020
「姫〜8個目解除完了〜。」
「姫〜もう無理だよぉ〜。」
「姫〜解除失敗〜退避しま〜すぅ。」
またか…メインモニターには今日何個目かも覚えていない解除に失敗した機雷が火球となって消えていく。
《対艦用宇宙機雷》
宇宙戦闘用対艦トラップのひとつ。高性能爆薬を内蔵しており、船体に直接地味に痛いダメージを与える優れ物。しかも高性能感知センサーと小型推進装置も搭載しているのでターゲットの追撃や砲撃からの回避、指定座標の維持が可能となっている。
トラップアイテムの中でも購入出来るアイテムとしては高ランクのこの機雷を、惜しげもなくここまで使ってくるとは…
宇宙回廊を抜け第五火星へと向かうルートへ入ったラグナロクの艦隊は、この狭いルートで思わぬ足止めに苦戦していた。
機雷一つのダメージは大した事はなくても、これだけの数ともなれば話が違う。
バトルドールによるトラップ解除が最も有効だが、時間も掛かるし成功率にも経験による個人差がありすぎる。
エネミーである星喰の進行はその勢いを更に増し、宇宙軍との戦闘は現在第五木星宙域がその主戦場となっている。
そこを突破されれば次はここ第五火星宙域。
宇宙軍からの避難勧告、そして後方からの支援要請を断り、マスター救出を優先した。
だがそれも、こんな所で立ち止まっていては意味がない。
「各艦への通信は?」
「まだノイズが酷いですが音声通信だけならなんとか。」
エネミーの進行と共に、恒星フレアの影響は弱まり通信障害も回復しつつある。
今回の恒星フレアとエネミーの進行には何か関係があるのかも知れない。
だが関係があろうとなかろうと、向かって来るものは全て踏み潰してやれば良いだけだ。
バトルドール隊への帰投を命じた鈴鹿姫は各艦へ向け通信を繋ぐ。
「これよりラグナロク艦隊は機雷源への一斉砲撃の後、これを強行突破する。皆我に続け。」
いまさら鼓舞する必要などない。
静かにそう告げた鈴鹿姫の乗る不動明王を先頭に第一艦隊が動き出す。
これに輸送船団が続き、その周りを他の艦隊が取り囲む。
艦隊より放たれた光の矢は暗闇を切り裂き機雷源に突き刺さる。
しかしそのほとんどが回避され、次々と艦隊へ襲いかかって来た。
ブリッジの指揮卓の上にちょこんと正座していた不動明王は、頬を両手でパンパン叩き気合いを入れる。
『いくよみんな!』
襲いかかる機雷に、近距離攻撃に切り替えた艦隊がそのスピードを更に上げ、ゴリ押し強行突破が開始された。
◆
宇宙回廊から第五火星宙域へと続くルート周辺に設置した監視衛星が、ラグナロクの艦隊を捉えた。
うわぁ〜もう!?
全然準備が終わっていない!
ヴァルハラに残るエインヘリアルのメンバーも慌てふためいている。
ラグナロクの艦隊は予想通りのルートを通過しているものの、まさか強行突破してくるとは思わなかった…
最初の機雷源通過に数日掛かると予想していたのに、しょっぱなから予定が狂ってしまった!
大体ここに来るまでが早過ぎるんだよ!
慌てふためく俺の背中に、冷たい茜の視線が突き刺さる。
「どうすんの?」
「時間を稼ぎます!大丈夫です!問題ありません!」
機雷源はルート上に一つだけじゃない。それにこのルートは長い!まだまだ挽回できる…はず!
とりあえず艦隊の配置を終わらせない事には何も始まらない。
フレイヤ艦長ペロが率いる分隊の配置が手間取っている。
とりあえずシーサーと八戒に手伝うように指示を出さねば!→ああーん!
さらに飲んで大の字になって寝てる!!
二人を蹴り起こし、ペロの支援に向かわせる→もー!!
