013
左側に立つ男は右半身を
右側に立つ男は両腕を
正面に立つ男は首から下全てを
皆それぞれアンドロイドのように機械化されている。
つい先ほどまで大食いバトルで騒がしかった四阿は椅子に座ったままの俺を残し、その面子を変えて静まり返る。
「銃を向けられても動じないとは、さすがギルドマスターですね。」
「最初から殺すつもりならわざわざ出てくる必要はないでしょう。それに俺を生かしておいた方が利用価値が高いでしょうから。」
正面の男は顔色一つ変えず、腰が抜けて立てないだけの俺に銃口を向け続ける。
彼らはサイボーグというやつだ。
サイボーグ技術は生体再生技術の進んだいま、最早過去の遺物のような技術だが、軍人の一部などに今でも使用する者がいたはずだ。
「ところでどちら様?」
「我々はエインヘリアル。革命軍です。」
革命軍?…も〜う聞いてる話と違うし!
「宇宙海賊と聞いていました。」
「自ら海賊を名乗るものはいないでしょう。それより、そろそろ参りましょう。」
左右の男も銃口を向ける。《立て!》って事かな?
ふらつく事なく立てたものの、走って逃げるのは無理そうだ。
しかしアルフヘイムの警備体制は見直しが必要だね。
クエストの依頼にくる企業の増加でチェックが緩くなり過ぎた。今回はその隙をつかれた訳だ。
手渡されたポンチョを着ると、甘いソースの匂いがした。
これは彼らが持ち込んだ物ではなく、どこかの屋台から奪った物。
正面の男の合図で左右の男に挟まれながら歩き出す。
この男がグループのリーダー格という事か。
誰がどう見ても怪しい4人組!なのに誰も気にしない!
すれ違う冒険者や鉄入ブラザーズも見向きもしない。もう当たり前になってるのね…
まあ気づかれても困るけど。
俺を拘束している3人の屈強なサイボーグも、周りに一声かけるだけでたちまち制圧されるだろう。
でも相手は銃を所持している。
たとえ制圧出来ても彼女たちに、もしもの事があっては本末転倒。自分でなんとかするしかない…
解決策など導き出せるはずもない俺の思考は、すぐに停止した。
目の前には無人の串カツ屋台。
屋台の裏に煙をあげてのびている鉄入くんを発見した。
銃口さえ邪魔をしなければ、すぐにでも駆け寄りたいところだ。
例えそれが男でも!本当だよ!当たり前じゃないか!
「これをお借りしたかったもので。でも安心して下さい!殺してはいませんから。そうだ!貴方の携帯端末をお借り出来ますか?」
2つの銃口が背中にあたる中、ポケットから携帯端末を取り出し、リーダー格の男に渡す。
男は携帯端末を受け取ると、いともたやすく握りつぶし屋台裏の茂みに投げ捨てる。
「ありがとう。」
「…貴方の携帯端末を壊したのに、お礼を言われるとは思いませんでした。」
「でもこれで鉄入くんの発見が早くなる。」
リーダー格のこの男は携帯端末は〈壊した〉と言ったのに、鉄入くんの事は〈殺していない〉と言った。《機械》の鉄入くんを。
逃げ出すにしても、もう少し彼らの事を知ってからでも遅くないだろう。
まあ逃げられたらの話だけど…
◆
アルフヘイムの宇宙港には彼らの乗ってきた船が普通に停泊されていた。
見た目は普通の輸送船だが、兵装は強化されているようだ。
特に格納庫で見た1機のバトルドール。
あれは軍用の無人バトルドールだ。
しかも三星重工製SSR級量産機〈金熊童子〉の最新モデル漆式。
感情を持たない自立思考型の戦闘人形。
あれが本来のバトルドールだ。
俺たちのバトルドールは冒険者の為に有人機に改修されているだけ。そうでないとゲーム的にも面白くないし。
宇宙海賊の使用するバトルドールが全て軍用と仮定した場合、パイロットが乗る事を前提としたこちらの機体より、パイロットへの負荷を考慮しなくて良い無人機の方が機動性で勝る。
