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第3章 2話

【第三章 2】


「もーっ! なんですの! なんなんですの! あの性悪! 人がせっかく心をこめて作りましたのに!」

 たっぷりと怒気を含んだ少女の叫びが、昼前の帝都に響き渡る。

 場所は個人店の並ぶ小さな通りだ。買い物客が驚いてふり返っているが、マーガレットに足を止める様子はない。

 涙はとうに涸れた。今あるのは、あの嫌味な少年への怒りのみ。

「ちゃんと材料の確認も計量もしたのに、毒なんて生まれるわけがありませんわ! ……ちょっと焦げましたけど! 味はたしかなはずですもの!」

 尚も荒らぶる感情は収まらず、勢いよく石畳の道を歩く少女のお腹が、ぐーっと間抜けな音をたてた。

 はた、と立ち止まる。僅かに頬を赤らめて、周囲を見渡した。

 今の音を聞かれただろうか? 目を向けると、通りを歩く人たちから気まずそうに顔を背けられた。……聞こえたようだ。

 恥ずかしい。熱くなった頬を押さえたマーガレットは、足早に通りから遠ざかる。

 人前でお腹を鳴らすなんて、淑女にあるまじき行為だ。

 それまでにかなりの醜態を晒していることには見向きもせず、とにかく人目のない場所まで逃げた。

 辿り着いたのは暗い路地だった。ただでさえブラウリーゼの冬は薄暗い。重い灰色の空と相まって、いっきに温度が下がったように思える。

 せわしなくもれる息が白い。肩を上下させながら、マーガレットはコートのポケットに手をいれた。勢いで屋敷を出た割にしっかりと防寒対策をしてきたあたり、それなりに現金な性格なのかもと自分で認識する。

 呼吸を落ち着けた少女は、あてのない逃避行を続けるために歩き出す。

 怒ったらお腹が空いてきた。きゅるきゅると小さな音が鳴るたびに、あれほど燃え盛っていた憤りがみるみる鎮静化していく。

 なぜあんなに怒っていたのだろう? そもそもこわい夢をみて、なんだか拾って雇ってくれた感謝を伝えたくなってお菓子を焼いたはずなのに、いったいどこで食い違ったのか。

 これからどうしよう。コートは着てきたけれど、お金がない。

 急にひもじい気持ちになって、歩くスピードをゆるめた。

 お屋敷に帰ろうか。でも、思い出してみると自分は凄まじい暴言を吐いて飛び出してきたような……。

 マーガレットの顔が寒さ以外の理由で青くなる。

 ――その首筋に、冷たい塊が押し当てられた。

「動くな」

 低くハスキーな声が背後から聞こえる。

 頸動脈の上に添えられた硬い物がなんなのか、見なくても分かった。――ナイフだ。

「ヒッ!?」

「動くな、といったはずだ。うっかりすると血が噴き出すぞ」

 冷厳な脅しに、少女はビクッと身体を硬直させる。

 刃物の触れる場所が、チリチリと焼けるような刺激をつたえてきた。

「お前、シュタインベルガー伯爵家の使用人だな」

 尋ねられて、どう答えたものかと一瞬迷う。

 これはひょっとして営利誘拐というやつなのだろうか。だとすると、正直に話せば伯爵に迷惑がかかってしまう……。

 なかなか返事をしないマーガレットの首に、より強く冷たい金属があてられた。膝がガクガク震える。ふいに、きゅるきゅるとお腹が鳴った。こんな時でも元気なお腹の虫が恨めしい。

