19話
「ねぇ、サンタさんってどうして居るんだと思う?」
落葉は聞いてきた。
「さぁ?」
「そういうこと言ってると……」
妖艶な笑みを浮かべ、無言の圧力をかけてくる。
どうやら落葉にキス(口と口)をされてしまうと、落葉の好きなようにされてしまうらしいということをつい最近突き止めた。
というか勝手に自分からそう言ってきただけではあるが、十分な収穫だ。最初は、俺の気力みたいなものを少しばかり押さえ込まれていたらしく、俺はやる気を失っていたわけだ。そして今は、特に何もされちゃいないけど、命令には何があっても逆らうことが出来ないらしい。
つまり、落葉は言わないなら強引にでも聞き出すぞ――と脅しているわけだ。
「じゃあ、こうしようよ。わたしが君に関する大事なことを教えてあげる。だから教えて?」
「どの程度大事なことか分からないから無理」
まあ、コイツは命令を下すのを少し嫌がっている節があり、実際に命令されたことは一度だってありはしないのだが。
「じゃあ、わたしについても少しだけ教えてあげる」
「どうせくだらないことだろ。身長とか体重とか」
「体重は全然くだらないことはないけど、大丈夫。きっと損はさせないよ」
きっと損はさせない――その言葉は嘘かも知れないし、真実かも知れない。どちらと取るのも現段階では俺の自由だ。ただ、正直サンタについてどうこう、なんて何の見返りも無く喋ったって問題の無いものだ。つまり話すことでのリスクは無い、それどころか話せば見返りがある可能性があるのだ。なら喋るべきか。
「そうだな。なんだろうな」
「む、はぐらかすつもり?」
「いや、そんなことは無いんだけど」
なぜ居るんだろうか。
「で、どうなの?」
「わからない、じゃダメか?」
「ずるい」
頬を膨らませてそう言った。
しかしそう言われても仕方が無い。本当によく分からないんだから。ヘラルーケの対になる存在として生まれたと聞かされているし、実際にそうなんだろうとも思っているが、けれどやっぱり、白ひげのおっさんがプレゼントを配っていて欲しいとも思っている。
どっちが本来の姿なのか……やっぱり分からない。
「そのうち答えを出す、ということで許してくれ」
「じゃあ、わたしも半分しか教えてあげないよ」
「構わない」
一つため息をついてから落葉は少し遠くに焦点を合わせながら語りだす。
「まず、君に関すること。君は昔々あっている、ヘラルーケにね。そしてその場所にはもう一人いた。そこで女の子は死んで、君は感情が動きにくくなって、そのときの記憶を失った」
驚愕、ということは無かった。
まあ、記憶のことはそんなことだろうと思ってサンタになったし、感情は大分前に奏がそんなことを言っていたような気もする。
女の子だってそうだ。死んだ、とまでは思っていなかったが、何にも無かったということは無いだろうと思っていた。
「あんまり驚かないんだね」
「まあな、なんとなく分かってた」
「じゃあ、次はわたしについて」
こちらのほうが驚ける要素は多いだろう。
実はヘラルーケです。とかだったら殴り倒してしまうだろうけど。全然驚くことはないし、そんなつまらないことだったら許すつもりはない。
「わたしはね、バランサーなんだよ。サンタとヘラルーケのね。だからわたしはサンタが増えればサンタを減らすし、ヘラルーケが増えればヘラルーケを減らす。人間の量に対する、多さがって言うのを忘れちゃいけないね」
なるほどバランサーか。
まあ、予想通りの回答でなかったことに安心しつつ、無言で話を続けるよう促す。
「ああ、でも。サンタクロースは大っ嫌いだよ。でも、バランサーが自分の立場だからね、一応は公平な立場を取っているんだよ」
「別に嫌いになる要素ないだろ。まあ、絵本の中のならだけど」
「そういうのも全部嫌い」
心底嫌そうな顔を浮かべた。けれど、そこまで驚きではなかったし、やっぱりそうだったんだな、というレベルだ。だってほら、俺は実際に見ているんだからあの冷たい瞳を声を。
「まあ、いいや。それでね? わたしはサンタと同じようなことも出来るし、ヘラルーケのように幸運を人間から無傷で抜き取ることも出来る」