例え火力で勝っても当たらなければ意味がない。
相手との兵力差は分からんが、数でごり押しするとしても、こちらも相当の被害を覚悟しないといけない。
なんとかみんなと連絡を取らないと…
携帯端末を失った事で、連絡手段が無くなった。
脱出するにも軟禁されているこの部屋にはドアが1つと小さな通気口があるだけ。
ドアの外には見張りの武装したドローンもいるから、通信室に侵入して連絡…なんて事は怖くて無理。
いきなり手詰まりか…
海賊団壊滅のクエストが出されている中、俺と連絡が取れなくなれば、みんなも異変に気づいて動き出す。
そうなる前になんとかしないと、みんなも危ない。
部屋に備え付けられているテーブルの上にはレーションと水、それとご丁寧に俺が吸ってるのと同じタバコが1カートン。
まあどれもアルフヘイムから奪われたものだし遠慮なくいただこう。
ニャモと梓ちゃん合作の最新式小宇宙掃除機〈小宇宙掃除機Mk-II(仮)〉を装着し、備え付けの椅子に座りタバコを吸う。
いくつもの細長いアームが取り付けられた小さな機械式のそのバンドは、首に装着すると頭をすっぽり包む薄紫色の怪しいエネルギーフィールドが発生し、煙を外に逃がさない。
バンドに付いてるアームは着火に消火、吸い殻の回収、そしてほどよいタイミングでタバコを持ってくれるなどの気配りも忘れない。
ただ煙の吸い込み口が耳に近くてうるさい!
そしてアームがわちゃわちゃして、うっとおしいったらありゃしない!
前にこれを見て顔面蒼白になったぽち曰く、『蟲に喰われてるみたい』だそうだ…
ごちそうさまでした。
レーションを食べ終わると、いよいよやる事がない。
どこに連れて行かれるのかも分からないし…寝るか!
『ぎゃっ!』
いきおい良くベッドに寝っ転がると、着たままだったポンチョの内側から女の子の声が!
何?こわい!
飛び起きるとポンチョから何かが転がり落ちる。
それは見たこともない3つの…餅?何?
おそるおそる指で突っつくと、ぷにぷにしていてあったかい。まるで3つの…
「ほわぁーーーどこ触ってるんですか!マスター!」→3連弾のボディタックル…良く分からないけど《ありがとうございます》
餅「マスターのエッチ!」×3
それはマティーニたちスペクター3人娘の声!
「…大丈夫ですか?」×3←《君らがな!》
「その姿はどうしたん?」
「これは私たちウンディーネの幼体モードです。」×3
「…はぁ…」
それが何か?と言わんばかりですが、その姿は手のひらサイズの丸いゼリーのようで、大きなお目々がくりくりしてます!
ただなんでしょうね…その姿は…
《4つ繋がったら消えちゃいそう!》
ぷち琥珀とぷちダージリンの2人は仲良くぴょこぴょこ跳ねながら部屋の中に怪しいものがないか調べている。
ぷちマティーニはテーブルによじ登り、これまでの経緯を説明してくれた。
りんご飴屋台を壊滅させた彼女たちは次の獲物を物色中に、拉致られた俺を発見したんだそうだ。
「なんで分かったの?」
「マスター特有の臭いで!」
《加齢…》←「タバコです!」
嗅覚までぽち並とはスペクターモード恐るべし!
「すぐにお助けするべきでしたが、マスターにもしもの事があってはいけないのでポンチョの内側に忍び込みチャンスを窺っていたのですが…」
寝ちゃったんだって!しがみついたまま!
お腹いっぱいだったんだね!
でも俺を助ける為に彼女たちはこんな姿に…
ぷちマティーニを膝に乗せ、頭をなでる。
最悪この子たちだけでも何とかしないと。
「元に戻れるん?」
「はい!身体の水分を一気に抜いたので、しばらくは戻れませんが問題ありません…」
どうやって水分を?と思ったが、《乙女の秘密》的な気がするので聞くのはよそう。
ん?ぷちマティーニがモジモジしてる!