「早く答えろ」

「ひっ……あ、そ、そうです……」

 恐怖が限界をこえて、ついに少女は答えてしまった。

 胸中でレオンに何度も謝っていると、再び不思議な音が聞こえてきた。

 ぐーぎゅるるー。

「…………」

「…………腹、減ってるのか?」

 ――泣きたい。

 よりによって誘拐犯に気遣われてしまった。たしかに空腹ではあるけれど、なにもこんな時にはげしくお知らせしなくてもいいと思う。

「とにかく一緒に来い」

 ナイフの位置が変わり、背後から腕を拘束される。思ったより細い指だ。

 様々な感情がごちゃまぜになったマーガレットは、もはや抵抗することもできないまま、薄暗い路地をずるずると引き摺られていった。


 連れてこられた先は、ボロボロの廃工場のような場所だった。

「入れ」

 背中を押されて、つまずきながら錆びた鉄製の扉を潜る。誘拐犯が中に入ると、すぐに何者かの手によって扉が閉められた。硬質な金属同士のぶつかる音が薄汚れた空間に響き渡る。

 工場の中にはいくつかの人影があった。

 どうやら誘拐犯には仲間がいるらしい。

「お! けっこーカワイイ子じゃねェか、リヒ姉!」

「使用人なのに良い服きてんなぁ。こりゃたんまり金持ってそうだ」

 口々に囃し立てながら、男たちが近寄ってくる。

 人数は見えるだけで十五、六人。他にも仲間がいるのだろうか。

 ニヤニヤと笑う男たちは、軽い声に反して全身から危険な雰囲気を漂わせていた。鋭すぎる眼光は飢えた獣を連想させる。さながら、マーガレットはその肉食獣の群れに放り込まれた小動物といったところか。

 どう見ても一般市民ではない。完全に犯罪者の集団だ。

「手を出すなよ」

「分かってるって。いやァ、でも貴族ってやっぱイイ暮らししてんだなァ。こんなカワイイ子はべらしてさァ……おれ、なんかムカついてきた」

「まぁお前が貴族になっても女が寄って来るとは思えねぇけどな」

「あ? ブッ殺すぞテメェ」

 黒い髪を逆立てた男とスキンヘッドの男が、剣呑な雰囲気を漂わせて睨み合う。

 今にも荒事が起きそうな物々しい気配に、マーガレットは声も出せず固まっていた。

 こんな状況、貸金業者に追われていたとき以来だ。どうすればいいのか分らない。囚われた自分が、これからどうなるのかも。

「――静かにしろ」

 しん、と周囲が静まりかえる。

 大きな音ではなかった。けれど、よく通る声には思わず従ってしまうような凄味がある。

 発したのは、マーガレットを攫ってきた誘拐犯。モスグリーンの無骨なロングコートに、ブラックレザーのボトムとゴツい編み上げブーツ。顔は帽子のつばで半分ほど隠れてしまっているが、細い顎のラインが女性のように見える。

