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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第四章

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夜闇に消えたもの②

「二人とも、帰っているの?」


 急いで駆けて帰ったシェイラが寝室の戸を潜ると、二つあるベッドの片方のシーツの上に、山がふたつ出来ていた。

 レオの言う通り真っ直ぐにここに帰ってきてくれていたことに安堵する。

 しかしどちらも完全に頭から被ってしまっている為、かがんで覗いても、子供たちの顔はうかがえなかった。 

 

「ねぇお願い。顔をみせてちょうだい。ココ、スピカ。私があなたたちを放っておいたのがいけなかったのね。ごめんなさい」


 シェイラは謝罪を口にしながらそのベッドの端に腰掛け、シーツの上からココとスピカを交互に撫でた。

 この時までは、謝って、抱きしめて、たくさん話をすればまた元の関係に戻れると、何の疑いも持たずにそう思っていたのだ。

 しかしココとスピカは、何を言ってもまったく全然反応を示してくれない。

 予想外のことに、シェイラは困惑し眉を下げた。

 さらにゆすったり摩ったり、繰り返し何度か名を呼んでみたりもしたけれど、無言のまま、シーツの中に閉じこもってしまっている。

 少し力を入れてシーツを引いてみても、シーツを巻き込んで包まっているらしく簡単にはめくりあげられない。

 その無言の拒絶と、閉じこもりが、二匹がいかに怒っているかを訴えているような気がした。


「ココ、スピカ……」


 あまりの反応のなさに沈んだシェイラは、しかしぐっと堪えて気を取り直す。


「そ、そうだわ! いいことを思いついた!」


 手を叩いて音を響かせ、ことさら明るい声を上げてみた。


「おやつにしましょうか!」

「…………」

「確かまだ荷物の中にクッキーがいくつか残っていたはず! そろそろ湿気てしまうから、もう食べてしまわないとっ」

「………」

「お、おやつの気分ではなかった? えっと、だったらほら、おとぎ話でもする?」

「…………」

「――――ね。二人ともシャルトルの動物隊のお話、好きだった……でしょう?」

「………」


 何の返事も無い状況に、明るく作っていたシェイラの声はどんどん尻すぼみになっていってしまう。


「火竜と勇者様のお話も…、続きを聞かせるって、言っていたもの、ね……」

「…………」

「え、っと……その…。……」


 ついにはシェイラは途方にくれて俯いてしまった。

 

「二人とも。声を聞かせて?」

「……」

「ココ、スピカ……どうして……?」


 いつもならば絶対に笑いを返してくれるのに。

 答えが返ってこないことがこんなに悲しいだなんて、シェイラは知らなかった。

 彼らが好きなお菓子も絵本も遊びについてももう話しつくし、あとは何を言えば興味を引けて顔をのぞかせてくれるのかが分からない。

 行けないと思うのに、どうしても目元がじわじわと滲んでいく。

 必死に力を込めて押しとどめる。今泣くのは違うと、自分に言い聞かせた。

 そうやって自身を叱咤しながら、何度も同じようなことをココとスピカに話しながら過ごし、やがてもう力なく床を睨むくらいしかしか出来なくなったとき。

 

 シェイラの上に、ふいに影が差す。

 

「まったく。困った奴らだなぁ」

「――ソウマ様。いつの間に」

 

