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16話


 その日の夜のことだった。

「やべぇ、こんな時期にソファはまずかったか」

 トイレに行こうと思い真夜中に立ち上がったときだった。体がぐらついてバランスを崩してしまったのだ。もしや、と思いこの家を漁り体温計で体温を測ったら、まさかまさかの、四十度。ただの風邪とは思えないほどに高温ではあるが、まあ今は薬を飲んで寝るしかあるまい。

「はぁ」

 体温計と共に救急箱の中にあった薬を勝手に飲み、もう一度ソファに戻ろうとしたときだった。

 なんとなく。そうとしか言えないだろう。もしくは熱のせいで体が涼しさを欲したのか、まあ何だっていい。とにかく無性に外に出たくなった(ベランダではあるが)。

「ああ、涼しい」

 まだ雪は降り続いていた。

 なぜだろう、この雪は温かい。もちろん気温的に見ればクソが付くほどに寒いのだが、なぜだか――こう、ぽかぽかとしてくるというか、なんだろう。えーっと、そのー、……そう、そうだ! なんか落ち着く、そうこれが一番近いだろう。

「懐かしくなってきた?」

「なにが?」

 毎回思うが、唐突だ。そんな気配すらも感じさせずに、ふわっとやってくる。今だって例に漏れることなく、気付いたら落葉はそこにいた。

「ほら、これとか」

 俺の正面回り込むようにして、強制的に人の視界に写りこんでくると『それ』を手の平に乗せて見せてきた。

 それを見た瞬間に心臓が強く脈打った。

「どうしたの?」

「いや……」

 心臓がもう一度強く脈打った。

「ねぇ? 聞いてる?」

「ああ……」

 心臓は突然に脈打つ速度を上げた。

「君は、わたしに負けたんだよ」

 落葉の一挙手一投足を見逃すまいと極限まで神経を尖らせる。

「だから、これは要らないね」

 にっこりと笑っていた。しかし、その笑みは天使のようなものではなく、悪魔のようなものだ。

 手の平に乗せられていた七色に輝く結晶は、地面の色を塗り替える程度には雪の積もっている外へと投げ出された。

 体は時として意識とは無関係に動き出すものだ。今だって、意識とは関係無しに外へと飛び出していた。真下はもう既に雪が積もりつつある。真上からはまだまだ雪が降り注ぐ。真後ろからは手が伸びてくる。真ん前には光り輝く結晶体が雪に紛れて舞い降りていく。

 あと少し、気が付けばそんなことを思っていた。あと少しすれば手が届く、と。

「もう、少し……!」

 指先が僅かに触れる。腕を、指を、肩だって伸ばせるだけ伸ばして、しっかりと手で包み込んでいく。

 蛍の落し物を、俺の落し物を。

 まだ空中だ、後ろでは捕まえてやろうと落葉が手を伸ばしている最中だ。

「今しかない」

 そう思った。

 全身全霊を掛けて。手の中にある、幸運の結晶に意識を持っていき、今度はそれを蛍の元へと届けることだけを考えた。奏に時空がつなげられるんだから、絶対に出来ないものというわけじゃあないはずだ。ならやるしかない。

 その他のことは考えずに、ただただ世界に穴を開けることを考えた。全神経を、全意識を、全幸運を、全力でそこにつぎ込んだ。もちろん、そんなことをすればどうなるかなんて明白だ。

 運が悪ければ死ぬだろう。

 運が良ければ生きるだろう。

 ただそれだけのことだ。

 いやいや、それどころかちゃんと届くかさえ分からない。もし、届いたところであれが本物である保証もない。それどころか、向こうで何かしらのことが起きていて、不要かもしれない。

 しかし、今できることはこれだけだ。

 そう思った瞬間だった。俺の意識は焼ききれ、ショートしてしまった。



「気は済んだ?」

 瞼を持ち上げると、落葉の顔が真っ先に映りこんだ。空はまだ暗く、雪も降り続いている。雪にはほとんど足跡が付いていないことからそう、時間は経っていないだろう。

 そして、また俺はお姫様抱っこされて宙を浮いている。

「どうなったんだ」

「さぁ? わたしがキャッチしたときには何にも持ってなかったよ」

 成功、したかどうか確かめる方法は直接蛍に会うほかないだろうが、

「ダメだよな?」

「もちろん、逃げちゃだーめ」

 確かめる方法はどうやらなさそうだ。

「まったく、わたしの持ち合わせで足りたから良いけど、下手したら死んでたよ」

「どうせ俺は負けてるからな」

 そう、負けて落葉のものになっている。あれだけ圧倒的にやられてしまえばどうやったって逃げられないことは分かっている、だから死んだってあんまり変わらなかったように感じて仕方がない。

「ちなみにどのくらい俺に命をくれたんだ」

「とりあえず五年分」

 まあ、それくらいあれば自分である程度までは持ち直せるか。

「じゃあ、分かってるよね?」

「拒否権利は」

「あるわけありません」

 次はきっと意識に枷でも付けられてしまうのだろう。なんとなく予想は付く。そうしたら逃げるとかそんなことを言ってる場合じゃないし、そもそも逃げようとも思えないのだろう。

「絶対に逃がさないんだから」

 次に起こったことはもう言う必要もないだろう?

 頬を含めれば、これが三度目だった。

というわけで、16話でした。

至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。

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