 ――というか、女の人だ。

 ずっと男性だと思い込んでいたマーガレットは目を丸くする。

「今の所、そいつは標的じゃない。触るな、犯すな、危害を加えるな。それなりに丁重に扱ってやれ」

「へい」

 どうやらリーダー格らしい誘拐犯の命令に、二十代前半ごろの男性が返事をする。

 彼女の正確な年齢は分からないが、おそらくまだニ十歳になっていないはずだ。なのに、年上の男が当然のように従っている。

 よっぽど凄い人なのだろう。

 しかし、そんなことよりもマーガレットには気になることがあった。

「あの……」

 意を決して声を掛けると、歩き去ろうとしていた誘拐犯がちらりと後ろを向いた。

 僅かに覗く冷たい瞳。まるで、感情がないような。

「こ、これから伯爵家になにをなさるつもりですか? 言っておきますけど、わたしを人質にしても、身代金は出してもらえないかと……」

 自分で言って悲しくなった。しかし、可能性は高い。

 伯爵のことだから、自力で帰ってこいとか言いそうだ。その光景が容易に想像できる。

「身代金なんかいらないよ。私は、貴族を皆殺しにしたいだけだ」

「――え?」

 予想外の言葉に、眼を見開いて硬直する。けれど、誘拐犯はそれだけ告げると工場の奥へと歩き去ってしまった。

「嬢ちゃんのご主人様もすぐここにやって来るとおもうぜ? 仲間が一人、屋敷に向かってるからよ。ま、ひょっとしたら死体が来るかもしれねェけどな」

 黒髪の男の過激なジョークで、周囲の仲間たちがドッと沸く。

 愕然とするマーガレットは、身動きもとれないまま、黙ってその笑い声を聞いていた。


                 ◇


 正午をいくらか過ぎた頃、伯爵邸に来客を告げるドアベルの音が響いた。

 応対しようと玄関に向かうカルミアを、リビングにいたレオンが呼び止める。

「僕が出ましょう」

「よろしいのですか?」

「さっき、外から屋敷を覗く輩がいました。本人とは思えませんが、念のため」

 言い置いて、廊下に出る。家の中とはいえ、暖房のない廊下は僅かに肌寒い。そのことを特に気にする風でもなく、少年はドアノブに手をかけた。

 扉を開けると、外には二十代半ば頃の男が立っていた。目についたのは緑の軍服。軍人にしてはやや細身の体格と、眼鏡の奥で理知的な光を放つライトブラウンの瞳が印象的な、戦闘職らしからぬ風貌の男である。

 男はレオンが姿を現すと軍隊式の敬礼をした。指先までピンと伸びた、完璧な敬礼だ。

「お騒がせして申し訳ありません。レオン・シュタインベルガー伯爵はご在宅でしょうか」

「ああ、それは僕ですが、貴方は?」

 淡々とした答えに、軍人が微かに眼を瞠る。だが、すぐに元の厳めしい表情に戻ると、折り目正しく頭を下げた。

 そういった几帳面な態度からは、やはり現場主義の荒々しい雰囲気が感じられない。

「失礼致しました。自分は、帝国陸軍所属ドミニク・ヘルマンです。本日は卿に報告とご相談があり、参上したのですが……」

 男が長身をずらしてちらりと後方に視線を向ける。同じようにそちらを窺うと、二人の兵士に拘束されて顔を歪める青年の姿があった。

 薄汚い衣服を纏う彼は、さっきレオンが窓から発見した不審者だった。

「屋敷の周りで不審な行動をとっていたので拘束しました。見覚えのある者でしょうか?」

「いえ、知りませんね」

 首を振ると、ヘルマンは背後を一瞥して頷いた。

「警察に連絡を回して、身柄を引き渡せ」

「はっ」

 部下の兵士が命令を受けて青年を連行していく。襟章によれば、彼らは「三曹」で、目の前の軍人は「准尉」。なるほどこの男の方が階級はかなり上らしい。

「それで、報告と相談というのは?」

「はい。卿は旧第一発電所の爆破事件に関して、何か聞いておられますか?」

 唐突な質問に、レオンが怪訝な表情を浮かべる。

「いいえ」

「件の騒動に異能者を含む集団が関与しているという情報があります。発電所の警邏には別隊が着任していたのですが、事件の調査は我々が拝命しました。そこで、異能に詳しい人物として研究所の所長からシュタインベルガー卿を推薦していただいたのです。……そちらがご相談の内容となります。どうか、捜査にご協力いただけませんでしょうか?」

