9話
目が覚めると、そこはまだ二度か三度目の天井だった。
「まったくこれだから新人は困るんじゃよ」
「何がだよ」
「自分が後どれだけのことが出来るか考えて行動しろという事じゃ」
意識ははっきりとしているし、体の痛みもないが、体がまともに動きそうにない。腕を持ち上げようとしても数センチが限界だし、足も同じようなものだ。
「よいか、幸運というのは言わばMPじゃ。そしておぬしが持っとるMPの最大値はそうじゃな、三〇〇にしておこうかの」
「あ? ああ」
突然始まった奏の説明に少し戸惑いながらも、おとなしく聞くことにする。なにせ他にやることがない。
「まず物を作り出す時点で七〇のMPを消費する。そしてそれを維持するのに毎分一の消費じゃ。銃じゃと弾丸を作るのに五くらいかの。ここまではよいか?」
「まあなんとか」
「それとあの大ジャンプ。跳ぶのに二〇の消費があって、跳んどる最中に体にかかる負荷を軽減させるのに一〇の消費じゃ。今日で一体どのくらい消費したんじゃ?」
武器を三回作って、ジャンプを一回して、弾は一発撃った。合計で二四五か。
「二四五の消費だ」
「そこにあの高さからの落下じゃぞ、あれで無傷じゃったんだから三五は消費があったはずじゃ。そこに武器の存在の維持、残りは一五あるか否かというくらいじゃろ」
「そうかもしれないな」
「そこまで減っとったら、ただの人間よりも危険な状態じゃ」
もし、その一五を使い切っていたら、そう考えるとゾッとする。死んでいたっておかしくはなかったわけなんだから。
もし、もしもそれを分かった上で俺を放りだしたんだとすれば落葉は……。
いや、ありえない。
絶対にそれはない。
あってはならない。
「ほれ、今日の収穫分の半分じゃ」
少し大きめなコンビニ袋に幸運が一杯入った袋が、壊れかけの腹筋の上に乗せられる。
「貰っていいのか?」
「でないと明日で死んでしまうぞ」
「じゃあありがたく」
「それと、近接武器がお勧めじゃ。あれなら余計な消費がないからのぉ」
「分かったよ、そういやさ今日は一人でどうやって二つとも押さえたんだ?」
ニヤリ、待ってましたとばかりに笑顔を作り出すと軽く咳払いをしてその方法を見せびらかしだす。
「こうやったんじゃよ」
奏が両手で円を描くと、そこに大きな穴が開いた。そしてその両穴には別々の、けれどとても良く似た石が見える。
が、五秒もすると閉じてしまう。
「空間に穴を開けて、向こうと繋げたんじゃよ。まったく一時間じゃからな、さっきの単位で言えば軽く数万は使ったじゃろうな」
「……?」
「分からんか、仕方ないのぉ」
楽しくて仕方ない、と言った表情でまた説明が始まった。
「一日で使うMPよりも、一日で回収するMPのほうが多いんじゃよ。じゃから、長いことやっとると、それがどんどん溜まっていってじゃな、世界の倫理を壊すくらいできるんじゃよ」
いつ、サンタになったのかは分からないが、さすが七七七年も生きているだけのことはある。年季が桁違いというわけだ。
「後どれくらい残ってるんだ」
「そうじゃなー、まあ億? 兆? そんなもんじゃろうなー」
もうニヤケ面を隠そうともせずに見せびらかす。まったく、俺一人に見せびらかして何が面白いんだか。
「で、蛍はどうなってるんだ」
「眠っとるよ」
自慢話を終わらせるため、そして一番にでも聞くべきだった話を切り出していく。
「おぬしのほうはどうじゃったんだ?」
「完全に圧倒されて終わった感じだな。ただ、あいつの言葉を信じるならまだ無事なはずだ」
「信じてよいのか?」
不審なもの見る目で言葉を掛けてきた。
「分からないけど、絶対に信じれないと言うこともない。と、思う」
「はっきりせんの」
「すまん」
けれど、きっとあの底の見えない笑みを浮かべてまた調子の良いようなことを言ってくるような、そんな気がする。
「明日はどうするかのぉ」
「唐突だな」
「そうでもないじゃろ、明日はあの女のところへ行くのかどうか、どちらが行くのか、両方が行くのか、二人とも行かないのか、今のうちに決めて準備をするべきじゃ」
確かに、二人で行くことは可能だろう。俺が突入したのが昼前だったはずだからな。そもそも向こうから現れたのも昼前だ。
だが、明日は行かないべきだと思っていた。後回しにするのはよくないと分かってはいても、もっと貯蓄を増やして好きなように立ち回れるようになってから向かうのが最善策だろう。
「まあ、明日は行かなくても良いだろう」
「力を溜めるということじゃな」
「ああ。もちろん、急いだほうが良いって言うなら、今からもう一回行ったっていいけど」
「体内に取り込まれない限りは大丈夫じゃろう」
「じゃあ明日はそういうことで、今日はもう寝させてもらうよ」
「随分早いの」
まだ夕方の三時を指す時計を見上げた奏は言った。
「疲れたんだよ」
「寝るのは構わんが、先にそれを取り込んでしまうんじゃぞ。さもないと明日の朝は起きれんかもしれないからの」
「ああ」
さらっと脅されながら奏に笑顔を返す。そして、袋の中に直接手を入れると、中にあるものを吸い込んでいくようなイメージをする。すると袋の中から眩い光が零れだし、それが収まるころには袋の中は空になっていた。
「じゃあお休み」
「ん、お休み」
こうして早すぎる睡眠へと落ちていった。
というわけで、9話でした。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。