016
総艦艇数 100,000隻(輸送船含む)
総バトルドール数 6,600,000機
総冒険者数 7,180,000人
《へっぽこマスター奪還作戦》
白瀬救出と宇宙海賊殲滅の為、アルフヘイムを発ったラグナロクの冒険者たちは一路〈第五火星〉を目指し、40,000隻のギルド艦を5つの艦隊に分け、中央後方に配した巨大輸送船60,000隻を囲む布陣で進軍を続ける。
艦隊総指揮にあたる第一艦隊旗艦LG級3番艦〈不動明王〉艦長・デミヒューマンの〈鈴鹿姫〉の指揮の下、第五地球近傍小惑星の多い宙域を避け大きく迂回するルートを進む。
第五地球から第五火星に向かうルートはいくつもあるが、これだけの大規模進行ともなればルートはひとつしかない。
ゲーム時代には通常、選択肢すら現れなかった〈宇宙回廊〉と呼ばれた特殊ルート。
それはアニバーサリーイベントのひとつ、超大型レイドボス討伐イベント《宇宙マンボウ討伐戦》で使用されたもの。
ソール恒星系の外から恒星ソールまで障害となる宙域もない。
ゲームの時は使えなくても、現実となったこの世界なら通る事が出来る。
ただ設定では、そこは星喰と宇宙軍が戦闘を繰り広げる危険宙域。
例え冒険者といえど宇宙軍の許可なしに立ち入る事は出来ない。
「アルフヘイムからの連絡は?」
「それがまだ何も。」
「そうか…」
「大丈夫ですよ!ミルフィーユさんを信じましょう!姫!」
「姫はやめろ!」
ブリッジを笑い声が包む。
こんなメンバーとのやりとりも、嫌いだったこの名前を好きになれたのも、みんなマスターのおかげだ。
『姫なんて可愛いじゃん!』
そう言って笑ってくれた。
また名前を呼んで欲しい。
また笑いかけて欲しい。
それが白瀬を助けたい彼女の理由。
たったそれだけ、でもそれこそ彼女が命を掛けてでも取り戻したい大切な事。
冒険者ひとり一人に違った理由がある。
それは何てことない、つまらないもの。
でも誰も馬鹿にしない。誰にも馬鹿にさせない。
それはマスターがくれた大切な宝物だから。
◆
アルフヘイムに残り情報収集と後方支援の指揮にあたっていたミルフィーユたちヘイムダル一行は、護衛の3隻のギルド艦を伴いスペースコロニー須弥山を目指す。
「…みんな大丈夫かな?」
膝を抱えて浮かんでいるヘイムダルが小さな声でそう呟く。
今回の須弥山行きにはUSA・ぽち・ニャモ、そしてセシリアとカタリナの5人は同行していない。
セシリアとカタリナはマスターがさらわれた際、同じ公園にいた。
公園の慰霊碑の前で共に手を合わせ、彼女たちの大切な時間をマスターは共に過ごしてくれた。
近くにいた。それなのに気づく事さえ出来なかった。
それから彼女たちはずっと泣いていた。何も悪くないのに。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
そればかりずっと繰り返して…
ぽちもニャモも自室に閉じこもり出て来ない。
ぽちは自分の行動がアルフヘイムに混乱をもたらした事で、ずっと自分を責めていた。
ニャモも何を聞いても答えてくれず、部屋にも入れて貰えない。
こんな時マスターならどうしたろう…
「みんなの事は任せて!」
そう言ってくれたUSAに甘えてしまった。
アルフヘイムには他にもショックから体調を崩してしまった冒険者がいる。
みんながみんな、すぐに立ち上がれた訳じゃない。
『それで良いよ。』
きっとマスターなら笑ってそう言う。
