初めての決裂③
(全然楽しい状況でないのに! 何だか悔しい……)
子供たちに拒絶されたことはシェイラにとってはとても大きなことで、それをクリスティーネが遊び半分で観賞しているという状況は、なんとも気分の悪いものであった。
でもこれ以上、彼女へと言い返す気力はもはや残っていない。
ココとスピカの台詞がショック過ぎて、背中や腕から続々よじ登ってくる小さな竜達にも構えない。
「きら、きらっ、嫌いって……どうしよう…。どうして?」
「大好き」は何度も貰った。
ぐずっての「いやだ」も同じくらいに聞いた。
でも、シェイラに対して真っ直ぐに、「大嫌い」という言葉をあの子たちが投げたのは、本当に初めてのことだった。
それが他人を傷つける言葉なのだと、ココもスピカも理解しているから。本気で相手を嫌いでない限り、言うはずがないのに。
なのにどうして、とシェイラはぐるぐると頭の中で考える。
「あら。理由に覚えはなくって?」
「……?」
シェイラはしばらく考えて、しかし力なく首を横へ振る。不安で、僅かに伏せた瞼が震えた。
「まったく分かりません。今の今まで二人ともご機嫌だったはずです。幼い竜に会えるのを、二人とも凄く楽しみにしていて、何して一緒に遊ぼうかなとか話していて。……なぜ怒られたのでしょうか」
「シェイラは変なところで鈍感ですのねぇ」
クリスティーネはシェイラの周囲にまとわりついている小さな竜達に目を向けながら、くすくすと笑う。
「どういうことでしょう……」
シェイラには、分からない。
第三者からみればあっさりと理解出来ることがらも、あまりにココとスピカから受けた「大嫌い」の威力が大きすぎて、シェイラには冷静に考えることも難しかった。
どうして突然、ココとスピカが機嫌を損ねたのか。
どうしてあんなに悲しそうな顔をしていたのか。
(悲しそうな、顔? してた?)
洞窟を飛び差す直前のココとスピカの、今にも泣きそうな顔を思い出し、シェイラははっと顔をあげた。
そう、あの子たちはただ怒っていただけではなく。あきらかに何かに憤り、悲しんでいた。
「大変! きっと今ごろ泣いているわ!」
怒っているだけなら、シェイラがショックを受けるだけで済む。
しかし二人が悲しんで泣いているのだとしたら、抱きしめて、話を聞いて、その悲しみを取り除かなくては。
「お、追いかけないと! クリスティーネ様、すみません。本当についさっき来たばかりで申し訳ないのですが!」
自分に会いたいと言ってくれた母親竜に挨拶さえしていない。
それどころかシェイラはまだこの空間に入って三歩くらいしか進んでもいなかった。
あまりに短い滞在時間だが、とにかく今はココとスピカと話し合わなければならないと、シェイラは慌てた。
クリスティーネが頷き、出口の方をさし促してくれた。
「構いませんわ。でもシェイラ、その子たちを降ろしなさいね?」
「あ」
この状況では、すぐに立ち上がり走り出すことは出来ない。
肩にも頭にも腕にも膝の上にも、小さな竜達が引っ付いていて、当然だけれど、彼らを引っ付けたまま走り出せばポロポロと何匹かは振り落すことになる。
何よりも幼い子をこの中から出すわけにはいかなかった。
シェイラは焦りながらも慎重に、自分に付いている子竜を、一匹ずつはがしていく。
尖った爪が服地に絡まり、傷つけないために外すのに少しの時間が必要だった。
引っ付いていた竜達を、傍に来てくれた人型の母親竜の腕の中にまとめて返す。
立ち上がり、自分の体を一通りみて、見逃しがないか確認し一人頷く。
「……よしっ!」
「えぇ、もおいっちゃうのぉ? あしょぼおよー」
気合を入れて立ち上がったはずが、シェイラのスカートの裾を握り引き留める手があった。
見下ろすと、ずっとシェイラの腕にひっついていた、人間でいえば二歳くらいの女の子だ。
灰色の混じった水色の髪を高い位置で二つに結い分けた子で、シェイラに縋り付きふっくらとした頬をさらに大きく膨らませている。
「ま、また来るわ!」
「むー……ぜったぁーい? あしょびにきてくれりゅ?」
「きゅ?」
「きゅうー」
悲しそうにゆれる水色の瞳に、更に竜の姿をする子竜達の揺れる瞳も追加された。
この短時間でなつかれたのはとても嬉しいけれど、きっと白竜の血であるからだ。シェイラは自分自身をきちんと知って、内側まで好いてもらいたいとやはり思ってしまう。
その為にはココとスピカの機嫌を直し、三人でまた笑顔で訪れられるようにならなければならない。
「ぜ、絶対に……! また来るわ! 約束ねっ」
シェイラは最後にその幼い女の子と、小指と小指を絡ませて『約束』をした。 それでもぐずぐずと泣きそうな子の寂しげな表情に後ろ髪をひかれたものの、しかし一番に大切で優先するべき子ども達を追う為に、再びのクリスティーネの案内で可能な限りの速さで洞窟を引き返すのだった。