ブーブー言いながら司令室を出て行った二人と入れ違いに、準備を終えた諭吉が入ってきた。
「なんだかみんな楽しそうですね。」
「…。」
そう。こんなハプニングもなんだか楽しい。
それはゲームの時と同じように。
どんなに事前に準備をし、打ち合わせをしていても必ずこんなハプニングは起きる。
一人ひとりの行動をガチガチに管理していたギルドもあったけど、マイペースにやってたギルドは毎回ドタバタしてた。
これはスマホゲーム!
みんな普段の生活がある。だから予定なんて会う訳がない。
みんな仕事や勉強の合間に、食事をしながら、トイレの中で、寝る前にちょこっと、やってる場所も環境もみんなバラバラ。
イベントの開始時間を間違えていたり、やってる途中で電池が切れるなんて事もある。
でも楽しかった!きっとみんなもそうだったと思う。
上手くいってもいかなくても、みんなでワイワイやるのが楽しかった。
そしてそれはエインヘリアルのメンバーも同じみたいだね。
ラグナロクのみんなはどうだろう?
楽しんでくれていたら嬉しいな。
違う!ほっこりしてる場合じゃないんだよ!
頭から白煙を上げ、わたわたと走り回るアンドロイドのサポートキャラクター数人を捕まえ、彼らに開戦前の特使としてラグナロクの艦隊へ向かうよう指示を出す。
彼女たちの目的はあくまでも俺の奪還にある。
そんな彼女たちの俺を想う気持ちを利用するのは、とても心苦しい!
が!こちらにはこちらの都合というものがあるのだ!
俺の解放条件をチラつかせ、なんとしてでも時間を稼ぐのだ!
『がんばります!!』
わざとらしい程の敬礼を残しアンドロイドの特使たちは、それっぽい解放条件を記した密書を携え、ラグナロクの艦隊へと向かった。
彼らを乗せた小型シャトルなら機雷源にも引っかからない。
「大丈夫なんでしょうね?」
「もちろん!全ては我が掌の上さっ!」
相変わらず背中に突き刺さる茜の視線に耐えながら、自分を鼓舞するようにそう告げた。
まあマティーニたちが上手くやってくれれば、こちらはどうにでもなる。
全ては彼女たち次第かな…
◆
アルフヘイムに戻ったミルフィーユはギルドメンバーをヘイムダルに集めた。
最後まで渋っていたニャモも、ミルフィーユがロックが掛かったドアを素手でこじ開け、引きづり出して来た。
そしてブリッジ。
おそらく正座しているのであろう、ややつぶれ気味なマティーニ、琥珀、ダージリン。
そして頭に出来たマンガみたいに大きいたんこぶを摩りながら正座するニャモ。
そして4人を取り囲む他のメンバーたち。
ここに恐怖のお説教タイムが始まったのであります!
それはこのギルドが始まって以来、初めて経験する恐怖の時間。
正座をする4人だけでなく、それは周りを取り囲むほとんどのメンバーが初めて目にするミルフィーユのマジギレモード!
出てる!何か出てる!《眼に見える程のオーラだとーっ!》とでも言えば良いかも知れない恐怖の姿。
その大きな瞳を赤く光らせ、腕組みをして仁王立ちするその姿は、牛のビーストである筈なのにまるで肉食獣…いや触れてはいけない、何かとんでもない怪物を思わせる。
それはヘイムダルに入って日の浅いセシリアとカタリナのふたりにとって衝撃だったのだろう。
ふたりは何も悪くない筈なのに、泣きながら土下座を始めた。
永遠とも思える恐怖の時間はその後1時間以上続き、それはお説教を喰らう4人の失禁をもって終わりを告げた。
《アルフヘイムお昼のニュース》
みなさんこんにちは。鉄入です!本日はヘイムダルで起こった、あの忌まわしき惨劇を目撃されたお二人をお呼びして、インタビュー形式でお伝えします。
── 本日は先のお説教タイムに出席された玉藻さんとUSAさんにお越しいただきました。
お二人とも本日はよろしくお願いします。
玉藻・USA よろしくお願いします。
── しかしミルフィーユさんは、ものすごい迫力でしたね!
