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13話


 時間の流れは速い。

 一分が、一時間が、一日が、一週間が、慣れとは怖いもので着実に短く感じるようになっている。実際にもう蛍が記憶を失ってから一週間が経過していた。その間、俺は、奏は何もしていなかった。

 蛍だって大分慣れてきたのか、最近じゃすっかり今まで通りにさえ思えてくる。

 本当に慣れというものは怖い。

 今こうしてぼんやりと考えている最中に、俺の手足は次々と溢れてくるヘラルーケを光へと変換していっているのだから。

 そういえば、そうだよ、そうそう、俺がはじめてサンタになったあの時、実は蛍の武器がなくなったと思って焦ってたけど、実際は俺がサンタにならなくても自分で新しく武器を作ってたはずなんだよな。

 そう思うと勝手に焦って勝手にサンタになった感じか、なんだか損した気分。

「久しぶり」

 そんな声に一瞬体が硬直するが、迫るヘラルーケ撃退のために強引に体を動かした。

「無視?」

「……」

「ひどいなー、泣いちゃうよ?」

「……」

「うえーん」

「……まだ俺に渡してないものあるだろ」

「何のことかな?」

 わざとらしいポーズを決め、知らん振りをしているが、犯人がコイツである可能性はほぼ一〇〇パーセントだ。

「じゃあねー、また会おう!」

 親指を立てて腕を突き出し、そして俺が何かしらの反応を取るより以前に飛び去ってしまう。咄嗟に、俺も後を追いたくなるが、目の前では俄然勢いを増したヘラルーケたちが溢れてきている。

「チッ」

 何に対する舌打ちか、自分ですら理解できていないそれは勝手に出てきた。自分の中に赤の他人がいるのではないか、とさえ思えてくる。

 ありえないことだ、と思考を振り払いただただ無心でナイフ二本を振るい続けた。



 全てが終わった一時間後、無性に喉が渇き自販機に寄ったもののお金を持ってきていないというハプニングによって、あの大ジャンプによる帰宅を決行した。いやはや、片道三十分のところを十秒程度で帰れるんだから凄いよ、本当に。

 家の前で綺麗な着地を決めると、そのままの勢いで扉を開いた。

「た――」

 だいま。本来ならそう続くはずだった。

 だが、家の中に入った瞬間にあることを感じ取った、空気の違いだ。靴は蛍のものしかなく、奏がまだ帰宅していないことが分かる。

 そっと足音を殺して進んでいくと、声が聞こえた。息を殺して泣くようなそんな声が。なにかぶつぶつと言っているのは分かったが、内容までは聞き取れない。

 ただ、泣いているのは蛍以外にありえないだろう。

 そう思ったとき、俺は何をやっているんだろう、とはっきりとそう思った。

 不安でないなわけがない、怖くないわけがない、覚えているのは変な化け物と戦う存在であることと自分の名前だけ、それだけの記憶で知りもしない、人間とは少しずれたやつらとの共同生活。

 頭がおかしくなりそうだ。

 それに加えて毎日毎日、自分の記憶についてのことで進展を聞くことすら出来ず、そもそもそんなことに時間を割いてすらいない。

 ああ、想像しただけで嫌になってくる。

「今帰ったぞー」

 奏が大声を上げて帰ってきた。

「おかえりー」

 蛍は返事をすると玄関の方へと歩いてくる。当然、玄関と蛍のいたリビングの丁度間くらいにいた俺に気付かないわけがない。

「お帰り、大丈夫だった?」

「……ああ、大丈夫」

 目じりはまだ少し湿っていた。それでも蛍は笑う。

「なんじゃ、今日は早かったんじゃな」

「ああ、ちょっと買い物でもしようと思ってな」

「ということは出かけるんじゃな? じゃついでにワシのお使いも頼まれてくれんか?」

「自分で行け」

「ケチじゃな」

「うっせーよ」

 奏の頭をぐしゃぐしゃにしてやってから、すぐに俺は準備を始めた。いや、準備って言ったってただ靴を履いて外に出て、歩きだすだけだ。



 歩いて、歩いて、歩いて、ようやく目的地であるビルの真下までやってきた。真夏だったら死んでいたかも知れない、というペースで歩いてきたから(なぜ走らなかったのかはまったく分からない)息は上がっているが、問題ない。あとは跳ぶだけだ。

「ふぅ」

 軽く息を整えると、大きく踏み込んで、垂直に跳んだ。飛んだとさえいえるほどに高く体は宙を舞ったが、ある程度の高さまで行けば落下を開始する。今回はジャンプの勢いそのままに、最上階の硝子に突入するから落下を味わうことはまずないだろうけど。

 次第に近づいてきた目的の硝子に最終調整を加えながら突入体勢に入る。

 視界が歪み、体が解けるような感覚に備え、酔い止めを飲んできたから問題は何もない。

 目を瞑り、さあ来い! そんな風に思ったときだった。俺の体を待ち受けたのは硝子だった。硝子を俺は突き破り、高そうなものばかり置かれた一室へと突入してしまったのだ。

「間違えた?」

 体のいたるところを硝子で切っているということすら忘れ、つい先刻突き破った硝子から体を半分ほど乗り出し、上と下を確認する。間違いない、あの時と同じ位置の硝子だ。

 なぜ?

 どうして?

 今回はダメだった?

 混乱した頭で必死に考える前回と違うこと、前回との相違点、そうそれは考えるまでもなく答えが出た。

 俺一人だったからだ。

 もっと正確に言うなら落葉がいなかった。

『昨夜未明から大規模な火災が発生しています。現在も消火活動は続いています』

 きっと突入したときに、体でリモコンに触れてしまっていたらしく、付いてしまったテレビから流れていたのは火災現場の映像だった。

 そこはどうやら森らしく、森の近くにある教会が燃えて火が燃え広がってしまったようだ。

「教会……」

 馬鹿みたくでかいテレビに鼻先が触れるほどに近づき、その教会の外観をはっきりと目に焼き付ける。細部まで一切の情報を漏らさないように。

 そこがどこなのか、何という教会なのか、後で詳細を調べるために。


 結果だけを言おう。

 その教会は、俺があの硝子窓から突入しようとしていた場所だった。

というわけで、13話でした。

至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。

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