25話
一通りの考えを二人に告げた。
「もちろん、手伝うよ!」
「ワシにできることがあれば、ワシも」
蛍は全身全霊を込めてやってやろう――みたいなものが感じられたが、奏のほうはまだ何か引っかかるものがあるのだろう。まあ、それは全部後でまとめてやってもらおうじゃないか。
「で、成功すると思うか?」
「た、たぶん」
緊張した面持ちで蛍は言った。
「いや、五分五分じゃろ。あまりにも賭けの要素が大きいからの」
奏は、実に真剣な顔で不安をあおるようなことを言ってくれるやつだったということを、今俺は知った。
「でも五割は勝ちじゃ」
俺たちを勇気付けるつもりで言ったのか、そもそも最初から言う予定だったのか。恐らくは後者だろうが、勝手に勇気付けられておこう。
「よし、やるぞ」
「うん」
「うむ」
今やろうとしていること。それは実際誰でも思いつくようなことなのだが、というか個人的には自分の脳みそが案外馬鹿にならない事実に軽く驚きはしているのだが、まあそんな話は別にいい。それよりも今からしようとしていること、それは一言で言えば蘇生をしようとしている。
もっと正確に言えば、俺と蛍に流れ込んできた落葉の記憶(あまりにも少ないが)をとりだし、そこに奏の有り余る生命力(幸運)を加えて、半ば強引に復活させてしまおうという魂胆だ。
目を瞑った。こういう時は目を瞑るのもだろうという謎の考えによるものではあったが、結果として無駄なものに気をとられることが無くなり、嬉しい限りだ。
まずは俺と蛍が記憶を弄りだす。
とにかく、影宮落葉という存在の欠片を徹底的に集めていく。
恐らくこれでまた記憶が欠落するだろう。もちろん、出来うる限り記憶を模写するようなイメージでやってはいるけれど、絶対に全てうまくいくとは限らない。しかし、やることに変わりは無い。
目の前が、明るくなるのを閉じた瞼の向こう側で感じた。
目を開けると、
「まずは成功か」
人一人分にしては小さな幸運が結晶体となって浮遊していた。恐らく蛍のほうからの分も含まれている。
「そうだね」
「次はワシじゃな」
奏はもう既に準備していたであろうそれを放り投げた。
浮遊していた幸運は、奏が投げた幸運を飲み込むように取り込んでいき、ようやく人一人分ほどの大きさになった。
「次は……」
三人全員の視線が交差した。
三つの視線を交差させようとしたら、視線の先には誰もいないか、もしくは両目を器用に左右に向けているしかないわけだが、そんなことが出来るやつはこの場にいないらしく、単純に、三人が自分以外の二人をきょろきょろと見ているわけだ。
そして三人の手がぶつかった。幸運を取り囲んだサンタが、お互いの手をあらゆる方法(一〇〇パーセント掴み合い)によって牽制している。
「俺が」
「わたしが」
「ワシが」
その先は綺麗に揃っていた。言葉を口にするタイミングも、一言一句一言も違わなかった。
「「「この先はやる」」」
何をだ?
