001 フィンブルの冬
いつもと同じ帰り道。
いつもと同じ駅。
いつもと同じコンビニ。
いつもと同じ発泡酒…では無く今日はプレミアムビールを買ってみた。
部屋に戻って電気を付ければ、慌ただしく出掛けた時のまま。
ベッドに腰掛け、ビールを一口。
タバコに火を付け、今日何度目かも覚えていない溜め息をつく。
〈フィンブルヴェトル〉
配信開始から15年つづく、広大な宇宙を舞台にしたスマホMMORPG。
今日はそのサービス終了日だ。
あと2時間後、夜12時には全て終わり。
15年ほぼ毎日ログインし、新車の軽自動車なら軽く買えるくらい課金した。
そして何より大切な仲間との思い出が、あと2時間で終わってしまう。
朝から何度もスマホをいじっていたが、ゲームが出来ないでいた。
(ちゃんとけじめを付けなきゃ…)
タバコを揉み消し、いつもと同じ大切な…大切だったゲームを始める。
◆
そこはソール恒星系第3惑星《第五地球》
《お帰りなさいませ。シロボン艦長》
サポートキャラクターのミルフィーユが出迎えてくれる。
〈サポートキャラクター)
《デミヒューマン》《ビースト》《ウンディーネ》《アンドロイド》の4種類から選べる主にプレイヤーのバックアップを担当するキャラクターだ。プレイヤーがログインしていない時、プレイヤーの役職を代役してくれるキャラクター達。運営もかなり力を入れており、各種にそれぞれ数百種類のキャラクターが用意されており、性別から一人称、性格など細かく設定変更出来る為、うちの子自慢が盛んに行われていたものだ。
その中でも、《うちのミルフィーユ》は、どこかの出版社とのコラボキャンペーンの抽選で当てた特別製だ。
そして《うちのミルフィーユ》は、良く知らないが人気のイラストレーターの作品だ。
ビースト種の牛タイプ。本来、ビーストは戦闘用に動物と人間の遺伝子から作られた人造人間だが、性格はおっとりとした牛娘!
そしてなにより巨乳!いや爆乳なのであります!!
この手のキャラクターは名前などの設定変更が出来ないが、非常にレア度も高く人気があった。
それに引き替え、プレイヤーのアバターと来たら、種類は人間のみ、服や髪型、カラーリングが変更出来るだけの、がっかり仕様!
(さて。どうしたものか…)
サービス終了の告知から3ヶ月。ほとんどのプレイヤーは引退…卒業した。
多くは同じ運営の別のゲームに移動したようだ。
ただ今日は、まったく更新されていなかった掲示板も賑わっている。最盛期に比べたら、寂しい限りだが…
掲示板の書き込みも《ありがとう》《さようなら》ばかり。
(こんなんじゃ駄目だ!)
プレイヤーは《冒険者》
この世界を!この宇宙を冒険するのがお仕事だ!
〈フィンブルヴェトル〉
人類発祥の星《地球》そこで発見された謎の黒い箱。黒い箱は人類に多くの知識を与え、文明は更なる発展を遂げる。が、争いもまた絶えなかった。そこに宇宙より突如として現れた謎の生命体《星喰》により地球を追われた人類は、新たな星を求めて旅立った。
それから数千年後、《ソール恒星系》を舞台とした冒険が今始まる!
