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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第四章

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夜闇に消えたもの①

 白い砂浜の上、燦々と太陽の光が降り注ぎ、絶えず波が打ち寄せる。

 何もないただ白いだけの浜に、金属と金属のぶつかる甲高い音が何度も繰り返し響いていた。


「ほっ! とう!」

「やぁっ!」


 剣を打ち合う男二人のうちの一人は、冒険者パーシヴァル。

 いつも背中に背負っている背丈ほどもある大剣を両手で構え、真剣なまなざしで前を見据える彼は、鍛えた筋力と遠心力を使い、それを勢いよく横へと振るった。 

 ぐっと踏みしめた足元が、さらさらの砂へと沈んだ。

 次いで振り払った剣の風圧で、大きく白砂が舞い上がり視界が曇る。

 砂が勢いよく舞うほどの速さで振られた刃を、横へと跳ねて避けたのは火竜のソウマだ。

 赤い髪を翻し、翼を出さなくても軽々とした動作で前後左右へ素早く移動し、時には右手に構えたごく一般的な片手剣で受け流す。


「へぇ、でっかい剣で重さもあるのにブレが無い。思ってた以上に良い腕だな」

「そりゃどーも!」


 ―――最初は竜と人ということで互いに距離を感じていたソウマとパーシヴァルだったが、話してみると意外に気があった。

 そして互いに時間を余していたこともあり、話の流れでこうして手合わせをしている。

 パーシヴァルは冒険者などという危険を伴う生き方をしているだけあり、人よりも力のあるソウマと打ち合っても遜色のない腕前を持っていて、対するソウマも久々に思い切り腕をふるえて楽しかった。

 

「ほっ!」

「くっ……!」


 キンッ、と高い音を鳴らして打ち合った剣を間に挟み、二人は揃って口端を上げた。

 瞬間、同時に後ろへと跳ね飛び、三歩分の距離を開けたまま、睨み合う。


「ソウマは、何で剣なんて使えんだ? 素で強いくせにっ」

「まぁ火を使えば楽なんだけど!」

「だよなぁ」

「人里で生活している以上、こっちが必要なこともあるもんでな! あとは契約者の稽古に付き合ったりさ」

「なーるほど!」


 パーシヴァルが駆け出し、後ろから振りかぶった大剣を下へと力強く振り下ろす。

 降ろされた剣をソウマは横へと避け、相手が立て直す前にと、持っていた剣を握り直した。

 ぐっと、腰を落とし相手の懐に入り込もうとしたとき。


「ソウマ様! パーシヴァルさん!」


 こちらへと駆け寄ってくる、ただ事ではない様子の良く知った女性の声に、ソウマは姿勢を直して振り返った。


「シェイラ?」

「え? 子竜の巣のある洞窟に行ったんじゃなかったのか?」

「そのはずなんだけどなぁ。何かあったかな」


 ソウマはパーシヴァルと共に首を傾げながら、取りあえず構えていた剣をおろして鞘へと戻した。

 砂に足を取られながらも走って来るシェイラのずいぶん後ろには、のんびりと歩いて来ているクリスティーネの姿があった。相変わらずマイペースな竜だ。


「ソウマ様!」


 すぐ目の前まで来たシェイラは、必死の様子で見上げてくる。

 よほど急いできたのだろう、息を乱し、瞳は今にも泣き出しそうに不安に揺れている。

 つい数十分ほど前まで、子竜に会えることがとても楽しみだと幸せそうに笑っていたのに、今はその面影がまったく見当たらず、ただ事ではない様子にソウマは眉を寄せた。


「シェイラ、何があった」

「コ、ココとスピカ! どっちへ行きましたか!」

「へ? ココとスピカ?」


 予想しなかった質問に、ソウマは赤い瞳を丸める。

 傍らのパーシヴァルと顔を見合わせて、考えて、二人して首をひねった。


「そういえば一緒に居ないな。なんだ、迷子にでもなったか?」

「そうではなくて! あの、洞窟を抜けて外へ出る場合はここを必ず通るはずですよね!