という話だが、わざわざ説明しなかったというのに二人はどうやら分かっていたらしい。予定ではこの後俺が腕に強引に取り込んで、直後腕を切り落としたら、体から一部の幸運が零れ落ちるという落葉が生まれたときと似た状況を作り出せると思っていたのだが。
「ここは最長老にじゃな」
「いや発案者がやるべきだろ」
「双子の姉妹みたいなものなんだからここはわたしが」
どうやらみんな引くつもりは無いらしい。
ならば――
両手の拘束を振り解くと、手を伸ばした。伸ばさずとも届く距離に幸運はあったのだが、まあ伸ばしたと言わせてくれ。気分的にはそうだったんだ。
「させるとおもうたか!」
その言葉通り、奏は全力で阻止しようとしていた。何をしたのか? それはとても単純なことだった。もうすぐで手が届きそうだった俺の手ごと幸運を蹴り上げたのだ。むしろ手を蹴ろうとしたら、幸運を巻き込んでしまったという感じだろうか。
それはもう高く高く飛んでいった。手が、ではない。幸運が、だ。もちろん蹴られた手も痛かったのだが、それを軽く凌駕するほどの驚きがあった。出来ることならばこんなふざけたことをしている間に全てを済ませてしまいたかったのに。俺と蛍の分では足りない部分がもちろん存在する。俺はその足りない部分をこの空気中に少しは残っているであろう、落葉の記憶の欠片を使うことでどうにかしようと考えていたのだ。だから、あんなに高く飛ばされた幸運をとりに行っている暇など微塵も存在しない。
ただ、あれを無くしてしまえば本当に終わりだ。
すぐに踏み込み、取りに行こうとしたときに二人の表情が一瞬映りこんだ。その表情は一言で言えば唖然。それを更に氷漬けにして、極寒の地にでも放り出した感じ。
まあ要するに、唖然としながら絶句しながら絶叫している感じだ(より分かりにくいな)。
そして俺もすぐにその仲間入りした。
幸運が光りだしたのだ。光りだしたというか、煌きだしたというか――まあ例に漏れずに七色に、発光しだした。
もう既に踏み込んでいて、後は思いっきり地面を蹴りさえすればすぐさま跳べるという体勢で、完全に釘付けにされてしまっていた。
次第に、光の中心にいる幸運は何かを形成していき、一層光を強めていく。目を覆うべきなんじゃないかと思えるほどの光ではあるのだが、しかしなぜかそうしようとは思えなかった。
もとより昼間に輝く星みたいな、そんな不思議な存在であったのだが、急にそんな素振りを見せず予定を告げづ、閃光弾が破裂でもしたならばこうなるのだろうと素人なりに想像できるような光が世界を包み込み、しばらく視界を奪っていった。
一面、白。白以外がまったく見えない。すこし、というか大いに目見えなくなるんじゃないか? と疑問が浮かぶはしたが、しかしそれは杞憂に終わった。
視界が復活する頃には二人も解凍されているのが分かった。なんたってすすり泣くような声が聞こえたのだ。なぜ泣いているのかは、できることならば望む答えが待っていて欲しいと切に願いながら、辺りを見渡した。
「みんな泣いちゃって、もしかしてわたしが主人公? それでもって主人公の感動の復活みたいな?」
思わず踊りだしそうだったが、それをグッとこらえ、そして言ってやった。なにやら主人公と自分のことを勘違いしている輩に、自分が何者かをしっかりと知らしめてやろうと、親切心を全開で言ってやった。
「いや、お前はただの猫だ」
「にゃー」
声は人間そのもの、落葉そのものなのだが、姿かたちは猫以外に他ならなかった。猫が喋る、猫が人間の声で鳴く、という実に不思議な現象が目の前で起きていたが、今重要なのはそこではない。ちゃんとそこにいる、それが大事なんだ。
「あーあ、生き返っちゃった」
「迷惑だったか? でもな、俺はお前に言ってないことがあったからな」
「にゃににゃに? 愛の告白?」
猫に悪戯めいた表情なんてものがあったというこの情報は、早急に研究家的な人たちに教えて差し上げるべきものだろうが、都市伝説的猫として我が家のマスコットになっていただこう。
「ほら、答えてなかっただろ? サンタが云々について」
「えー愛の告白じゃにゃいの?」
露骨にいやそうな表情をする猫だな。
「猫に愛の告白なんてするやつがこの世にいると思えないけどな」
「そう? にゃき崩れてる、わたしの……おねぇちゃん? にゃらしてくれそうな雰囲気あるけど。それとにゃにか告白ならそこの幼女もしてくれそうにゃ気がするんだよね」
蛍をおねぇちゃんと呼んだのは気を使ったのか、それとも何か分からないが企みが失敗に終わって素直に観念したのか。
「じゃあ、愛の告白は二人にしてもらえ。まあ、それでだな」
「えー、愛の告白以外は聞きたくにゃーい」
両手で耳を塞ぐという可愛い猫の仕草だが、わがままな猫であることに変わりはなかろう。猫になってより一層わがままになったのだろうか?
「それが恩人に対する態度か?」
俺こそ恩人になんて態度だ! と言われそうなことを何度もしているけれど、ここまでではなかったと信じている。信じたいの間違いでは絶対にない。
「にゃーにゃーにゃーにゃー」
というわけで、25話でした。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。




