。
ユグドラシルの子会社〈セフィロト〉製LG級高コスト機〈ミカエル〉
ミカエルはギルド艦防衛に特化したバトルドール。
ミカエルの背部に6基装備されている翼状の特殊兵装〈ティファレト〉が展開されるとギルド艦を覆う防衛フィールドが発生する。
ミカエルが撃破されない限り、決して消える事のないこの壁は全ての攻撃を受け止める。
アップルたちの十二神将シリーズも、それぞれ固有の大型特殊兵装を手に次々と皇帝バフンウニに襲いかかる。
十二神将シリーズの特殊兵装は十二支の名にちなんでおり、その形状は銃剣付きの実弾系突撃銃。
4機1組の3個小隊に分かれたアップルたちは、まずアップル小隊が正面から突入し皇帝バフンウニの注意を引き付ける。
皇帝バフンウニから放たれる無数の棘は、ヘイムダルの援護射撃により撃ち落とされ、エクレアとアイスの小隊はそれぞれ側面へと回る。
3方向からの一斉射撃により外殻周りの無数の棘は次々と破壊され、突撃したアップル小隊は棘の消えた外殻に銃剣を突き立てる。
皇帝バフンウニは最後っ屁のように特攻ナマコを吐き出すが、アップルたちに次々と撃ち落とされその場で爆発する。
外殻は吹き飛び中身をさらけ出した皇帝バフンウニは、ヘイムダルのギャラルホルンの一撃で貫かれその巨体は砕け散る。
「捕獲…間に合いませんでしたね…」
そう言ってちびっ子マティーニが肩を落とす。
それでもこちらに損害は無かったし、それだけで十分だ。
残ったエネミーも艦隊の一斉射撃で砕け散り、第五アポフィス周辺宙域戦は終了した。
◆
アルフヘイムへと帰路についたヘイムダル率いる艦隊に須弥山より通信が入った。
小惑星帯近くまで進行していたエネミーの大群は宇宙軍艦隊により全て撃破された!
笑顔でそう報告してきた女性兵士の後ろでは宇宙軍兵士が大騒ぎしている。
これまでに類を見ない程のエネミーの大進行により、宇宙軍はおよそ7割の戦力を失い壊滅状態となった。
多くの負傷者を出しながらも、幸いにして死亡者は出ていない。
犠牲になったのは彼等を守った無人機たち。
だからかな…
モニターに映るアンドロイドの兵士たちや、ヘイムダルのブリッジでモニターを見つめるアップルたちも何処か寂しそう。
でもAIを載せた頭部を回収すれば再生出来る。
宇宙軍も回収を進めているが、物資も底をつき作業はなかなか捗らない。
そこでラグナロクには、回収と物資の輸送が依頼される事となった。
これ以上のエネミー増加が無いのなら、輸送船はそちらに回しても問題ない。
アルフヘイムへ通信を繋ぎ、1192号に先行する艦隊の編成をお願いした。
あとはマスターか…
あの困ったちゃんを、どう懲らしめてくれようか!
ヘイムダルのブリッジでミルフィーユが思案していたその時、異変が起きた。
ソール恒星系全体が揺れた。
正確には振動はない。だけど確かに感じた嫌な予感。
それはアルフヘイムと須弥山から同時に入った通信を受けて振り返る、青ざめたUSAの顔が物語る。
恒星ほどの大きさを誇る超巨大レイドボス《宇宙マンボウ》が第五冥王星周辺宙域に突如として出現した。
モニターに映し出されたそれは、まるで小さな星のよう。
遠く離れたここからも、ハッキリと確認出来るその光は、ゆっくりと恒星ソールを目指し近づいてくる。
人類が初めて目にするその光景。
それは2体の宇宙マンボウ。
どんどん書くペースが遅くなる…
それはきっと別のお話が浮かんじゃうから。
(ノω=`)
浮気性な十なのです。