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異世界と召喚



彩葵(さき)~次の授業なんだっけ?」


「確か倫政じゃない?」


「んじゃ、ユキちゃんか。今日は何回『めんどい』って言うと思う?」


「十五回は固いと見たね。千怜(ちさと)は?」


「二十はいくと見た」

 

 少し偏差値が高いことを除けば普通の公立高校である、その校舎内にて二人の生徒が談笑していた。

 一人は明るい栗色の短髪に、同色の瞳。綺麗というよりも可愛いという顔立ちをした少女、神城(かみしろ)彩葵(さき)はクラスメイトで友達である、日本人形のような美しい黒髪と同色の双眸に、吊り目からややキツめの印象を受けるものの、整った顔立ちの少女である、八重樫(やえがし)千怜(ちさと)といつものように他愛のないことで盛り上がっていた。今回は二人のお気に入りで、担任でもある先生の話だ。


 そうこうしている内に、授業開始のチャイムが鳴り、生徒たちが席に着く。

 それから、少し遅れて次の授業の担当でもあり、クラスの担任でもある雨谷(あめたに)雪士(ゆきと)が教室へと入ってきた。


 雪士(ゆきと)は簡単に言えば、だらしない系の大人である。服は目立つほどのものでもないが、どこかくたびれた印象を与えるスーツ。髪は適当に撫で付けてあり、少し登校時間が早かったりすると、朝会の時には寝グセだらけの時もあるのだ。それでも、不潔な印象を受けないのはどういう絡繰りだろうと彩葵と千怜は首を捻ったが、答えは出なかった。


「ユキちゃん、遅刻~」


「うるせぇ、教師だから遅刻じゃねえ。あと、教員をあだ名で尚且つちゃん付で呼ぶな」


「えー、可愛いのに~?あと、言い訳になってませんー」


「お前なぁ、教師に対する態度じゃねえだろ……はあ、もういいや、めんどいし。委員長、号令」


 溜め息と共に彩葵のやっかみを心の底から面倒そうに切り上げ、クラスの学級委員にそう言うと、眼鏡をかけた清潔感漂う少年によって号令がかけられ、授業が始まった。


 不思議なことに雪士の人気は高い。顔立ちはせいぜい、色眼鏡で見ても上の下。しかも、本人は身だしなみに気を使うタイプではないので、その評価は中の中。平々凡々な一般人だ。


 ではなぜ、彼が慕われるようになったのかといえば、とある事件を解決したことがきっかけだ。

 その事件以来、関係した生徒は雪士を慕い、相談する生徒も多くなり、更にはその友人が聞きつけ、今度はその生徒が…というようにネズミ算式に増えていったのだ。


 ちなみに、彩葵と千怜はその事件の関係者であり、最も雪士を信頼している生徒の一人だ。

 特に彩葵は信頼以上の感情も持っていると千怜は予想しているが、雪士には全く相手にされていない。本人自身にもその自覚があるかどうか怪しいところだ。何と言っても、彼女のそういったことに関する考えは小学生レベルと言っても良いくらいなのだから。いや、今は小学生も早熟なので、幼稚園児レベルと言い換えても良いかもしれない。

 そのせいで一部の男子生徒からは敵愾心なども持たれているが、雪士の立ち回りが上手いこともあって、これまた見事に逸らしている。


 そうして、雪士が時折「めんどい」などと口走りつつも、授業はつつがなく進んでいき、終わりを迎える。

 


――筈だった。




 それまでいつも通りの死んだ魚のような目をして、需要と供給について説明していた雪士が唐突に輝きを取り戻したかと思うと、目を見開き、激しく視線を教室の端々に走らせる。

 雪士のただならぬ様子に生徒たちは疑問を持つが、その答えを出すよりも早く、更なる事態がクラスを襲う。



 光。



 その凄まじいまでの光量に生徒たちは眩しさのあまり、目を瞑る。

 発光源は床。これまで何の変哲もなく、過ごしてきた教室の床だ。


 そして、これだけの光量にも関わらず、熱を感じない。

 その最中、彩葵ただ一人がうっすらと様々な形を組み合わせ作った、複雑な陣形と、英語のような見慣れぬ文字を見たような気がした。


「今すぐ全員教室から出ろ!!!!!」


 雪士が珍しく焦りの滲んだ声でそう叫び、廊下側の生徒たちへと向かって走り、何人かを力尽くで外へと放り投げる。幸いにも廊下側の窓は開いていたようで、生徒たちは窓と共に廊下に放り出されるという事態には陥らずに済んだ。


 そして、廊下へと出ることが間に合わなかった大多数の生徒と一人の教師は光へと飲み込まれていった。


 次の瞬間、教室には生徒たちの教科書と文字の書かれた黒板と先程まで生徒たちの座っていた椅子と机、教科書だけが残されていた。



◆◆◆◆



「イダッ!」


 硬い床へと尻をしたたかに打ち付けた彩葵は、思わず花の女子高生にあるまじき声を上げてしまうが、致し方ないだろう。

 体重を預けていたはずの椅子と机がいきなり抜き取られたようなものなのだ。いきなり空気椅子というのはいささかハードルが高い。


 見れば、他の生徒たちも大抵の人間が同じような状況で、打ち付けた尻をさすっていた。

 例外は元から立っていた雪士と何故か立っている千怜だけだった。


「何でユキちゃんはともかく、千怜も立ってんのよ?」


「ユキちゃんが珍しく恐い顔で教室から出ろって言ったからよ。それよりあれ、見てみなさいよ」


 彩葵の不満気な声をあげるが、千怜は敢えて彼女を無視して、そう返す。彩葵は痛みを訴える臀部をさすりつつ、千怜が指し示した方向に目を向ける。するとそこには、


「異世界の勇者様とその従者の皆様、よくぞおいでくださいました。まずはご紹介に預からせていただきます。私、アリエル=ビヨムルンド、と申します」


 白。まるでその色をそのまま擬人化したような少女がそこに立っていた。肌、髪は透き通るような白さに、美しい碧い瞳、そしてその容姿は同性である彩葵や千怜でさえも息を呑むほどに可憐な少女だった。