玉藻 ええ。あんなミルフィーユを見るのは、本当に久しぶりです。ミルフィーユはヘイムダルに来てから随分丸くなりましたからね。
── 玉藻さんはヘイムダル加入以前のミルフィーユさんをご存知なんですか?
玉藻 私とミルフィーユはヘイムダルに加入したのも同期ですが、それ以前からずっと行動を共にしていた幼なじみなんです。
昔のミルフィーユは、そりゃあもう手の付けられない暴れん坊で《暴牛》の二つ名で呼ばれ、みんなから恐れられていました。
── 暴牛とは凄いですね。玉藻さんにも何か凄い二つ名とかあったんじゃないですか?
玉藻 いやいや。私なんてミルフィーユに比べたら可愛いもんですよ!
── …そうですか?玉藻さんも凄く迫力ありますけど?
玉藻 …怒りますよ!
── 今、何か出てますよ!それはそうともうお一人、ぽちさんも凄いオーラを出していましたね。
USA ぽちは私たちのギルドが結成された時からの最古参メンバーなんです。
それだけにギルドに対する想いも、人一倍強いんだと思います。
ぽちはマスターの事を《お父さん》と呼んだりしていました。
誰よりも信頼しているお父さんに裏切られた、その怒りがあのオーラなんだと思います。
── なるほど。やはり今回のマスターさんの行動や決断は、みなさんにとって受け入れ難いという事でしょうか?
USA いえ。そうでもないんです。マスターはこういう話に弱いんですよ。特に男性の涙とか。
そんな時は決まって助けちゃうんです。
後先なんて考えず、無理な事でも無理して助けようとするんです。
だから今回のマスターの指示も、やっぱりねって感じなんです。
── それではUSAさんは、今回のマスターさんの決断を支持されるという事でしょうか?
USA 私個人としては、仕方がないかなと思います。でもそれはみんなで決める事です。
ただ結果はどうあれマスターにはお灸を据える必要がありますね!
── …USAさんも出てますよ!それってみなさん出せるんですか?
玉藻 ビーストはみんなそうですね!ビーストは元々戦闘用に作られた種族ですから!
バトルドールくらいなら素手でも破壊出来ますよ!
── …マスターさん…お灸で済むんですかね…それでは最後にマスターさんにお会いしたら伝えたい事とかありますか?
玉藻・USA 自業自得ですかね!
── 本日は貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました。
玉藻・USA ありがとうございました!
マティーニたちに託されたマスターの指示は、その日の内にアルフヘイム中に伝わり、皆行動を開始した。
ただその瞳に怒りの炎が燃え上がっていたけれど…
ラグナロクを一番ナメていたのはマスターだったという訳だ。
今頃、それを思い知っているだろうさっ!
◆
ラグナロクの艦隊へ特使として向かったシャトルは、すぐに戻って来た。
なかなか降りてこない特使たちを確認に向かった我々が目にしたものは…
シャトル内に飛び散ったアンドロイドたちのオイルと無残に引き裂かれたボディ、そして…切断されたアンドロイドの首が転がっていた…
『怖かったですぅ〜!!!』
オイルの涙を流しながら泣き叫ぶ特使たちは、ラグナロクの彼女たちから返答を持ち帰っていた。
修理の為に運ばれていく特使たちから渡されたそれは、一通の手紙。
《今すぐマスターを引き渡せば、せめて苦しまないよう殺してやる。》
あれ?
まだあどけなさの残る笑顔の可愛い彼女たちは?
年の離れた妹のような感情を抱かせる彼女たちは?