 ココのベッドに腰掛けて項垂れていたシェイラの目の前には、ソウマが立っていた。

 いつからこの部屋に居たのか、ココとスピカに必死になっていたシェイラには分からなかった。

 もしかするとずいぶん前から居てくれていたのだろうか。

 沈んだシェイラの表情とは正反対に、彼はくったくなく明るく笑っていて、伸ばされた大きくて厚みのある手がくしゃりとシェイラの髪を乱雑に撫でた。

 暖かなソウマの手はとても安心出来て、ほっと安堵から肩から力が抜ける。


「どうせ拗ねてるだけだって。ほら、お前たち、いい加減にしろっ!」

「えっ!?」


 そう言ったソウマは、シェイラの髪から手を離すとココとスピカの籠っているシーツを握り、勢いよく力任せにまくり上げた。

 重さなんてまるで感じさせない軽やかさで、バッサァとチェック模様のシーツが音を立てて部屋に翻る。


「あ」

「っ、きゅっ!」

「きゅう!」


 シーツから放り出された赤い竜と、黒い竜が転がり、床へとぽとりと落ちた。


「ココ、スピカ。竜の姿に戻っていたのね」


 シェイラの視線の先、丸々とした竜の姿の二匹は放りだされた勢いそのままにコロコロと床の上を転がっていく。

 追わなければと慌ててベッドから腰を上げたシェイラだったけれど、しかし追いつくよりも早くに、ココとスピカは姿勢を建て直し、素早く翼を広げジャンプする。

 シェイラが今まで見たこともないほどのスピードで脇を掛け飛んだココとスピカは、今度はシェイラのベッドのシーツにそそくさと潜り込んだ。

 二匹の動きは大変に息が合っていて、完全に一致していた。


「おい!」

「「…………」」


 再び閉じこもった二匹にいらだった様子のソウマは、今さっきめくり上げたシーツを乱暴に片方のベッドに置き、もう一方の今ココとスピカが閉じこもっているベッドのシーツの方に手をかける。


「ふんぬぅっ!!」


 更なる勢いと力でチェック模様のシーツがパッサァーっと部屋に翻った。

 また、放り出された赤い竜と黒い竜の姿の二匹が床へと落ち、そんなに広くもない部屋の中をコロコロと転がっていく。


「ちょ……! ソウマ様、乱暴すぎですよ」

「こいつらが強情だから仕方ねぇだろう。拗ねて引きこもってだんまりとかばかばかしい。少したんこぶ作らせるくらいで丁度いい」

「良くないです!」

 

 シェイラは今度こそ床の上を勢いよくコロコロ転がっていく二匹を追った。


「大丈夫?」

「……きゅ!」

「あ!」


 膝を床につけ、壁際に丸めた背中を向けた竜の姿の子を抱き上げようと伸ばした手を、ココが尾っぽで叩いてきた。

 ほんの小さな、痛くもかゆくもない程度の力だったけれど。

 ココは間違いなく、シェイラを叩くという暴力を働いた。

 そうしてでもシェイラに抱き上げられることを彼は拒絶しようとした。

 こんなことは初めてで、シェイラは目を丸め絶句する。

 動けないシェイラの脇を、ココとスピカは無言のままで四本の足で走り、ベッドの下へとすべりこんでしまう。

 本気でどこまでも隠れるつもりなのだ。

 ココも、そしてスピカも、シェイラと顔を合わすことさえ拒絶しているのだ。

 その事実に息が詰まったような、胸がつかえたような感覚に襲われ、ぐっと眉間を寄せた。 


「おい、ココ。今なにした。手ぇ出したのか」


 ソウマの怒りを込めた低い声に、ゆっくりと振り返ったシェイラは彼へ首を振る。

 叱らないでと。これ以上子ども達に彼が乱暴を働くことを牽制する。

 ソウマはたんこぶとか言っているが、決して大きな怪我がするような行為をしているわけではない。もちろんきちんと力加減しているのを良く分かっている。

 でも、これはシェイラと子どもたちの問題なのだ。


「ソウマ様。私に任せていただけませんか? しばらくココとスピカの気持ちが落ち着くのを待ちたいので」

「いや、でも……」

「お願いします」

「……はぁ。分かった」


 ソウマが退室した後、シェイラはココとスピカが潜り込んでしまったベッドの脇に直接腰を下ろした。

 カーペットもラグも無ければ、ワックスもしかれていない、本当にただ木を組み合わせただけの床の上は夏でもひどく冷たく、触れればざらりと砂の感触がした。

 でも、少しでも子ども達の異変を見逃したくはなくて、シェイラは視線の合う床の上にそのまま座ることにする。


 しかし夕方になっても。

 夜になっても。

 幾ら話しかけようが、お願いしようが。

 ココもスピカも、ベッドの下から出て来てはくれなかった。

 床に頬をこすりつけてベッド下を覗きこみ、話かけてみても、背中を向けて丸まってしまった竜の姿のココとスピカの様子はうかがえない。

 無理やり引きずり出すことが出来ないではなかったが。

 でもそれはすべきでは無いだろう。

 

「ココ、スピカ……。どうして?」


 床の上に座り込んでいるシェイラは、肩を落として項垂れる。


「これって、ただの、小さなやきもちじゃなかったのかしら」


 クリスティーネやソウマが言うような、他の水竜をシェイラが構いすぎたために生じた可愛らしい嫉妬であったなら、こんなに長時間も怒りは続くはずがない。

 抱きしめれば、大好きと伝えればそれで仲直りできると考えていたのに、抱きしめることさえ許してもらえないのだ。

 もうどうしてこんなに怒っているのか、子ども達が何を考えているのかが分からなかった。 



「――――シェイラ」

「…………?」


 掛けられた声に顔を上げると、またソウマが居た。

 彼が手に持ったランプの光で照らされた丹精な顔は、呆れと心配を含んだ、微妙な表情をしている。

 いつの間にか灯りがないと目の前の相手の顔が判別できない程にまで夜は更けていたらしい。

 ベッドの下を見下ろしていた首はじんわりと痛み、丸めていた背を伸ばすと骨がきしむ音がした。

 

