第2章 序
【第二章 0】
目を閉じて、昨日のことを思い出してみる。
眩しいくらいのステージライトと、めまぐるしく表情を変える鮮やかな音楽。
それは時に切なく、ある時は歓びに満ちて、様々な恋の場面を彩った。
どこか物悲しいピアノの音色が劇の終演を告げると、舞台に向けて割れんばかりの拍手が届けられた。
華々しいカーテンコール。会場を包む熱気と歓声。まるで子供のように頬を紅潮させた、演者たちの顔――
――そのどこにも、私の姿がない。
舞台の上から見た景色を憶えている。
惜しみない賞賛の声は、そのほとんどが私に向けられたものだ。
僅かな疲労と、それ以上の喜びにあふれた仲間たちの顔も、はっきり思い出せる。
その中の誰かが私に話しかけた。私は……それに、何と答えただろう?
今まで過ごした時間。積み重ねた記憶。
その中で、「わたし」の居た部分だけがポッカリと穴を空けている。
憶えているのに、思い出せない。
……これは、本当に私の人生の記憶なのだろうか?
まるで靄を掴もうと足掻くような私を置き去りに、今日も舞台は幕を開ける。
この美しいヴァイオリンの音色が鳴り止めば、いよいよ私の出番だ。
……ああ、歌わなければ。
私は、『歌姫』だから。
今日も大勢の人たちに、色とりどりの「恋」を届けなければ。
そうすることが私の使命。自分に与えられた、唯一無二の役割。
――それ以外に、私の存在を証明する方法はないのだから。