そして自分の意思で立ち上がるのを、そっと見守ってくれるんだろうな。
だから早く会いたい。早く会わせてやりたい。
だから今はマスターの事を優先しよう。
USAと1192号に彼女たちや、アルフヘイムを任せ宇宙軍本部に向かう事を決めた。
マスター奪還作戦はすでに動き出している。
宇宙回廊を使用しての大規模進行となれば、本来なら事前に連絡し、申請を出すべきだった。
あれだけの大艦隊だ。当然感知されている。
先に艦隊を動かした事でラグナロクへの不信感を持たれてしまったかも知れない。
まずは連絡だけでもと思い、ずっと連絡を試みているのだが須弥山から応答がない。
「やっぱり恒星フレアの影響かね?」
先日恒星ソールにて恒星フレアが発生し、それは今でも続いていた。
そして現在、第五地球では小規模な磁気嵐が発生しているそうだ。
「コロニーやギルド艦には防御フィールドもあるし、あの程度なら問題ないと思うけどね。」
玉藻と梓の2人はやる事がないからとブリッジに入り浸っている。
梓はヘイムダルの強化ユニット〈ギャラルホルン〉の整備を担当する〈機関長〉なので、やる事はいっぱいあるはずなのに。
本当は2人とも1人だと不安だからなんだよね。
アップル「艦内異常はありません…」
「ご苦労さま。」
艦内巡回を終えたアップルたちも、今日はいつもより元気がないし、フラフラしている。
「大丈夫?今日はもう休んで良いよ。」
アップル「いえ…」
ばなな「問題…」
カップケーキ「ありません…」
ドーナツ「私たち…」
エクレア「だけ…」
フローズン「休んで…」
ジンジャー「…。」
ハニー「…。」
アイス「…。」
ジェリービーンズ「…。」
KK「…ふがっ!」
ロリポップ「…えっ!あっ!異常なし!」
「休んで。」
アップル「本当に大丈夫です。私たちの体調がすぐれない事や、通信機器の不調も磁気嵐の所為だと思います。そうですよね?ヘイムダル。」
「確かに、より大きな磁気嵐が発生したみたいだね。…しかもこれは数日は続きそうだよ。どうする?艦長。」
「護衛のギルド艦との連絡は?」
「う〜ん…有線なら大丈夫みたい。でも防御フィールドがお互い干渉しないギリギリまで近づかないといけないから戦闘になったら難しいかな…それに艦隊との連絡が…」
「それは護衛のギルド艦に伝達を頼めば良いよ。ゲートを使えば、まだ合流出来るから。」
アップル「しかし恒星フレアにエネミー増加…何でこう悪い事が重なるんですかね…」
妹ズ「マスターの日ごろの行いの所為かな?」
くしゃみしてるかも。そう思うとおかしかった。
みんなもかな?みんなのこんな雰囲気は久しぶりだ。
早くマスターにも見せてあげなきゃ。
「このまま須弥山に向かいます。まずはそれからだよ!」
◆
スペースコロニー〈須弥山〉
宇宙回廊のルート上にユグドラシルが建造したスペースコロニーを三星重工グループが宇宙軍の軍事拠点として改装した宇宙要塞。
総艦艇数 2,500,000隻
総バトルドール数 180,000,000機
総兵士数 63,500,000人
「デタラメだね…」
モニターに映し出された須弥山の守護者は、ヘイムダルが言うように確かにデタラメだ。
三星重工製LG級バトルドール〈持国天〉〈広目天〉〈増長天〉〈多聞天〉の4機は、〈金鎖甲〉と呼ばれるギルド艦の優に2倍はある拠点防衛用特殊兵装に、もはや搭載されている。
だが今はその内の1機、持国天がいない。
メンテナンス中かな?