メニュー画面からストーリーを開くと、そう書いてあった。最後の最後にして、今、知りました。
(まずはギルドに行くか…)
このゲームでのギルドは《ギルド艦》と呼ばれる戦艦となっており、ギルド名は艦名として表示される。
15年の思い出の詰まった我らのギルド艦。6等級ある内の最上級ランク。LG級ギルド艦〈ヘイムダル〉白く輝く流線形の美しい自慢の戦艦だ。
年に一度行われるアニバーサリーイベントのひとつ、《最強ギルド決定戦》その第一回大会優勝報酬。優勝出来たのは、廃人揃いの初期メンバーと、参加ギルドがまだ少なかったからだが。
LG級ギルド艦は固有の艦名が付けられている。それまで使用していた艦名〈脳筋ブラザーズ〉への変更はメンバーの猛反対もあり、断念せざるを得なかった。
そんな初期メンバーも、別のギルドを作る為、リアルを優先する為と、理由はさまざまだけど、寂しいお別れをして来た。
そして何より辛いログインが止まった幽霊メンバーの追放を繰り返し、現在のメンバーに落ち着くも、終了の告知があってから、すっかりみんな幽霊メンバーになってしまった。
ギルド艦で待っていてくれているのは、彼らのサポートキャラクター達だけ…
ひとりぼっちのギルドも今となっては、珍しくもない。多くのギルドは解体され、ソロプレイヤーとして、のんびりやってる人も多い。
楽しみ方は人それぞれ。ソロプレイでも楽しめるクエストは、幾らでもあるのだから。
(駄目だ…どんどん暗くなる)
時間ばかりが過ぎていく。
(まずは宇宙に出てから考えよう)
メニュー画面からギルドを選びギルド艦に移動する。もし他のメンバーが出港させていたとしても、ギルド艦に転送される設定だ。
ただミルフィーユが、今ここにいるので出港していない事が分かる。
ブリッジに移動すると、ギルドの副長であるイボGさんのサポートキャラクター、マティーニが出迎えてくれた。
マティーニは女性体のみのサポートキャラクター《ウンディーネ》
ウンディーネは《第二地球》の細菌やウイルスへの抗体を作る為、その星のスライム状の生物と人間の遺伝子から作られた人造人間。
と、設定に書いてある。今、知りました。
今日は、特に目的もない。《第五火星》の先、小惑星帯を目的地に選び移動を開始する。
目的地を選べば、操舵手とコンピューターが移動させてくれる。プレイヤーが操作する場合は、フリック操作で細かく操船出来るが、操舵手のアさんがいない今、彼のサポートキャラクターに任せるしかない。
◆
ソール恒星系に5つ存在するスペースコロニーの1つ、プレイヤー用コロニー《アルフヘイム》を静かに出港する。
今回の移動は〈ゲート〉と呼ばれる、ルートが固定された移動装置を利用する。
安定した移動が出来るので、サポートキャラクターでも問題ないはずだ。
ゲートを抜けると、そこはもう小惑星帯。
ゲーム!さすがゲーム!
タバコに火を付け、どうしたものかと考える。あと1時間ちょい。目的がないから、やる事がない。
と思っていたら、エネミーとエンカウント!
残り時間を考えると、撃破は難しいかも…
《NEW》
このゲームに存在するエネミーは倒せば〈星喰図鑑〉に登録される。
全3514種中ただ1種。未だ登録されていないエネミー。
出現場所は星系全体。出現確立は極めて稀。
撃破報告も2件くらいしか覚えていない。
ずっと探していた最後の1匹。
《星クジラ》
最後の最後で見つけ出した!
このゲームでの戦闘は2種類。プレイヤーやサポートキャラクターが操る〈バトルドール〉と呼ばれる人型戦闘兵器の単機、もしくは4機小隊のバトルドール戦。
もう一つは、バトルドール20機と単機で戦うエース級5機を合わせた最大25機のバトルドール隊とギルド艦でのギルド戦。
星クジラはギルド戦で戦う大型レイドボス級のエネミーだ。
だが問題が3つ。
1つ目は、時間。夜12時まで1時間を切っている。
2つ目は、火力不足。ギルドのメンバー上限数は20名。それに5名分メンバー枠を拡張出来る。うちのギルドは20名在籍しているが、今ログインしているのは自分だけ。サポートキャラクターを合わせても21名しかいない。
ギルド戦には、ある縛りがある。
バトルドール隊は前衛に4機、後衛に1機必ず配置しなければならない。
そしてギルド艦には艦長や操舵手などの特定の役職メンバーを6名配置しなければならない。
つまり、うちのギルドはバトルドールを15機しか出撃出来ない。
そして3つ目。これが最大の問題なんだが、星クジラは全エネミー中、唯一《逃げちゃうんです》
これが星クジラ撃破数の少なさの最大の要因だ。
時間もない。火力も足りない。そして運任せ。
〈頼む!誰か来い!〉…やるしかない!時間が無い!