「サンタは出来ないのか?」
「知らなかったの?」
「……」
知らないと言えば笑われるような気がして、躊躇われた。結局黙っていては知らないと言っているようなものだが。
「まあいいや。それでね、わたしは幸運を取り込むことが出来ないの。その代わり、サンタと同じ力を使うときに、何かを消費することは無い」
反則だ。素直にそう思った。なぜなら、こっちは命を削って戦っているってのに、反動無しで好き放題やれるというのはあまりにも、あまりにも優遇されすぎだ。たとえ寿命は減る一方だとしても。
「でも、毎日生きるのに普通の人間よりも早いペースで幸運は減っていく。たとえば、八〇歳が普通の寿命なら、わたしは四〇歳までしか生きられない」
つまり、俺は落葉の感覚で言う一〇年分の寿命を貰ったのか……。となると三〇まで。
「今いくつだ?」
「いくつに見える?」
「二七」
即答した。精神年齢的には十四くらいだが、見た目はそんなもんだろう。
「せーかい。見た目年齢は二七だよ。実際は十四だったと思うけど」
「へー」
コイツも見た目いじってんのかよ。まあ十三歳分だから数一〇〇年じゃなくて安心したけど。
それにしても肉体ごと見た目年齢を変えるのは流行りか?
「案外驚かないね」
「まあ、もっと年齢を誤魔化してるやつを知ってるからな」
となると十五、六年しか生きられない可能性が高いわけだ。
少し胸の奥が痛む。俺なんかに十年(俺で言うところの五年)を渡さなければもっと寿命が延びたのに……。
よくわからない。なぜ、影宮落葉という存在は俺にそこまでのことをしたのか。なぜ、人形にしておきながら何もかもの自由を許しているのか。なぜ、大嫌いだと断言したサンタクロースに対しここまで普通に接しているのか。
「これで以上です」
もう半分の部分にはきっと、もっと、ありえないようなことを隠し持っているに違いない。
そしてそこには、俺が求める答えがあるはずだ。
消えてしまった記憶までは持っていないだろうが。
「そうそう、もう一個だけ教えてあげる。わたしは、影です」
「知ってるよ。影宮だろ?」
「そういう事じゃないんだけどなぁ」
困ったなぁ――とでも言いたげだが、そんなことは知らない。知りたくも無い。そもそも、どういうことだって構わない。そもそも言っている意味が分からない。何が影だよ、お前は中二病患者ですか?
「ま、いいや。次はお正月、つまりはお餅、そしておせち! ということで買出しに行くよ」
「行ってらっしゃい」
素っ気無く言ってみる。もちろん、この後のことどうなるかなんていうのは想像できている。大方多少強引にでも連れて行かれるんだろう。
「分かってるんでしょ?」
「どうだろうね」
両手を軽く挙げて、首を傾げる。
「じゃあ、絶対に連れて行くから」
「命令ですか?」
「違うよ、ただのお願い」
「じゃあ拒否権があるはずだ」
「そんな物はないんだよ」
さも当然であるかのように落葉は言った。むしろなんで拒否権があると思ってるの? とども言い出しそうな顔をしている。
「だったら命令と何が違う」
「実力行使してないところ?」
「お前が疑問系でどうするんだよ」
「えへへ」
「照れるな」
なぜここで照れ笑いなのか? やっぱりおかしいぞ、色々とおかしい。おかしいというかずれているというか、まあどちらにせよ普通ではない。
「じゃあ出発だよ」
襟首をつかまれて、俺は引きずられていく。
「これは実力行使だよな?」
「違うよ、ただのスキンシップだよ」
ふぅ、何度でも言おう。
たとえ喉が潰されたって言ってやる。
「これは実力行使だ」
朝ごはんすら食べていない身に買い物を手伝わせるなんて拷問にも等しいだろう。ふと、蛍に買い物を付き合わされたときのことを思い出したが、もしあんなことになればきっと昼ごはんまで何も食べれないんだろう。
いや、昼ごはんすら抜きかもしれない。
というわけで、19話でした。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。




