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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第四章

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彷徨いの先で①

 シェイラが目覚め、ココとスピカが居ないことに気づく数時間前。

 暗い暗い、静かな夜の森をココとスピカは歩いていた。

 準備もなく飛び出してきたから、月明かり以外の光は何も無い。

 その月光さえも木々の間から差しこむ程度で、視野はとても狭かった。

 

 時折吹く風は、昼間の暖かさが嘘のように肌寒さを誘う。

 更に周囲には彼らの背の丈よりも高い植物が茂っていて、更に土から隆起した太い木の根が足元を阻んでもいた。

 とても幼い子供たちだけで踏み入ってはいけない時間と場所だ。

なのに止まることなく歩いて、途中飛んだりもしたから、もうずいぶん森の奥まで踏み入ってしまっている。集落からも既にずいぶんと距離が開いているはずだった。 


 ――カサッ、と小さく頭上から音が耳に入る。


「っ……!?」


 とたんにスピカとつないでいるココの手に思わず力が入った。


「な、に……?」


 ココが恐る恐る赤い瞳で見上げると、木の枝に止まっていた鳥が飛び立つところ。

 何でもない、ただの鳥だったことに、ココは安堵の息を吐いた。

 それでも小さな手は頑なにスピカの手を握り続けている。

 つながっているココの手を、スピカは漆黒の色の瞳で見下ろしたあと、溜息を吐いた。


「かえる?」

「……や、やだ」

「だって、ココ、こわいんでしょ?」

「こわくなぁいっ!」


 繋いでいる手は明らかに震えているのに、ココは首を横へと振って先へと進む。

 手を引かれているスピカも自然と連れられて、さらに奥深くへと森の中を歩いていくのだった。

 ココが『家出する』と宣言したのは、シェイラが他の子どもを過度に構ったことへのやきもちからの仕返しで、スピカも同じくらいに腹がたっていたからその提案にのった。

うっかり、のってしまった。

 ただ夜に抜け出すということは、ココにとって本当に特別なことなのだとスピカが気付いたのはほんの少し前だ。 


「……しずかできもちいいねぇ」 


 思わず安堵の息を吐くほどに、スピカにとって闇の中は安らげる癒しの場所。

 時々聞こえる獣の鳴き声も、葉擦れの音も、卵の頃にずっと聞いていた子守唄のようなもの。


「ふ、ふーん。ふふぅん♪」


 鼻歌を歌う程に、穏やかで心地よい。

 空を仰ぐと葉の隙間から満点の星が覗き、月もとても綺麗で、ずっと眺めていたいくらいだ。

 シェイラやココは知らないけれど、真夜中のみんなが寝静まった後に出かけることも時々ある。

 でもスピカとは違い、夜を少しだけ苦手とするココの握っている手には汗がにじんでいた。

 絶対に離すまいとするふうに強く握られたその手の力が、小さな葉擦れの音で跳ねる肩が、彼が闇を怖がっていることを物語っている。


「もー! なんでスピカはふつうなの!」 

「なんでって……。こくりゅうだから?」

「もー! もぉー!!」


 冷静なスピカの様子にいらだち、更に不安も重なって癇癪を起したココが地、団太を踏んで怒鳴ってくる。

 怒っているけど眦には涙が僅かに浮かんでいて、全然怖くない。


「ココがこわがりすぎなんでしょ」

「こわくないって!」

「うそ! て、はなせないくせに」

「ちちちちがう! こわいからじゃないもんー! もー! もー!」

「もーもーもーもっ、うるさぁい」


 ココの駄々に、スピカは顔を顰めて頬を膨らませた。


(こんなの、つきあってらんない)


 でもこの場でココを見捨てて行くのは酷すぎると分かっている。


「スピカだっておこってたくせに!」

「っ……おこってるのじゃないし。ちょっと…、さみしくなっただけよ」


 ぽつりと落としてしまった消え入りそうな呟き。 

 無意識に漏らした本音が悲しくて、スピカは益々気分が落ち込んだ。

 寂しいなんて、卵から出て以降始めて感じた感情だった。


「うん」


 ココもぎゅっと唇をかみしめてうつむき、足を止めてしまった。

 二人きりで暗い森の中で立ち(すく)むと、心の中に吹く冷たい風が更に冷えた気がする。

 いつも『寒いでしょう?』と言ってコートを着せてくれたり、抱きしめたりしてくれる人がいないから、余計に胸の中がキンと冷たい。


「――だってママ、ずうっとたのしそうだった」

「にこにこ……だったね」

 