こうして星クジラ戦がその幕を上げたのでありました!〈はよやらな!〉
◆
ギルド戦は大型エネミーや他のギルドの戦艦との戦いに用いられるが、その最大の鍵はギルド艦の主砲による攻撃だ。
これを如何に当てるかが、問題となる。
当然相手は外殻や防御フィールドを使用し、その攻撃を防御してくる。
この外殻などは近接攻撃に弱い為、バトルドールで破壊する訳だ。
エネミー側も小型エネミーで、バトルドールやギルド艦を狙ってくる。
その攻防がギルド戦の醍醐味な訳だ。
ただ今回の星クジラは、小型エネミーを出して来ない。
それどころか攻撃すらして来ない。
一歩的に攻撃出来る訳だが…
だが…
火力が足りない…
ミルフィーユに艦長を任せ、バトルドールを全15機出撃させたが、量も足りなきゃ、質も足りない!
自分で使うバトルドールは、これもまた6等級ある内の上から2番目、諭吉2枚投入し課金ガチャで引き当てたUR級高コスト機だが、他はみな等級がさらに2つ下のSR級。
しかも低コストの量産機!
量産機のメリットはメンバー所有の消費アイテム使用にロックが掛けられる事。
その為、エネルギーなどの回復アイテムはギルドで所有している、無課金でも手に入る、しょっぱいアイテムばかり…
使用機体の変更は本人しか出来ないから、こればかりは仕方がない…
〈やるしかない!当たって砕けろじゃー!〉
◆
(まあ…そうだよね…)
只今PM11:50
エネミーにはライフゲージが表示されないので分からないけど、多分ぴんぴんしています。
〈やっちゃうか!〉
撃破の方法には2つある。《討伐》と《捕獲》だ。捕獲器に入れて、破壊されなければ捕獲成功!
〈もうこれしかない!〉
本当は弱らせてからやるもんだが、確立は低いがやるしかない!
〈やっちゃってー!〉
ギルド艦に指示を出すと、気の抜けた発射音とともに捕獲器が打ち出される。
星クジラにぶつかると、青白い光のネットが星クジラを包み、みるみる捕獲器に吸い込まれていく。
(どういう仕組みなんだろう?)
捕獲器が揺れ、光始める!
〈お願いー!〉
捕獲器の揺れが止まり、音がなる。
何度も聞いたその音は成功の証!
《イエーーーーース!!!》
星喰図鑑コンプリート!全エネミー捕獲成功!
タバコに火を付け、また溜め息をつく。
《終わっちゃう》
抜け毛に悩んだあの時も。
《楽しかった》
彼女に振られたあの時も。
《みんなが居たから》
健康診断で尿酸値が高いと言われたあの時も!
《終わりたくない!》
“時間で〜すぅ!”
スマホのアラームが終わりを告げる。
“時間で〜すぅ!”
(終わっちゃった…)
“時間で〜すぅ!”
(明日、有休取っといて良かった。気持ちを切り替えなきゃ…)
“時間で〜すぅ!”
(みんな、ありがとう!)
“時間で〜
《はよ止めな!》
タバコの煙が目に染みる。
見上げると、そこには満天の星空。
都会でもこんなに綺麗な星が…
《はっ?》
くわえタバコのサラリーマンが、スマホ片手に宇宙空間に浮かんでいた。
十 円と申します。
稚拙な文章で申し訳ありません(≡人≡;)
よろしければ、ご感想など頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします(人'▽`)