「……あの女狐」

 もう余計な事件を寄越さないと言った舌の根も乾かぬうちにこの依頼だ。そろそろあのいい加減な研究者を排除した方がいいのかもしれない。

 眉間に深い溝が刻まれたレオンを、ヘルマンがやや不思議そうな顔で眺めていた。

「……疑問は多々ありますが、先に報告とやらを聞きましょうか」

「はい。これは、先程のご相談に関連する話になってしまうのですが」

 前置きをして、軍人が姿勢を正した。

「シュタインベルガー伯爵の屋敷で働く使用人が件の爆破グループに攫われたようだと、偵察中の部下から報告がありまして」


 報告の内容を理解したレオンは、全身の空気を絞り出すような溜め息を吐いた。


                   ◇


 持ち主を失くして久しい工場には、ここ数週間で一番の静寂が満ちていた。

 その廃屋を占拠した男たちが、輪になって集まっている。

 中心に、カタカタと震えるマーガレットの姿があった。一点をじっと見つめたまま、決して視線を動かそうとはしない。

 薄汚れた椅子に浅く腰掛ける少女の前には――皿に乗せられた、一切れのパンがあった。

「お、今度こそ喰うか?」

「馬鹿。黙ってろ」

 冷やかす声に、動きかけていたマーガレットの腕がピタッと止まる。目をきつく閉じ、大きく首を振って、膝の上で両の手を強く握り締めた。

「ほれ見ろ。お前が余計なこと言うから」

「おれのせいかよ! ていうかこの嬢ちゃんがさっさと喰わねェのが悪ィんだろ!」

「まー、フツーの女の子がいきなりこんなトコに連れてこられて、出されたパンを食べるかって話ではあるよね」

 葛藤の末に手を伸ばそうとしていたマーガレットとしては、そういう発言は本当に控えてほしいと思った。まるで自分が普通の女の子ではないみたいだ。

「なんだよ、毒いれてねェか疑ってんのか? するわけねェだろ、んなこと」

 呆れたように言われて、せいいっぱいの強がりで、最も口が悪い黒髪の男を睨みつけた。

「……敵のほどこしは受けません」

 ぷい、と顔を背ける。

 現在に至るまで何度か食欲に敗北しかけたけれど、心意気は本物だ。

 彼らは伯爵の敵。ならば、誇り高き元子爵家の娘として、姦計に屈するわけにはいかない。

「おーおー慕われてんなァ、シュタインベルガー伯爵ってのは。ますますムカついてきた」

「フォーゲルが貴族になったら使用人から刺されそうだもんね」

「敬われることだけは絶対になさそうだな」

「……テメェらさっきからケンカ売ってんのか? 買ってやるからおもて出ろ、オラ」

 また言い合いが始まった。仲が良いのか悪いのか分らない三人だ。

 一連のやりとりの中から、マーガレットは彼らがグループのまとめ役なのだろうと推測していた。なんとなくだが、周りから一目置かれている印象がある。

 口の悪い黒髪の男がフォーゲル、落ち着いた口調で話す丸坊主の大柄な男がヴァール、この中では最も小柄な長髪の少年がビーネという名前らしい。聞き慣れない響きだと思ったら、どうも本名ではないようだ。コードネームのようなものだろうか。

 同じようにリーダー格の誘拐犯はリヒトと呼ばれている。彼女は、ついさっきまた一人でどこかへ行ってしまった。

「あ、あの……」

 いがみあう男たちに声をかけると、三人の眼がいっせいにマーガレットの方を見た。

 あまりの恐さに思わず顔を背けそうになる。

「なぜ、貴族を殺そうなどと考えるのですか?」

「あァ? そりゃお前ェ、ムカつくからに決まってんだろ」

 黒髪のフォーゲルが、さも当然というように答える。

「そんな理由で……」

「おかしいと思うか? フツーはそうだろうな。……でもよ、こちとら貴族には生まれた時から何度も人生狂わされてんだ。欝憤なら全員ブッ殺してもお釣りがくるくらい溜まってるぜ」

 口がニィと吊り上がる。年齢はまだ若い方に分類されるはずなのに、その瞳には荒みきった仄暗い光が滲んでいた。

「ぼくたちはさ、みんな海辺の寒村で生まれたんだ。きみも育ちは良さそうだけど、知ってる? ――この世界には、いくら食べ物が目の前にあっても、口にすることすらできずに餓死する人間がいるってこと」

