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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第四章

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初めての決裂④

 幼い水竜たちに再会の約束と同時に別れを告げ洞窟を抜けた後は、来た時と同じようにまた足場の悪い岩場を通らなければならない。

 さきほどよりも風がずいぶんと強く吹いていて、白銀の髪が大きく煽られる。

 満潮時には打ち寄せる海水にさらされるのだろう岩は、ぬめっていて力を抜けば転んでしまいそうで、風でぼさぼさに乱れつつある髪に構ってはいられなかった。

 シェイラは少し先を何の苦もなく歩くクリスティーネを、風にあおられ時折ふらつきながらも懸命についていく。

 

(こういうのにも水の術を使っていたりしてるのかしら?)


 あまりに難なくこの場を歩いているクリスティーネにシェイラは首を傾げた。

 しかし水を操って、どうやって足場を安定させるというのか。

 もしかすると術ではなく足のつくりが違うのだろうか。

 竜に関する疑問は次から次へと湧いて出て来てしまう。


(あ、ココとスピカはこの場を飛んで行ったのよね……?)


 子竜たちの住処を出たときは足を使い走って行ったことを思い出し、ぐっと眉間に皺が寄った。

 あのままの勢いで、飛ぶこともせずにあの子たちが通ったかもしれないと思うとぞっとする。

 どうしてすぐに追いかけなかったのだろう。

 投げられた言葉にショックを受けて固まっている場合ではなかったのに。

 竜の姿ならば固い鱗に覆われているけれど、人の姿の時は柔らかく薄い皮膚をしている幼い子たち。

 本当に、身体一つとっても人は弱い。


「シェイラ? そんなに思考おろそかでは足元が――あ」


 クリスティーネがシェイラを振り返ったと同時に、一際(ひときわ)に大きな風が吹いた。


「あっ!?」

 

 気が付いた時にはもうすでに遅く、考え込んでいたシェイラは風の煽りに対処出来ずに、石のぬめりに足を滑らせていた。

 手をつこうとしたけれど、そもそもまともな地面がない。

 バランスを崩したシェイラは勢いのままに前へと滑って転び、思い切り石で右の膝を強打した。


「いっ、た……!」

 

 思わずぶわっと熱くなった目の奥を感じながら、そっとドレスの裾を捲って見てみるとじわりと血が滲み始めている。

 擦ったわけではないから出血はまったく大したことはない。

 放っておいてもすぐに止まる程度だった。

 すぐに姿勢を持ち直し立ち上がれたので、骨折とか、そういう大きな怪我ではなさそうで、医者の居ないこの地で致命傷にならなかったことにほっと息を吐いた。

 けれど強く打ち付けたため、時間が経つときっと青く皮膚の色は変わるはずだ。


「っ……。ほんと、馬鹿だわ……」


 めくっていた裾から手を離したシェイラは、うつむき膝を見ていた体制のまま動かずに、ただ石を睨みつけながら唇を横へと引き結んだ。

 奥歯を思い切り噛みしめていないと泣きそうだからだ。

 どうして自分はこんなに抜けているのだろうという、自己嫌悪。

 普段ならばうっかり転んだくらいでこんなに落ち込むなんて絶対ないのに、追い打ちのようにかけられたじんじんとした膝の痛みが、胸の痛みをも倍増させていた。

 

「本当に、馬鹿なこと」


 耳に届いたクリスティーネの凛として透き通った声で吐かれた、呆れたふうなため息と声に、シェイラは息を詰めた。

 自分が思って口に出したばかりの台詞を繰り替えされただけなのに、どうしてこんなに痛いのか。


「……すみません。ここでは足元にしっかり気を付けなければならないと知っていたのに」


 ココとスピカだけではなく、クリスティーネにまで呆れられたなんてどうしたら。

 クリスティーネにとってはいつも通りの台詞だったが、今のシェイラの心臓はどんな些細なことも跳ね返せない。チクリチクリと針で刺されているように感じてしまう。


「あんな小さな嫉妬、適当に流してしまえばよろしいのに。泣くほどに深刻に考えているのなんて、シェイラくらいではありませんこと?」


 続いて聞こえたクリスティーネの言葉に、シェイラは目を瞬かせた。

 そして無意識に震えた声が漏れた。


「し、っと? え? え?」

「とても分かりやすかったと思いますけれども」

「……。あぁ、そっか……」


 ―――やっと、理由を理解した。

 少し考えればわかること。

 あの状況で、あの怒りかたをしたのだ。あの子たちがただ焼き餅を焼いたのだなんて一目瞭然なのに。

 それをシェイラはクリスティーネに言われてやっとわかった。

 