「…あの、マスター…そこ、お尻です…」
もうどこも触りません…
╭○╭○╭○
「あそこから外の様子を見て来ます!」
部屋の小さな通気口も今の彼女たちならギリギリ通れそうだ。
「気をつけてよ。無理しないで良いからね。」
○○○「ラジャー!」
ぷち琥「マスター!くすぐったい!」
俺「もう!どこもてば良いのさ!」
ぷちダ「マスター!そこは!」
俺「えっ?!」
ぷち琥「マスター!ダージリンに何したの?!」
俺「知らんがな!」
ぷちマ「2人ともいい加減にしなさい!気づかれちゃうでしょ!」
ぷち琥・ぷちダ「は〜い…」
ぷちマ「まったく!よっ!あっ!やべっ…ふっ…あれっ?…くっそっ…んあぁ〜」
ぷち琥・ぷちダ「副長〜もう少しダイエットしないと!」
ぷちマ『うるさい!!』
きゅぽっ
最後にぷちマティーニもようやく出発した。
部屋の中は彼女たちが隈なく調べてくれたので、監視カメラなどはないようだ。
通気口の蓋を直してひと息つく。
アルフヘイムを発ってからどれくらい時間が経っただろう。
変化のないこの部屋では時間の感覚がおかしくなる。
ギルド艦に比べれば遥かに小さいこの船だけど、船内を探索するとなれば時間が掛かる。
ぷちマティーニたちも上手く通信室を見つけてくれれば良いのだけど。
彼女たちの携帯端末は幼体モードになる際、荷物と一緒に宇宙港に置いて来てしまったそうだ。
その際、管理局宛に緊急事態を知らせるメールを送ったそうなので、ミルフィーユたちも動き出しているはずだ。
時間がない。
ぷちマティーニには止められたけど、俺だけ何もしない訳にはいかない!
何かないか?
もう一度部屋の中を確認する。
ん?天井のあれは火災報知器?
《ぽくぽくぽく、ちん!》
椅子に乗ってタバコをふかしまくる!何本も何本も!案外鳴らないもんだな…壊れてるん?
鳴った!!うるさい!!!
ピーピーピーピー!鳴らすつもりでやったけど凄くうるさい!
ドアのロックが外れる音がして見張りのドローンが入ってきた。俺はドアの横に立ち、手にした椅子をドローンの頭目掛けて振り下ろす。
見張りのドローンは頭が取れて胴体部分だけが部屋の中を走り回っていたが、しばらくすると煙を上げて動かなくなった。
船内には火災を知らせる警報が鳴り響いている!
で?…どうすんの俺?
ここまでやって何だけど…脱出方法すらないのに…やっちゃった?
『マスター!!何やってんですかー!!』
ぷちマティーニたち3人が血相変えて戻ってきた。
ねっ…どうしよう…
_| ̄|○ ○○○
警報が止まり、ドローンたちが通路を走り回っている。
俺が逃げ出した事はすぐにばれてしまい、物陰に隠れてやり過ごしてはいるが、通路にはカメラもあるし見つかるのは時間の問題だ。
「マスター?この後はどうするんですか?」
「ん?……分かんニャい…」
「琥珀。いじめないのっ!」
いま我々は、ぷち琥珀とぷちダージリンを両肩に乗せて左右を見張らせ、そしてぷちマティーニを頭に乗せて背後を見張らせる事で全方位を見渡せるカンペキ体制で移動している。
映画とかで良くある通気口を使っての移動を試みたものの、べっこんべっこん音がして笑えるくらい分かりやすいので断念した。
空いてるコンテナを被っての移動も考えたが、ゲームじゃないんだからバレバレ…
通信室は発見出来なかったものの、なんとかバトルドールの格納庫までやってこれた。
途中で手に入れた作業用のスペーススーツを着ればハッチから外には出られる。
「そのまま宇宙を漂うつもりですか?それではただの自殺行為です!」
ぷちマティーニの言う通りです。それにスペーススーツは一着しかないから、そのつもりもない。
辺りを見渡すと、格納庫にはバトルドール以外にも大小さまざまなコンテナが山積みにされ固定されている。
どれもこれもアルフヘイムから奪ったものか…
革命軍と言いながら、やってる事は海賊と変わらんな。
「やはり脱出ポッドを奪うしかありませんよ!」
ぷちダージリンの提案は先程から何度も出されたものだが全て却下して来た。