多聞天がゆっくりと近づき、防衛フィールドが干渉しないように平航し通信用ケーブルを伸ばしてきた。
ケーブルの先端がヘイムダルの船体に接続されると、それまでぷかぷかとブリッジで浮かんでいたヘイムダルが突然ワタワタとパニクりだす。
『大変!エネミーの大群が進行中だって!』
詳しい話を聞く為に須弥山の宇宙港に入港するとデミヒューマンの女性兵士が出迎えてくれた。
宇宙港には整備中のわずかな軍艦が停泊しているのみで、五智如来と呼ばれる巨大戦艦を旗艦とした5つの艦隊はエネミー迎撃の為、すでに出港していた。
ラグナロクの大規模進行なんて、それどころでは無かったようだ。
女性兵士に案内されながら辺りを見渡したミルフィーユはある違和感を感じた。
須弥山に残る兵士の中に人間の姿がない。
元々宇宙軍に人間は僅か数千人しかいないのだが、いくらなんでもこれはおかしい。
女性兵士にたずねると溜息まじりに答えてくれた。
艦隊司令長官をはじめとした殆んどの士官は出兵しているのだが、最高司令官や作戦本部の数名は須弥山を離れ、第五地球で指揮をとっているそうだ。
同じ人間で随分と差があるものだ。
宇宙軍のトップやその取り巻きは安全な所で指示を出すだけ。
その違いも女性兵士は教えてくれた。
この世界には2種類の人間がいる。
星喰に追われソール恒星系にやって来た人類は、入植可能な惑星や衛星などでテラフォーミングを開始したが、星喰の脅威におびえて暮らす内に互いに交流する事は無くなっていった。
時は流れ、もっとも繁栄した第五地球に住む者は自分たちを〈人間〉と呼び、より過酷な惑星や衛星で暮らす者を〈ミュータント〉と呼んで人種差別を始めた。
第五地球に住む者は戸籍を作り種の管理を始め、過酷な環境下で生まれたミュータントたちをミュータント狩りと称して殺害し、その存在を決して受け入れようとしなかった。
ミュータントは人間の奴隷である亜人以下の存在として扱われていたが、だが唯一人間として認められるチャンスがあった。
それが宇宙軍への入隊だった。
変異した体を機械に変え、危険な前線に立ち宇宙軍で指揮を取る人間の為に戦う事。
そして多くのミュータントは宇宙軍へ入隊し、星喰と戦い死んでいった。
それは自分の子どもたちに、自分と同じ思いをさせない為に。
子どもたちの幸せを願い死んでいった。
さらに時は流れ、今ではそういった差別は無くなりつつある。
かつてミュータントと呼ばれた者たちは開拓者と呼ばれるようなり、宇宙軍で戦った者たちの子孫は、ちゃんと戸籍を与えられ宇宙軍への入隊義務はない。
だが多くの子孫たちは自分たちの先祖を誇りとし、傷つき失った体を機械に変えて、今でも前線で戦っているのだそうだ。
それはこれから生まれてくる子どもたちの為に。
そんな事が…
ミルフィーユたちサポートキャラクターが知らないゲーム時代には無かったこの世界の現実。
宇宙海賊たちは開拓者の子孫だと言う。
第五火星などに残った開拓者の子孫たち。
この世界で戸籍のない、その存在を認められない者たち。
同情はする。
だけどだからと言って何をしても良い訳じゃない。
マスターがこれを知ったらどうしただろう…
マスターはこういう事が大キライだ。
だからきっと笑って許してしまう。
だけど私たちは違う。
私たちの大切なものを奪った者たちには、それ相応の報いを受けてもらう。
ソール恒星系内にはまだエネミーの進行を許していないそうだが、宇宙回廊周辺宙域は間もなく封鎖されるそうだ。
ラグナロク艦隊の宇宙回廊航行許可は出たものの、一切保証はされない。
それは百も承知の上なので良いのだが…
しかしこれまでの事に加えエネミーの襲来まで…これが全て偶然なのか…