「もう遅いんだから寝ろ。食事も、居間にパーシヴァル達が作ってくれたの置いて行ってくれてるから。あと早く怪我の手当て」

「でも……」

「でもじゃなく。朝になったらケロッと機嫌直してるだろうからさ。子どもの怒りが二日も三日も続くかよ。今籠ってんのも、引っ込みつかなくなっただけじゃねぇ?」

「…………。ソ、ソウマ様が、そんなだから……」

「ん?」

「いいえ」


 シェイラは眉を顰めつつも緩く首を振った。

 ソウマがそばに居る時、彼はこうしてシェイラに逃げ道を用意してくれてしまう。

 彼はもの凄く、甘いのだ。

 強くお願いすれば結局はなんでも聞いてくれる程度には。

 ソウマの言う『朝になればどうにかなっている』なんて何の根拠もないことなのに。

 彼の言葉であればそうかも。と、納得してしまいそうになる。

 それくらいに彼の何もかもが力強くて頼もしく、元々が優柔不断で流されやすい性格のシェイラはあっさりと引っ張られてしまう。

 頼り過ぎてしまうことが怖くて、もっと自分の足で立つ力をつける為に旅にでたのに、またこうして頼ってしまいそうになっていた。


「寝ろ」

「…………」


 月はもう高く、いつもならばとうに夢の中にいる時間だ。

 ココもスピカももう今日中は頑なになっていて、きっと何を話しかけても聞いてはくれないのは確かだろう。

 きっと日をまたいで仕切りなおしたほうが賢明なのだとは思う。

 でも諦めは悪く、シェイラはベッドの下をみてしまうのだ。


「早く。飯食って寝ること」

「……はい」


 うだうだと動かないでいるシェイラに、ソウマは隣のベッドを差し、休むように強く促す。

 シェイラは結局、緩慢な動きで頷くのだった。

 


 ――――しかしソウマが彼が借りている家へと戻り、食事と寝支度を整え、体を清めるついでに怪我も洗って、最後に消毒しベッドへと入っても、やはりシェイラは寝付けなかった。

 枕に頭を落とした後も、何度も起き上がり子供たちの様子を窺う。

 相変わらず二人は顔を覗かせてはくれない。

 ベッドの下に深く潜ってしまったままでは、眠っているのかどうかも良く分からない。

 でももしかすると寝ているかもしれない為に、話しかけることもためらわれた。

 それでも陽が昇り始める前にはうとうとと微睡みはじめ、シェイラはやっと寝付いた。


 



 ……規則正しい寝息が静かな室内に聞こえ始めた頃。

 ココとスピカは、物音をたてないようにベッド下から顔だけを出し、暗い辺りを見回すのだった。

 その姿は柔らかな皮膚に覆われた幼い子供の姿だ。 


「スピカ、スピカ!」

「なーに?」

 

 小声で話すココの瞳には、まだ熱い炎が燃えていた。

 夜に弱い火竜の子どもで、ころころと気分の変わる彼には珍しく、未だ興奮は冷めずに目はさえていた。

 直ぐそばで眠るシェイラを起こさないよう、そっと全身をベッドの下から出して起き上がったココは、仁王立ちして強く(こぶし)を握り締める。


「おれ、かんがえた」

「なにを?」 


 シーツとベッド下に潜っていた間、ココはずっと考えていた。

 今回だけは、どうしても怒りが冷めていかない。

 シェイラの必死な声を聴いて揺らぎはしたけれど、でも素直に出て行く気にはなれなかった。

 なにかシェイラをぎゃふんと言わせてやらないとと、どうしても思ってしまうのだ。


 そして、決めた。


 夜闇に覆われた部屋の中、ココは眉を引き上げ、決意に満ちた顔を上げる。

 小さな両手の拳を天へと上げ、不思議そうにしているスピカに向かって堂々と宣言した。


「おれ、いえで、する!」

「……へ?」



 ――――朝になってシェイラが目を覚ました時。

 ココとスピカの姿は、家の中どころか集落のどこにも存在しなかった。


 今度こそ本当に、ココとスピカは何の痕跡も残さず、シェイラの前からいなくなってしまったのだ。



 


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