「――私、この島に来てから水竜に夢中で。もう全部が楽しくて素敵でたまらなくて。だから」


 初めて来た竜の里に、何匹も集う竜達に、シェイラは持っている好奇心の全てを奪われた。


 知らなかった世界を知られることが嬉しくて仕方がなかった。

 ずっと隣にいたココとスピカも、シェイラと同じように楽しいのだと思っていたけれど、でも少し違ったのかもしれない。

 もしかすると、水竜に夢中になるシェイラに気を使って、一歩ひいてくれていたのかも。

 あんなに小さな子に、もしもそんな我慢をさせていたのだとしたら。

 

「ううん。あの子たち実際に、私に譲ってくれていたわ。もう、――――最悪だわ」


 水竜の里のどこに行きたいかと尋ねたとき、あっさりと譲ってくれた時のことを思い出すと、シェイラは自嘲を含んだ深い息を吐く。


「理由は、わかったもの。うん」


 痛む膝には構わずに、自分の頬をぎゅうっと力いっぱい挟んでこねまわし、最後に思い切り両側から叩いてしまう。

 パンッ、という乾いた音が打ち寄せる波の音の間に混じった。

 突然に突飛のない行動を起こしたシェイラに、クリスティーネが目を丸めたのが視界の端に映った。

 彼女の視線を感じながら、顔をあげて真っ直ぐに前を見据える。


「もっと、もっともっと、頑張らないと」


 元々が出来の良い人間でないから、どこまで出来るのかなんて分からない。

 でも、せめてココとスピカが泣かないような大人になりたいと強く思った。

 



 ――――その薄青の瞳がみせる意思の強さに、シェイラの少し先を歩いていたクリスティーネは一瞬だけ目を瞠り、そして楽しそうに口端をあげる。

 

(やっぱり、面白い子だこと)


 今の今までめそめそと落ち込んでいたのに。

 それがたった一言声をかけるだけで、あっと言う間に持ち直し、さらなる成長をみせる姿がクリスティーネは面白いと思った。

 こんなふうに己の失敗をきちんと認め、反省し、そして変えるために努力をしようとする人間は、実はかなりごく少数だとクリスティーネは知っている。

 間違いを認めること。物事を変えるために精進すること。

 それは人間にとってとても高いハードルであり、諦めて楽な道を取る者のなんと多いことかと、呆れさえする。

 人は己を否定されることを恐れる生き物であり、反対に己を正当化することが大好きな生き物だ。

 楽で簡単に進める道はいくらでもがあるのなら、楽な方に行きたいと思うのも人の(さが)

 難しいことに真っ直ぐに挑もうとすることは、時に無駄な努力だと嘲られる。そうだと知りながら、それでも負けない心根を持つ人間は面白い。……いや、すでに彼女は幾らかは竜となっているのだけれど。


(まぁ、努力なんて私とは縁遠いものですけれど。だからこそ見ていて興味深いのですわ)


 クリスティーネ自身は、努力なんて嫌いである。

 あるがままに、流されるままに、適当に楽しいことをして過ごすタイプである。

 だからこそ、目の前で薄青の瞳を煌めかせる彼女のこういう泥臭さが楽しくて仕方がなかった。


「こういうところを見たくて、少し意地悪してソウマと離したのですわ」


 息を吐くようにささやいたセリフは、小さな声すぎてシェイラには聞こえないはず。

 シェイラを無意識にでも守ろうとするソウマは、クリスティーネの楽しい遊びの邪魔者であるのだ。


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