「マスターさんの救出ですか…」
ここまで案内してくれた女性兵士がそう言うと、辺りを気にしてひと気のない所まで連れて行かれた。
「救出するなら急いだ方が良いです。」
「どういう事ですか?」
「作戦本部からの極秘任務で持国天が第五火星に向かっています。」
それはマスターがさらわれるよりずっと前…
「まだ持国天は戻ってこないので任務遂行中だと思います。」
「良いのですか?そんな事話して…」
「今は私たちしかいませんから。」
任務内容までは分からないが、艦隊ではなく拠点防衛用の無人バトルドールを向かわせたという事が気になる。
ミルフィーユは護衛のギルドにラグナロク艦隊への伝達を頼む。
何か嫌な予感がする…
◆
宇宙回廊の周辺宙域に停泊していたラグナロクの艦隊は、ミルフィーユからの情報を受け今後の行動を決める為、5隻の旗艦が集まる。
艦隊総指揮の不動明王を中心に、第二艦隊旗艦LG級5番艦〈スルト〉、第三艦隊旗艦LG級6番艦〈愛染明王〉、第四艦隊旗艦LG級10番艦〈孔雀明王〉、第五艦隊旗艦LG級13番艦〈ヨトゥン〉の5隻は互いに通信用ケーブルを接続する。
不動明王ブリッジでは鈴鹿姫がメインモニターを見つめながら難しい顔をしている。
恒星フレアの影響は艦隊全体におよび、この程度の話し合いでもここまで時間が掛かってしまう。
現在艦隊運航は船外のライトの点滅を使用して簡単な指示を出している。
だがこれも戦闘時には使えない。
宇宙軍が撃ち漏らしたエネミーとの戦闘になる可能性も高い。
今回の作戦に参加する全ての冒険者たちの命を預かる身としては、なんとも胃がいたい…
「また1人で悩んでいるんですか?お姫さま。」
「だから!!」
「はいはい!」
悪戯っぽく笑う愛染明王艦長・デミヒューマンの〈咲耶〉の姿がメインモニターに映し出された。
ようやく回線が繋がり、モニターには残る艦長たちの姿も映し出される。
「さて、ミルフィーユたちから届いた情報からも分かったように、宇宙海賊殲滅の為に既に宇宙軍が動いている。こちらは今だ通信機器に問題はあるが、私はマスター救出を強行したいと思う。」
「賛成です。ですが今のまま…輸送船を連れたままでは例え宇宙回廊を使用しても時間が掛かり過ぎます。」
「輸送船をここに残していくという事ですか?!」
孔雀明王艦長・兎のビースト〈かぐや〉の発言にスルト艦長・アンドロイドの〈不知火〉が声を上げる。
「そうじゃない!私が言いたいのは、我が第四艦隊に先行の許可を頂きたいという事です。」
「宇宙海賊の戦力も分からないのにそんな無謀な事、許可出来る訳ないでしょう!」
かぐやのこの発言に今度はヨトゥン艦長・アンドロイドの〈霜月〉が声を上げた。
艦長同士の言い争いが続くなか、鈴鹿姫を茶化して以来ずっと黙っていた咲耶が手をあげた。
「はい咲耶さん!」
「マスターにはマティーニたちがついている。あいつらが命に代えてもマスターを死なせやしない。マティーニたちを信じてやりなよ。」
そう言われたら流石にみんな黙るしかない。
でも咲耶はそう言ったが、おそらくそうはならない。
マスターがそんな事を許すはずがない。
みんなそれが分かっているからこうなっているんだから。
「ひとつ提案があるんだけど、これには全ての冒険者たちの同意がいる…聞いて貰えるかな?」
鈴鹿姫の提案は全ての船に。全ての冒険者たちに伝えられた。
ラグナロクの艦隊は宇宙回廊を進み始める。
それは通常ではあり得ない速度で。
今回は本当にギリギリでした(ノ ̄▽ ̄)
次回はマスターさん達です!
さあ!ふざけよう!
只今、脳みそトロトロな十でした。
本当につかれた…