「あ、あぁ。一本道だな」


 この砂浜から細い岩ばかりの場所を歩き、そして洞窟に入るという道順。

 砂浜と洞窟の間にあるのは、片側は海と岩。片側は絶壁のみ。

 もの凄く高い場所まで飛んで絶壁を超えたとか、海原に出て行ったとかは、小さなあの竜たちだけでするにしては現実的で無く、よほど頑張ってやらかしたとかで無い限り、必ずこの砂浜に出るはずだった。


「あの子たち、二人だけで出て行ってしまって! 見てないでしょうか!」

「マジで。気づかなかった。パーシヴァルは見たか?」

「いいや。俺もソウマも、結構夢中になって打ち合ってたからなぁ。話しかけられない限りは分からなかったと思う。悪い」

「うーん。……――――火竜の気配も、近くにはもう感じられないな」

「そんな……!」


 真剣に打ち合っていて、一時でも目を反らせば負けるという状況で、小さな子供たちが通ったかどうかを気にかけている余裕はなかった。

 とたんに肩を落としたシェイラに、ソウマもパーシヴァルも困惑し、眉を下げる。

 ココとスピカがどうしたのか。

 何があったのかが、さっぱり分からないのだ。


 二人がシェイラから離れて洞窟から出てどこかへ行ったというのは分かったが、シェイラもだいぶ慌てているようで、どうしてそこに至ったかがまったく不明だった。

 ソウマはちらりと、ゆったりとした速度でこちらへと歩いてきている、まだだいぶ距離のあるクリスティーネに赤い目を向けた。


(クリスの様子からいって、そんな慌てる状況でもなさそうなんだけど)


 にこにこと微笑んでいる辺り、おそらく状況を楽しんでいる。

 とりあえずシェイラからきちんと話をと、彼女を落ち着かせるために、細い腕に手を伸ばした。

 そこで、ソウマはシェイラの異変に気づいて眉を寄せる。


「シェイラ、怪我してるのか」

「え?」

「あ、ほんとだ。スカートについてるのって血だろ」

「あ」


 パーシヴァルもソウマの視線を辿り、彼女の着ているドレスのスカートにうっすらと血が滲んでいるそこを差した。


「あ、こ、これは。大丈夫です。たいしたことではありません。ほら……」


 シェイラが少しだけ裾を持ち上げみせた膝は、確かにうっすらと血が滲んでいるだけだった。


「確かに大きな傷ではなさそうだな。でも早いうちに洗って手当てはしておかないと」

「はい。有り難うございます」


見た限り大きな怪我ではなさそうで、ソウマはほっと息を吐いた。しかし怪我をするような事態が起こったということに、すぐに表情は険しくなり、眉間のしわを深める。

 クリスティーネの様子から大事ではないと推察していたが、もしかすると判断は間違っていたのかもしれない。

 少なくとも怪我をするような何かがあった。

 様々な事態を想像すれば、ソウマは自然と唸るような低い声になってしまう。


「シェイラ、一体どうしたんだ。誰かに何かされたのか。ココとスピカがいなくなったのもそいつのせいか」

「え。ち、違います!」


 ソウマの纏う空気が変わったことに気づいたシェイラが、慌ててぶんぶんと首を振って否定する。

 それでもソウマは厳しい顔を崩せない。

 こういうときの彼女の否定は強がりであるか、もしくは自分でなんとかしようとしてのことが多いのだと知っているから。


「どの水竜だ。俺が話をつけてきてやろう。言え」


 シェイラはそんなこと望んでいないと分かっていながらも、どうしても手を出さずにはいられない。

 旅に出て以降は何も助けることが出来ないのだから、せめて傍にいる短い間くらい護ることを許して欲しかった。


「どいつだ。母竜に苛められたか? それとも子竜が何か馬鹿をやらかしたのか」

「だから、違います!」

「だったらなんで怪我してんだよ!」

「これは私が慌てていて転んでしまっただけです!」

「……。ココとスピカがいないのは?」

「私が悪いんです!」

「は?」


 訳が分からす怪訝な顔をするソウマとシェイラの間に割入ったのは、やっと追いついたクリスティーネだった。

 涼やかな声で、クリスティーネはおっとりと楽しそうな声で言う。


「ただの喧嘩ですわ」

「は、どういうことだクリス」


 ソウマが尋ねたのはクリスティーネに向かってだったが、答えたのはシェイラだった。


「わ、私が、ココやスピカのことをそっちのけで、水竜の子どもたちを構いすぎてしまったから。それで怒らせてしまったんです。あの子たち、きっともの凄く寂しい思いをっ……!」

「ん?」


 彼女の話す内容に、ソウマは首をひねった。 


「あのさ……それって、つまり……」


 ソウマが言うよりも早く、今度はパーシヴァルが指摘する。


「やきもちを焼いて怒ったってこと?」

「はい……」


 シェイラはしゅんと一瞬だけ肩を落とした。――――ように見えたが、直ぐに首を振り、顔を上げる。

 薄青の瞳は揺らぐことなく、表情はきりりとしたやる気に満ちたもの。 


「だから、早く行ってあげないといけないんです! 探さないと!」

「う、うーん?」


 ソウマは片眉を上げ、さらに首をかしげる。

 どうやらシェイラにとっては大変に重大な事態で、落ち込んだり張り切ったりと忙しいらしかったが、ソウマには何故そうなるのか良く分からない。


 母親がよその子を構ったことでやきもちを焼いて拗ねたなんてこと、只のちょっとほほ笑ましい出来事だ。

 こんなに大騒動することでは、決してないはずだ。


(良く分かんねぇなぁ。放っとけばいいのに)


