死者の意識
僕が死ぬまでいたとされる病院のベッドの傍らにある心電図モニターには、自分の名前と性別、そして『119/120』という謎の数字が表示されていた。
なんだこれは。何を表しているのだろう?
これがゲーム好きの杉原のことなら、すぐにHP表示だなんだと騒ぎだすだろうけど、僕の頭はそうお花畑ではない。この日本で敵は出て来ないし、こんな体では色んな意味で戦うことは出来ない。到底あり得ない話だ。空想を話すにしても、もう少し現実味のあるものにして貰いたい。
…といっても、なにかの数値を示していることには僕も同意せざるを得ない。右が最大値、なのだろう。なぜ120なのか、1減っているのはどういうことなのか、0になるとどうなるのか……
この数値だけがただ単にモニターに映っていたのなら、僕は完全に無視を決め込んで自分の一部の記憶が回復した感動に入り浸ったり、自分のきっとこの世には存在しないであろう未来を考察したりなど色々出来ていたはずだが、そのモニターに自分の名前が入ってしまっているのが問題である。それは少なくとも、この数値と自分は何らかの関係があるということを如実に表している。
相変わらず体は動かない。視点を移動しようとすると、体が浮いたような感覚になる。自分の体は定位置に無く、常に自分の意志に合わせるようにしてゆらゆらと揺れている。もちろんそのような感覚がするだけであって実際の自分はこれ以上動くことはない。死んでしまったのだから。
しかし幸いなのは、思考は自由に働かせることができること、だろうか。一部の記憶が抜け落ちているのは仕方のないことだが、関連することを考えなければいい話だ。……名前他、自分の生い立ちに関連する殆どのことを思い出した今だからこそ言えるのだが。
そう、どのように生まれてきたか、どのように育ってきたか。
……まぁ、見舞いに来てくれる人がいないわけである。
といっても言うほど深刻ではない。幼い頃に両親が離婚し、母親方に引きとられたわけだが高校を卒業した直後にいざこざがあっていくらかのお金を掴まされて追い出された。片親と言えど父親から仕送りは貰っていたし、教育も普通の人と同様に受けられた。ただ少々田舎住まいだったので追い出された時は色々と苦労した。というか絶賛苦労中だった。
自分の立場など少し探せばいる程度だと思う。実際そうだろう。小学生に入る前に両親を亡くした子とか、気が付いたら何処かの施設に保護されていた子とかの話を小耳に挟んだりしたが、相当なものだった。その人達と比べてしまえば自分などなんてことない。不幸自慢など以ての外だ。
もし両親が自分の現状を知っていて、かつこちらに来ることになったとしても、両親と顔合わせするのは時間的に厳しいだろう。
自然と溜め息が出た。息を出したというよりは力が抜けた感じがした。親より先に死ぬのは罪だとか、親不幸だとか、今になって様々なことが頭をよぎった。が、不思議と後悔のようなものは感じられなかった。というより、死んだ時の記憶が一切無い状態で、ただポンと「自分は死んだ」という状況を与えられただけなので、実感が全く沸いてこない。さっきから体の感覚はおかしいが、意識がはっきりし過ぎている。ここで医者が来て「あなたは死んでなどいなくて、交通事故で入院中だ」などと言われてしまえば納得出来てしまう、そのようなものであった。