航行中の船から脱出するとなったら、どの船にもある緊急用脱出ポッドを使うしかない。
連中からしたら、そこさえ押さえておけば良い訳だから当然警備は厳重だろう。
それは俺を捜索するドローンの数や、いまだにサイボーグたちが姿を見せない事からも分かる。
もし仮にポッドを奪い脱出出来たとしても、バトルドールを出されたら脱出ポッドじゃ抵抗も出来ない。
そこで彼女たちの提案。
《自分たちを囮にして俺だけ脱出する》
俺の失敗を彼女たちに尻拭いさせるような提案を許可出来る訳がない。
だからそれは二度と言うなと釘を刺した。
それに彼女たちの存在はまだ知られていないだろうから、もしもの時は俺だけ投降すれば良いんだし。
でもそれまではもう少し足掻いてみよう。
ドローンに注意しつつ、みんなで使えそうなものはないかコンテナの中を確認した。
開けられなくても外側に記載されているものもあるから出来るだけ。
結果…食料や医薬品ばかり…もっと高価なものもあったろうに…
「マスター大変!こっち来てー!」
ぷち琥珀の後をついて行くと小さなコンテナの下敷きになってのびているぷちダージリンを発見…
気をつけなさいよ…ぷちダ「キュゥ〜」
ん?手にしたコンテナはどこかで見た事が…
《!》いける!いけるで!後は…
《ぽくぽくぽく、ちん!》
「良し!脱出するで!みんなも協力して!」
╭○╭○╭○
みんなで手分けしてあるものを探し出した!
それはヨードチンキ!消毒薬です!
結構な量が見つかりました!
「これをどうするんですか?」×3
「これを金熊童子のAIやセンサーの詰まった頭部内にぶっかけます!」
「…?」×3
「ヨードチンキで金は溶けるのです!」
バトルドールの外装やフレームはナノマテリアル製でも、内部には金メッキを使用した部品などもある訳ですよ!
もちろんかけただけで溶ける訳はないけれど、自立思考型の精密機械!誤作動くらい起こすはず!
ぷちマティーニが大きなため息をつく。
「それが上手くいったとして、どうやって脱出するんですか?」
「それはこちら!!」
ジャジャーン!《小さなコンテナ!》
ではなく、星クジラ捕獲の報酬のひとつ!
ユグドラシル製LG級高コスト機、その名も《ブリュンヒルデ》!
ではご覧下さい!→ポチッとな!
……………………………エラー……
えーーーーーーーーーーー!!!!
「マスター…広い所でって書いてあるから、ここじゃダメなんじゃない?」
「…。」がっくし…
とりあえず手分けして作業に取り掛かる。
ありったけのヨードチンキを金熊童子の頭部内にぶっかけてやったぜ…ちきしょう…
そしてスペーススーツを着た俺はヘルメットの内側に3人を張り付かせる!→被る!
「中身が出る…」
「マスターの鼻息がこそばゆい…」
「マスター!お尻にほおづりしないで!」
『うるさい!』
いいもん!やってやんよ!外でやれば良いんでしょ!
緊急脱出ハッチのボタンを押すと、あっという間に宇宙空間に吸い出された。
ヘルメット越しとは言え、初めて見る生の宇宙!しばらく感動しておりました。
いかんいかん!脱出ハッチは閉じている。連中もさすがに気づいたはずだ。
コンテナのボタンを押すとコンテナ自体か光出す!手を離して、その場をワタワタと急いで離れた。
次の瞬間、コンテナは破裂して白いバトルドールが姿を現した。
それは女性の身体のように美しい曲線の機体。さすがLG級!見た目がもう神々しい!
だから見とれてる場合じゃないんだって!
急いでコクピットに乗り込み、バトルドールを起動させる。
モニターに映し出されたそれは、ソール恒星系第4惑星《第五火星》
ここが連中の本拠地という事か。
「マスター?これ…落ちてませんか?」
ヘルメットの内側でお尻をムニムニ押し付けながら、ぷちマティーニが聞いてきた…
だな!
後書きに何を書けば良いか悩む…(ノ ̄▽ ̄)
いらないのかな…
さて次回はアルフヘイムの女の子たちのお話です。
と次回予告をして自分を追い込む十でした。