 シェイラが他の竜の子に幸せそうな柔らかな微笑みを向け、いつもココとスピカを抱き上げる腕で他の子を抱いた。

 あの光景が、何だかとてもとても、嫌だった。

 目の前が怒りで真っ赤になるほどに、嫌で堪らなかった。


 愛おしそうに水竜たちを見つめるあの目も、優しく頭を撫でてくれる手も。

 全部全部、自分たちだけに向けて貰えるものだった。

 城から出て以降はことさら彼女と一緒に過ごす時間が増えて、傍に居て手を握ってくれているのが当たり前になっていた。

 シェイラは竜であり、母親という役割でもあるココとスピカには『大好き』の言葉を一番たくさんくれた。

 愛情を一番に貰っているのはきっと自分たちだと、信じていた。

 シェイラの優しくて温かい、その情を疑ったことなんてなかったのに。


「しぇーら、あんまりみてくれなくなった」

「うん」


 この島について以来、シェイラのあの薄青の瞳は、夢中で水竜ばかりを追っている。

 ココとスピカが気を引こうと何か話しかけても、それよりももっと彼女の心を奪うのは、初めて出会う水竜たちだった。

 水竜は、シェイラを夢中にしてしまった。

 シェイラが水竜に話しかけるたびに、ざわざわと変な感情が生まれて増えていく。

 今まで一番近くにいた絶対の信頼を置ける人が誰かに奪われるのではないかという不安が、少しずつ少しずつ、徐々に濃くなっていった。

 あの洞窟の中でも、子供たちを抱いて幸せそうにシェイラを見て、放っとかれたココとスピカが寂しくて泣き出しそうになっていることに、クリスティーネに指摘されて初めて気がついていた。

 あんなふうにシェイラが誰かに取られるなんて、どうしても嫌だった。


「しぇ、しぇーらママは、スピカのママなの。だから…」

「うん」

「ほかのこのママになっちゃ、だめ……、いやだ」

 

シェイラは優しい。悪事なんて一回もしたことが無い程に、真っ直ぐな人間だ。

 そんな彼女に誰かに優しくしないでなんて、言っても困らせるだけ。

 それでも嫌で嫌で仕方がなくて、誰か他の子にあの手が触れることが許せなかった。

 自分たちの方を向いて欲しい。

 水竜の子たちなんかに構ってほしくない。

 だから気をひくために怒って見せて、こうして家出なんてこともしてしまっていた。



(きっと、しんぱいするのに)


 ココとスピカが居ないことに気づけば心配して、泣きそうになりながら、必死にスピカたちを探すはず。

 その間は、きっとシェイラは水竜の子になんて目もくれない。

 自分たちだけのことを考えてくれる。

 それがとても、嬉しいだなんて―――――。

 もっともっと自分だけを見てくれるようになれば良いのに、なんて。

 困らせることで不安が少し薄れるなんて。

 『嫉妬』という、どろりとしたある意味では暗く重い感情を、二匹は初めて知った。


(すっごく、わるい)


 こんな悪いことを考えているなど、シェイラに知られたら嫌われてしまうかもしれない。

 それが怖くて怖くて仕方がない。

 ――他の、里で生まれた竜達とは違い、ココとスピカにはシェイラしかいなかった。

 通常、幼い竜は里のもの皆で、手の空いたものが面倒を見て、術を教えるような育て方をされる。

里の竜全員が家族のような環境の中で、一般的な竜達は大きくなるのだ。

 でも、ココとスピカにはシェイラしかいない。

 城ではさまざまな人が手伝っていたけれど、あくまで『手伝って』であり、基本的にはやはりシェイラが唯一の身内だった。


 だから、他種の竜とは異なり、ココとスピカはことさらに『親竜』に固執している。 

 シェイラというたった一人の腕の中で、彼女の愛情全部を一心に受けて育っているココとスピカ。

 そんな環境だからこそ、ココとスピカはシェイラの愛情が他所の竜に向けられてしまうことが、怖くて仕方がなかった。

 スピカはいつの間にかうなだれて地面を睨んでいた。

 眉を寄せ、ぎゅうっと唇を引き結んで、自分の中をぐるぐる駆け回る嫌な感情と戦っているとき。

 ココが深刻な空気を破る、呆けた声を上げた。

 

「ねー、あれなぁにー?」

「……?」

 

 顔を上げてスピカは怪訝な表情でココを見る。

 

「あれ、あれだよ!」


 繋いでいない方の手でココが何度も指さす方に視線を移すと、僅かな光が見えた。

 暗い闇の中にぽっかりと浮かぶ、わずかな光が、森の奥の方から漏れている。


「……あかり?」

「だれかいるんだよ!」

「ココ!」


 灯りに喜ぶココは急に顔を明るくさせて、歓声を上げ、スピカの手を引いた。

 

「だめよココ! こんなとこであかりって、ぜったいへん!」


 森の奥で輝くものがあるだなんて、あきらかに変である。

 闇に引き寄せられる黒竜のスピカはその異常性に気づいたけれど、陽に引き寄せられる火竜のココはただ素直に飛びつこうとしていた。


「でも、しぇーらがさがしにきたのかも!」

「それならはんたいからでしょ! ほおこおちがぁう!」


 必死にココの手を引いて、止めようとするスピカだが、ココの勢いは止まらなかった。

 ココの方が少しだけ身長が高くて、力も強いのだ。

 ココは半ば無理やりスピカを連れ、暗い森の中に唯一ともるその光をめざし、翼を生やして飛び出すのだった。 


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