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17話

月宮蛍視点です。

 私こと月宮蛍は記憶を失っています。

 でも、『私こと』と『月宮蛍』の意味が重複していることは知っています。

 そもそも『月宮蛍』という人間がどんな人となりだったかを知らないわたしが、『月宮蛍』を自称するのもなんだかおかしい気がするけど、気が付いたときに知っていたのが自分の名前と年齢とサンタクロースって言う化け物をやっつける存在のことだけだから、数少ない自分の情報の一つである名前くらい名乗ったって罰は当たらないでしょう。

 知らない――と言えば自分がこんな喋り方だったのかも知らないし、回りにいる人たち(一人は家出中だけど)のこともよく分からない。

「おーい、わたしよ。わたしはこれでいいのかい?」

 自分の部屋(ここがわたしの部屋だって言われただけで、実際どうだったというのはやっぱりどこかに忘れてきちゃった記憶に聞いてみないと分からない)に置いてあった鏡を覗き込んで、自分の顔を引っ張ったり擦ったりしてみながら鏡に映る自分に問いかける。

 深夜十二時近い時間にこんなことしてるの見られたら、変な子って思われちゃうかな。

「蛍、ちょっとよいか」

 びくんっ、自分でも分かるくらいに体が跳ねた。

「大丈夫かの?」

「ん、いいよいいよ。大丈夫だから」

 悪戯をしたくてうずうずしてるみたいな感じがヒシヒシと伝わってくる奏ちゃん(凄い年上っぽいから『さん』かな?)に、呼ばれてしまった。

 もし万が一今の自分とにらめっこしてる姿を見られてたらすごい恥ずかしい。

「どうしたの?」

「サンタのことは覚えとるんじゃよな?」

「うん」

「じゃあ手伝って欲しいんじゃ」

「いいけど、出来るかな?」

 化け物と戦うのは怖いなー。よく記憶を失う前は出来てたよね。ほんと尊敬しちゃうよね、自分のことなんだけどさ。

「簡単じゃよ、ただ少しイメージしてればよい」

 その後わたしは連れられてお庭まで出てきた。

 芝生しか生えてない殺風景なお庭だからお花でも植えれば良いのにな~。ああ、でも今冬だから咲かないのかな?

「で、なにすればいいの?」

「雪が降ることをイメージして欲しいんじゃ」

「雪?」

「そう、雪じゃ。出来ることなら、もし可能なら、他に何か気持ちみたいなものを込めてくれるかのぉ」

「わかったよ。気持ちを込めるんだね」

 どんな気持ちを込めようかなと天を見上げながら考える。

 記憶があるのはここ数日分だからあんまり込められる物はないけど、そうだなぁ。

 記憶を古いほうから順番に思い返していった。


 まずはやっぱり一番古い記憶。


 目を開けるとそこに広がってたのは天井だった。どこだろうな、だったか単純に起きないと、と思ったのかよく覚えてないけど、とりあえず体を起こした。

「蛍、体はなんともないじゃろうな?」

 小さな女の子が心配そうな顔でそんな風に聞いてきてくれたんだよ。それが奏ちゃんなんだけど。

「なんともないですよ」

 それでわたしは素直にそう答えた。だって、『体』は本当になんともなかったから。けど、聞かずにはいられなかった。仕方ない、なんて言っちゃみんなには悪いかも知れないけど、でも仕方なかったと思うんだ。目の前には二人も知らない人がいて、誰だっけなって思いだそうとしたけど何にも記憶がなかったんだもん。

 怖いじゃん。

「ところで」

「どうした?」

 今度はもう一人のわたしと同い年くらいの男の子が答えてくれた。そう、今は家出中の雫君だ。

 そのときの表情はとても安心しきった表情だったのを覚えてる。今思えばどうして、次の言葉をそっと飲み込んで置けなかったんだろうと思ってしまいそうになるけど、やっぱりそのときは混乱してたんだと思う。知らない場所で、知らない人がいて、自分の記憶がほとんどなくて、怖くて不安で仕方なかったんだよ。

 そんな感情すら気付けないほどに。

「あなたたちは、誰ですか?」

 その言葉を言うのがまた怖かったのをしっかりと覚えてる。だから布団の中にしまったままの手を力いっぱい握り締めてたんだ。

 でもすぐに自分が凄く人を傷つけちゃったことに気が付いた。だって、二人ともすっごく辛そうで今にも泣き出しそうな顔をしてたんだもん。特に雫君はとっても動揺してた。奏ちゃんはそれでも抑えていたような感じだったけど、雫君は違った。