 そして、他にも数人の神官のような白い服を着た者が何人か見受けられたにも関わらず、クラスの生徒全員はその美しさに目を奪われていた。

 一人の教師を除いて、だが。

  

 そう、ただ一人、雨谷雪士だけはいつものような死んだ魚のような目とはうって変わって、ひどく冷たく、そして鋭い眼光を宿した目を静かに、発言した少女へと注いでいた。


 そして、誰かが口を開くよりも先に、普段の雪士からは考えられないような、爽やかでありながらも、目が笑っていない、ニッコリとした笑みを浮かべ、少女に向き直ったかと思うと、


「『勇者』?それはどういう意味でしょうか?これはれっきとした誘拐だと理解した上でそんなことをおっしゃっているのですか?」


 その笑顔に対し、彩葵と千怜を含む幾人かの生徒が思わず小さく「ヒッ!」と、怯えた声を漏らしたのは内緒だ。


「その件に関しては私が説明することではありませんので。詳しくは我らが王からお聞きください。今、王を呼んできますので、しばしお待ちください」

 

 雪士の受け答えに対し、これ以上の問答は不要だと言うような態度でそう言い放つアリエル。その眼はどこか不満そうにさえ見えたが、神官たちを引き連れ、巨大な両開きの扉から部屋を出て行く。

 やがて、扉が閉じられた大きな音によって現実へと引き戻された生徒たちは一気に混乱へと陥る。


「お、おいどうなってんだよ!?」

「どこよここ!?」

「さっきまで教室にいたはずなのに!!」

「夢だ!きっと悪い夢なんだ!!」

「ふざけんなよ!誰だよお前!」

「なんで!?なんで携帯も繋がらないの!?」

「ドッキリなんだろ!?どこかにスタッフとか隠れてんだろ!?」


「これは……」

「ちょっと不味いわね……」


 彩葵はその光景に呆然とし、千怜は顔をしかめる。このまま、混乱がヒートアップしそうになったが、


「静かに」


 大声でもなければ、怒鳴り声でもないが、底冷えのするその静かな声に、生徒たちは全員静まり返った。

 

「お前ら、混乱するのもわかるが、今がどういう状況か考えてくれ。俺たちは被害者でアイツ等は加害者。騒ぐのは危険。得策じゃない」


 下手すりゃ殺されるかもな、と続けようかとも雪士はその際思ったが、こんな言葉を口にすれば、逆に混乱するだろうと思い直す。


「ねえ、あれって……」


「ユキちゃん、スイッチ入っちゃってるね」


 こそこそと話す彩葵と千怜。

 『あの』状態の雪士を彩葵たちは『スイッチ』が入った、と言っている。

 恐らく、大半の生徒たちが雪士の変わりようにに驚いているだろう。彩葵たちでさえ『あの』状態は例の事件以外では見たこともない。


「な、何だよ!得策って!」


「『静かに』って言ったよな?」


 雪士に敵愾心を持ち、不良然とした生徒の一人である、赤川(あかがわ)裕武(ひろむ)の言葉も睨みを利かせた視線と共に一言で黙らせる。


「とにかくだな、状況も何もわからない今は、大人しくあの女の言うことを聞くしかないんだよ。俺たちに選択権なんて最初(ハナ)から与えられてない。今は何よりも現状把握が最優先。ただそれだけの話」


 雪士の言葉に押し黙る生徒たち。

 そこで彩葵が首を傾げ、ふと思った疑問を口にする。


「あれ?じゃあ、ユキちゃんのさっきの発言って何気ヤバくない?口調はともかく、喧嘩売ってたよね?」


「ちょっとヤバいかもな。でも、アイツらからは敵対しようとまでは思ってなさそうだったからな。少し強気でいっとかないと、後からもっとめんどいことになりそうだったからな。ていうか、なるだろうな十中八九」


「何で敵対するつもりがないって言えるの?」


 そこで雪士は少し考え、まあこれくらいなら、むしろ言っておいたほうが良いかもしれないと思い、口を開く。


「アイツらっつーより、あの女が『勇者』って言ったろ?俺たちの中に、その目的の『勇者』クンがいるってことになる。それなのに、呼び出しておいて、わざわざ初っ端から悪感情を向けられるようなことはしないだろうよ」


「でも、この会話とか聞かれたりしたら…」


「その心配はねえよ」


「何で?」


「説明めんどいからパス。あと、ユキちゃんやめろ。つーか、おしゃべりはそろそろ切り上げろ。アイツら、戻ってきたぞ」


 その雪士の発言に合わせたように、巨大な両開きの扉が開いた。


「まともな奴だと良いんだけどな」


 雪士の呟きと同時に現れたのは、白髪と立派な白い髭をたくわえ、質実剛健という字がよく似合いそうな初老の男。その男が入ってきただけで、部屋の空気が一気に引き締まったような気さえ起こるほどの存在感。


 ただ、雪士にだけは彼の眼の中に一瞬だけ、底知れぬ『闇』が垣間見えたような気がした。

 かつての雪士が慣れしたんでいた『闇』が。






2015/11/11 改稿

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