「掌がなんだって?」
「話し合えば分かります!まだまだ想定の範囲内です!」
玉がヒュンヒュンするような茜の冷たい視線が背中に貼りつくようで、もう振り返る事もできない。
彼女たちは殺す気満々じゃん。
とにかく事情の説明をしないと、このままでは本当の戦争になってしまう!
こんな事ならマティーニの言うとおり、最初から説明しておけば良かった!
ラグナロクの艦隊に直接連絡を取るように通信士に指示をしたが、磁気嵐の影響はまだ残っており、第五火星からでは無理だった。
「諭吉さん。千手観音の出港準備は?」
「いつでも可能です。」
戦場に直接出向くしかない。
元々そのつもりだったけど、予定がどんどん狂っていく。
◆
宇宙回廊や各惑星を結ぶルートに壁や天井がある訳じゃない。
ただ宇宙空間には船の残骸や砕かれた小惑星の欠片などが存在し、そこは移動するだけでも危険を伴う。
つまり宇宙回廊やルートというのは、その航路上の邪魔なものを出来るだけ排除し、比較的にという程度の、安全だけど決して安心出来ない空間という事。
現実となったこの世界では、そんなルート以外もやろうと思えば移動は出来る。
だからもしそちらを選ばれていたら奇襲が成功し、こちらとしても打つ手がなかった。
だが危険を回避し、安全な航路を選択した彼女たちラグナロクの艦隊は自然とこうなってしまう訳だ。
第三機雷源まで突破して来たラグナロクの艦隊は、この細長いルートの幅いっぱいに展開しているものの、その艦列は長く伸び前後の連携は上手く取れない。
千手観音より放たれた信号弾により、その動きを止めたラグナロクの艦隊は、モニター越しでも分かる程傷つき消耗している。
それでもやる気満々の艦隊から不動明王のみが前進し、開戦前の通信を入れて来た。
まだ音声のみで映像は映らない。
だがこちらがこれ以上前進しても彼女たちを刺激するだけなので、そのまま通信を繋ぐ。
「マスターを引き渡す気になったか?」
低い!そして怖い!
鈴鹿姫のこんなトーンの声を聞く日が来ようとは…
「あっ…マスターです。あの…お話が…」
「良くこの短期間で、ここまで準備したものだ。指揮をとったのはお前か?」
「えっ?あっ…そうです。」
「上手いじゃないか!マスターの声にそっくりだ!」
「えっ?」
「私たちの動揺を誘う作戦だろうが、そうはいかん!」
「違います!本物です!」
『嘘をつくな!!うちのマスターにこんな事が出来るかっ!!!』
《えええっーーーーー!!!》
その時、千手観音のバトルドール格納庫より1機の無人バトルドールが飛び出した。
慌てるブリッジクルーの指示は一切聞かず、その無人機はフラフラと不動明王の前で止まり、手にしたビームライフルを乱射する。
千手観音のブリッジには、鈴鹿姫の高らかな笑い声が響き、哀れな軍用無人バトルドール《金熊童子》は不動明王の主砲の一撃で消し飛んだ。
『嬉しいよ!もし降伏でもされたら、どうしようかと思っていたんだ!これで心置きなくお前たちを殺せる!』
金熊くん…君はあの時の君かい?
静まり返るブリッジで茜がへたり込む。
「何?いまの金熊…」
「…。」→《ごめん僕です!》
「ああ、そうだ!お前たち良く覚えておけ!」
静かに響く鈴鹿姫の声にチビりかける。
『マスターにもしもの事があれば、第五火星ごと消してやる!!』
通信が切れると同時に放たれたラグナロク艦隊の主砲の光が、暗い宇宙を明るく照らす。
こうして《第1回第五火星宙域会戦》はグダグダのまま始まったのでありました。
「どうすんの?」
「どうしよう…」
さて!次回から新章です!
またのんびり更新になると思いますので…
見捨てないでね(ノ ̄▽ ̄)
さて新章のタイトルを考えねば…
苦手なんだよねぇ〜タイトルって…
プライベートも愚痴ばかりの十でした。