「冗談、だろ……?」

 頑張って落ち着こうとしてるのが伝わってくるんだけど、わたしにはこうしてあげることしか出来なかった。

「……も、もちろん!」

 元気に答えて、全部冗談だったって風に見せようと思うので精一杯。

 でもきっとこんなこと言ったせいで、目を大きく見開いて今度は肩を落として次は少し無理をしたような笑顔を浮かべさせることになっちゃった。

「ごめん、ちょっと動揺しちゃって。どのくらい覚えてるんだ?」

「えへへ。ほぼ全部分かりません」

 せめて笑ってようって、そんな風に思ったのはこのときだったと思う。記憶がなくなっちゃったことを、こんなに悲しそうにしてくれる人たちに少しでも元気でいてもらうために。

「俺はタメ口で良いから」

 少しだけ悲しそうな雰囲気が減った笑顔で言ってくれた。

「全部となると自分のこともか?」

「月宮蛍十四歳、サンタクロース。これぐらいしか覚えてない」

 今度は真剣さを増した表情で雫君は尋ねてきて、それにそんな風にわたしは答えていたと思う。

「サンタが何かは覚えとるのか?」

「それは覚えてますよ」

 今度は奏ちゃんが聞いてきてくれて、そしたら奏ちゃんはこんなことを言ってくれたんだ。

「せっかくじゃワシもタメ口とやらで……」

 すっごく恥ずかしそうにもじもじとしながらほっぺたを赤くして、そんな風に言ってくれたんだ。

 それでわたしは思ったんだよ。

 きっとこの人たちのことをわたしは大好きだったんだろうな。って。





 記憶がなくなってないわたしならなんて思いを込めたんだろう。

 好きな人たちの幸せかな?

 それともみんなの幸せ?

 もしかしたらもっと私利私欲にまみれたことかも。

 でもわかんないや。わたしならどうしたんだろう、とかそんなこと考えたって分かるような気が全然しない。だから、今のわたしの思いでもいいよね?

「よいか、行くぞ!」

 奏ちゃんの声に合わせて雪が降るイメージをする。そしてそこに思いを重ねていく。『家出なんてしちゃう不良な雫君が帰ってきますように』これが私利私欲にまみれた物だってことは十分、分かってるつもり。でも、きっと家出しちゃったのはわたしに少なからず原因があると思うから。あぁ、これも結局は罪滅ぼしみたいに勝手に思ってやってることなんだろうな。

 でも、許してね。

 誰が許してくれるのか、誰が怒っているのか分からないけど、許して。

 だってさ、あの時雫君は凄く、凄く悔しそうだったんだ。わたしがお昼に一人でいたときに急に寂しくなって泣いちゃっただけなのに、それなのになんか自分が悪いことをした、見たいにきっと勝手に思ってくれたんじゃないか、ってそう思うんだよ。それでわたしの記憶のためにどこかで何かをしてるんだよ。

 ならさ、ちゃんとありがとうって、ごめんなさいって、顔を見て言いたいじゃない。だからどんなにわがままだって言われてもわたしは願いを込めるんだ。

『帰ってきて』

 って。

 わたしの願いが届いたのか、それともそんな願いは聞けるか! と誰かが怒ったのか、世界を雲が覆っていった。急に出てきた雲はあっという間に星と月をわたしから取り上げて、代わりに雪をくれた。

 きっとわたしの願いは、思いは届いたのだろう。だってそうだよ。雪が降ってるもん。

「この雪はおぬしが、蛍が降らしたんじゃ」

「わたしが……」

 手を器みたくして、降ってくる雪を溜めていく。これをわたしが?

「わしは何にもしとらん。見ていただけじゃ。何を考えていたかとは聞かんが、きっと大丈夫じゃよ」

「そうだね、きっと大丈夫」

 わたしはしばらく起きていたけど、やっぱり夜は眠くなってしまうもので、まだ少し起きていると言っていた奏ちゃんを置いて先に家の中に、布団の中に入ってしまう。

 きっと明日の朝はサンタさんがプレゼントをくれるとまどろみの中で思いながら。

というわけで、17話でした。

至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。

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