 優しさすら感じられる微笑を浮かべて、ビーネが言う。

 ともすれば年下にも見える少年の言葉に、少女の表情が硬直した。

 マーガレットも出身は辺境の地だ。厳しい食糧問題を抱えた土地があることは知っている。

 ……発展した文明社会の恩恵を、満足に受けられない人々がいることも。

「ま、んなこたどうでもいいんだけどな。絞り取る方がカスなら、やられっぱなしで黙ってる方も救いようのないバカだ。故郷を捨てたおれに文句いう筋合いもねェし」

「なら、なぜ……? 貴族を手にかければ、あなたたちもただでは済まないのですよ?」

友達ダチとの約束だ。おれらみたいなクズといっしょに怒って笑ってくれたヤツがよ、死ぬ間際にリヒ姉を守ってくれっつったんだ。たった一人の家族だからってな。おれらにとってもリヒ姉は居場所をくれた大事な人だ。あの二人がそうするっていうなら、おれはたとえ皇帝だろうとブッ殺してやるぜ」

「――フォーゲル、喋りすぎだ」

 熱がこもり出した仲間の声を、ヴァールが落ち着いた口調で遮った。

 しかし、彼を含めた誰もが、同じように静かな表情を浮かべていた。まるで、そうやって死ぬことをすでに受け入れているとでもいうかのような。大切な誰かのため、命を投げ出すことを決めた顔。

 その姿が、故郷の領民たちと重なって見えた。

 ……マーガレットを逃がす時、幸せになれと、そう言って送り出してくれた人々の姿に。

「お、おい、なんだよ? なんで泣いてんだ、お前ェ」

 戸惑った声が聞こえる。それでも、マーガレットは表情が歪むのを――頬に伝う冷たい雫を、止めることができなかった。

 あふれた悲しみは、透明な塊になって、地面へと流れ落ちていく。

「かんたんに、命を捨てないでください……苦しい時も、厳しい冬も、一緒に乗り越えてきたではありませんか……」

 大地すら冷たく凍える季節。充分な収穫がなかった年は、互いに助け合って、歯をくい縛って、みんなで耐えた。やむを得ず口減らししようとする家庭には、みんなで少しずつ援助した。

 きっと自分のことで手一杯だったはずなのに。村の優しい住人たちは、共に生きる仲間を見捨てようとしなかった。

 そんな彼らを助けたくて、父がエネルギー工学の研究に取り組んでいたことを知っている。

 良家の出身だった母が、秋になれば泥まみれになって収穫を手伝っていたことも。

 みんなで肩を寄せ合って、必死になって生きた。

 そうして迎える新しい季節は、いつだって眩しいくらいの生命の輝きに満ちていた――。

「……きみも、辺境で育ったのか」

 ビーネがぽつりと呟く。嗚咽をもらすマーガレットは、頷くだけで言葉を返せない。

 やがて、頭上から途方に暮れたような声が聞こえてきた。

「おれらみたいなクズのために泣くヤツなんざ初めてだ……変なヤツだな、お前ェ」

「くずじゃ、ありませんっ……生きてくださいませ! 最後まで、あきらめずに……」

 最後の言葉は、故郷に残してきた人たちに向けられた願いでもあった。

 元気でいるだろうか。新しい領主は、きちんと彼らのことを考えてくれる人だろうか。

 国を出てから一度も帰れていない。書いた手紙も、なんだか逃げたことが申し訳なくて、ポストに投函できずに引出しの奥へと仕舞ってある。

 いつか借金を返済し終えたら、会いにいくつもりだった。

 たくさんの「ありがとう」と「ごめんなさい」を、帰ってみんなに伝えようと思っていた。

 だから、どうかそれまでは。元気でいてほしいと……生きていてほしいと、強く、願う。

 そして、それはきっと彼らも同じ。

 どんなに貧しくとも、彼らの帰りを待つ人が必ずいる。

 離れていても、彼らが無事でいることを祈る家族や友達が絶対にいるはずなのだ。

 故郷を出た者は、死んではいけない。なにがあろうと力の限り生きのびなくては。

「ハァ。とにかく、パン喰えよ……農村の子供ならよ、食いモン粗末にしちゃダメだろ」

 面倒くさそうに言われて、マーガレットは顔をあげた。

 目の前では、フォーゲルが子供のようにそっぽを向いている。

 その言葉がなんだか嬉しくて。

 マーガレットは流れる涙もそのままに、ふにゃっと情けない笑顔になった。





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