 人間と竜だから、理解できないのか。

 それとも生真面目な、彼女の性格なのか。


(もっと気楽に出来ないもんか)


 『親』という立場は確かに重要だが、それにしても大きく構えすぎではないかと思う。

 こんな、子どもが子どもに対して抱いた小さなやきもち、笑って流してしまえばいいのに。

 そのうち機嫌なんて直るだろうと、気楽に考えてしばらく放って置けばいいのに。

 竜の里でそうそう危険もあるはずがなく、正直言って拗ねてどこかへ隠れて一晩くらい帰って来なかったとしてもソウマは別に気にならない。


 わざわざ必死になるようなほどでもない。

 ソウマ的には、もの凄くどうでも良い小さな出来事。

 どうしてシェイラは自分が悪かったと、早く行ってあげないとと、必死になっているのかが理解できない。


(でもここで「放っとけば?」なんて言おうものなら顰蹙(ひんしゅく)を買いそうな気はする。うーん)


  こういう気遣いを考えなければならないところが、凄く面倒くさいと思うし、いつものソウマならば絶対に他人事だと放置している。


 でも彼女にだけは、面倒くさくても付き合いたくなるのだ。

 うじうじと物凄く小さく些細なことで落ち込み、慌て、必死になって頑張っている姿に手を差し伸べたくなる。

 ソウマはそんな風になった自分自身が妙な気がして、でも仕方ないかと深く息を吐いたあと、髪をかき上げて口端を上げた。

 心配ないと、大丈夫だと、彼女の気分を引っ張り上げるために。


「ほら、じゃあ手分けして探そう」 

「っ……、はい!」

「シェイラ」


 とんと、彼女の背を軽く叩き促したのだが、直ぐ傍で彼女を呼ぶ声があったために、結局走り出すことなく、その場にいた全員が声の主に振り向く。

 

「レオ?」


 それは冒険者一行の一人、背中に弓矢を背負った男のレオで、無口でほとんど話さない男だった。

 その彼が、シェイラを呼んだ。

 というかいつの間にここに来ていたのか分からなかった。

 見渡してみると少し離れた場所に水竜の男が立っていたので、一人で来たわけではないらしい。

 ソウマも驚いたが、シェイラ自身もも彼に話かけられたのは初めてらしく、僅かに目を見開いていた。

 しかしあの無口なレオが呼ぶからには何か有るのだろうと、彼に向き合う。


「レオさん? どうされたのですか?」

「ココと、スピカ、家に帰った」

「え!?」

「泣きながら家に帰っていったから気になって。知らせるべきだと」

「それで、私を探してくださったのですか?」

「…………」


 すっと視線をそらしたが、シェイラの言ったことは正解なのだろう。

 ソウマは敏いわけではないから、良く知りもしない人間の行動を推し量ることは出来ず、どうして否定も肯定もしないのか意味が分からない。

 さらには竜である以上、向こうから関わって来ない人間と仲良くなるほどに人間との関わりを好んでもいない。だからまったく、無言で目を反らした彼の反応が理解できなかった。


「レオは相変わらず照れ屋だなぁ」

「照れ屋!? 照れ屋だからこの反応なのか!?」


 ソウマの知っている人間の『照れ』とは赤くなったり、もしくはそわそわと落ち着きなくなったりするもの。多少なりとも動揺が見てとれてこそ照れてるといえようものなのだが。

 こんな無表情で、口を真一文字に結んだまま、ただそっぽを向くだけが『照れた』反応だなんて。

 複雑すぎる。

人間って、なんて難しい。


(パーシヴァルは反応素直だから大丈夫なんだけど。レオとは打ち解けるの無理そうだなー)


 気を使わないといけない相手とは余り関わりたくないと。頬をかいて目を細めるソウマの横で、レオはぼそりとシェイラに口を開く。


「行ってやれ」

「……! はい。有り難うございます!」


 ソウマはこんなに意味不明な部類の人間と会話をまともに交わしているシェイラに、感心さえする。

 そして子どもたちの居場所が分かったことで、嬉しそうな顔をして駆け出したシェイラの背を、とりあえずも追うことにした。


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